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大凶を引き当てた男は異世界転移する  作者: かりんとう
6章:神の眷属に安らぎをもたらせ……
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余命2週間


__あれから10日あまりが経った。

ゲームでは、憲兵が“王の集い(KINGCLUB)”に女を献上していた。女性誘拐の実行犯と揉めて彼らを殺したというオチであった。そのオチ通りになるのか、それはシンイチロウには想像つかないが、ここまでの流れは多少の違いはあるが、流れはゲームそのものだった。……そうなるとこの先、俺が捕らわれる事になるんだけど、それは勘弁願いたいと思う。しかし、たいした証拠も得られない中で無情にも時だけが流れていった。


「中々尻尾を出さないね。」


「そう簡単に現す事なんて無いだろ。最終イベント前の盛り上がろうとしてる所だからなぁ、ゲームでいうと。」


『しかし、何かおかしくないか?これほど何も出てこないというのもおかしい、逆に言えば不可解だ。』


「僕らの情報網じゃあダメなのかな、やっぱりマルチウス宮廷内に味方を作ることを考えないといけないかもしれないね。」


『確かに内部、それも憲兵達に近い立場の内通者が欲しい所だ。しかし、私達にはそんな伝は無い。エドワード、君が誰かにアプローチをするしかない。』


「……誰に?」


「ナショスト公爵夫人とかはどうです?」


「シンイチロウ、彼女は無理さ。彼女は人脈の凄さで言えばピカイチだろう。でもね、彼女は憲兵や軍事方面の知り合いは少ないだろう、あそこは彼女と対立する者達がほとんどを占めているから。」


「なるほど………」


恐ろしいほどに尻尾も何も出ないので逆に怪しい。そして、私達の間には何も出てこない事への焦りも生まれていた。このように集まるも議論や推論は平行線を辿るのみだ。振り子時計のカチコチという音だけが室内に響き渡っていた。


「……中々居ないね、近そうな人も。」


『そうだな、今日はこの辺で終わりにしておくか……あまり長居をし過ぎるのも良くない。』


こうして今日も何も得られないまま、陽が暮れようとしていた。

その帰り道での事……。ランディマークの整備された通りを通っていた時に、考えるような素振りを見せていたヘンドリックは急にこんな事を言い始めた。


『シンイチロウ、何故エリスとやらにいじめられている事をエレノア嬢に言わない。言えばいいじゃないか』


話を投げ掛けられたシンイチロウは不審な眼を向ける。彼にとって今の最優先事項は“指令の解決”であり“メイドからのイジメ”などという細事など放っておく、あるいは後回しにするようなほんの些細な出来事だった。


「せっかく伯爵家に使用人がやって来たんだ、そのお祝いムードを壊したくはない。それに、俺だっていつかは居なくなる身だ。彼女が俺をいじめていようが長い付き合いになるのは向こう、いくら足掻いた所でその事実は変えられない。……それに今は指令の方が大切だ。」


『シンイチロウ、お前はいつか訪れる別れが怖くて、そうやって逃げて体よく身を引こうという振りをしているだけじゃないのか?

貴族を舐めるな。かつてそうであった私に言わせてもらうと、伯爵は優しい人物ではあろう。だが、彼女の本性を知っても尚雇い続けるほど愚か者ではないだろう。』


「そ、そんな訳ないだろう……!

俺は、別れを怖がるほど人と関わった事なんて無い。友達なんてほとんど居ないような裸の王様生活をずっと何十年もし続けてきたんだ……目的もなく何もせずに生きてきたんだ。」


ヘンドリックは思案した。

今の彼には心の拠り所がほぼ無いのだと思う。周囲の庇護により、40を過ぎるまで大きな挫折を知らずに誰かの引いたレールに沿って生きてきて、初めての挫折を味わってこの世の冬を過ごし、この異界に連れ込まれた。そして、エレノア嬢の温もりとここでの不便な生活が彼のやさぐれていた心を溶かした。__あのエリスとの出会いにより、ボロボロにされている彼の心の拠り所は忌々しいアマテラスからの“指令”のみである。


《しかし、皮肉なものだ。目的もなく生きてきた彼の心の拠り所がかの忌々しいアマテラスの指令というのは。》


マルチウスでの指令解決は、彼がやっと見つけた使命に近いのだろう。自暴自棄になって危なっかしい事をしなければいいが……彼に似たかつての我が子のように。

鈍い痛みがする、この身体もいよいよ限界に近いことをヘンドリックは肌で感じていた。限界が来るまでに彼が指令を解決できるのか……。


「__ク…ヘンドリック、聞いているのか?」


『フム?何の話だったか、少しボーッとしていた。』


「いや、思ったんだけどさ…千里眼(クレヤボヤンス)使って奴らの所を盗み見てそこから証拠を握れば簡単じゃないか?」


『フッ!シンイチロウ、そんな事が出来れば苦労などしていない。何度か試したが、この指令に関わる場所は全て、千里眼(クレヤボヤンス)を試しても弾かれるようになっているみたいだ。』


「そうかよ……でも、それって裏を返せばその弾かれる場所に何かあるって事になるよな?そこを調べれば何か出るかも。」


『……そうかもな、明日はその方針で行ってみるか。今日は流石に疲れたから帰ろう。』


新たに方針を打ち出して希望が微かに見え始めた時にほとんど出番の無いガラケーが音を立てた。何が起きたのか?指令はまだ解決していない、知らせが来るには早すぎる。


「もしもし。」


『もしもし、ミラーナだが。』


「ミラーナ様?どうしたんですか?指令ならまだ全然解決してませんよ。」


『僕は上でずっと見ているんだからそれは知っている。……君の横に居るヘンドリック、彼の帰還が今日を含めて後2週間に迫っている。だから、解決は急いでくれ。』


「に、2週間!?それはいくらなんでも……」


『これは、僕からの命令だ!……そういう事だから。』


ブツリと電話は一方的に切られてしまった。

横に居るヘンドリックが悲しそうな眼をしていた。自らの余命を知ってしまったからだろうか、それとも他に何かあるのかはシンイチロウには読み取れない。

ズキリ、今まで感じたことが無いような痛みが胸に走った。聞かなければ良かった、ある日背中を向けて彼が消えてしまうよりかは知っていた方がマシだ、そう思うことにした。


『2週間、か……そういうのはもう少し早くに言ってもらいたいものだ。シンイチロウ、早く帰ろう。』


「あ、ああ……」


そこからは2人とも口数も少なくなり、トボトボと家路を急いだ。そして、メスリル伯爵邸のある通りに来た時に何やら騒がしい事に気がついた。

メスリル伯爵邸の周囲に軍服を着た屈強な男共10人ほどが居て、腰には装飾の無いシンプルな剣があった。


『ムム……あれは、憲兵か?』


「ゲームは全員あんな格好だったけど……どうなんだろう。もしそうだったとして、俺に何の用だよ?俺は連行されるような事はやって__ッ!まさか、エドワード様との協力関係か!?」


『それもあり得るだろう。少々派手に動き回りすぎた感もしていた。……千里眼(クレヤボヤンス)で見る限り、向こうは私達が何をしようとしているのか知っているような感じだし、もう少し慎重に動いた方がよかったな……。』


「分析している場合か!?どうにかしないと……!」


シンイチロウが飛び出そうとすると、ヘンドリックはその手を掴んだ。


『ここは私が行こう。何をされるのか分かったものじゃない!シンイチロウ、お前は拷問といった類いの物を受けた事はあるか?無いだろう、お前の居た所でも取り調べ官によっては被疑者への暴行や自白強要はあるというが、ここはそんなのの比じゃないくらいのものだ!お前に到底耐えられるものじゃない……私なら大丈夫だ、私が行こう。』


「ふざけるな…そ、んな、そんな顔で言われても説得力無いよ!俺が行く、俺が…」


ヘンドリックは生前から貴族でありながら農耕に関わっていたからか浅黒くずんぐりむっくりとした体格の持ち主だったが、全体的に血色が悪く医学的な知識がないシンイチロウでも分かるほど体調が芳しくない事は一目瞭然である。


『おい、待て!お前__ッ!クソ…なんで、こんな所で…_…』


ヘンドリックが何かを言い終わらないうちにシンイチロウはメスリル伯爵邸の方へと飛び出していった。ヘンドリックは彼の後を追おうとしたが、そこで身体がジクジクと痛みだし動けなかった。



「………憲兵だよな、彼らは。」


怯えを隠して伯爵家の方へと歩くシンイチロウの方に数人の男達が走りよってきて、周りを取り囲む。屈強な筋肉の壁に阻まれて逃げることは出来そうにない。


「シンイチロウ=ヤマウチだな。」


無機質で抑揚の無い声、リーダーらしき男が声をかけた。


「ああ、そうだ。」


『民自党の大先生に比べれば怖くない、怖くない』と心の中で唱えながらビビるハートを抑えてなんとか返事をした。

どのような俺は罪状なのか…思い当たるのはエドワード様との関係か指令の為に嗅ぎ回っていること。


「お前を“スパイ容疑”で捕らえに来た。何か申し開きがあるなら聞いておくが……」


スパイ……そう聞いて思い当たるのはやはりエドワード様の方。

伯爵家の人々が俺を疑わしい眼で見てくる。そんな眼で見てこなくてもいいじゃないか、俺はスパイと疑われるような行動は取ってしまったが、向こうに我が国の情報を漏らすような事はしていなければ向こうから女性行方不明事件に関する事以外の何かを受け取った事はない。この世界の人間ではない俺には他国に渡せるほどの情報など持っていない。


「申し開き?大有りだ。スパイなんてしていない、俺は何も知らない。」


「嘘を言うな!お前を数日間内偵していたが、ヘンドリックとかいうお前の叔父と共に頻繁にナクガア大使館に出入りしていただろう!それが1番の証拠だ。」


「……不用意な行動だったと思う。でも、それは__」


俺が『大使館に居た知り合い(少年)の事について聞きに行っている』というその場で考えた幼稚な言い訳を言おうとしたその時、あの女エリスは俺の言葉を遮って言った。


「シンイチロウさん、もう止めてください!」


この女、何を止めろというんだ。

_俺だってあの連中に近づきたくなどなかった。

_指令の為に仕方なくやった事なんだ。そうしないと、俺が元の世界に帰る可能性を自分から捨ててしまうこととなるのだから。

_俺がやらなくても10年後に解決されているだろう物を誰が望んで自分から突っつくと言うんだ!

様々な想いが荒波のように襲ってくる。


「止める?何を止めろというんだ。」


俺が出したとは思えないほどに低くなった声、自分でもこんな心の底から怒った低い声が出るなんて思わなかった。

ああ、安っぽい二時間サスペンス終盤の崖の上にいるような錯覚になる。不用意な行動をした事には責任を感じるが、それで何故何も知らないコイツに責められなきゃいけないのか。ギリリと歯軋りをした。


「え……だから、その__」


「俺は何も裏切ってなんていない。そうしないと、いけなかったから……。何も知らない、それだけは…どうか、それだけは信じてくれ……!」


自分から卑屈になって懇願したのは初めてだと思う。山内信一郎は自分から何かをするような男じゃなかった。相手の顔を立てたり、渋々行うことはあったが自分からそうする事はほとんど無かった。


「それは認めるという事か?」


「不用意な行動をしたと言っただろう、でも…俺を連行するのは2週間、いや2日でもいいから待ってくれないか?無理な願いだとは分かっている、でも時間が無い…残された時間は後僅かなんだ!」


「そんなの無理に決まっているだろう」


「__ックソ…時間がないのに!」


そのまま押さえつけられて拘束され、俺は連行される。

憲兵というのは、恐怖の人々にとって対象だ。だが、同時に恐怖の対象になるほどにその捜査能力は高い……王の目、王の耳のように帝国全土に張り巡らされた監視網を舐めすぎていた。ゲームで攻略対象の隙をついてヒロインを捕らえたその存在を舐めすぎていた、見せ場だという事にしか目がいっていなかった俺の落ち度だった。

舐めすぎていたその存在に容疑をかけられ捕まってしまった事が意味するのは『シンイチロウ=ヤマウチ=何か罪を犯した悪人』という公式が成り立つのみ。


「……俺が、せめて魔法さえ使えたなら。」


俺が信じていたものが足元からガラガラと崩れ落ちるような錯覚にとらわれた。

エレノアと視線がぶつかる、彼女はぶつかった視線に気づくと眼を見開いた後に逸らした。……2週間しか残されていないのに、このような状況で俺はどうやって憲兵達が誘拐していた事を証明すればいいんだよ。


「理由があったんだよ、意味があったんだよ……俺が自分から崖を飛び降りる訳ないじゃないか。俺は、」


今度はヘンドリックとも眼があった。

彼の身体がスーッと透けていた、彼自身がそれに気づいているのかは分からない。ミラーナ様を信じないわけではないが、2週間も持たない可能性すら感じる……。

諦めに似た表情を浮かべた俺は何処かへ連れていかれた。自分の身に起こった事の筈なのに何処か遠い事のように思えた。








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