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第二夜:2009年7~9月、山内信一郎の負け戦


俺がこの世界に来る遠因となった落選話をしろ、ヘンドリックはそう言った。俺の過去話でしんみりしたこの場を更に雰囲気を悪くするつもりか、ヘンドリックを睨んだ。落選話、もう字面からしてバッドエンド臭が漂う話を何故しなければならないのか……シンイチロウは話したくなかった。水を飲みながら何故聞きたいのか、そう聞くとヘンドリックはあっけらかんとして言う。


『今まで聞きたいと思っていたが、中々機会に恵まれなくて。この流れで行けば話してくれると思ったんだがなぁ……』


「いや、そう言われて話すかよ、恐ろしい。」


『そうか……それは残念だ。』


ヘンドリックは心底残念そうな顔をしていた。いつの間にか外はオレンジ色の光がやけに眩い夕方となり、用事もあるからと一旦話はお開きとなった。まったく、何を言い出すんだ……話す訳ないのに。


(それにしても選挙か………向こうではどれ程経っているんだろうか。)


少なくとも行方不明から2日が経っている事は知っている、向こうとこちらは時間の流れが違うのでこちらではもう1年経つのに、それほどしか向こうでは経っていないのだとか。

俺の扱いはどうなっているのだろう。後藤が『マスコミを追い出し……』などという趣旨の事を言っていたので少なくとも地元紙には行方不明の件は載っていると思われるが、帰れるのに何年掛かるか分からないし帰れた時に向こうでどれくらい経っているか分からない。その間に俺の扱いがどうなっているのかもまだまだ不明だ。


「シンイチロウ、顔色悪いけど大丈夫?」


「大丈夫だよ、エレノア。はぁ、何なんだろうな。ヘンドリック様もどうして今更そんな話を聞きたがるんだよ、俺のメンタルがズッタズタだよ……」


「シンイチロウ、話したくなければ話さなかったらいいのよ。でもねえ、貴方はハッキリとしない態度だからそこは良くないと思うわ。ヘンドリック様だってフラフラしてる貴方に『話したくない』なんて言われても納得しないわ、明確な理由を話さないと。」


「そうだな。」


エレノアの言葉を聞いてシンイチロウは少し考えた。ヘンドリックは芥川龍之介の河童という作品を知っていた。ならば、天上世界に行けば普通にアーカイブという何らかの機械から自分の選挙の様子など調べようと思えばすぐに調べられるのではないか……そう思ったのだが、同時にそれなのに何故聞きたいのかという疑問が起こった。


(……まあ、良いのかな。あっちの事愚痴っても、悪口言っても、広がることはないんだし、ここじゃ俺なんてただのシンイチロウなんだから。彼が聞きたいなら言おう、あの選挙に関わりない人なんだから却って別視点から意見を貰えるかもしれないし………)


あの地の人間ではないのだから却って話しやすいし、心の中でわだかまっている物を吐き出す事も出来るだろう。少しひんやりとした夕暮れの風に当たりながらシンイチロウは『よし、話そう』と考えた。

月が暗い夜、様々な準備を済ませてから夜会から戻ったエレノアとヘンドリックの元へと駆け寄っていって話すと一言言った。


『良いのか……?無理に話さなくてもいいんだ、私がああ言ったからと無理に言おうとしなくてもいいんだ。』


「いや、俺自身が決めた事だ。話す、さあ笑え。思いっきり笑い飛ばせ。」


________


___あらかじめ言っておく、これはバッドエンドだ。今から話すのは、俺がこの世界に来るきっかけとなった“冬神神社でのおみくじ破り捨て事件”を起こすきっかけを作り出した俺の選挙話である。

その時の民自党は政権与党の座をかろうじて保っていたが、支持率は20%を切っていて解散しても民自党に不利な事は誰が見ても明らかだった。そんな中で首相は衆議院解散を決断した。


「今回の選挙、危ないね……君も僕も。」


「どうせ、たいした奴が立候補なんてしない。この俺は小者に負けるほど弱くない。」


「君はさ、誠一郎大先生の地盤・看板持ってるからってちょっと調子乗りすぎてない?君みたいなのがいるから僕みたいな善良な二世議員が避難されるんだよ。」


コイツの名は桜島豊太郎(さくらじまとよたろう)、俺と違って温和な顔をした当選同期の議員である。彼もまた二世議員である。あだ名は“ホーちゃん”、彼の豊太郎(とよたろう)という名前を豊太郎(ほうたろう)と読み間違えた事がきっかけだ。


「俺だけにそんな事言うなよ。ホーちゃん、絶対に通ろうな。また永田町で会おう!」


「そうだね、厳しい戦になるだろうけれどまたここで会おう。」


今日のこのマルチウスの夕暮れと同じオレンジ色の光を浴びながら、俺とホーちゃんは当選を約束した。__見ても分かるだろうけど、この時の俺は馬鹿だった。後々考えるととても滑稽だった。


選挙区千葉に戻った信一郎はまず、選挙事務所開設に挨拶回りと公示前までの演説とビラ配りなど、投票日までのスケジュールを組んでいく。


「代議士、もしかすると今回は厳しいのでは。」


「おい後藤、お前までそんな事を……対立候補が来たとしても雑魚だろ?そんな手強い奴が来るわけない、もしここで落ちても比例区がある。なんとかなる。」


「代議士………」


後藤は呆れていた。

この男、いつもアホ発言ばかりしてきたがここまでとは。今までお前が勝てていたのは山内誠一郎大先生のご人徳のお陰だと声を大にして叫びたい気持ちに駆られた、皆の目もあるので何も言わなかったが。


「おい、なんか俺をアピールできるような良い感じのキャッチフレーズないのか?俺の顔が恐いのは代々の事だから分かってるんだ、なんか俺をアピールできるようなモノはないのか!」


「政策で勝負しようにも代議士に政策も何も無いんだから、何もしゃべらないでください。……その前に党の公認貰ってくださいよ。」


「候補者がしゃべらないのはダメだろ!

公認ならそのうち降りる。だからウダウダ言ってても仕方ねぇ。早めに手を打たないと。」


「…………分かりました。」


後に後藤が言うには、彼はこの時点でもうダメだと悟っていたが、俺は全然危機感はなかった。その後、信一郎の素行は正直言ってあまり良い方ではなかったのだが割とすんなり公認を得られ、後は選挙に備えるのみだった。その間も政見放送の収録やポスターの撮影、演説内容などの案を練ることなど、今までならばこんなに労力を掛けなかったぞ、と今よりも鈍かった信一郎がそう感じるほどに後援会、秘書一同一丸となり準備をしていた。そして、この頃に俺の敵は、革進党の公認を得た石崎博人(いしざきひろと)(26)と日本保守党の公認池野権之助(いけのごんのすけ)(68)と無所属の上岡達也(うえおかたつや)(49)の3人だと分かった。

ある8月の真夜中の日付も変わった時間帯に、家の縁側で信一郎は後藤と共に腰掛けて話していた。


「よし……で、世間一般ではどういう感じなんだ。俺の評判とかは……」


「無理ですね、これは。

そもそも民自党自体の評判悪いですからね、それに加えて代議士は元来の性格から仕事などほとんどしてないプー太郎議員という風に見られていますよ。聞いた中では『誠一郎大先生の息子だから七光りだ』とかが多いですかね……代議士、これも良い機会ではありませんか。落ちようと通ろうと今一度自分を見つめ直してください。」


「手厳しいな、何もしていなかったとは……。なあ後藤、何故親父は俺を後継にしたんだ……?俺なんかよりももっと良い人間が居ただろうにな。例えば、お前とか……お前は親父の秘書だってしていた、俺よりも知識だってある。適任じゃねえか。死んでしまって聞けないが、何故そうしたのか無性に聞きたい。」


後藤は眉をあげて信一郎の方を見た。この男がこんなに弱気な所は初めて見た、普段から横暴で運だけよく、これまではその勢いと勘の良さで過ごしてきたとも言えるこの周りの眼に鈍い男が気弱になっていた。


「それは……貴方が良いと思ったからでしょう。出来が良くない息子ほど可愛くなるともいうでしょう。代議士、明日からは何を訴えるのですか?」


「そうだな……俺は、俺の言葉で言うよ。思った事を、見聞きした事を言うよ。」


「貴方……口ベタなのにそのような事をしたら、革進党や日本保守党の候補者達に隙を与える気ですか!」


「どうせ、隙だらけでガバガバじゃないか。1つや2つ隙を増やした所で何になる、何も変わらないじゃない。」


そのまま縁側で寝てしまって体が痛かったが、それを気にする時間もなく早朝演説へ寝不足のまま行く事となってしまった。


「皆さん、おはようございます。山内信一郎でございます。私は、2000年の衆院選当選以来の約10年間皆様の声を国政へと届ける事をして参りました。そして、届けた皆様の声が実現できるのは、長年の実績がある民自党に他なりません。時代と共に新しい風が吹く、それに対応できるように新たな政策を打ち出す。そして私達の生活を安定して成長していく。民自党はこれらの当たり前の事に失敗してしまった、皆さんの厳しいお言葉を聞いてつくづく思います。しかしこの安定は、民自党でないと出来ません。どうか、民自党にもう一度チャンスを、どうか皆さん……この山内信一郎に清き一票を!!」


演説についての人々の反応は厳しいものだった。

矢のように降り注ぐ人々の視線と『しっかりしろ』という激励の言葉。


「朝からうるさいな~!」


「しっかりしろ!」


集まった人々と握手をしていく。支持してくれるかという下心を考える余裕もない、ただただ走り抜くだけの日々。皮肉な事にそれが夢も何も持たずに議員生活を送ってきた空っぽな信一郎が、これまでで1番動き周り、熱を持って活動した瞬間だった。


「歩道からの皆様のご声援、誠にありがとうございます!山内信一郎、日々邁進していく所存でございます!」


選挙民の罵倒すら声援と捉えるほどにがむしゃらに動き、こうして、公示を迎えて、信一郎は今まで以上に働いた。その熱意が少しながらも伝わったお陰か、信一郎の支持率も盛り上がり始めていた。


「代議士……これ。」


「後藤、そんな顔をしてどうした。」


後藤がいつになく難しい顔をしていた。手にはビラが握られていた。《民自党、山内信一郎議員はソープで乱交!?》というデカデカとした見出しのビラ、所謂怪文書というヤツであった。写真もついていたけれどそれは信一郎ではなかったし、ぼやけていて誰か判別は出来ない。


「この怪文書、どういう事だ。革進党陣営か!」


「そのようです、代議士。せっかく代議士の支持率が上がっていたのに……!これでは__」


「後藤……気にするな、俺らが気に病んだ所で広まったモノを今更消す事など出来ない。

男信一郎、黒を白に塗り替えて……やると、言いたいが出来ないな、もうやけくそでやるしかない。後、少し頑張るぞ。」


恐らく俺は落選する、桜島が、後藤が口を濁しながら言っていた事が現実になる予感がここになってようやく感じられた。どうせ、落選するのなら堂々と戦って、敗れよう。

怪文書を破いて、信一郎は敗北の道を戦い抜く決意をした。

信一郎を刺す視線は更に厳しくなった。彼を見直そうとしていた人々の支持は下落した。幼少期からこれまでの尊大な性格を知っている年老いた有権者から、そして革進党の新たな風を求める若い有権者まで、矢のように降り注ぐ厳しい眼と、怪文書を信じた人からの誹謗中傷、身も心も疲れはてていたが、希望が沸いてくるような錯覚にとらわれた。

そして、投票日の8月30日……信一郎はテレビにかじりついて、半分悟っている結果を待っていた。中々千葉の当確が表示されずに焦っていたなかで、午後23時頃になって革進党新人の石崎博人(いしざきひろと)の所に当確、山内信一郎には次点と出て、初めての落選が決まった。


「皆様の温かい支持と頑張りのお陰でここまで頑張る事が出来ました。この度は、私の不徳が致すところです………」


敗戦の詫びをして、事務所内は一気にしょぼくれる。そのまま比例区でも当確は出ることなく、事務所は更に沈んだ。


「くっ………クソ、クソ!俺は、俺は山内信一郎だ、山内信一郎なんだ……。」


「代議士……次、次頑張れば良いんです。それまで地道に活動していけばいいんです。」


そのまま、悔しさに涙を流す暇もなく勝ち誇った顔をして威張り散らしてきた石崎博人に嫌みの1つを言う暇もなく、議員会館を追われ千葉で45歳無職となった。

9月、革進党による政権が出来て民自党は下野して野党へとなった。そんな世間の流れも関係なくなっていた俺はあの日のやる気をなくしていた。怪文書の件は相変わらず俺への不信感をくすぶっていて、身体に毒矢を受け続けている状態だ。


「山内君、残念だったね……」


「ケッ!なんだよ、この比例ゾンビめ。お前は通ったから良いよな、こっちは……」


「こら、あなた!せっかく桜島さんが忙しい中気遣って来てくれたのにその言い草はなんですか!」


雪乃(ゆきの)に咎められるが、悪態をつかずにはいられない。ホーちゃんは笑って良いよと言った。


「君の勇戦は見たよ。知り合いが映像を送ってくれた。君にしては熱が籠った演説じゃないか、中身は無いけど。」


「うるせーよ。俺はそんな言葉が欲しいんじゃない、放っておいてくれ。」


桜島はやれやれという顔をして誤魔化すように笑った。外は厚い雲に覆われて天気は良くない。


「笑いたいなら俺を笑え、当選すると本気で思っていた俺を笑え。お前に笑われた所でこの気持ちはどうにもならない、永田町で再会出来なかった俺を笑え!」


「山内君、君はさ何をそんなに怒っているんだ?この結果を受け入れがたいと思っている自分かい?このウチの地元のお菓子を置いていくからカリカリしないでよ。美味しいよ、歯応えあって。だから、食べて元気を出してね。」


日が悪かったと帰ろうとする桜島を引き留めて、俺は胸で泣いた。どうやら彼は慰めというよりは自分がゾンビとはいえ通った事に後ろめたさを感じて、とりあえずお菓子を持ってきたようだった。


「俺は悲しいんだよ。俺は正々堂々闘いたかったし、勝てなかったのは自分が原因を招いた事だからきっと納得出来ていたと思う……けど、あんな怪文書なんて卑怯な手を使われるのは、嫌だ。俺は、あの男に自分自身の力を出してフェアに戦って欲しかった。せめて、怪文書使うにしても俺がやった事だったら割りきれていただろうに……ホーちゃん、俺は悔しい……!」


「山内君……」


俺は日が暮れて、彼の秘書が痺れを切らしてくるまでこうしていた。

その後、あの怪文書の件の潔白は思わぬ所で晴れた。店が摘発されて顧客名簿が流出したのだがそこに俺の名前はなかったという結末だ。だが、俺はヤル気も何もかもをしぼんだ風船のようになくして、無気力ないつもの尊大な信一郎に戻っていた。そうして、妻には当たり散らして喧嘩して娘と共に出ていかれ、おみくじ破いて異世界行った、こういう訳だ。


________


「まあ、こんな感じだよ……ってエレノア、寝るなよ。けっこうバッドだけどいい話っぽい感じなのに。」


エレノアがスウスウと寝息を立てて寝ていた。

ヘンドリックは普通に、腕を組んで聞いていた。


『中々、お前にも熱い所があったんだな。

この熱さがずっとあればお前も違った人間と見られていただろうにな。もしかすると、お前ってピンチになればなるほど力を発揮するタイプじゃ……試してみるか?』


「いや、結構だ!というか、お前らの話もしろよ!俺ばっかに話させて。」


『いや、もう夜も遅いし眠いからまた明日にでも話そうか。』


そのまま寝床に入ったヘンドリック。話終えて、妙にテンションが上がって興奮した俺だけが眠れずに部屋にいた。眠る2人を見ながら、一言だけ


「これどうするんだよ……エレノアがここにいて大丈夫なのか?」


と言ったが段々と眠気がしてきて、まあ良いやと眠さで重い身体をベッドに預けた。

__あそことは違う平和な空気の流れを感じながら、シンイチロウは眠りについた。






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