第四十一話 昨日 見た夢:鎌倉公方の使者来る
第四十一話 昨日 見た夢:鎌倉公方の使者来る
さて、永享も三年春となり、実質、二年なんだが去年の秋に話の出ていた遠い親戚のおっさんである、鎌倉公方 足利持氏の『和解』の使いが京にやってきた。
因みに、鎌倉五山筆頭の建長寺の禅僧らを伴っているが、鎌倉府政所執事 二階堂盛秀が全権大使だな。本来は、俺が将軍宣下を受ける前に上洛する予定であったらしいが、まあ、馬鹿がなんか喚いて延期になったんだろうな。一年もかよと思わないでもないが、まあ、嫌がらせだろうな。
「……何故会われませぬのか……」
満済さんに、管領斯波義淳が俺のところに詰め寄せている。だってー 俺悪くないのに「和解」っておかしいよね。行き違いもくそもねぇだろ。俺が将軍候補になって還俗して、将軍宣下受けて今に至るまで随分と時間があったよね。
まあ、小松君と持氏がやり取りしていた事は調べが付いている。俺の元服や宣下に時間がかかっている間に、小倉宮が出奔し北畠満雅が挙兵したり、足利持氏を「征夷将軍」に任ずるという噂が京を中心に流れたこともある。まあ、小松君や山犬あたりの嫌がらせだろうが、高く付くと思いなさい。
とにかく、馬鹿は俺への嫌がらせに得々として利用されていたわけで、謝罪されるいわれはあっても、和解する理由はねぇ。
「二人とも、『和解』とは一体いかなることであろうな。こちらから何か鎌倉殿に仕掛けたことがあったか。御教書も奉書も出すなと言うので、何もしておらぬぞ」
「……でございますな……」
「……」
二人とも無言である。俺は、将軍宣下前に色々動き回るなと言われたのでその通り何もしていない。やれ、京扶持衆が関東で俺に逆らうとか……言いがかりであるし、お前の部下じゃないんだからその辺りは当然だ。
要は、同じ名前のついた子会社だが、地元の合弁企業と完全子会社で合弁会社の社長が本社直系の子会社に命令しようとしたり干渉しようとして拒否されて腹を立てている……ってことだろ。馬鹿なの?
「それで、二階堂某は会って何がしたいのだろうな。会えば、『和解』すべき事があると認めるようなものではないか? 挨拶が遅くなった謝罪なら受けるが、『和解』なら会わぬ。こちらに瑕疵が無いのに、ふざけているのか?」
「そ、そのようなことは……」
そこで、斯波っちょが意を決したように話を始める。
「上様、鎌倉殿については思うところがございましょうが、天下静謐の為、まげてお会いください」
「……だから……謝罪なら受けるが、和解すべき争点はない。その事を二階堂某に承諾させたなら……会うやもしれぬ」
「……身命に賭け説き伏せまする……」
満済さんが「武衛殿」とか声かけているけど、斯波君の心底は見抜いているんだぞ。お前、これで上手くいかなかったら「責任を取って管領を辞任します」って強引に辞める気だろ。その手に乗るか愚か者!!
「いや、この話は満済殿にお願いする」
「しょ、承知いたしました」
「そうだな、こちらも来年に会うというのではどうだ」
二人が怪訝そうな顔で俺を見る。
「なに、『一年』も掛けてわざわざ鎌倉の政所執事が来てくれたのだ、こちらも足を向けるのが礼儀ではないか」
「……なるほど……」
「……具体的にはどのように……」
俺は、富士山を見に行くことにすると伝える。番衆に幕府の重臣勢ぞろいで数万人で駿河に下向するかな。信濃小笠原、甲斐武田、当然駿河の今川も集め、一大会合としよう。
「そこに、鎌倉殿を招くのよ」
甲斐を攻め滅ぼした織田信長が、この嘉例に倣って富士見物をしたというそれだ。「次は関東を下すぞ」というメッセージだな。実際、上杉謙信が死んで北陸を柴田勝家に抑えさせた後、中山道から上州に出た滝川一益に攻め込ませていた。毛利の次は関東・北条を討伐する気だったのだろう。
「お戯れを」
斯波君が苦笑いするのを見て俺は思い切り睨みつけた。お前も、管領辞めたきゃそれを花道に辞めさせてやる。遊山が終わればそのまま、守護国に直帰してかまわない。尾張でお別れだな。
「武衛、尾張の国衆を集め先鋒を命じる。能々準備をしておけ」
失敗したら、十年は管領を続けさせると伝えると、必死に「や、み、見事勤め上げてみせまする!!」と元気よく答えてくれた。 やる気のある部下を見るのは大変気持ちが良い物だ。
ということで、俺は『和解』はせず、来年の約束だけを伝え「話はその時に」と二階堂某にゼロ回答で帰ってもらいましたとさ。




