ひび割れた友情
王立学園高等科敷地内にある庭の煉瓦で仕切られた東屋で、2人の少女が言い争いをしている。ただいま現在進行形で2人の乙女の友情はヒビが入って壊れようとしていた。
「酷い、キャサリン……信じていたのに!」
「タニア、世の中早い者勝ちですわ」
東屋にいるのは、ゆるふわウェーブが自慢のバーバリア子爵令嬢タニア。そして、勝ち気で派手な顔立ちをしているドゥナッティ子爵令嬢のキャサリンの2人……他には居ない。
2人は家が近くで幼い頃からいつも隣に居て、親友だった。(最近はクロハなどソフィア様関連との付き合いもあるので一緒にベタベタする回数は昔より減ってしまったが)何をするのにも一緒にいて、双方の親から『あらあら、タニア(キャサリン)は仲良いわねぇ、お婿さんを押し退けて結婚してしまいそう』などと言われるくらいに仲が良かった。
そんな2人がケンカしてしまった理由は………
「酷い、酷いよ!私の婚約者盗るだなんて……酷いよ!」
「なによ、こっちなんて相手も居なくて大変だったんだから…ケチケチしないでまた作りなさいよ!」
そう、キャサリンがタニアの婚約者を盗ってしまったのだ。
貴族社会では婚約問題は死活的な問題だ。早めに婚約者を確保しておかないと、エレノアのように嫁ぎ遅れて待ち受けているのは、女官として宮廷へ勤めるか、修道院に入れられてひたすら祈りの生活か、親の冷たい眼を受けながらの居候生活かの3つなのだ。
「嫌よ、そんなの絶対に嫌ー!」
「何よ、貴女だって誰だったかしら……あの黒髪のお姉さまから奪った癖に!」
そして、奪われたタニアの婚約者もまた誰かからタニアが奪った方だった。
貴族社会は、結婚できるかによってその後の人生が決まってくる、だからこの2人のような婚約者の奪い合いも昔に比べたら少なくなったとはいえ、たまに見掛けるモノであった。結婚したのが、奪い合いの奪い合いの奪い合いの奪い合いの男、4回も女性に奪われた男だという事も珍しい話ではなかった。
そうなるといかにエレノアの存在は異質に見えてしまうのか………。
だが、彼女のような存在は本当に極々少数で、実際この歳で婚約破棄などになれば、後数年後には辛い末路しか待っていない。
「珍しい事でもないでしょう……。
でも、どうやってあの方と親しくなったのかしら。」
「貴女が居ないとき、たまに顔を合わせる機会があったのよ。そうしたら、貴女が勉強で忙しいから会ってくれなくて寂しいって言うから……つい、ね。」
してやったりという顔でキャサリンは言った。この子は昔から記憶力も良かったし、覚えるのが早い分予習もしっかりしていたので成績は良かった。それに比べてタニアは物覚えは悪くないが特別良い訳でもなく、差を埋めるために時間をかけてしっかりと叩き込むタイプだった。
そこを突かれたのだ。何よ、隣に並ぶのに恥ずかしくないようにちゃんとマナーをしっかりと学んでいただけなのに、とタニアの気持ちはぐちゃぐちゃになってしばらく黙った。
「そう……もう私には、何も話す事なんて無いわ。どうか、お幸せにキャサリン様。」
そして、しばしの沈黙の後に出たのはこんな負け惜しみに近い言葉だった。
そうとしか言葉が出なかった。あの黒髪のお姉さまもこんな気持ちだったのか、本当に申し訳ないことをしてしまった。自己嫌悪と怒りの入り雑じった複雑な感情が沸いてきた。
友情ってこんな簡単に崩れるんだと、そして人は怒りを通り越すとこんなにも冷たく、頭の芯が冷えて却って冷静になれるんだと初めてタニアは知った。
学園の東屋には、5月の爽やかでひんやりとした風が吹き込んで髪が軽くなびいた。
「はぁ、これからどうしよう………」
そう思っていると、何やら騒ぎが起こっていた。野次馬根性で見てみると、どうやら男子生徒達がボール遊びをしていて誤ってガラスを割ってしまったようだった。
辺りには、粉々になったひび割れたガラスが散乱していた。すぐに先生達が来て、『離れなさい!』と言って生徒達を追い払っていた。皆がつまらなさそうにその場から居なくなる。
タニアもその場から離れる。空を見上げると青い空は、どんよりと曇ってきていた。
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「___という訳で、彼女達の仲を早く修復してくれないかしら?」
5月上旬の晴れた日に、ナショスト公爵夫人に内々に呼び出されたエレノアは戸惑った。連れてきたシンイチロウも遠くの方へといるようにと指示されて、今はエレノアと彼女2人だけ。
話を聞いて、何故私が……と初めはそう思った、別に彼女が一言2人に言えばそれで解決する話だとも。
そんなエレノアの視線を受け取ったのか彼女は、眼を細めてからため息をついてから言った。
「貴女は、私が2人に声をかければと思っているようだけれど、そういう簡単な話でもないのよ……彼女達は確かに私が声をかければ、仲直りするでしょうね……けれどそれじゃ根本的な解決にはならない。早く友情を取り戻してもらわないと、私の派閥にも悪い影響があるもの……せっせと造り上げたモノが空中分解するのなんて見たくないわ。」
「それはそうかもしれないですけど……私には荷が重すぎます。」
彼女の言い分は理解できる。仲の悪さは現場の士気に影響があるというのはよく分かるし、公爵夫人直々の言葉なら2人は仲直りするだろうけれど、それでは表では親友だが裏では他人のいつまた崩れるか分からない危うい関係になるだけだ。
ナショスト公爵夫人ソフィアはほっそりとした身体をくねらせてから、私は知っているというように熱っぽい視線を向けて私の顔を見た。
「あら、私は知っていてよ。あのシンイチロウとかいう使用人、彼は神から与えられた力を持っているとか……その力で少年を救い出したという噂。その不可思議な彼の力を借りれば、あの2人にも魔法をかけてくれてなんとかなるのではなくて?」
「シンイチロウは別に普通の使用人です!そんな言われているような、不可思議な力など持っていません!」
どうも、あの冬の旅行でアマテラスに邂逅したあの場面が妙な具合に脚色されて伝わっているようだ。おそらくはゴンザレスがクロハに言って、クロハから彼女に伝わったのではと思うが、彼は普通の人間である。ただ、私達が暮らしているこの世界とは少し違うだけの普通の人間である。決して万能な存在ではない。
「でも、彼には私達とは違う何かがあるようね。まあ、そんな良いの。こういう問題は、第3者が間に入った方が解決しやすいのよ、だから貴女にはその第3者になってもらいたい……ただそれだけよ。もし、ちゃんと解決出来たならメスリル伯爵を取り立ててもらえるように主人に話しておきましょう。」
「あ、いや……それは結構です。そんな事したら驚きのあまりお父様が早死にしそうなので。
ウチにはまだ弟と妹がいるので、何卒心臓に悪いことはご勘弁を……」
「そう、それは残念ね。
でも、解決はちゃんとしてちょうだい。もし失敗しても貴女に何か尻ぬぐいさせるような事はしないから、その時は__フフ、まあその時のお楽しみよ。」
「は、はい………」
なんとなくその場の雰囲気に圧されて、エレノアはその第3者として2人の仲を取り持つ事を約束してしまった。
そのすぐ後にハッとしてああ…と思ったが、その時にはもう遅かった。




