第三十八話 緑の日々:孤児と紙漉き
第三十八話 緑の日々:孤児と紙漉き
孤児を預かってくれているお寺の収益源を考えているんだが、「和紙作り」ってどうなんだろうと考えている。和紙は平安の時代から全国各地に朝廷が技術指導した結果、数十か所に製造拠点が作られたんだよね。だから、どこでもあると言えばある。
とはいえ、座が利権を確保しておりそれなりに高いのだよ。これから、事務方の仕事が増える事や、寺で育った孤児たちが文官として幕府の小者として採用されていったりするとだな、紙の供給先も増やして囲い込みたいと思う。
和紙製造を、尼寺の孤児集団でやろうかと思っているんだよね。な、内政チートじゃないよ☆ 大体、14世紀のオランダ辺りでは水車を使った動力で木を砕いてパルプを作って紙生産を始めていたしね。
だってほら、活版印刷するのに紙がそれなりに必要じゃないですか。活字印刷版の聖書って最初に100部くらいの羊皮紙版(高級)と、紙版(普及版?)がその倍くらい印刷されてるんだよね。
日本でも、奈良時代・平安時代くらいまでは朝廷で管理していたみたいだけれど、鎌倉期以降は寝殿造りに襖や障子が使用され始め、紙が大量に家屋で使われ始めている。故に、『紙座』という座で商人が紙を供給する体制になっている。
楮って、簡単に栽培できるのかね。大体、三年位で紙の材料となるようだ。今は、どこからか買ってきてお試しする感じだな。先ずは紙漉きの道具や技術を手に入れるところと、木を植えるところから始めようか。
因みに、『トロロアオイ』の根っこが接着剤になるのだが、これは草なのでその年に種をまけばいい。
最近、蜷川新右衛門と話をすることが多い。え、そりゃお奉行様と将軍様は悪だくみするって相場でしょ、まあ、相手は小坊主じゃないけどな。
「……中々難しいと思われます」
「延暦寺から手を回すか。何なら、紙座ごと坂本の街でも焼き討ちするか」
ほら、焼き討ちするのは既定事項だから。やるならやらねばですよ。
新右衛門さん曰く、紙屋院の職人達が蔵人所を本所として結成した宿紙上座、新規業者による宿紙下座、奈良南市の紙座、六波羅蜜寺を本所とした紙漉座、美濃大矢田や近江小谷などの産紙を独占した枝村紙座が畿内周辺では有力らしい。ふーん。
「その座が納める税も大切な財源でございます」
そりゃそうかも知れない、だがしかしだよ。
元々、秦人って所謂渡来系の人の持っていた技術を朝廷で保護して、それを民間で作るようになったわけでさ、本来帝の財産なわけよ。それを横領して、尚且つ教えない……とか、帝の貧しき民への思いを踏みにじるなんていうのは認めるわけには行かない。
餅つきは無理だが、楮を御所に植えたり、紙漉き体験をしたいという帝の強い希望が反映しているのは言うまでもない。良いから黙ってよこすがいい。
紙製造普及という使命を果たした紙屋院は、南北朝時代に廃止された。でもさ、復活させてもいいよね、帝と公方様の意思でさ。それを、貧民救済の為の一つの取り組みにするわけだ。
楮を植える場所は、愛宕聖たちにも協力してもらったり、西岡をはじめ京周辺の国人たちにも協力してもらおう。帝と公方様の意思だから。何か問題あるのかね。
座の収益が減る? 馬鹿め、素人芸に市場を侵食されるようなら、商売止めちまえ!! と俺はその職人たちに言いたい。君たちには職人のプライドは無いのかいと。
なんなら、帝が品評会を開いて、帝が選んだ最高の和紙を決めるのもいいね。この時代、畿内が「天下」と呼ばれていたから、五畿内とその周辺の職人が京で品評会をやって、「天下一」を決めようじゃないの。ほら、秀吉がやったあれだよ。
和紙だけじゃなくって、櫛でも器でも陶器でもいいな。なんでもやろうじゃないの。面白いし。そういうので、人が出入りし、畿内に小京ができて、商売の流れが行幸路中心に広がっていけば、立派な経済圏が成立するんじゃないのかな?
誰だ、モンドセレクションとか言ってるの。確かに、名誉は金で買える。でも、そういうのも大事じゃんね。
「京だけでなく、小京でそれぞれの地で商売をするものが腕を競える場所というのを幕府で世話するというのは、帝と幕府の権威を高める事になるのではないか」
「左様ですな。商人・職人たちも大いに奮起するでしょう」
江戸時代の文化が今の日本の多様な価値観の土台になっているわけだが、幕藩体制って地方分権と中央集権のバランスが良かったってことだよね。その場所に合った新しい特産品を育ててもらいたい。
これにて第三幕終了です。次幕は『還俗将軍』となります。気になる方はブックマークをお願いします。
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