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『義教記』~転生したら足利義教でした。【完結】  作者: 万人豆腐
『百年生涯』
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第百十五話 享徳四年/康正元年(1455):守護代の直臣化

第百十五話 享徳四年/康正元年(1455):守護代の直臣化


 俺もいよいよ六十一となった。元号が享徳から康正に変わる。


 享徳三年に東北とうほぐで享徳地震が発生し、かなり内陸まで津波が遡上し、引き際に人々が多く流されたようだ。暫くして鎌倉近辺にも地震は発生している。

この時、鎮守府将軍に派遣していたのは四郎五郎『義政』であった。まあ、死ななかったけどかなりビビっていたらしく、一旦駿河に逃げている。


――― 駿河も地震多いぞ☆




 鎌倉公方の息子成氏が古河公方で生き残っていると、享徳の乱が発生し、この辺りから関東の戦国が始まるのだが、この世界にそれは無い。死んじゃっているからね。


 因みに、簗田氏の居城のあった場所に、扇谷上杉の家宰『太田氏』の一門が交代で代官として駐留している。何故なら……


『管領様、公方様、揉め事を仲裁してください!!』

 

 と、東関東の自称守護や国人領主共が手紙を寄こしたり、直談判に来るらしい。この「古賀出張所」が存在しないと、わざわざ鎌倉まで押し寄せる可能性があるので、受付として残してあるのだ。


 一応「書類は受け取ります」といって鎌倉に送るが、基本的に何もしない。だって、自立したいんだろ? 幕府の指図は受けないんだろ? じゃ、勝手に自分たちで解決すればいい。殺し合いでな。


「私、そんな都合のいい人じゃないんだからね!」


 という感じでシオ対応をお願いしてあります。だって義政が鎮守府将軍だよ、適材適所じゃね? 東関東大混乱の予感……




 さて、老い先長い俺の人生、これからはさらにいっそう楽をさせてもらおうと思う。応仁の乱が無くても、中世の日本で、何カ国もの守護を兼務しつつ京に滞在して守護代に統治を丸投げしたら……そりゃ、守護代が領主化するに決まってるじゃんね。支店採用の人間からしたら、本社の社長なんて関係ないからな。支店長が一番偉い。


 徳川幕府の大名は、ちょっとした国人領主程度までサイズダウンしているが、国人全てを直臣化するのは無理なので、有力国人の長である守護代を直臣化して、それぞれ、地方の「京」に滞在させようかと思っている。


 鎌倉に出仕する守護がいたわけだから、同じような感じだな。直臣だから京に出るのは当たり前だよね。幸い、近江に適当な場所を見つけたので、そこを守護代の詰め所にしようかと思ったりする。京は狭いからね。屋敷の格を考えると新しい『近江京』に移動してもいいよねと思う。


 六角家も頑張って近江八幡を整備したから、そこにしようかと思うのだ。


 朝倉氏は本来応仁の乱で勝元に協力し、越前一国を支配することになるのだが、そりゃ困る。なにしろ、俺の息子が斯波家を継ぐからな。だから、そこは全部はやれない。精々東半分だな。敦賀は渡さんよ。


 因みに、脳筋甲斐常治は未だ存命中。もうすっかりヨボヨボだが、遠江の辺りを管理している。そのうち、息子と争い始めるのだろうが、その時には俺の息子の脚引っ張りやがってという名目で追放しようと思っている。故に、長禄合戦は発生するがどちらも負け組となる。


 尾張は織田に遠江は今川に任せようかと思う。分家がいるので、そこに頼んで駿河の寄騎にしておこうかと思うのだ。北伊勢の守護も斯波家に委ねて、尾張と伊勢の海上交通を将軍の弟は抑えるのは悪くないだろう。


 京極の領国である出雲の尼子、飛騨の三木あたりは既にコントロールできなくなりつつあるので、これも直臣化するのが良いだろう。直臣化するとだね、家督に干渉できるようになるわけです。「認めん」と言えるからな。それはそれで、家格の上昇と引き換えに受け入れるかどうかを判断させることになる。


 美濃・土岐氏の守護代斎藤氏あたりは……直臣化しておいた方がいいだろうな。播磨の小寺・別所・有馬氏も同様だ。というか、外様衆扱いをすでにしているので、このまま受け入れていくことになるだろう。


 面白いところでは、伊賀の守護代服部氏とかかな。直臣にしましょう是非。

丹波守護代の内藤氏は随分前に直臣だし、若狭の逸見へみ氏も直臣化しつつある。


 細川・山名・畠山・大内らの規模のある管領・有力守護はそれなりに統制できるよう、分家を配置して統制しているがそれも限界が何代か先には発生するだろうから、その場合、直臣化を進める機会を得るだろう。


 例えば陶氏とか、波多野氏や香西氏に三好氏なんかだな。三好ね……




 この先、守護代の統制をする為の仕組みを作らなければならないのだが、やはり、一円支配を認め分国法で国人の被官化を進めて行ってもらおうかな。


 その先には、他の領国との戦争ではなく、京ネットワークでの物流網に加わり、商業で副収入を得て豊かになるという方向に誘導してもらいたい。江戸時代の農民がお伊勢参りやその他物見遊山ができるほど豊かであったってのは副収入があったからだよね? じゃなきゃ、明治維新の後地方の資産家たちが殖産興業に協力できるわけないじゃん。太宰治の実家とか、五所川原に鉄道引いたりしてるよね?




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― 新着の感想 ―
[気になる点] >守護代服部氏 そうなの?
[気になる点] この時、鎮守府将軍に派遣して いたのは四郎五郎『義政』であった。 改行が気になります。
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