第四十五話 君住む街へ:酒屋土倉と惣構
第四十五話 君住む街へ:酒屋土倉と惣構
比叡山延暦寺 平安京の歴史と共に存在する鎮護国家の城塞。数々の日本を代表する高僧を生み出した超名門であり、天皇家や摂関家の血筋も法親王として座主を務める。あの頃は俺もお世話になりました。
とはいえ、叡山と通称される存在は一国の大名に匹敵すると言われる経済力を有していた。寺領の石高六万石とこれはそれほど巨大でもない。京の五山で十万石と言われているので、まあその位あってもおかしくはない。
では、その資金源は何かと言うと、「金貸し」なのだ。『出挙』と呼ばれる種籾貸しから始まるそれで、利率は年利100%なのだが、米で返すので一粒が二粒以上になれば回収できる。全部発芽するわけじゃないから若干誤差があるが、四粒でもお釣りがくるだろうか。
加えて、琵琶湖の水運に掛ける湖上関の税金の収入もある。
日吉社の神人(下級神官)を源とする「土倉」「酒屋」という金貸し業はこれに加え「祠堂銭」というお賽銭や寄付を種銭にしている。 叡山は「土倉」「酒屋」に、月利二分で貸し、彼らは一般に月利八分で又貸しするビジネスモデルだ。
この貸し出し金利が所謂「公定歩合」のようなものであり、資金の供給量も叡山が左右するので、この時代まるで「日銀」のような仕事をしていたのだ。
金貸しとして土一揆に踏倒される「土倉」「酒屋」であるが、室町幕府の大きな金庫の一つである。今一つは五山の荘園。
土倉からの税収が二千四百貫文、酒屋からの税収が六千貫文ほど。これで将軍家の奥向きの事を処理する。五山からのカンパで奉公衆を賄う金となる。うん、やっぱり守護になろう☆
正室に掛かる費用だけで年間千二百貫もかかるのだ。そりゃ、土倉と酒屋は大切にしないといけません。
それにだ、京の経済を回しているのは彼らなのだ。叡山が資金供給しお金がグルグルと回る。信用創造をしているのは、金貸しが使う金を貸すから資金供給量が増えて経済が回るということになる。信用乗数ってご存知?叡山と金貸しが行っているのはまさにそれなんだろうな。
信用乗数は、供給した資金が何回転しているかという指数。お金の出入りが大きければ乗数は増える。つまり、好景気であればお金のやり取りが増えるので乗数が増える。景気が悪ければお金を使わないので乗数が減るということになる。現金だけでお金をやり取りすると、色々不便なのだよ。
誰かが使った金が別の誰かの収入になり、さらに別の誰かの……とお金がグルグル回る。そのきっかけが金貸しなのだと思えばいい。
これを踏倒すということは、次は貸さないということになるから供給量が減っちゃうじゃん。グルグルするお金が減って景気が悪くなると思わない?
中世ユダヤ人が金貸しと卑しまれたのは……不動産の取得ができなかったということの裏返しなのだが、土地からの生成物ではないものに対する違和感・異質感があるからなんだろうと思う。土倉を襲うのも同じことか。そりゃ、惣構え見たいな作りの街を用意したくなる。日蓮宗の寺とか多いよね。
金を溜め込んで恨まれるなら、使えばいいんだよ。安全保障のために。
「……え……」
いやだから、お前ら自分たちが土一揆に襲われるの分かってるんだから、『惣構』の街を自分たちで金出して作ればいいだろって話。どこかに替地を与えてその場所に土倉や酒屋を纏めてしまえばいい。
実際、下京に纏まってある程度いる場所も多い。この後五十年位すると、応仁の乱の影響もあり、木戸に壕を構えた場所になるのだが……被害が出る前にそうしちゃった方がいいんじゃない。抑止になるし。
「侍所で吟味すべき内容か」
最近は、侍所別当は一色義貫が務めている。色々問題のある奴だが、単純な分満祐より扱いやすい。
「土倉も自分たちが恨みを買っている事は承知しておりまする。許可さえ与えれば、問題なく行うでしょう」
京で反乱でも起こされると拠点にされかねないので、寺社や商家もある程度規制が掛かっているから、勝手に濠や土塁を築くわけにもいかないということだろう。
「構わぬ。番衆の寄合所も向こうの予算で作らせればよい」
「……なるほど……」
これで、維持費が節約できる。向こうは、無料の警備員が住み込んでくれるわけだし、住む方は在住近接で楽々生活ができる。幕府は番衆の住む場所を手当てしなくて済むからとてもありがたい。
自分のお財布は自分で守らないといけないよね。借金棒引きを要求する庶民を煽る武士どもに良い牽制になるだろうな。




