第六夜:大陸暦1832年6月15日~7月24日、シンイチロウの孤独
「そうそう、近いうちに新しい使用人がウチに来る予定なの!アベル様の援助のお陰でようやく雇えるくらいにはなったの。」
「おお、そうなのか!」
俺が来るまで数年間使用人無しで生活してきたメスリル伯爵家についに使用人が。しかし、給料面で来たのか?いや、それは無さそうだ。俺の給料だって俺自身は不満はないけれど世間一般では低い方らしい。
「やっとの事で実現したんだからあんまり後輩をいじめないでよ?」
「誰がいじめるかよ。」
やっと俺とヘンドリック以外の使用人が来たのか。ヘンドリックも、そして俺もこの世界にいつまでも留まれる身ではない。俺はもう折り返し地点を過ぎていたし、ヘンドリックに至っては終わりに近づいている。
そうすれば、この家の使用人は居なくなる。使用人が居なくてはまたこの恩人達は馬鹿にされる生活に戻るだろう。
その後、話を聞くとその使用人はメイド2人と従僕1人の計3人でメスリル伯爵領出身らしい。給料もたいして高くないのにやって来たのはそういうわけだったのかと納得した。彼ら3人がやって来るのは、7月に入ってからだという、それまで楽しみだ。部屋で寝ているヘンドリックにそれを告げると、『そうか、それは喜ばしい事だ』と嬉しそうにしていた。
(……よく小説とかじゃ、使用人同士のいじめが激しいって聞くけどな。)
まだ見ぬ彼らへの期待と不安を胸にその話を喜ばしいモノとしてシンイチロウはとらえた。
さて、6月も後半に差し掛かろうとして、今日は数日前とは違い、雨が降りしきってきた。エレノアは刺繍をしていた、ポーターやセイラはつまらなさそうに窓越しの景色を眺めていた。
「シンイチロ、おそとへいけないからツマラナイ……ルイくんもかぜひいたっていってたからあそびにきてくれないし。」
「セイラお嬢様、雨なら後少しで止みます。」
エネルギーが有り余った育ち盛りの子供にとって梅雨など、家の中でカードをしたりどうしても室内の遊びに限られてしまうのでツマラナイ季節なのだろう。俺の場合はそんなの何処へ吹く風と雨の日に後藤や小野を誘って遊び尽くし、翌日3人仲良く風邪を引いて怒られたものだが。
「ツマラナイな……」
「シンイチロ、なにかないの?おもしろいあそび。ツマラナイよ……」
先程から子供達はツマラナイという言葉を連呼するのみ。こういう時に魔法でもあれば、そう思うのだが俺が使えるのは“魅了魔法モドキ”と“テイムモドキ”という人を面白がらせるようなものではなかった。
………魔法、魔法、いや待てよ。1つ思いついたんだが、ここには魔法分子という魔法を発動するためのエネルギー源は存在する、そして魔法を具体化させるには想像力がみそになる。後は魔力……俺の場合15だから、下級の攻撃魔法3回分くらいか……魔力を使うのは、基本的に攻撃魔法だけらしいので回復や精神魔法などは想像して身体に馴染ませていくのが主流な習得方法らしい。
(なんか呪文みたいなのいるのか?いや、想像力なら手当たり次第にしていけば分かるかも……。
……まずは、手品とか瞬間移動は。)
頭の中でテレポートする自分を連想したが、何も起こらなかった。……やっぱりそう簡単にはいかないか。
『……な、何をしているんだ?』
「ん?魔法、何かモドキでもいいからもっと使えないかなって思って。
俺は、ただでさえ役に立たない人間なんだ、それならアイデアを考えて、もっともっと自分自身の力で、自分1人で指令を解決したいんだ。」
『そう、そうなのか?何を急いでいるのか分からんが、悩みがあるなら誰かに相談しろよ。物に、人に当たるなよ。壊された物やキツイ八つ当たりされた人が可哀想だ。』
「?…分かったよ。」
ヘンドリックは俺の過去の話も聞いている。その時に、物に当たっていた事を思い出したのか心配する表情で見てきた。
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7月10日、エレノアが言った使用人がやって来た。メイドのアリサとエリス、そして従僕のシャウムヒルデ。アリサは真面目そうで堅実そうな見た目であった。シャウムヒルデ、彼は気弱そうで小動物のようなオドオドとした態度だ。そして、俺が1番気になったのは“エリス”……彼女だった。何故、彼女にそんな感情を感じたのか、俺には分からない。でも、得たいの知れない何か黒いものを彼女から感じたのは事実だ、俺が知る限りではこういうオーラを纏っていたのは民自党の大物先生くらいだ。若い彼女に何故そんな……気になったが、理由もなく問いつめる事はできなかった。
そんな彼らが来てから2週間過ぎた7月24日、俺は悩んでいた。
『また、何に悩んでいるんだ?』
「俺、この家に居る意味あるのかな……だって、あの3人の方が俺よりも役に立ってるし、正直俺達お荷物になってないか?」
『シンイチロウ、役に立つというのは何も完璧に物事をこなせる事だけではない。お前はお前なりにやっていけ。』
「………そうなのか。」
自分が何故焦っているのか、分からない。
彼らに今までの居場所を取られるから?もし追い出されたら、そんな風に考えてしまうから?
分からない、本当に俺の考えていることが分からない。多分、あれだ。俺が抱いているのは受験生になって周りが焦りだしたのを見て意味もなく焦り出すような漠然とした不安に近い。人が増えればそのコミュニティーで自分が占める割合も小さくなる、ましてや俺なんて好かれるような人間でもないのだからその割合は元から少なかった筈、だがそれも元の世界での話だ。ここでは皆が優しい、今まで手に入れられなかったモノが手に入って、それがまた失われるかもしれない恐怖に苛まれていた。
『……シンイチロウ、お前はもう少し焦らずにゆっくりと考えろ。そして、もっと_っとここでは邪魔になりそうだな、外へ行こう。』
エリスが睨んでいる事に気づいた俺達2人は外へ行く事にした。どうも、彼女だけとは仲良く出来そうにない、そう思った。
首都ランディマークから少し離れた森で、寝転ぶ。これまで、魔法について色々実験をしてきた森だ。ここで、試して分かった。俺は、いくつかの“魔法モドキ”を手に入れた。相変わらず役に立たないレベルの物だったが。
『お前、あの子には気を付けた方がいい。
あの女はなんかぞわっとする何かを感じる、というか不快なので近づきたくない。』
「………鈍い俺ですらそう感じるんだ、貴族でアンテナをビンビンに張ってたヘンドリックなら尚更そうだろうな。」
この日も俺は、除け者にされた気分になった。
はあ、面白くない……全然見栄えが良くない地味な魔法達、使用人同士のめんどくさそうな関係、自分の置かれている頼りない状況に気づいてしまったという気持ちからなのか。
木の匂いがして、青々とする草薮を掻き分けた先にある秘め事にはぴったりな場所。……ここに居るのは熊みたいな男と呼ばれた俺と、牛みたいにずんぐりむっくりした大きな体躯の男だけだが。
(鑑定……)
《山内信一郎
level:1(MAX)
種族:人間(異世界人)
年齢:46(見た目は30、中身は中学生レベル)
職業:メスリル伯爵家使用人、前衆議院議員。
称号:異世界から来た者、“元の世界の神”に呪われし者、“この世界の神”の祝福を受けた者、“異界の神”に興味を持たれた者
状態:軽度の疲労、精神的ストレス
体力:98/117
魔力:15/22
攻撃:46
防御:84
素早さ:76
運:50
スキル:初級鑑定、究極の偽装、究極の言語理解、初級剣術、魅了魔法モドキ、テイムモドキ、収納魔法モドキ、薬物耐性モドキ、身体強化モドキ。
持ち物:普通の服、携帯電話》
俺に使える魔法は増えた。
モドキだったとしても普通の人間には使えないような魔法のようなものが一部であるが使えるようになった。……自分の気持ちが分からない、何に悩んでいるんだ、そう問いかけるがやっぱり出てこない。でも、この気持ちは使用人が来ると聞いたあの時から微かに感じて、今では徐々に大きくなっている、それは確かだ。
『なあ、少しお前の写真、見せてくれ。』
ヘンドリックは俺の胸元の携帯をひょいっと取ってから操作して、画像フォルダの所を見ていった。
「そんな物見てどうするんだ?」
写真はたいした物がない。嫌がる後藤を写した物や自画自賛してカッコつけた物、後は娘や家族の物ぐらいでめぼしいものはない。
不思議に思ったシンイチロウが首をかしげながら聞くと、彼は急に携帯の画面を印籠のように見せてきて大きな声を出した。
『お前が居たいのはどっちなんだ!
……“こっち”なのか、それとも“あっち”なのか?いい加減ハッキリしろ!』
ヘンドリックの言葉を聞いた俺は、躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「“あっち”に決まっているだろう……ずっと、半世紀近く暮らしてきたんだ。やり残した事だってある、それにここに居ても穏やかな望む生活は送れないだろう。」
『それなら、向こうへの帰還を胸にその一点のみに集中すれば良い。あの新しく来た3人の事など気にしなければいい。』
ヘンドリックは携帯を返して、優しく微笑んだ。この時シンイチロウは自分が彼を似ても似つかない父親に重ねていた事に気づいた。
「分かったよ。……でも、どうしてお前はこんなによくしてくれるんだ?お前にアドバイスばかりもらって申し訳ない、何か俺に力になれる事はないのか?俺だってやれば出来るんだから。」
『ハッハッハ、お前…私はもう死んだ身だ。心残りがあった所で死んだらどうでもよくなった……何も、何もない。あったとしても、もう贖罪など出来ないんだから。』
「そうかよ。
でも、贖罪っていうのは被害者と関係者にしなきゃならん。そうでなきゃタダの独りよがりの反省にすぎない。………俺の場合はどちらかと言われれば後者だろうな、おみくじ破いて飛ばされ、強要されて人を救おうとしているんだから。そして、救っても別の人を不幸にして……反省の気持ちすら薄れてきているんだ、反省の気持ちすら起こらない。酷いヤツだ、俺は。」
『そんな事ない、お前は自分の為に動いた。ただそれだけだ。』
「お前も随分軽く言うね……」
生暖かい風が強く吹いて、あまりの激しさに思わず目を閉じた。
風が吹き終わって、目を開くとそこにヘンドリックの姿はなく不安になった。周りを見回して探すも彼の姿はどこにもなく、不安が大きくなる。
しばらく捜し回っていると、目をゴツゴツとしたひんやりと冷たい手に覆われた。ああ、俺を脅かそうとしていたのか、そう思って振り返っても彼の姿はなかった。捜す事を続けようと前を向くと、彼はイタズラな笑みを浮かべて立っていた。いつの間にそこに居たのだろう、サクサクという草の音は聞こえなかったし気配すら感じなかったので驚いた。
「ヘンドリック、お前は俺の事を子供扱いし過ぎだ。俺は50に差し掛かろうとしている男なんだから。」
『知ってるよ。何故なら私は神の眷属なんだ、ずっとずっと上から見てきた、辛い事もうれしい事も何もかもをな。お前は__』
__気がついたら俺は、伯爵家のベッドの上で眠っていた。あの新入り3人との出会いが夢だった……なんて事はなく、現実であり、エリスに嫌味を言われた。
「俺は……何を、確かヘンドリックに何か言われかけて、それで…。なあヘンドリック、お前は何を言おうとしていたんだ?」
俺は、目の前の白い血色の悪い顔をしたヘンドリックに聞いたが、彼は
『ん?何もないよ。気のせいだろ』
ただ一言それだけを言った。
俺は見たんだぞ。お前の足、透けて消えていたじゃないか、幽霊のように。あれは幻なのか?いや、それはない……彼の帰還はもう近いのだから。それは彼のここでの生活が、確実に終焉へと向かっている証だった。
(ヘンドリックが居なくなったら俺は、誰に相談すればいいんだよ。)
相談に乗ってくれるのは何も彼だけではない。エレノアだって乗ってくれる、でも彼ほど的確に俺の性格を熟知して俺の欲しい言葉を言ってくれる人はいない。甘い砂糖のような彼との日々が終わる、夏なのにやけに寒く感じた。




