第三十三話 思い出に変わるまで:改元挿話
第三十三話 思い出に変わるまで:改元挿話
最近暖かくなってきたので、色々蠢き始めている。斯波君が辞めたがっている理由の一つは……鎌倉公方との手打ちの件だ。なんか、めんどくさそうだな、そういう仕事は宿老会議で決めておけ。
将軍宣下を受けて早一年、まだ髪は……短いなおい。
そういえば思い出すのは、最近は小松君の影が薄い。治天の君とか言っていたが、義満親父の全盛期には暗躍めいたことしかせず傀儡のふりをし、義持兄は皇統の問題をなし崩しにした際には、無言の賛同をしたよね。
あの人は「公家は公家、将軍は武家だから」と親父が公武共に自分の影響下に取り込もうとしたことと正反対のことをしたね。いや、良いと思うよホントに。俺もその路線は踏襲するつもり。だって、日ノ本の権力は将軍に、権威は朝廷にってことなんでしょ。祀りは帝、政は将軍の率いる幕府で
良いと思うの。お互い、役割を踏まえて行けばいい関係が築けるんじゃないか。
建武の新政も悪い事ばかりじゃなかったと思うよ。御家人を廃止することで、御恩と奉公の関係を整理したじゃん。将軍と御家人の個人的な紐帯じゃなく、将軍-守護-国人って感じで土地に根差した関係に切り替えたのは大いに進んだ感じがする。
大体、中世初期の欧州なんて、フランクの王の個人的財産=王国だから、王が死ぬたびに相続で揉めたり、結婚であっちとこっちがくっついたり離れたりして、統治する気が無いんだよね。豚の貯金箱感覚でさ。土地も住民もね。まあ、征服した蛮族とその支配下に置かれた先住民の関係だからそうなる。
でも、日ノ本は違うじゃん。帝の下に同じ民族って事になっている。奥州は微妙だけど。あと、南九州ね。
最近すっかり治天の君として影の薄い小松君だが、どうやら、改元の時の一件が転換点だったらしい。
幕府主導の改元と帝・朝廷主導の改元があるのだが、正長は小松君も俺も「いんじゃね」で一致したんだよ。
ところが、今回は候補が三つでて、俺は『永享』を、小松君は『宝暦』を押したんだ。最初、小松君が『宝暦がいい』って言ったんだけどさ、俺は『暦』の字が付くのあんまり好きじゃない。それだけだったんだけど、俺が反対して小松君が「公方が決めればいいじゃん」っていうことになって
俺の決定が優先になりメインプレーヤーの交代となったらしい。なにそれ、国際社会は複雑怪奇なんてもんじゃないね。
宝暦だって、徳川家治の頃に使われているから悪くないよね。吉宗の後の時代だね。
「さくらがよく咲いています」
「そうだな。さあ、餅を食べなさい」
今日は将軍御一家で花見の予定なのだが……日野姉妹は臨月も近いので欠席、なので、新台所見習の正親町三条の姫、尹子さんがやってきています。二三年後が楽しみですね。今は童。
周りには、最近側に上がらせた小姓とその見習達が世話しなく歩き回り、また警備宜しくウロチョロと歩いている。正直言って、中学校の文化祭みたいな感じだな。
まあ、歴史に名を残すような武将に育つ小姓は今だ多くはない。これから集めていくことになるだろうか。あと何回、桜の花が咲けば俺は楽ができるようになるんだろう。十五回、二十回、それ以上かもしれないが、何とか六十歳定年制は死守したい。
「上様は何をお考えですか?」
「当ててみよ」
姫童は小首をかしげつつしばらく考えたのち、
「あと何度花見ができるだろうかと……お考えではないでしょうか」
エスパー! いや、年寄りならそんなことを考えるだろうという姫の洞察なのだろうか。まあね、四十で初老だからな。お前が成人する事には立派な老人だよ俺は。
「まあ、そんなところだ」
「いつまでも……です」
「……何がだ」
「上様が健やかであらっしゃいますことです。いつまでもお健やかでいていただかねば私が困りまする」
はいはい、お前が立派な子供を三人産むくらいまでは元気でいたいと思うけどな。多分……十年位は。
「そうよな、姫ばかりでなくこの周りの者共も、京の民もそうであろう」
「それに、帝が寂しがられまする」
「左様か」
「ええ、さようでございます」
この姫と同い年の帝は餅が大好きだからな。俺が好きなんじゃなくって、俺が送る餅が好きなのだろう。まあ、それでも嫌われているよりはずっといい。
「では姫、その為には早くおおきゅうならねばならんな。それではもう一つ餅を食べなさい」
たまり醤油は、この時代味噌の副産物として紀伊の寺で見つけられていた物を取り寄せて餅に使っている。堺で量産されることになるようだが、本来は江戸の初期の事らしい……が作らせよう。焼酎かしょうゆを作るかの二択。
和紙の紙漉きの技術を用いて海苔が作られるようになったのはごく最近の事だが……磯辺巻は美味しいよね☆




