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大凶を引き当てた男は異世界転移する  作者: かりんとう
6章:神の眷属に安らぎをもたらせ……
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ヘンドリックside:これまでのおさらい


夕方、シンイチロウが連れていかれた。

鈍く脳天を痺れさせるような痛みがひいて、ようやく私は通りの壁を伝って伯爵邸に戻った。


『ハアハア、エレノア嬢……済まない、私のせいで……シンイチロウが、捕まってしまって。』


「ヘンドリック様、一体どういう事ですか……!分かるように説明をしてください!」


『それは__』


2階のいつもの部屋で、ヘンドリックはエレノアに今までの事を全て説明した。全ては私の責任だ、焦りすぎて非合法な手段で挑んで彼の身を却って危ういものとしてしまった。


「……シンイチロウ、そんな危ない事に!ヘンドリック様、どうして…?どうして彼を危険に晒してしまったの!」


『済まない……』


ヘンドリックはエレノアの眼から『どうして彼を危険に晒したのか』という迸る怒りと『後僅かの命だから』という憐憫の情を感じ取った。また、エレノアの方も『どんな理由があったにしてももう少し上手く動けていたなら』という悔やんでも悔やみきれない思いを抱えている事を感じたので強くは言えずに室内に沈黙が訪れていた。

階下では伯爵達が狼狽える声が聞こえてくる。


「早く助けないと……いくら借金の件でシンイチロウに恩があるとはいえ、お父様だって今回の事は……」


『それは、分かっている。やはりお国柄が違うな……薄情というか冷淡というか、もう少し使用人を信じられんのか。いや、済まないな。君の前でそんな独り言を言ってしまうとは。

もうするべき事は考えてある。私の“千里眼(クレヤボヤンス)”で見られない場所について探る事と憲兵などについてを調べる事だな。しかし、国内の内通者が欲しいものだ。』


「誰もそんな損な役柄したがらないでしょう……後で何か言われるの、絶対に分かっているだろうし。」


『いや、情報も無いのに今日も含めて2週間で解決するのはかなりの困難だと思うが。で、今私がエドワードに会うのは何処からどう見ても得策ではない……そうなるとシンイチロウや事件に関する情報は入ってこない。憲兵が関わっているのはほぼほぼ間違いないがそれだけでは弱く罪の立証までは出来ない。』


「皆分かってるわよ、そんなこと!多分セイラでも分かるわ!」


『君は妹君を褒めすぎてないか?まだ6歳だろ…理解するには少し難しいだろう。』


「物の例えよ!」


事態が事態なだけにいつもはそれほど相性が悪いわけではない2人は、見事に噛み合っていなかった。そこでヘンドリックの具合が少し悪くなって、ベッドに横たわった。


『はぁ、済まないな……人間が頼れないなら元人間に頼るしかないのかもな。』


「元人間?それってどういう……」


『幽霊という存在だ、この国にはエドワードの父親ヘンリーなど知り合いの幽霊が居る。この間の指令だって彼の協力を得た。彼らの助けを借りて、その怪しい所を当たればもっと早く情報も入ってくるかもしれない。

エレノア嬢、こんな時に言う事ではないのかもしれないが幽霊とは見えないだけで案外身近に居る存在だぞ。』


「えっと、何故そんな申し訳なさそうに言うんですか?ヘンドリック様と幽霊は関係ないじゃないですか……」


『いや、その……さっきからエレノア嬢と私の間で裸踊りしている変態野郎が居るんだよ。__うわあ!こっちにお尻向けてくるな!気持ち悪い!俺は、俺は仲間じゃない!』


「………全然見えないから分からないわ。」


エレノアにはヘンドリックの言う変態野郎の幽霊は見えなかったので本当にそんな存在が居るのか分からないが、ヘンドリック様が“私”じゃなく“俺”という一人称を使ったりと普段とは違う反応からして居るんだろうなとぼんやり思った。シュールな光景、一体私は何を見せられているのか……。


『ハァハァ、ゼェゼェ…取り乱してしまい申し訳ない。シンイチロウも無事だといいが、アイツは拷問の類いを受けた事がないから耐えられるかどうか。』


「うう…シンイチロウ……」


『本当に済まない。明朝から調査を始める。明日は早いのでもう寝たい、君は部屋に戻って自分の事をしなさい。……それと君に手伝って貰う事はない。君まで巻き込んで、もし何か起きたらシンイチロウが悲しむ、それは避けたい。』


「私のことなんて大丈夫!ヘンドリック様、エドワード様以外の伝を私だって探してみます!」


『しかし……』


「止めたって無駄ですからね!止めたところで私はやります!」


『まったく、君は暴走列車みたいな人だな。……シンイチロウは本当に良い友人に恵まれたな。』


エレノアの頑な態度にヘンドリックは呆れながらも何も言わなかった。ヘンドリックの名誉の為に言っておくと、それは単純に終わり行く身体が疲れて物を言うのも満足に出来なかっただけだ、決して意図してエレノアを巻き込もうとしたわけではない。

天井を見つめる。この国の拷問がどのような物かヘンドリックはいまいち掴みかねているが、それと同じくらい懸念する事もあった。


『アイツにも“迷花草めいかそう”が投与されなければいいが……あの薬は中毒性が高い。』


「そういえば、この事件は結局どういうものなんでしたっけ?もう色々と起こりすぎて、私には何が何だか分からなくなってきちゃいました。」


『そうだな、ここで一度これまでの流れをおさらいしておくか。』



《数ヶ月前から起きていた女性行方不明事件が解決した、しかしそれは偽りであった。指令を受けたヘンドリックとシンイチロウはエドワードと共に“迷花草(めいかそう)”という薬に毒された被害女性の元を訪れ、話を聞いた。そして、その後協力関係を結んだ。

しかし、10日ほど経つが何も出てこず新しい手を考えて行動する事を決めた矢先、シンイチロウは憲兵に連行された。》


「えっと、シンイチロウは今多分拷問を受けていて、お父様は疑惑の使用人など置いておけないと悩んでいる最中…ハッキリ言えばクビにされかけているって所ね。」


『ウム……尚、憲兵達は被害女性を“王の集い(KINGCLUB)”という上流貴族の会員制紳士倶楽部に献上しており、今回の女性行方不明事件が表向きは解決したとされるのはただ実行犯を切り捨てただけ、まさにとかげの尻尾!

私達に調べられては困るので連行は強硬手段だった訳だろう。……そういうわけで私達はこの憲兵が女性行方不明事件に絡んでいた証拠を見つけなければならないのだ!』


今までの事を言った所で、エレノアはヘンドリックに聞いた。


「それで、被害女性に投与された“迷花草(めいかそう)”って憲兵達がやったのかしら……?それとも別の所で?そもそも、“迷花草(めいかそう)”とはどのような薬なのでしょうか?」


『良いことを聞いてくれたな、エレノア嬢。憲兵なのかその先なのかは分からんが、今回重要なのはそこではない。

迷花草(めいかそう)”とは我が故郷レミゼ王国東部原産の植物だ。乾燥地域や塩害にも強く、本来は練り香などの原材料である。しかし、万能で痛み止めや麻酔、更には媚薬や精力増強剤にも使われたりと主に神経系に作用するようだ。だからこそ、麻薬にもなる。先程も言ったように中毒性はかなりのものだ。……これが50年前の知識だ、今はもっと進歩して自白剤などにも使われているかもしれない。シンイチロウが情報を漏らさなければいいが……』


「………どっちにしろ、シンイチロウは危険なんですね。」


『当たり前だろう、何処からどう見ても危険な状況だ。_ッ!うあ、頭が…頭が割れそうだ……!』


ヘンドリックが急に苦しみ始めた。

呼吸が荒くなり、ベッドをのたうちまわる。


「ヘンドリック様……!」


そして、そのうち彼の身体が粒子のように砕け散り、パラパラと消えていく。指先から手、手から腕の辺りまで消えて、胸までいくかと思われたその時、消えていた部分はスーッと戻ってきた。


「大丈夫ですか……!」


『大丈夫だ、心配するな。これの繰り返しなんだ、今は胸まで行こうとする程度だがやがては全て消える……私は天上へと帰るんだ。』


「でも、どうして……こんな事が!ヘンドリック様が天上に帰るだけならこんな痛みなど要らないはずですわ。」


『この身体は、アマテラスの式神の術によって復元されただけだ。……術が解けるときはやって来る。それに我が身は眷属となった魂が宿した強大な魔力に耐えきれるほど丈夫ではない。考えてもみてくれたまえ、普通の人間の600倍以上の魔力を宿した魂を普通の人間の身体に入れていると考えてみなさい、到底耐えられるものではないだろう。』


「そんな……私では止められないのですね。」


『あ、当たり前だ。それをするのは神に逆らうも同然。神が鼻にもかけない普通の人間に出来やしない。……諦めろ。』


「……………」


エレノアは黙った。ヘンドリックの痛みが顔には表れていないが、相当なものであろうことを感づいたから。そして、彼が1番今回の事や自らの事で悔しい筈だったから。

ヘンドリックの方は自らの痛みに耐えていたが、それがいつまで持ちこたえられるのか分からなかった。少し前から、常に様々な痛み止めを入れたピルケースを持ち歩くようになり、長時間歩き回り、魔法を使い調べ続けなければならないこの指令はヘンドリックの身体にとっては命を削る最悪な行動なのだ。……たとえ、この身が一度死に、二度と死ぬ事はない人成らざる身であったとしてもダメージは受ける。たいして効きもしない痛み止めを気休めに飲んで胃を荒し、吐き気に苦しみ胃薬を飲み、効果が切れてぶり返した痛みに耐えられず痛み止めを飲み……徐々にその間隔が短くなってゆき……。

ヘンドリックは気絶するようにして明日の朝に備えて眠った。


「ヘンドリック様……貴方はまるで役者ね。」


眠りについたヘンドリックを見て、エレノアはこう呟いた。


「シンイチロウ、貴方はどうしているの……!」


涙を眼に溜めたエレノアは窓を開けて外を見た。

8月も終わりに差し掛かろうとする帝国の風が身に染みた。





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