修復された友情
ミロとシンイチロウがタニア様とキャサリン様を引き合わせるという約束をしてから3日ほど経って……ようやくそれは実現した。
学園高等科のあの因縁の西洋東屋で2人を引き合わせた。2人が喧嘩してから約2週間ほど経った時の出来事だった。ちなみにシンイチロウとエレノアは、協力者のミロ=サスナ=レッドヒートと3人で大きな木立の影から様子を見守っていた。
「タ、タニア……本当にごめんなさい!
あの後、あんな騒ぎになってしまって……」
「いや、私だって黒髪のお姉さまに同じことしてしまったし、どうせこんな事だろうと思っていたわ。」
神妙な顔をして目を伏せるキャサリン様を、タニア様は笑って許した。
イワンの事があるまで2人はずっと仲良い幼馴染だった。今回はその友情にヒビが入ってしまったと思っていたが、ただケンカした気まずさから仲直りに時間がかかっただけでお互いの事をよく知っている長い付き合いだから、元からそんなにヒビが入るというような大袈裟な表現を使うほどではなかったのだろう。
「ねえキャサリン、私達何やってたんだろうね。まだ数年あるんだから、今度は焦らずにゆっくり相手を見つけよう。」
「タニア……貴女にはミロ様が居るでしょう?」
「え……いや、か、彼はただのお友達よ?」
タニア様は顔を赤くして視線をさ迷わせていた。
これは新たな恋の予感だな。横にいるミロも同じように赤くしているぞ、これは素で照れてるな。
「もー、隠したって分かってるんだから。長い付き合いじゃないの、言ってくれないなんて水くさいな!」
「いや、本当に彼はただの……」
タニア様は訂正しようとしていたが、キャサリン様が1人脳内の世界に入り込んだのを確認して諦めたようだ。ともあれ2人は仲直りできた。
影で固唾を飲んで様子を見守っていた私達はあまりの呆気なさに脱力した。
「あの2人は速いな、仲直りから何まで。女って恐いな……あれがつい先日までケンカしてたなんて信じられんよ」
「女なんてそんなものよ。ドロドロで面倒な世界で生きているのよ。」
横に居たエレノアが頷いた。
木にもたれてシンイチロウは、大あくびをして眼を閉じた。
「で、ミロ、お前はいつになったらタニア様と婚約するんだ?あれは多分脈ありだ、安心して婚約しろ。後はイワンのようにフラフラしなければ良い家庭が築けるだろうな。歳上で人生経験が豊富な俺が言うんだ、間違いない!」
「もう!シンイチロウさんまでからかわないでくださいよ。」
「シンイチロウが人生経験豊富なのかは置いておいて、お似合いだと思うわ。」
「ちょっと、俺は歳上だぞ!というか置いておくな、俺って意外とナイーブな心持ってるんだから。」
「「シンイチロウ(さん)………」」
まったく、俺は山内信一郎様だ。俺が白って言ったら黒くても白になるんだ。
ぶつくさ文句を言っていると、エレノアに『ナショスト公爵夫人に報告するわよ、2人が仲直りしたこと』と引っ張られていった。ミロとはここで別れた。
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「___こういう訳で2人はちゃんと仲直りしました。」
エレノアがナショスト公爵夫人に報告するのをシンイチロウは後ろで聞いていた。公爵夫人は気だるげに息を吐いていた。その様子が艶かしくてシンイチロウは息を飲んだ。彼女にはミーシャとはまた違ったエロさというのか艶というのか、とにかく言葉では言い表せない魅惑的な何かがあった。ミーシャがそのままの絵画のような剥き出しの魅力なのだとしたら彼女は奥ゆかしさを感じる内側に秘めた魅力があるのだろうと感じた。
「そう………ありがとう。貴女には苦労をかけたわ。」
「そんな事は……。あの、もしもあの2人が仲直りせずにいたら、キャサリン様があの男と添い遂げるような事態に発展していたらどうなさるおつもりでしたか……?」
「それは、キャサリン様を私達の所から追放に、悪い言い方すると追い出すしか無かったわ。でもそれは心苦しいじゃないの、だから貴女はお願いしたまでよ。……もう少し、踏み込んだ所まで事態が発展すると思っていたからあてが外れたんだけれどね。」
「はぁ、そうですか……」
ちゃんと仲直りさせられて良かった、エレノアは脂汗がにじみ出そうになるのを背中に感じながら返事をした。
エレノアは“クライム侯爵がミーシャに小遣いをやってイワンをけしかけた事”を知らない。きっと彼女は2人の仲が拗れた事の後ろにクライム侯爵がいた事を知っていて、私達ならばそこまで暴くと思ってエレノアに頼んだのだろうとシンイチロウは思う。
「ありがとう、貴女とはまた協力できたら良いわね。」
「そんな、非力な私などよりも立派な御方達がこの国にはまだまだ居ますわ。」
エレノアも彼女の妖しさを肌で感じたのだろうか顔がひきつっていた。よくこんなすごい御方と押されぎみとはいえか弱い令嬢が話せるなとシンイチロウはエレノアの凄さを実感した。
「シンイチロウとやら、貴方はどうかしら?貴方は協力してくれる?」
「私、私ですか?私はいつかは帰らなければいけない人間です、だから申し訳ございません。」
「帰る……?まあ、良いわ。今回はありがとう。」
彼女は別に機嫌が悪いようでもなく無難に済ます事ができて良かったと安堵した。
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寝台の上に半身を起こして、ヘンドリックはシンイチロウから報告を受けてそっとため息をついた。エレノアは今は下で伯爵夫人と招待状の選別をしている、この国の貴族についてはある程度理解したけれど細かいところまでは把握しきれていないのでこの作業は伯爵家面々のものだった。
『彼女とはあまり関わらない方がいいだろう。』
彼は沈黙の後に微妙な顔をして一言だけ言った。
シンイチロウはその言葉を彼女の身から溢れんばかりの妖しさとゲームキャラだからだと思っているが、それは違う。ゲームでは彼女は喰えないヒロインのパトロンだが、現実で彼女はそうではないと今回の出来事でヘンドリック自身は思わされた。
「これで4つ目の指令も解決できたんだよな。4つ目か……全然実感を感じないけれど、半分過ぎてるんだよな……」
『そうだな。お前もだいぶ使用人暮らしが板についてきたんじゃないか?』
「そうか?まだまだだと思うな、俺は。」
シンイチロウの声には自嘲も含まれていて、ヘンドリックは眉を上げた。以前の自分と今の自分の間に隔たりを感じているのかと彼についての色々な考えがグルグル駆け巡った。
『ならば何故悩んでいる、この世界の事ならお前が悩んでも解決などしきれない。お前は前を見ていればいいんだ。』
「ここが“河童の国”だったらどうする?俺は帰った時に向こうに適応する事が出来なくなるかもしれない。」
『“河童の国”?……ああ、お前の世界の作家のアクタガワ=リュウノスケの『河童』の事を言っているのか?お前は“二十三号”のようにはならない、きっとならない。すぐに適応出来るだろう、だってここにはない便利な物も家族も友人も皆、人が失ってはならない存在が向こうにいるんだ。もし帰れたのなら、ここの事は時々思い出すくらいに留めておけばいい。』
ヘンドリックはおおよその概要しか知らないが、中々不思議な話だと天上界のアーカイブで彼の世界を探った時に感じた。シンイチロウが寝台の脇に腰かけてくるのをジロリと見る。
「ヘンドリック………」
『お前が抱いている気持ちは、追いつけもしない月を追いかけようと手を伸ばしている事と同じようなものだ、忘れろ。
さて、指令を解決したんだ。じきにメールも来るだろう、明日か明後日ぐらいには祝宴でも開こうじゃないか。』
「祝宴って……大袈裟だな」
ヘンドリックはヨロヨロと立ってから、窓の外を眺めた。外には、瞬く星と青白い月が明るく夜を照らしていた。
《シンイチロウ、お前はこんな歪な世界に憧れなど抱いてはいけない。》
この世界は本来の筋書きから大きく外れた。それは彼が来る遥か前から…四半世紀前から、いいやそれよりもずっと以前の大帝国時代から起きていた。近頃の例で言うならトールの性格が急変したのも、ジョンおじさんが悪魔降臨術などという怪しげな本を持っていながらK・Cカンパニーの借金に苦しめられたからと息子の嫁を売っていて、逆にK・Cカンパニーの借金に困っていた筈のカマセ司教が神の復活などを望んだのもその一例だろう。
罪の意識に歪んだ者によって治められるこの世界は彼が思うよりも優しくなどあるはずがない、むしろ残酷でむごい。管理者は、神でもあり悪魔でもある。呼ばれ方が違うだけでそう呼ばれる存在そのものは同一、ヘンドリックはそう思っているのをシンイチロウは不思議そうな顔をして見ている。
『さあ、もう夜も寒い。下でエレノア嬢達を手伝おう。』
「あ、ああ…そうだな。」
それから2時間ほど経った頃にメールはきた。
《おめでとう、4つ目の指令クリア。この先も注意して進め。》
短い文章でこう記されていた。
季節は6月に入ろうとしていた。自覚があまりなかったがもうここでの生活も折り返し地点を過ぎていたのか、そう考えるとシンイチロウは急に悲しさが込み上げてきた。




