6日目、平行世界:俺であって俺じゃないアイツ
この小説はフィクションです。実在の人物や政党、団体などとは関係ありません
昨日はインキュバス化などで疲れてしまった。随分と眠りが深くてガーガーとイビキをかいて寝てしまった。
朝、俺は肌寒さで眼を覚ました。寒い、いや…朝は寒いものであるが、3月にしては寒いのだ。3月下旬のランディマークとはもう少し暖かな、陽の光眩しいものだったとシンイチロウは記憶している。こんなに鳥肌が立ってしまうほどでもなかったし身体がガタガタと震えてしまうものではなかった。
「うう、寒い………」
肌を刺すような寒さに身体を縮こまらせて起きると、天井はいつもより小さいわけではなく、そもそも天井すらない、広がっていたのは灰色の空だけだ。
「ここ、どこ……」
起き上がって、辺りを見回すと見覚えのある景色だ。この古びた、神主もいない誰も立ち入らない神社は……間違いなく、あの冬神神社だ!
“冬神神社”は、由緒正しいのかは分からないが、我が田舎町に古くからあるボロい神社である。少なくともお祖父ちゃんの代にはもう、このボロさだったというので江戸時代…いや、それよりも前から存在しているのだろうけれども、いつからあるのかは誰も知らない、神隠しが多いと噂の神社である。
「ゆ…夢なのか、これは。俺の潜在意識が見せている夢なのか?だったら嫌な夢だ……」
このボロい冬神神社、俺にとっては因縁の場所だ。ここで、おみくじを破り捨てた為に俺は異世界に飛ばされるというとんでもなく大きなトバっちりを受けたのだ。尚、ここはその元凶である管理者“アマテラス”の巣窟でもあるらしい。
『おい、夢なんかじゃないぞ……私もちゃんといるんだから。』
「なんで!?」
『私は人成らざる身となった、人の理からは外れた存在だからお前の元へも付いてこられたんだ』
後ろからポンと肩を叩かれてびくりとする。
この声はヘンドリック、でもなんか少しいつもと雰囲気が違うような……触れると消えてしまいそうな蜃気楼のような雰囲気が彼にはあった。
不思議に思っていると、彼は間抜けな顔をしているであろう俺のほっぺたをつねってきた。……とても痛かった。
「いてぇ……これは現実なんだな、でもなんでこっちに戻ってきたんだ……俺は」
『さあな、お前の元居た世界の事など知らぬが、ここには彼女のオーラは無いな、何が試練なのか分からないがとにかく外に出て様子を見てみよう。ここに居ても何も始まらない。』
「そうだな。ここに居ても仕方ないし、そうだ!近くに『喫茶 五輪』もあるから行こうか」
シンイチロウはよく漫画であるバリアが張られていて出られないのではと心配したが、すんなりと出られたので安心した。しかし、五輪に行くのは良いが金がないと思っていたが、ポケットの中に入っていた筈のマルチウスマルクは日本円に変わっていた用意周到さには嘆息した。
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『喫茶 五輪』はシンイチロウの幼馴染の小野満が経営している、シンイチロウお気にいりの憩いの場であった。過去形にするつもりは無かったのだが、こちらから飛ばされてかなりもう経つので久しぶりすぎてそう感じてしまった。
「いらっしゃいませ、2名様ですね。」
小野が席まで案内する、その動作1つ1つを懐かしく思って涙が出そうになる。
しかし、小野の反応に少し違和感を感じた。俺は行方不明扱いになっていた筈だ、だったら若返った俺を見て彼が何か言おうとしてもよかったのに、彼はこちらをジロジロと見てくるが、血相を変えて駆け寄ったりとそういう反応はなかった。
「なんかおかしいな……」
『何がだ?……ああ、彼の反応は確かにおかしいな、行方不明になったのならお前を見てもっと反応しても良いのに。彼の顔には驚きや疑問のような感情は見て取れるが、反応が少ないな』
ヘンドリックはコーヒーをすすりながら言った。新聞を取って、見てみると日付けは俺が飛ばされた“1月18日”と書かれていた、という事は俺が行方不明前なのか……ならば、この反応もおかしくはないとシンイチロウは納得した。
「……ビビらせるなよ。」
黙ってコーヒーをチビチビと飲みながら新聞に眼を向けるが、めぼしい事は書かれていない。政治で言うと通常国会が召集された事に関してなどで、芸能は別に良いか……忘れかけていた事を思い出すきっかけとはなったが、たいして得られる情報は無かった。
『では、お前がどうなっているのか見に行くか?かつての姿を見れば、何か思うところも出てくるのでは?』
「いや、それはいいよ。確か、今頃は奥さんを余計に怒らせている頃だから……後ちょっとしたら、ここに来る筈だ」
『そうなのか?じゃあ待とうか。』
そうだ、ここに来てからその夜に俺は__。
懐かしいなと思いつつも、心の中でアマテラスに悪態をついた。趣味が悪い、人の望郷の念を利用して…ズルいと思った。
店内のコーヒーの苦い匂いを胸一杯に吸いながら、信一郎が来るのを待った。
……そして、少ししてから彼は来た。彼って言っても自分なんだけどね。
「よう、小野!ついに通常国会だな!……俺も忙しいよ、それにしても夏の選挙はビビったぜ!この俺が落選しかけたんだからな、じゃあな!いやあ、議員は忙しい、忙しい!」
「代議士、そろそろ行かないと遅刻して大恥かきますよ。」
信一郎は腕時計を見てから『ああ忙しい』とこれ見ようがしに言いながら去っていった。
………話が見えてこない、まるであれじゃ当選したかのような口振りじゃないか。それに、第一あの日は通常国会云々ではなく愚痴しか言っていなかったじゃないか、そこからがおかしい。
『見事なほどに傲慢な男だ、お前は』
「悪かったな、でもなんかおかしい……俺は通常国会の話なんて一言も言ってなかった。小野に俺、いや彼の事を聞いてみるか……ちょうどコーヒーも無くなったし。
すみませーん!」
声を上げると小野はすぐにやって来た。そして、コーヒーを頼んだ後にさっきの自分について聞いた。
「ああ、彼は私の幼馴染でありこの千葉8区の議員様でもあるんですよ。いつもうるさい奴で、すみませんね。
山内信一郎、この名前を聞いたことありません?そうだなぁ、彼よりも父親の山内誠一郎大先生の方が有名なのかもなぁ……」
「えっと、石崎博人に負けたんじゃ……」
「負けてなんていません、僅差ですが彼がちゃんと勝利してますよ!」
おかしい……俺自身ではない、いや、さっきのアイツは俺であって俺じゃないんだ。
小野が嘘を言っているようにはとてもじゃないが見えない、つまりここでは俺は選挙に通って今も議員様をしているという事になる。これは……
「平行世界って奴じゃないのか?俺は落ちたから、むしゃくしゃしておみくじを捨てたんだし、通ってたらそもそもおみくじを捨てたりしてないからあっちにも行ってないよ。」
『その見解に賛成だ。
ここは、お前が選挙に通っている世界のようだな、しかし趣味が悪い。』
「そうだよな、俺の望郷の念を沸き起こらせようだなんて酷いもんだ。次の日には、どうせ向こうなんだろ?」
ヘンドリックはさっきの自分が考えたのと同じ事を言った。なので、俺もそれに同意して大きく大袈裟に頷いた。だが、ヘンドリックは冷めた眼で見てきた。
『いや、アマテラスの目的はそこじゃない。
もちろんそれもあるのだろうけど私が言いたいのはそうではない。お前は変わったんだ、あの世界で。その変わったお前にかつての姿を見せて、酷いものだと思うが……。お前は少しだが成長した、色々なものを背負ってきて__そのお前に、恋い焦がれていた光景が起こっている世界に飛ばして、かつての暗愚な己を見せつけようだなんて酷いもんだと私は思ったのだが、それに気づいていなかったのなら私の見当違いだったかもしれないな。』
「そうだなぁ、確かにそうなっていればと何度も思ったことか。でも、お前の言う通りならあの世界に愛着が湧き始めたどちらか俺に選べという意趣返しも感じる……」
『………どっちにしろ酷いものだ。なあ、アイツを見に行かないか?私もだいぶ力が戻ってきつつある、彼がトウキョウに行ったのならそこまで行けば彼の姿も千里眼で見られるだろう。』
「おい、お前もドSだな……あんな自分を見て嬉しいわけないだろ。」
ぼやきながら『喫茶 五輪』を出た。
外は相変わらず寒い、この服は目立つ……お洒落な服でも買っていこうとシンイチロウは思った。
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高層ビル群が並ぶ東京の街にやって来た時、もう昼になっていた。服も途中で買い、電車を乗り継いでやって来た東京の街を見ても感慨深いものを感じたりする事はなかった。
『ほー……スゴい、これがトウキョウか。知識として聞いていたが、実際に見るとスゴいな。』
「……お前は、田舎から出てきたお爺ちゃんか!ほら、ぼさっとしてないで行くぞ。」
ビルを見上げて、倒れかけているヘンドリックを引っ張って議員宿舎の近くまで行く。赤坂にある地上28階建ての宿舎を見て、俺は一言呟いた。
「でっかいな、久々に見たが……」
最後に見たのは、確かあの若造に破れて宿舎から引き払う時だったか……悔しい気持ちになってきて唇を噛み締めているとヘンドリックが笑ってきた。
「ハッハッハ!お前もだいぶあの世界に慣れきったんじゃないか?」
「……時間的に、議員会館で昼飯食ってる頃だな。永田町へ行こう。………俺の事だから選挙を通っても、民自党が政権さえ死守できていれば政務官になれたんだとか言ってそうだなぁ……」
ヘンドリックの言うことを無視して、ツカツカと歩いていった。永田町へ着いて、ヘンドリックに声をかける。
「なんか見えるか?」
『フム、見えた……小者感満載な顔してるな。あれを見ていると、お前は確かに成長したと私は思うぞ。』
「なんだよ、気持ち悪いな……お前に褒められるなんて、雪でも降るんじゃねぇの!」
くしゃみをしながらそう思ったので口に出した。
ヘンドリックは心外だという顔をしてから黙り込んでしまった。
『人の褒め言葉くらい素直に受け取っておけ、このひねくれ野郎。………さて、お前には少し違和感があるだろうが……眼を閉じていろ、開けというまでは開くな。』
視線をウロウロとさ迷わせてからそう言って、ヘンドリックは何か唱え始めた。言語理解の力がある俺にも分からない言葉だった。
ヘンドリックの体から何か気功のようなモノが溢れ始めて、その光を俺の胸に押し付けた。光は俺の身体をヌルリとまとわりついて、やがて全身を覆った。
そして、静かで厳かな声で『開いていいぞ』と声がした。眼を開くと、そこにはこの世界の俺が居た。
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山内信一郎は2世議員である。
今は亡き父親は元建設大臣の山内誠一郎、だから当然そろそろ政務官に……あるいは党の役職に就けると夢見ていたのだが、現実はどうだ_選挙には通れたが、民自党は政権与党の座を失い、党の役職にすら就けなかった、と平行世界の山内信一郎は思っている。
「けっ!どうせ、俺は運がないよーだ!」
……この世界での俺は運がない設定なのか?選挙を通ってる時点で運が良いとしか思えないけど。
「代議士、またその話ですか?もう私は、9月以降もう150……3回ほど同じような話を聞いたのでもう飽きました。」
「ふん、俺だって政務官やりたいの!大臣出来る器とか思ってないからせめて政務官ぐらいやらせてもらってもいいじゃん!」
「代議士、貴方ね大臣どころか政務官になる器すら危うい所なのですが。やりたいやりたい言うけど、貴方はいっつも子供の頃から飽きたら放り出すじゃありませんか!大臣政務官はそこらのアルバイトみたいに気軽にやめられるものじゃありませんよ!」
「やりたい、やりたいと言ったらやりたいの!」
秘書の後藤はこの世界でも相変わらず振り回されるキャラなようだった。元の世界に居た頃は思わなかったが、あの頃の俺ならしかねない。
「もう、後藤っち、代議士をいじめちゃダメ!大丈夫です、代議士なら政務官、いけちゃいますよ!」
「だよねぇ、美咲ちゃんが言うならいけるよね!」
「ああ、もう!三谷さん……どうか、どうかこの男を付け上がらせないでください!もう、目も当てられない将来しか見えないんですよ!」
「もう、後藤っちたら~代議士は無限の可能性秘めてるんですからぁ」
誰だ、この女……。秘書みたいだけど見覚えないな、選挙後に雇ったのか?胸なんかグラマーで良いし、あのスタイルだけは良いクライム侯爵令嬢並みにどこのモデルかっていうくらいにスタイルは抜群だった、顔もパッチリ二重が綺麗で正直言って妻よりも可愛かったが、マジでコイツ誰……?
名前は多分、会話からして三谷美咲、しかし馴れ馴れしい嫌な女だ。“後藤っち”ってなんだよ、気持ち悪っ!
「はぁ、皆俺の本気を知らないんだよ……」
「そうですよ、代議士!」
お尻を揺らしながら平行世界の俺に近づいてきて、あからさまに擦りついてくるこの女を見ていると、ああ、何故なのだろうか………何かの動物系の番組でやっていたサルの交尾を思い出す。
そんな鼻の下伸ばすなよ、俺……こういうの何て言うのか知ってるのか、ハニートラップって言うんだぜ?
「もう、勝手にしてください………」
後藤は疲れきった声でそう言って扉を閉めて出ていった。あの女と堕ちきった自分を見たくないので、後藤の方を追い掛ける事とした。
後藤は、会館のトイレに入ってから独り言のように呟いた。
「もう、流石に無理だ……これなら他の所に行った方が良いな。」
「やあ後藤君、久しぶりだね。昨年以来だね……どうしたの、そんなにやつれて」
耐えかねている後藤に声をかける男が居た。彼の名前は桜島豊太郎と言う、彼とは同じ民自党所属の当選同期で大阪に選挙区を持っているのだが、彼は小選挙区で落選し比例区で当選した所謂ゾンビ議員というやつである。
温和な顔で気弱さを感じさせる風貌の男は、後藤の事もよく知っている。
「あの女……あの女が来て、私がどれ程苦労しているのか、桜島議員には理解出来ないでしょうね!当選してパワーアップした代議士だけでも手一杯なのに、あの女……!」
「ああ、あの噂のハニトラ女の三谷美咲か……彼女を辞めさせないと、山内君まで堕ちちゃうよ?
それでもし彼が彼女をクビにしないなら、ウチで働かない?給料はちゃんと出すから。」
「考えておきます……あ、ちなみに給料はどれぐらいです?」
「………来る気満々じゃないの。」
桜島はため息を吐いた。
後藤は正直堪忍袋の緒が切れかかっているなと肌で触れて、当選同期の堕落しきった熊男に踏みとどまってほしいと切に願った。
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「うわああああああああ!俺、なんてクズになってるんだ!」
ここが当選した平行世界なら、もしも俺も選挙通ってたらこうなってたの?
当選→いかにもな女を秘書にする→後藤に愛想つかされる→後藤が桜島に引き抜かれる→デッドエンド
…………アイツの緩み具合みたら今のこの俺の立ち位置がかなり天国に見えてきて、あの当選した俺は地獄絵図に突入しそうにしか見えなかった。
「落選の方がましじゃないか!」
『おいシンイチロウ、ここは街中だからな。声、声抑えろ。』
「あ……」
街の人が訝しげにジロジロと見てくる。
アマテラスの思惑が、この世界とあの世界を選ばせることや堕落しきった俺を見せつけてダメージを与える事なのだとすればそれは見事に俺にクリーンヒットしている……もう勘弁してほしい。
『それにしても慣れないな、2世だと批判されるとは……。レミゼも、そしてマルチウスも代を重ねる事に格が上がるんだから、2世ごときで批判されてたら貴族なんていなくなるぜ。
私など、生前は32世だからな!』
「そりゃ、モデルにした時代が違うしな……けどレベルが違うよ俺の16倍じゃねぇか!」
げんなりとするシンイチロウは議員会館の方を見つめて、最悪の道を辿らないようにと祈ることしか出来なかった。他人事とは思えなかったからだ、まあ平行世界の自分なので全くの他人でもないが、後藤を繋ぎ止めておけと願った。
『エレノア嬢達に何か東京のお土産でも買っていかないか?』
「じゃあ、最先端の服でも買っていこうか……エレノアにもこういうんだって自慢してやりたいしな。」
そうやって残りの時間は精一杯観光を楽しんだ。
俺であって俺じゃないアイツを忘れたいその一心で、久しぶりの現代を楽しんだ。
___さて、この当選した世界の山内信一郎がその後どうなったのか……それは読者の皆様の判断に委ねたい。




