北の大使との協力関係
5つ目の指令が来た、しかもゲームのシナリオをぶっ壊せと言われているような内容で救うべきはヘンドリック。………俺にヒロインの代わりをしろというのか?俺はあんなに愛らしくもなければ唯一の美点であった運の良さは失われ、誰かの助けを得なければ過ごしていけない身である。そんな役目、指令でなければ誰かに譲りたいくらいだ。
5つ目の指令、これを早期解決させるには使用人生活と情報を得る事を両立させるのは厳しいという考えに至り俺はしばらく休職する事とした。伯爵様には休みの間は今までタダにしてもらっていた食費と家賃を払う事でなんとか納得してもらえた。エリスには嫌味を陰でめちゃくちゃ言われたがそれは気にしないでおく。
『済まないな…私の為に仕事を休むなど。そこまでしてくれなくても別にいいんだが。』
「いいや、ヘンドリックには今まで散々苦労をかけた!これは今まで以上に本気で取り組みたい。これは俺が自主的に勝手にやっている事だから気にするな。……で、どこに行くんだ?ゲームの方みたいにいきなり面会謝絶の病院に行くなんて事しないよな?」
『馬鹿言うな、伝も無いのにどうやって会うんだ。まずは味方を増やさなければならない。アベルの所に行く、彼もまた私のように“迷花草”に関わった人間だ。それに私の知り合いだ、多少の協力はしてくれるだろう。』
アベル様か……。俺はいくら知り合いとはいえ、あの厳しい顔をした老人が味方になってくれるのか不安だ。
白い壁のある通りに来て、その屋敷の中の1つのドアをノックするとマリア=ドレリアン男爵夫人が応対してくれた。アベル様に用があると言うと客間に通してくれた。アベル様は礼儀正しく上座をヘンドリックに譲り、話をすることを勧めた。
周りには、北の後始末から帰ってきたトール様と休みなのかフェルナンド様の姿、そしていつものごとく暇人なのかこの家に馴染んでいるエドワード様(と幽霊として、アベルの後ろに居るエドワードの父ヘンリー)が居た。ルイは何処かで寝ているのだろう。
「済まないが皆、少し下がってくれ。3人に話があるから」
フェルナンド&マリア夫妻は言うことを聞いてスゴスゴと扉の向こうへと下がっていった。しかし、トールとエドワードの2人はその場から動かなかった。
「……お前達、下がれと言ったのが聞こえなかったのか。下がれ!」
「無理ですね、オジさん。何故オジさんはそこのヘンドリックにそんなにペコペコするのか訳を聞かされてくれないと下がれません。」
トールは挑発的に言った。エドワードは考えの読めない笑みを浮かべてその場に立っているのみ。
「彼にはお世話になったんだ、だから敬意を示したのみだ。それ以上の訳などない。」
「本当にそうでしょうか?」
トール様が胡散臭げな目を向けて私達を見てきた。彼はもしかしてヘンドリックが祖国で死んだ筈の御仁と同一人物だと気づいている?そう思うと冷汗が背中を流れるのを感じた。
「何か弱味でも握られて脅されているんじゃ!」
あっ!違うみたいだった。……まあ、普通にそこまで考え至らないか。
「そんな訳ないだろ。何を言うんだ!この御方は__」
『アベル、それ以上は言ってはいけない。無用な混乱を招くだけだ。もういいじゃないか。もう放っておいて本題に入りたいがいいか?』
「は、はい……それで、どのような御用で?」
この間、俺らは話に入ることすら出来なかった。ヘンドリックの怜悧な視線にトール様も誰も動けないなか、アベル様が呆けた顔で言葉を出した。
『知っているだろう?女性行方不明事件が解決した事を……そして、それに使われたのがあの“迷花草”だったという事を。頼む、協力してくれないか。私に、いいやこのシンイチロウに手を貸してやってくれ。』
「それは……私の判断では。私は協力したいのですが、家族に迷惑が掛かるのは……」
アベル様の解答は芳しくなかった。ヘンドリック様は寂しそうに眼を伏せて、『そうか』と一言言って席を立った。
『そうだよな、君には家族が居る。生きている間の物を全てを失った私とは違って君には守るべき者が居る。……済まなかったな。』
「申し訳ございません。」
私達は外を出た。その気持ちは沈んでいる。
『エレノア嬢、君は帰れ。君まで巻き込む訳にはいかない、この件は相当根深い。多分、私達が思う以上に。指令として解決させなきゃいけないシンイチロウや当事者の私はともかく君は普通の伯爵令嬢だから。とにかく帰れ。』
「ここまで来ておいて、そんな事を言うなんて……。」
エレノアが悔しそうな眼をして帰っていった。彼女の後姿は寂しそうだった。ヘンドリックはその姿を申し訳なさそうに見てから俺に向かって言った。
『お前、何かやらかしたのか?誰かに付けられている感じがさっきからするんだが。』
「え?何もやってねえよ、お前の方こそ何かしたんじゃないの?千里眼で見てみたら分かるんじゃ……」
『そうか、それもそうだな』
ヘンドリックが千里眼を発動させようとした瞬間、私達2人の肩にポンと叩く人物が居た。後ろを恐る恐る振り向くと後ろに居たのは先程何も話さずに立っていたエドワード様だった。
「やっほー、お2人さん。ちょっとこれから時間ある?……っていうかヘンドリックさんだったっけ、あんたなんか身体冷たくない?大丈夫か、まるで死人みたいなヒヤッとした気が……まあいいや、これからちょっと用があるんだけど良い?」
『内容にもよる、何の用だ?』
「それは来てからのお楽しみ♪」
鼻歌を歌うエドワードに私達は顔を見合わせた。
何か情報が得られるかもしれない、そして『もし彼が危害を加えるなら私が守る』というヘンドリックのありがたい言葉を貰い、俺は彼に付いていく事とした。
ナクガア大使館に招かれ、そこの大使の政務室の椅子に座って彼の話を待った。机には書類の束があり、少しズボラな彼の性格が表れているが机以外は綺麗にしてあった。室内には、大使付のメイドが淹れてくれた紅茶の匂いが漂っていた。
『それで、私達を呼び止めたのはどのような用だったんだ?』
「ん~その前にちょっと聞きたいんだけど、貴方は一体何者なんだ?あのアベル様ですら震え上がらせるその面持ち、これは一体何処で身につけたモノなんだ?」
『フッ、私はただのヘンドリック。大使の貴方が脅威に思うような人間じゃないですよ。今の所は貴方の敵に回るつもりはない、貴方がこれから話す事によってはそれが覆ってしまうかもしれないけれど。』
「まあ、納得はしてないけどいいかな。」
エドワード様は腑に落ちないような顔をして、眼を細めて私達を見てからしばらく考えるような仕草をしてから話始めた。
「実は、君達が気にかけている“迷花草”の件で協力したいと思うんだけどどう?」
『それだけでは信用できない。何故ナクガアの人間がマルチウス帝国の事件に首を突っ込みたがるのか、その訳を聞かせてくれないか。下手すれば内政干渉と非難される行為を大使の貴方がやるにはそれ相応の理由があるだろう。』
「……喰えないな。まあ、ここで食らいついたなら使い捨てようと思ってたんだけどやっぱりタダ者じゃないか。
ナクガア王国の現王の政治方針を知っているかい?いくつかあるけれど、麻薬の撲滅もその中の1つだ。実は、その行方不明事件の被害女性に投与されていた“迷花草”は大陸中央部のアナトリアン公国からわざわざ北のナクガアへ迂回してこの国に密輸された物の可能性が高くてね。俺はその調査に派遣されたんだ。アベル様の所をしょっちゅう訪れていたのも“迷花草”の情報を得る為だった。」
『アナトリアン公国……砂漠地帯が多いからかの麻薬の栽培は可能だな。しかし、私達が解決するのは女性行方不明事件の方だ、君の役に立てるかどうか……』
「そっちは止めておいた方がいいと思うよ?底なし沼だからあまり突っつかない方がいい。シ、シンイチロウ、触らぬ神に祟りなしだ。」
エドワード様はきっとこの数ヶ月の調査で真相を知っているのだろうと察せられる狼狽え振りだった。
「それは、この事件に憲兵が関わってくるからか?それとも、その裏には貴族が居るからか?」
「君、そこまで知っていたのか……?」
エドワード様の顔を見る限り、俺の質問は図星だったようだ。室内に沈黙が訪れた。そのうち、彼の部下が来て彼に何か耳打ちをして部屋から出ていった。
「はあ、この国は本当に仕事が遅いな。やっと被害女性のうちの1人への面会が許された。……そうか、君達もついてくるかい?証言を得る良い機会だよ。」
『そうだな、良い機会だ。シンイチロウ、君も来なさい。』
「あ、ああ…」
彼の反応は図星で、俺が言ったのはゲームのシナリオだ。つまり、今回はゲーム通りに行けば解決する……?まさか、指令とは関係ない北の1件ですらあんなに苦しめられたのに難易度が上がるという指令がこんな楽なものな訳ない……原作では被害女性への面会を口利きしてくれるのはナショスト公爵夫人だった、それがエドワード様に変わったくらいで今、俺が歩いているのはだいたいゲームに沿った道筋だった。
俺達2人は正体が分からないように着替えて、大使館の職員を装ってエドワード様と共に病院に入った。通された病室には、虚ろな眼をしてボーッと一点を見つめる女性の姿。頬は窪んでいて痩せこけていた。その姿を見て、俺はかのいわく付きの屋敷の奥さまの存在を思い出して心が痛んだ。
「彼女の名前は、メアリー。父親の肉屋を手伝う18歳だった。行方不明になったのは1ヶ月ほど前で最後の方の行方不明者だな。」
「彼女とはちゃんと話せるのか?意思疎通できそうに無いけれど……」
「それは大丈夫だそうだ……」
エドワード様の説明を受けて再び彼女を見る。彼女の容貌は50や60歳に見えなくないが、肌の感じからして30代くらいかと思っていたシンイチロウは予想よりももっと若かったので驚いた。
「では、メアリー……君はあの場所でどのような目に遭った。あの場所でどのような目に遭ったのか、話してくれるね。」
「…………」
メアリーは虚ろな眼で一点を見つめるのみで話さない。エドワードはため息をついて
「まったく、仕事が遅い次は嫌がらせか?」
と肩をすくめて言った。俺は、エドワードの“あの場所”という表現がダメだったのかと思った。
「メアリー、君は“王の集い”の御方にどのような目に遭わされた。」
「いやああああああああああ!」
“王の集い”という単語を聞いた途端に、彼女は獣のような断絶魔を上げて息を乱し、ボロボロと泣いた。
「アイツらは鬼だ、鬼、鬼、鬼……私は、騙された。何が市民の味方だ、嘘つき…嘘つき!」
「憲兵達か……その後君はどうなった。」
「そうよ。アイツら、嘘つき!
……アイツら…は女達を選別した…後、あの地獄…に連れていった。スラムの女、いた…選ばれなかった彼女…は…どうなったのか、分からない…」
「その後、君はそこでどうなった。よく話せ、何もかもを。全部、全部話せ!」
「……集まりがある度に私は、私達はアイツらに…いやあああああ!」
「話せ、もっと話せ。」
「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。」
彼女は同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「シンイチロウ、もう彼女から聞くのは限界だ。ここから出るぞ。」
『エドワードの言う通りだ。』
「ぅ…あ、そ、そうだな。」
『どうして…』この言葉を最後に彼女はバタリと倒れた。私達は喧騒ざわめく病室から出た。
そして、大使館へと戻ってからヘンドリックに怒られた。
『お前、焦るのは分かる!だが、彼女に悲惨な思い出を思い出させるのはダメだ。』
「ヘンドリックさんの言う通りだ。彼女から聞き出せて結果としてはよかったが、一歩間違えればどうなっていたか。」
「…済まない。」
常に細心の注意を払う事を俺は忘れていた。
大使館の高い茶葉が使われた甘ったるい紅茶を飲みながら俺は反省した。だが、彼女の証言はゲームでヒロインが聞き出したモノとほとんど同じだった。彼女の役割をすることが求められているのなら俺は“憲兵に捕まり誰かに助けられる”という見せ場まで持ち込まなきゃならない訳だが、それはいくらなんでも勘弁だ。自分から崖へ飛び降りるような事はしない。
『エドワード、一応利害は一致している。それに君はメアリーの所にまで連れてくれた。完全に信用しきるのは難しいが、協力したい。』
「ああ、ありがとう。しかし、貴方と何処かで会った事あります?なんか懐かしいというか、安心する感じがする。」
『いや、そんな事はない。』
ヘンドリックは幼少の彼に何度か会った事があるが、いちいち話すのも面倒なので黙っておいた。私と彼の交遊などほとんどないようなものなのだから言っても何かが進展する訳でもないだろうから。
2人は握手をした。俺はおいてけぼりにされたままだ。ともあれこうして、エドワード様と協力関係が築かれた。
「あ、そうそう、あの少年なら現王の姉君シス王女殿下の屋敷で働き始めた。それと、シンイチロウ…君が一本取ったあのカマセ=イヌ=オシエ=ル=アクヤク元司教だったか…彼がこのランディマークの収容所に移されたらしい。」
「あの噛ませ犬…まだ生きていたのか。」
『彼よりも解決する手段を考えないとな。
しかし、あの後をつけるあれは本当にエドワードだったのか?』
エドワードと別れた俺達はトボトボと歩いて帰る。
日が暮れる。茜色の空がとても綺麗だった。ヘンドリックと居られるのは後少し…そう考えるといつも綺麗な黄金色が、今日はもっと綺麗に見えた。




