第五十四話 たそがれ:今川範政
第五十四話 たそがれ:今川範政
大内持盛やりよる。盛見の死後、九州出陣中であった持世の陣を襲って反乱を起こし、族弟・大内満世を味方につけて領国掌握に成功、持世は石見に逃亡することになった。
ところが、大内宿老の内藤氏をはじめ、持世支持が台頭し、三月には山口を取り戻し二人は大友氏に逃亡。俺は修理大夫に任じて家督を相続させた。
持世の提案で、大友親綱と菊池兼朝をそれぞれ豊後国と筑後国の守護に任命させて味方に取り込む事にした。実効支配しているのだから、地の果て九州の守護なんて誰でも構わないがな。
内紛を治め、反逆者探しに余念がないが、一応これで九州はしばらく安定しているだろう。大内餅世……いや持世優秀で良かったぜ。
駿河遊覧の為のアプローチを様々なチャンネルで実施中なんだが、少しずつ反応が出てきている。とりあえず、関東管領山内上杉はこっち側に付くしかないので、その辺りを中心に意見調整をしていると思われる。
ただ、人事権を持っている鎌倉殿の顔色を窺っている関東諸将は鎌倉殿の最終判断待ちのようだな。とりあえず、鎌倉公方が横領していた幕府や朝廷の御料を返還するらしい。いや、盗んだ税も返せよ。なに、返したから終了みたいな雰囲気出してんだ猿!!
「これで仕舞という事ではあるまいな」
「……鎌倉殿のお立場もございます……」
「ならば、征夷大将軍として帝の信を賜る立場は如何なるのか」
「……」
いやほら、今すぐ騒がないからな。満済さんや満家、時煕の引退までじっと我慢の子なんだよ。だが、黙っていると「説得したった!!」と勘違いされかねないから言葉にはするんだよ。
「とにかく、駿河に関東の諸将を従えて鎌倉殿が挨拶に来るかどうかから考えようか」
「さ、さようでございますな」
「上様おん自ら駿河くんだりまで足を運ばれるわけですから、鎌倉殿もそれに従いましょう」
いや、ビビりだからあいつは来ない。別に構わんよ。関東征伐の下見と、駿河の街をこの目で見ておきたいだけなのだから。
「民部大輔の具合はどうであろうな」
今川範政は高齢で、健康に不安がある。あと、手元に置いている某丸を可愛がり、在京の嫡子範忠が不出来だからと廃嫡したがっているともいう。あのさ、幼児の出来は分からんけど、少なくとも成人している奴よりは出来が悪いんじゃないかな。征夷副将軍だし、晩節を汚してくれるなと思う。
「嫡子範忠殿は忠義の心厚い武者故……」
つまり、能力はないので誠意だけは評価してねって事か。それはそれで構わない。むしろ、プランを押し付けやすくて盆暗の方が楽でいい。駿河を東の都にしようぜ! と言えば喜んで協力するだろう。
季節は既に夏、もうそれほど時間は残っていないのだが、関東管領である
上杉憲実曰く、全然お話にならないようなのだ。あーあー聞こえないを
繰り返している持氏と、その尻馬に乗り「征夷大将軍と言えども、関東の事は
関東の者が決め申す」とか言い始めているらしい。
いや、あんたら帝の命で日ノ本の武士を纏める征夷大将軍を何だと思っているのかね。東夷扱いなら、そらそうかもしれないけれど、一応、帝から官位を受け取って臣下として治めている態なんだよね。挨拶もしないってそりゃ、やる気って事でいいんだろうね。
「……上杉憲実殿曰く、説得は難しいとのことです」
「鎌倉殿がいつ矛先を関東管領殿に向けるか……という空気が流れておるとも申されております」
穏健派の関東管領、急進派関東原理主義の鎌倉公方の関係は日に日に悪化しているという。まあ、太郎次郎が十二歳くらいまではそのまま放置で行こうかと思っているんだが、上杉の胃が持たないかもしれない。もしくは身命だな。
富士遊覧が協議されると、憲実は持氏の行動を警戒して関東情勢の不穏を理由に下向の延期を促し、満済さんらに進物するなど一貫して鎌倉府と幕府との調停に努めているが、無駄な努力に終わりそうなのだろう。可愛そうだな。
上杉禅秀の乱然り、今後起こる関東の揉め事に関しても、幕閣の関係者が反将軍勢力として隠然と京で活動している事の証左なんだよな。前回は、義持兄が宿老に配慮……というか、自力で山名や畠山を排除できそうにもないということで目をつぶっただけなんだよな。
今回も、恐らく畠山はともかく山犬は関係しているだろう。将軍の力を削ごうとするのは奴らの行動原理だからな。ただその前に、山陰山陽で勢力争いをしている赤松が存在するから、完全に振り切ることができない。
山名時煕が先に死に、世代交代がおこる山名に先手を打つ余裕が生まれる。赤松を疑心暗鬼にし、歴史上義教殺しを行わせたのは山犬なんじゃねぇのか。
あれだ、実行犯は明智光秀だが、仕組んだのは秀吉と家康っていう仮説も存在するじゃん。利を得たのが誰かを考えると、現場で義教共々同族の山名熙貴を始末し、尚且つ赤松の所領三カ国を自領にした、山名持豊=宗全が主導したんじゃないかという考えはあながち間違いじゃないだろう。
つまり、この時点でも持氏と山名は連動している可能性が高いということだ。そりゃ、馬鹿が強気な理由も分かるし、関東管領が出奔したくなるのも良く分かる話だ。
だが、そうならないで済むように、「あんま無理スンナ。調子合せとけ」と手紙を送る事にしよう。




