第十一話 静かな場所:愛宕権現
第十一話 静かな場所:愛宕権現
愛宕山の山頂で会うのかと思って気合を入れたんだが……どうやら、貴人は徒歩はいかんらしく輿に乗って階段を上がっています。いいのかね。神聖な境内の中を輿に乗って良いのは神様だけなんじゃない。
「この先で輿を降りていただきます」
外から案内役の修験者の声が聞こえる。やっぱり「**坊」って名乗りなんだろうか。修験って神仏習合?本地垂迹しちゃってるから、神道っぽいのに、寺で『坊』なんだよな。因みに、天台か真言宗に所属している愛宕神社が多いね。白雲寺は愛宕権現発祥の地だからそういうのがはっきりしないけどね。
いや、ここは本殿ではなく、門前もとい鳥居前町の一角にある屋敷である。山の上まで行くわけないか。
輿を降りると左右に出迎えの人の列ができている。お忍びなんじゃないのかねこの会合は。
「ご案内いたします」
俺じゃなく、満斎を案内する態で足を勧める。あくまでも満斎が表敬訪問することになっているのでしょうか。いや、多分、管領や主だった守護には動向筒抜けだと思うけどね。あくまでも、安産祈願だから。
細長い廊下を曲がりくねり、奥まった中庭に面した周りから見えにくい部屋に通される。
「こちらでございます」
上座に通され、歓待され始めそうになるのだが……管主さん?庵主さんなんていうのでしょうか、偉い人をじっと待ちます。
暫くすると、この人僧兵?というくらいの体格の良い高齢の僧が入ってくる。
「お待たせいたしました。当山を預かる、大僧正 天海と申します。天海坊とお呼びください」
「……足利義宣です。お会いできて光栄です」
「三宝院満済と申します。よしなに」
と三人とも挨拶を済ませると、茶が振舞われる。苦い奴だよ。
「さて、今日はどのようなご用件で」
「安産祈願にございます」
「それはおめでとうございます。初めてのお子ですかな」
「お聞き及びかと思いますが、最近還俗した者ですので、恥ずかしながらその通りです」
「上様は昨日元服為されましたので、こうしてお会いすることができるように成ったのでございます」
「それは重ね重ねめでたいですな。それなら、日枝に行かれる方が貴方様にとっては宜しかったのでは?」
確かに、だが俺は、猿に祈るのは嫌なんだよ。というのは嘘で、あいつらが俺の為に情報収集なんてするわけないからな。それに、延暦寺は今後、強訴を潰して特権剥ぎ取る必要があるから、新規開拓中なんだよ。
「将軍宣下を待つ身ですので、『将軍』地蔵にあやかろうと思っております」
「なるほど、霊験あらたかな地蔵尊でございますからな」
あはは、オホホと麿笑いがこだまする。さて本題に入ろうか。
「昨今、旱から始まる飢饉やそれを原因とする一揆や打毀しが増えております。将軍として帝と京は勿論、日ノ本全てを平らかにする為に勤めるつもりでおりますが、如何せん、耳も目も不自由にございまする」
そう、将軍てのはツンボ桟敷に置かれているのが今の状態なんだよ。だから、管領や守護から上がってくる報告が正しいのかどうか、裏取りができる人材が欲しい。その一つが「愛宕聖」の耳と目だ。
「その目と耳になれと申されまするか」
「……いいえ、日ノ本の為に霊験あらたかな愛宕聖の力を貸していただきたいと申しておるだけにございまする」
インチキな修験の文言だけじゃなく、政治を支える力を貸せって言ってるわけですよ。直接的な力はなくとも、与える情報を操作することで、自分たちの意思を幕府に反映させることも出来るんだから、悪い事じゃない。
百姓や地侍焚き付けて、自分が大名に成り替わって地方を支配しようとする手紙魔の子孫よりはずっと健全であるし、難しい事ではないだろう。
「……分かり申した。先ずは、京の周りの事から始めさせていただきます」
つまり、京の周りの即効性のある情報から渡していくから、上手に使って利益配分しろって事か。OK、分かったよ。
「山城の国は将軍家の直接差配に切り替えるつもりです。その上で、愛宕権現の寺領においても、田の収穫量を増やす試みを行ってはどうかとまずは提案しましょう」
「ほお、中々に興味深いお話ですな」
ビジネスパートナーになるわけだから、多少の利益を先に与えないとね。なにも、土地を与えるだけが利益供与になるわけじゃない。でも、どうやって肥を運ぶか……応相談だな。