エレノアを取り巻く男達の恋愛事情
「__という訳で、私達はタニア様とキャサリン様の仲をなんとか修復しなきゃいけなくなったの!シンイチロウ、協力して……というか協力してくれないと私だけで解決なんて絶対にムリッ!もう……多分、色んな意味でこじれるわ!」
私、エレノアはウチの使用人シンイチロウとヘンドリック様に依頼していた。ちなみに何故ヘンドリック様を様付けするのかと言われれば、生前は侯爵で、わが家よりも爵位は上で歴史も負けているので本人は『そんな様付けされても…』と言うが止められないのだ。
室内のホコリっぽいソファーに腰かけたシンイチロウはあまり乗り気じゃないみたいだった。なんでと身を乗り出したエレノアを見て、シンイチロウは苦笑いしながら答えた。
「俺はあんまり関わりたくないな……あの北での件がどんなふうに歪曲されて、真実も一部混じっているけどほとんど嘘で塗り固められた噂をナショスト公爵夫人が知っているのか知らないけど、少なくとも彼女に近づくと痛い目見るぞ。…10年後辺りに。
それと、俺は恋愛は数多くある不得意分野の中でも特に不得意だ。」
『私もシンイチロウの見解に珍しく賛成だ。
色恋沙汰は苦手だ、女心など分からない古い人間にそんな難しい話は勘弁してほしい……』
……恋愛は確かに難しい話、そこはまあある程度頷けるけど、女心に古いも新しいも無いと思うけど……。
2人の言い分に脱力して再びソファーに身体を預けた。
「でも、貴方達……!2人共、私より長く人生生きているでしょう!それなら、多少は経験はあるのでしょうに。」
「経験か……まず、俺がモテると思うか?大学卒業するまで女性と手を繋いだ事すら無かった俺だぞ、参考にすらならないだろう。デートもキスやその先などは論外だ、参考に出来ない毛が生えたくらいの経験しかない俺に女性のケンカの橋渡し役など無理だ……さすがにハードルが高い。」
いや、なんとなくそんな感じはしていたけどまさかそこまで不得意分野とは思わなかった。
仕方ない、ヘンドリック様なら国は違えど同じ貴族だったので参考に出来るだろうと思って聞くが……。
『フム……?私か、私はお見合いだったからな…婚約を結んだ訳でもなければ出会ってすぐに田舎者扱い……いや、実際に田舎だったから否定しようもないんだが、結婚前からブリザード吹かせてた女としか交際経験はない!
それに、今はどうか知らんがかつてのレミゼ王国はマルチウス帝国とは違って、婚約しないならそれで良いって感じの明るい空気が漂っていたからな……男を奪い合い、またその男を奪われるなどという現象は起きなかった。お国柄が違うので私も参考には出来ないだろう、シンイチロウとどっこいどっこいな経験値しかないんだから。
むしろ、この中で1番女心が分かっているのはエレノア嬢、貴女だと私は思うが。』
「ええ……そう、ですか。
しかし、ここまで参考にならないって逆にスゴくない!?……それに、女は面倒くさい生き物なのよ!恋愛とかが絡んだら特に面倒くさくなるらしいと書いてあったわ!」
「書いてあった、何に?」
「こ、これよ……!」
私はダッシュで走って、本棚から本を取ってきて見せる。そのタイトルは『恋愛大百科~これを読めば男心も女心もすぐに分かる!~』であった。シンイチロウはそんな胡散臭いタイトルでいつ書かれたのかも分からないくらいにボロボロな本を参考にする時点でエレノアもどっこいどっこいだと思った。
『そろそろ夕飯の仕度の時間だ……シンイチロウ、準備しに行くぞ。』
「ああ、そうだな。あーエレノア、その件は一旦保留って事で……」
シンイチロウは、多分受ける気がないんだろうとエレノアは思った。
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夕食も終わり、風呂にも入ってから就寝前の空き時間に私達3人は話し合いをすることにした。いや、この2人を助手とする理由などたいして無いが、クロハなどを巻き込めばあの彼女の事だからやかましく騒いでソフィア様にとっても、私にとっても最悪な最後しか待っていない気しかしない。その他に親しい人も居ない私には何が何でもこの2人を取り込まなければと思った。
「貴女達が役に立たないのはもう充分分かったわ!その上で聞かせてもらうと、タニア様から盗った男とキャサリン様が結婚したらどんな目に遭うと思う?
貴方達は経験はないでしょうけど、既婚者だったんでしょ!ならば、キャサリン様がどうなるのかは分かるんじゃない?」
「そりゃあ、その男にはタニア様の前にも婚約者が居たんだろ?その婚約者からタニア様が盗って、それをキャサリン様が盗ったという事だろうけど……そんなフラフラしてる男、結婚した所で変わらないだろうな。でも、それはキャサリン様の自業自得だろう?盗った男がたまたまハズレだったようなもんだ、キャサリン様が変わって手綱握れば良い。」
『つくづく今日は妙な日だ。それでくじけたのならそんな男捨てて別の男と結婚すれば良い。世の中、誠実な男だっているんだから……全ての男があのヘンリーのような浮気野郎ではない。』
2人の意見は、このまま我慢するかキャサリン様を説得して捨てさせるかの2つだった。
しかし、なんだか腹が立ってきた。2人の言い方はまるでキャサリンが男と共倒れするなりなんなりして事態が沈静化するまで待てと言っているようにしかエレノアには聞こえてこない。ここまで消極的とは……視線を落として、唇を噛む。ソフィア様の迫力に圧されて引き受けてしまった事を後悔した。
「ねぇ……本当に協力してよ!
私が近くの美味しいと評判の店でお菓子奢るから!お願い……私が悪いことは充分分かっているんだけど、そこをなんとか!」
彼女に私なんかが太刀打ち出来るわけない。解決できなかった時、どうなるのか彼女は明言しなかったが……きっと我が家が灰のように消えてしまうことは想像ついた。
『シンイチロウ、女性をここまでさせるのは良くないんじゃないか?
……協力しても損は無いのでは?何をそんなに躊躇しているんだ?まさか、公爵夫人…ゲームの登場人物である彼女の依頼だからか。だとしたら__』
「彼女だからじゃないよ、女性絡みの問題は面倒くさいから嫌なんだ!
確かに彼女は危険だ、ここがゲームと同一の世界じゃなかったとしても……彼女はヒロイン側のパトロン、それを抜きにしても彼女に近づくのは危険……まるで劇薬を飲んでいるようにな!でも、彼女からだってことはもう劇薬だって分かってるんだよ!……女性は面倒なんだ、よく分からないんだ、予測不可能な動きを時としてする…劇薬を飲ませられて、予測不可能な動きをする敵を相手だなんて嫌だ…だから、関わりたくない。これは…っ…俺のただのものぐさだから気にするな」
頭を掻きむしってシンイチロウは言う。
金切声を上げて机に拳をぶつけた。泣きそうになって、声が掠れていた。
『まあ、シンイチロウが2人の仲立ちをするかはまだまだ保留という事にして……私は協力しよう。
シンイチロウ、こんな話はもう止めよう。さて、女性という話が出てきたがお前はどんな結婚生活を送ったんだ?その件の2人が幸せになれるかはともかく、自分以外の夫婦関係などを知らないからな、聞かせてくれ。彼女あるいは彼を説得する時の参考材料としたい。
お前達の居た世界は恋愛結婚が主流と聞いた、この件を恋愛と形容するのは間違いだと思うが、お見合いや婚約に比べると形態的には近いので是非とも参考に。』
「俺もお見合いだったからな………。
しかし夫婦ねえ……俺はその男と違って浮気はしてないし。でも、キャサリン様がちょっとつついたくらいでそっちに流される男はダメだと思う」
『浮気をしないだと?議員の不倫は週刊誌の格好のネタだと聞いたが?お前はそういうお店には行かないのか、んん?』
ヘンドリックがからかうように聞く。
あまりにも失礼なブラックジョークだとエレノアは思った。
「失礼な……キャバクラ行ったからってそれが浮気になるわけないだろ。キャバクラで酒飲んだくらいで浮気なんて言われてたら、世の中の男達のほとんど浮気してることになる!民自党、革進党…与野党関係なくほとんどの議員が全滅だ。
そういうお前の方こそ行っていたんだろうが。確か、貴族って公妾も許されて居たんだろ?」
『フム……レミゼは側室を持つ事自体禁じられていた。しかし、お前なあベラベラと話しすぎだ。私はそういう店には行かないのか?と聞いただけなのに自らキャバクラに行った事を暴露してはダメだろう、深読みしすぎたのか分からないがお前もまだまだだな。』
シンイチロウはしまったという顔をした。
エレノアは少し居心地が悪かった。少し年季が経って座り心地の悪いソファーのせいではない、中年達の隠語混じりの猥談じみた直接的な表現は避けているが、聞く人が聞けば赤面しそうな事を彼ら2人は話していた。
「もう!私が居ることを忘れないでよ!」
「あ、済まん。」
『済まなかったな、つい盛り上がってしまい申し訳ない。』
完全に盛り上がって私の存在を忘れていたようだ、ヒドイ……一応女なんだけど。
しっかし、男って皆女をそういう眼で見てるの?……なんか怖い、急にいつも当たり前に接していた2人が男性に見えてきてエレノアには怖く感じた。
『はぁ……しかし、話を戻すとシンイチロウが懸念する気持ちも分からんでもない。あの公爵夫人が話した事がインチキを通り越して詐欺レベルで実情が異なっている可能性も捨てきれん。
エレノア嬢よ、私も先長い身とは言えない。だから、心しなさい。』
「お前はいっつもそればっかりだな、心しろとか命を失うことも考えろとか……用心深いな、流石中世がモデルのレミゼ王国で生きた奴の意識は違うな。平和大国日本で生きた俺には、用心する事が大事でするに越したことは無いことは理解しているが、そこまで用心する理由が分からないな」
『……優しさなど持っていけばヤられるだけだ、生半可な気持ちで挑む方が間違っている。それはきっとお前が居た世界でもそう変わらない事だろう。皆がとうの昔に忘れてしまっただけで。それに__』
ヘンドリック様の声には苦々しさが混じっていた。険しい顔で、その後の言葉を聞けばエレノアもシンイチロウもここに居る聞く者も話す彼も誰も無傷ではいられないような雰囲気すらある。そんな嫌な雰囲気を消したのはシンイチロウのとんちんかんな声だった。
「ヘーヘー、そうですね!どうせ俺は臆病で危機管理能力もないよーだ。あーあ、疲れた。まるで修学旅行の女子の恋ばなみたいな事をしてしまったな。俺はもう寝る。」
そのままむくれたシンイチロウは大あくびをしてベッドにダイブして寝転んでしまった。本当に子供みたい、中身中学生と本人は自称してるけど小学生なんじゃないかとエレノアはクスリと笑いながら秘かに思った。
『……エレノア嬢、このものぐさは放っておいて明日から解決させよう。』
「そ、そうですね……」
コチコチと時を刻んでいる時計を見ると、もう11時も回った所だった。セイラもポーターも子供はもうとっくの昔に寝ている時間だ、シンイチロウは朝も早い、寝ても当たり前だと思ってエレノアも部屋に戻ろうかと考えた。
その時、シンイチロウが棚の上に置いていた携帯という箱のような物が音を出して鳴り始めた。
__~♪
「ハッ……!なんだよ、こんな時間に…ッ…!」
疲労が溜まっていたのか寝転んだ途端に熟睡して、ガーガーとイビキまでかいていたシンイチロウがあくびをしながら眼を覚まして、ぱかりと携帯を開くと苦虫を噛み潰したような顔をした。
『おい、どうした……?もしかして、私の帰還がもう決まったのか?』
「……悲しいことを言うな、そうじゃない。
俺もエレノアに協力しなければいけなくなったみたいだ。」
忌々しげに携帯の画面を見せつけると、ヘンドリック様は笑っていた。
『フフフ、ミラーナ様もどうしてこんな簡単そうな依頼を……』
そこには、こう書いてあったという。
《4つ目の指令:乙女の友情を取り戻せ
対象:バーバリア子爵令嬢タニア、ドゥナッティ子爵令嬢のキャサリン
クリア条件:2人が完全に和解する。》
「ったく……明日からよろしくな。」
シンイチロウはエレノアと握手をした。
エレノアは神様にありがとうと心の中で呟いた。だが、同時にこの指令が7つ解決されれば彼は去ってしまう、それに気づいてこの問題を解決したいけれど彼にはここに残ってもらっていつまでも平穏無事にこの時間を続けたいとも思った。




