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大凶を引き当てた男は異世界転移する  作者: かりんとう
5章:乙女の友情を取り戻せ!
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場所が違えば情報も集まる


イワンがミーシャに何か吹き込まれている事をつかんでから4日ほど経った。だが、その間にたいした進展はなかった。イワンは毎晩、毎晩と彼女の元に通っている訳でもなかったし、彼女が話していたカウンテス伯爵の妹御に手を出す雰囲気はなかった、相変わらずキャサリン様と逢瀬を楽しんでいるようだ。


「しかし、ヘンドリックは大丈夫なのかな……」


「大丈夫って?何かあったの……」


「いや、そういうんじゃないんだけど、ちょっと……」


今は居ない彼の事が気にかかった。

この間も具合が悪そうにしていたのに、こちらに心配かけないようにしているのかあの“ミーシャ”という娼婦について調べると言って裏通りの方へと行ってしまった。

思いつく事なら、帰還の時が近づいているという事実かただ単に風邪を引いたのかだが……どうか風邪をひいているという事を祈らずにはいられない。


「でもそれなら、本人は気づいているんじゃない?でも、言わないという事は触れられたくないって事じゃない?もしも、そうならソッとしておいた方が良いと思うよ」


「そうだな……」


「じゃあ、私達は私達であの2人の事をどうにかしないとね……。そうだ、貴方が言っていたカウンテス伯爵の妹君はまだなんともないみたいだよ?今の所はだけど…」


「そうか。」


エレノアは伝で手に入れた招待状の中から、あれやこれやと良い物を探していた。

メスリル伯爵家には招待状が割とたくさん来る、中立派(というよりはどれにも属していない無所属という方が近いが、世間的にはそういう感じ)であるという理由や後は他の令嬢の見栄えを良くするひきたて役…そして、口撃材料がすぐに出るので重宝されていた。


「まずは、あの2人がどうしているのか確認も必要だし……ナショスト派の集まりね。次は、いつもはあんまり参加していないんだけど…クライム侯爵に近い方の開く夜会にも参加してみようかしら……後は、そうね……中立派も2件ほど行こうかしらこの御方は噂では良い感じの人と聞いているからここにしよう。

シンイチロウ、今日ははしごするわよ!」


「いきなり飛ばして大丈夫か?明日、ベッドから起き上がれないなんて事は止めてくれよ?」


「無理しないようにするから……。

その4件だけにしておく、あんまり動かなければ何とかなるはず。貴方の方こそ大丈夫なの?マナーとか、そういうのは。だって貴方は色々とガサツよ。」


「余計なお世話だよ……。」


ぶつくさと言いながら、2人は準備を始めた。


_________


さて、只今社交シーズンまっただ中の5月。長雨をうっとうしく思って外に出たがらない夫人も夜会にはちゃんと行く、1月から3月にかけてのデビュタントを終えた初々しい令嬢・令息もそろそろ夜会の雰囲気に慣れてきて賑やかになるのもこの頃か。

俺達はまず、ナショスト公爵以下いつも、エレノアが関わるクロハなどの面々が揃っているナショスト派の夜会に行った。


「……あの2人、相変わらずね。」


「だな。はぁ…本当に早く仲直りさせないと不味い、このままの状況が続けば絶交するかもしれないな。

だが、友人など……そういうもんだろうがな。」


「そんな冷たい事言わないの。」


エレノアは近くに居た人にそれとなく話を聞きに行った。ああいうのは俺には出来ない、彼女に任せておこう。……俺に出来るのは精々盗み聞きくらい、あの2人に関する噂が流れるのかは分からないが、何か得られるモノもあるだろうと人混みの近くに紛れて、聞き耳を立てる。


「そういえば、ダテマナ子爵家の夫人……最近、若い男を昼間から招き入れているとか……」


「あら、シーナ伯爵もいらっしゃるとか……」


「最近の夜会ときたら料理の味付けが老人には濃すぎる!」


「ワシなど入れ歯を何回忘れたことか……」


若い人々が好むのは、やはり浮気や流行についてであるようだ。2人に関する話は無いようだ。お歳を召した方は、行きつけの病院の話や最近の夜会は料理の味付けが濃すぎると愚痴っていた。


(うわあ、なんか妙な所でシビアだな……やっぱり元になったゲームがメイドインジャパンだからか?)


実際の英国貴族がこんな話をしていたのか、それは分からないのでなんとも言えないが、こんなきらびやかな品の良い会場で話す話題でもないだろうとシンイチロウは少し引いた。

遠くではクロハやオリン、そしてナショスト公爵夫人にタニア様とキャサリン様…まあ、ここ最近付き合いがある人達の姿をちらほらと見掛けた。


「タニア、もうイワンじゃない男が出来たのね。えっとミロ君だったっけ?早いわね。」


「そうね、キャサリン様。彼はまだ友人ですわ。でも、貴方もイワンと別れた方がよろしいのでは?1度ならまだしも2度同じ間違いをした彼が貴方を捨てないとは限らないんだから。」


「何それ、負け惜しみ?」


「いや、友人としての忠告。」


彼女らの会話を聞いていて感じたのは、タニア様はキャサリン様の事を嗜めて、あの男から遠ざけようとしている。だが、キャサリン様は恋は盲目というのか舞い上がっているのか、負け惜しみとしてしか捉えていないようだった。


「やっほー、こっちの方は割と情報合ったわ。どうもキャサリン様のお花畑頭をどうにかすればなんとかなるかもね。」


「俺も同じ意見だな。さて、次行こうか。」


「そうね……」



次は、クライム侯爵などゲームの黒幕…あまり俺が近づきたくない人種の集まりだった。別に彼らの人間性が嫌いという訳ではない、俺だってブイブイ言わせていた頃にはどちらかと言えば彼らに近い人間性を持っていたので、彼らを否定したりする気にはなれない。ただ、ゲームの黒幕の御方が俺に面倒事を持ち込むような事になるのが嫌なだけだ。

集まっているのは、皆選民意識の強そうな御方達ばかりだ。服は高級なんだろうし何よりも模様など個人の主張が激しい。そして、会場となっているクライム侯爵邸も先程のナショスト公爵邸とは違ってギラギラとしていて眼がチカチカしそうだった。


「あんまり長居したくない場所だな……」


「奇抜な、何世紀前に流行ったのって格好してるわ……」


「エレノア、今更だがそのドレス似合ってるぞ」


「嬉しいけどもう少し前にその言葉が欲しかったわ。ここでそう言われても嬉しくない……」


「す、すまない……」


多分彼らの頭の中は、15世紀くらいのスペイン式の衣装が流行した辺りで止まっているんじゃないの?とシンイチロウは気味の悪さにぶるりと震えた。カラスのように真っ黒なドレスの何処かの夫人、らんらんと咲き誇る華もここでは歪にしか見えない。正気を失いそうな空間だった。


「あら?こんなゴミまみれになって何をなさっているの?」


「アング様……別に何も。招待頂いたので参加したまでです。」


この空間で唯一の知り合いと言ってもいいだろうクライム侯爵令嬢アングの姿があった。醜女であるが相変わらず腕や肩を露出させたロングドレスだけはスタイルの良さの為か似合っていた。いつの間にエレノアと知り合いに……入れ替わってしまったときの茶会でも睨んでいたし何か親交があるのかと思ってエレノアの方を見たが首をふられた。


「そう。でも、居心地悪いでしょうね、今ここの夫人達の間で流行っているのは、動物の生き血を浴びる『血浴』よ?あちらの御方達も、近寄りたがらないの分かったでしょう?

エレノア様、これ以上ここに来てはいけなくてよ?何か目的があるのだろうけど、諦めなさいな。ここに居たら貴女達もおかしくなるわ。聞きたい事があるなら私に聞きなさい、分かることや答えられる範囲内で答えてあげるから。」


「アング様……」


彼女の言っている事は案外マトモだと思った。

だからこそ、ここでの彼女の異端さは際立っているのだけれど。でも、彼女を信用して良いのか……彼女からクライム侯爵達に情報が漏れるのは勘弁したい所だった。

待てよ……こういう時こそ“魅了魔法モドキ”の出番ではないか!今まで使う機会がなかった(と思い込んでいたけれども)やっと出番が来たと思った。


「“魅了魔法モドキ”……発動。

クライム侯爵令嬢アング様……貴女はこれから私達が言う事に嘘をついてはいけません。」


小声で囁く。彼女の眼が酒に酔ったようにトロンとして、顔がわずかに赤い。どうやら術が効いたのだろう。“魅了魔法モドキ”は男性を愛する者全てに聞く、そして俺の場合猫にも効力を発する。効力は1日だが、相手は魅了されたように出来事を夢のようとしか思わなくなる不思議な技であった。不器用な俺には出来ないが、使い方によっては監視カメラなどないこの世界では完全犯罪が簡単にできそうだ。

エレノアに頷いて、言っても良いと合図をした。


「アング様、貴女は“ミーシャ”という女性とどういう関係なのですか?」


「……父が時々家に連れてきてくれる友人ですわ。彼女は色々な事を知っているの。」


クライム侯爵、“王の集い(KINGCLUB)”絡みか……タニア様とキャサリン様の仲直りが優先事項なんだけど面倒そうだ。

まあ、“王の集い(KINGCLUB)”の事は後で聞くとして……あのイワンという男の事も聞いておかないと……。


「イワン=ニコライ=アイリス=ル=ノマモフ男爵子息について、貴女は何を知っていますか……」


「彼についてはほとんど知らないわ。彼のお父様は時々ウチにごまをすっているけれど、どうも彼の贈り物は、お父様の気に召さないみたいで……たいして仲が良いという訳ではないでしょうね」


じゃあ世間の噂とは違うのか。“魅了魔法モドキ”を使っている彼女が嘘をつくようには思えない……もし嘘をついているなら術が効いていないという事だ。ああ、世間の噂とはあてにならない時が多かったなと思い出させられた。


「じゃあ、“王の集い(KINGCLUB)”について、アング様が知っている事を教えてくれ……。そこで、何が行われているのか……貴女は知っているのか?」


「お父様が所属している会員制の紳士倶楽部でしょう?何をしているのか?カードで勝ったと時々鼻唄を歌いながらお父様は帰ってくるから、賭け事ではないの?」


ああ、彼女は知らないのか。あそこでおぞましい事が行われていることに、ここにいる人々の異質さは服装だけではないという事を彼女は知らないのか……。

眼が段々とこのチカチカする眩さに慣れてきた。


「……そうか、ありがとう。ここで話した事は誰にも言ってはいけない。」


「ええ、分かっていますわ。」


じゃあ次にクライム侯爵にこの方法を使えばと思ったが、その彼に睨まれてとても友好的になれそうにないので断念した。今から眼をつけられたくもないしね。


「シンイチロウ、そろそろ行く?」


「そうだな……なあエレノア、彼女はそこまで悪い人間ではなさそうだな。ちょっと嫌味を言ったり、尊大な所はあるが」


シンイチロウは少しだけ、侯爵令嬢アングの事が可哀想に思った。



次は、中立派の夜会を2件だ。1件目はシンイチロウの父山内誠一郎(やまうちせいいちろう)に何処か後ろ姿が似ている紳士、2件目は線の細いひょろっとしたノッポな人の所だった。

両方とも会場は、高貴さなどはない、あの眼に毒な奇抜さもない、素朴なこれまでの会場とは違う力強さを感じる。シンプルで装飾は少ない。


「なんか、あの主催者……俺の親父に似ているな。」


「貴方のお父様って人相悪いの?」


主催者の男性は後ろ姿だけで顔は似ていないが厳つい、顔面凶器という言葉が似合う。父、山内誠一郎(やまうちせいいちろう)もとにかく顔が恐かった、若かりし頃には彼を見れば熊も逃げると言われたほどに。それに後ろ姿であっても似ているのだからどれだけ迫力があるのかは察してほしい。

会場は、ナショスト派のように老若男女揃っている訳でも、クライム侯爵の所のように大人の変な化粧をした中年の男女でもなく、若い10代や20代が中心でダンスを踊る者は少なく、談笑している者達がほとんどだった。


「そういえば、ノマモフ男爵令息は最近ドゥナッティ子爵令嬢のキャサリン様と懇ろだとか…」


「じゃあ、彼はクライム侯爵に靡いたと聞いていたが、ナショスト公爵の方に行ってしまったのかな……」


「我々もそろそろ身の振り方を考えないとな…」


「どちらが優勢なのだろうか、今はナショスト公爵だが……」


それとなく耳をすませば、彼の情報もある。メモ帳を持ち込みたい。

食事を取りつつ、情報を耳にする。ここにはエレノアや俺を嘲笑する視線を向ける者は少ないので気が楽だ。


「ここならまあ、良いわね。いつまでもここに居たいわ、1件だけでも良かったと少し後悔。」


「そうだが情報を集める為には沢山行った方が良いだろ?」


しかし、居心地は良いとはいえ少しピリピリとした緊張感を感じる。微妙な均衡を保って、両方ともに気遣いをしなければならないので皆神経質になっている。


「今日は不思議な日だ……雨なのに皆揃って。」


「ウチの息子と君の娘、婚約させよう。」


「何言っているんだ、君の息子はヨチヨチ歩き始めたばかりだろ?ウチの娘は今年で10歳、少し離れている。」


「そうか……残念だな。」


話も婚約の約束を取り付けようとするものが多かった。1件目はたいして、彼らの情報を手に入れられた訳ではなかった。

2件目、驚いた……なんと会場には軽薄なノマモフ男爵令息イワンの姿があったからだ。そして、それだけでなくカウンテス伯爵の妹君(名前は忘れた)の姿もあった。


「多分、カウンテス伯爵の妹様の方は中立派を引き入れる為の勧誘だと思うわ。」


「なるほどな……無所属を引き入れるのも大事だもんな。そして、イワン……奴は彼女狙いなのか?どうなんだ?」


彼の側に寄って、聞き耳を立てると


「やっぱりモテるって大変だな!」


「ほら、カウンテス伯爵の妹君も私の事を先程見ておられた!」


「困ったな……」


などとナルシスト全開なセリフを言っていたのでシンイチロウは呆然とさせられた。

あんたがモテてる訳じゃなくて婚約者合戦が激しいから多少粗悪品でも無視されて相手が見つかるんだよ、それでなくても後数年もしたらお前に振り向く女なんて居なくなるよ、とシンイチロウは思っていった。カウンテス伯爵の妹君はイワンの事など興味ないようである、どちらかと言われると年配の男性の方に目が向いていた。


「こりゃ、“ミーシャ”にけしかけられてアイツが勝手に舞い上がっているんじゃないの?」


「そうね……」


こうして、夜会のハシゴはイワンが勝手に舞い上がっているんじゃないのという結果で終わったのだった……。






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