第五十八話 一枚の絵草子:望嶽亭
第五十八話 一枚の絵草子:望嶽亭
「……と考えるが、如何に」
「……左様でございまするか……」
今川範政、天下の副将軍と俺は、望嶽亭で富士を眺めつつ、今後の話を詰めている。
結局、関東の諸将は代理を寄越したものの、本人たちは挨拶に来ることは無かった。鎌倉公方がいかないのに、自分たちだけ顔を見せるのは不味いが、さりとて持氏に同調し、征夷大将軍を蔑ろにする気もないという事だろうか。
この件は上杉憲実からの手紙で「この辺りでご容赦を」と伝えてきたので、「構わんよ」と答えておいた。「しのびねぇな」とは帰って来なかったが。……藤枝ね……因縁を感じる。命がけの悪戯とかだな。
後継者の事も話をする。俺が婿にするので、嫡男は嫡男、末弟は末弟として扱うようにしなければ、今川の名が傷つくことになると。
「幼い子は可愛い。だが、政と私情は別だろう。如何思う」
「確かに。老い先短い我身を思うと、心配で心配で……」
暫く見ぬ間に、すっかり萎れてしまった副将軍の姿に、彼の言葉に偽りがない事を実感する。だがしかしだ。
「故に、我が婿に貰おう。そなたが亡くなりし後は、我が子同然に京で育てようではないか。近習となり、一軍の将となり得るのであれば、やがて守護にも副将軍にもなり得る。それに、範忠が愚かかどうかは分からぬ。彼の者の役目は関東の監視と、この地を『京』にすること。どちらも、一人
の裁量では叶わぬ。才に溺れるこざかしいものより、己の不足を知る者の方が向いておる」
盆暗でも良い、報連相をしっかりする部下であれば悪くない。
「……確かに。範忠は人がよう周りに集まりまする。愚かで操りやすいのだと思っておりましたが……」
「それも、まめに手紙をよこさせればよい。何事も公方に相談しろとな」
「はっ、誠、お心遣いに感謝いたしまする」
年寄りは涙もろくて行けないよね。
その後は、駿河の主だった国人や奉公衆を前に、言葉を交わす事にした。今までの範政の功績とその力添えに対する感謝、勿論、そこに居並ぶ者たちあっての事だと。そして、跡継ぎの範忠は律義者であり下の者の意見を良く聞き、将軍への忠勤の志天晴な信頼に足る守護であること。
そして、駿府は関東の抑えとして最も大切な場所であること。さらに、関東の諸将を武力だけではなく、「京」の姿を見せることで畏怖させるように駿府を東の「京」に成長させ、それを見せつける事を伝える。
「……なんと!!」
「我が御屋形様と若殿様に我ら一同、忠勤を励みまする!」
大きく成長する自分たちの国を思い、皆、軒の先に見える富士の上に広がる秋晴れの空のように晴れやかな笑顔になる。
「関東は今しばらく大人しくしているであろう。子も小さいしな」
「上様の仰る通りでございます。嫡子の元服後、周りを巻込んで何か企むやもしれませぬ」
その時は……もう天下の副将軍はいないんだけどな。まあ、上杉憲実がいるし、武田・小笠原を主力に何とでもなるか。
そんなこんなで、俺は範政の最愛の息子である千代秋丸(後の小鹿範頼)とも対面することになった。偏諱を与えるから小鹿教範とかになるだろうか。
「そなたの父から後事を託された。京に登り傍で仕え、身が立つようになれば駿河に下り兄の助けになるよう尽力せよ」
「……ご高配を賜り驚愕至極にございます」
実際、範忠は鎌倉公方戦で父親同様に善戦し、幕府方として大いに手柄を立てた。凡庸というのは、ものの見方の一つに過ぎなかったわけだ。
「千代秋丸、上様はこの駿府を東の京とすると仰せなのだ」
「……駿府を京に……でございまするか」
なにも不思議なことじゃない、ある意味ここが京と東海道を繋ぐ最終拠点になるというわけだろ? あれだ、アメリカの西部開拓時代でいえば(ミズーリ州インディペンデンスみたいなところ。この先にコンビニありませんみたいな最後の都会だな。コンビニがある=都会じゃないが、物流網が
組めていない時点で……ド田舎確定だな。
という事で、それほど長く滞在できたわけではないが、今川の後継者のこと、駿府の再開発、そして関東の仕置のことをある程度話すことができ、悪くない駿河遊覧であったはずなのだが……
――― 大和で再び騒乱です
将軍不在の隙をついたのか、幕府方の筒井君を、越智・箸尾が攻撃、筒井城に逃げ込んだらしい。さて、そろそろ決着をつけたいなと思っております。
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