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大凶を引き当てた男は異世界転移する  作者: かりんとう
4.5章:山内信一郎の災難な7日間
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5日目、インキュバス化:メロメロ大パニック


エレノアの身体で彼女の部屋に入って眠った俺は、身体の疲労感で目覚めた。身体がダルいような重いような……エレノアが動き回ったと言っていたが、それが原因なのか?


「……はぁ、朝か」


自然と沸いてくる欠伸を噛み殺しながら起き上がる。ああ、そろそろ呪いで大変な日々を送っている疲れが出てしまったのか?もう5日目、猫になったり子供になったり、女になったりと忙しかった。


「ハッ!そうだ、俺は今どうなっているんだ?」


声はうん、いつもの俺のだ。あ、下半身には……例のモノがちゃんとある。……久しぶりだな、この感じ。


「あっ!鏡、鏡!」


ここ最近の名物“鏡を見る”がやって来た。もう鏡と友達になれそうだと思うほどに俺は毎朝鏡と見つめあっている。

………そこに映るのは、正真正銘山内信一郎の姿だった。女にもなっていなければ子供にもなっていない、本当に何にも特に変わったところはない普通の俺の姿。


「やったーー!!おかえり、マイボディー!

うん、やっぱりこの姿がしっくりきてるよ、うん、この感じ……やっぱ、良いね!」


久しぶりに見た自分の身体に感動して、興奮ぎみに飛び跳ねた。でも、そこで1つの疑問が生まれる。


「呪い……俺には呪いがかかってるんじゃ……?」


そう、アマテラスは確かに私に呪いをかけたはず、だからこの5日間はそれはそれは大変な日々を過ごしてきた。

なのに、何処にも異変は見当たらない。


「何なんだよ、これは………」


頭を掻きむしりながらぼんやりと天井を見つめながら考える、あの木目は目に似てるなどと関係ない事を考えつつあまり使ってきたとは言えない頭を回転させるが、やはり分からない。分からない事をいつまでもウジウジと考えてもどうにもなるモノではない、腹もへった、早く準備を終えて朝御飯を食べよう。そう思ってトントンと階段を降りていき顔を洗った後食堂へ行き挨拶をする、食堂にはエレノアを除いて全員が揃っていた。


(まあ、仕方ないか。昨日は俺の姿で精神的にかなりやられたんだろうな……)


伯爵家は貴族でもかなり珍しく、使用人も共に食事をするのが慣習だ。というか、使用人が俺が来るまで5年近く居なかったのでまあ、家族皆で作って皆で食べようという方針だったのだが、今も俺とヘンドリックしか居ないのでその慣習が続いている訳だ。

朝御飯は、固いパンに野菜のスープだ。何の知識も持たない自分が食事にありつけるだけ幸せだ、そう思いながら呪いの事を考えるのを止めて、食事を食べた。


「懐かしいなあ……私もよく畑で作っていた野菜をこうして食べていた。」


「おい、食事中に喋るな。」


伯爵の注意で、その後は誰も話さないままの食事が続いている。外は雨だ、さほど強いという訳ではないが冷たい雨が3月の首都ランディマークには降り注いでいる。

そして、食事もそろそろ終盤になろうかという頃に、伯爵夫人がセイラお嬢様に声をかけた。


「セイラ、具合でも悪いの?さっきから全然食べてないじゃないの……」


「うう……」


セイラはご飯をほとんど食べないで虚空を見つめている。


「お、おい!大丈夫か……もしかして、俺がこの間こっそりお菓子食べたのをまだ怒ってるのか!?わざとじゃないから……」


「うう……」


兄のポーターが揺さぶりながら言うが、どうも違うようだ。相変わらず、何か言いたげにもじもじとしながらどこかを見つめている。


「ポーター!貴方、またセイラの事いじめたの!お兄ちゃんなんだから、妹に優しくしなさい!」


「今回はたまたまだし!というか、お兄ちゃんとか言わないでよ。普段全然そんなこと言わないくせに!」


「それとこれとは話が別よ!

………セイラ、一体貴女はどうしちゃったのよ」


「ううう……」


ポーターは典型的な反抗期に入ろうとしているのだろうか、何となく分からなくもないが。お兄ちゃんになったことのないシンイチロウには、ポーターの気持ちはあまり分からなかった。そして、セイラは眼に涙を溜めて俯いた。


「セイラ、ハッキリと言いなさい。貴女は来月には、初等科に通うことになるのよ。もう十分自分の気持ちは話すことは出来る筈……一体どうしたの?」


「セイラ……シンイチロのこと、すき!」


幼い幼女の宣言に俺は面を喰らった。

結婚生活20余年、誰かを好きになるなどシンイチロウには無かった。恋とか愛とかから遠ざかって、好きという言葉すらドラマや創作物の世界の言葉になっていた。だから、決してこの勇気ある告白に胸を動かされたという訳ではなく、言葉を受け付けるのに時間がかかったのだ。


「なっ!……シ、シ、シ、シンイチロウ!お前は、いつの間にセイラを………!」


「セイラ、本気なの?シンイチロウは貴女よりとても年上だし、貴女にはルイ君がいるのよ?」


「わたしは、シンイチロのほうがいいの!」


硬直していた伯爵が復活するのに数分かかった。やっとのことで口に出たのは、結婚挨拶をする時の恋人の父親のようなセリフだった。伯爵夫人は一生懸命止めようとしているがそれも効果は薄いようで、彼女の澄んだ眼が俺にはとても眩しかった。……ちなみにポーターはと言えば、後で聞いた話だが、この衝撃発言に驚いて座ったまま眼を開いて気絶していたそうな。


「誤解ですって!何もありませんって……なぁ、ヘンドリック!そうだよな、そもそも俺がモテる訳ないだろ?」


『……フム、確かにな。私も不幸にもシンイチロウと同じような動物顔の持ち主だが、あまりモテた事はないな。………だが、私の息子はシンイチロウに似ているくせにそれなりに顔の見栄えだけは良かったからな、感じ方は人それぞれなのではないか?』


「フォローになってねぇー!」


「確かに……そうかもしれないな。」


そして伯爵、納得しないでくれ……。

そのまま、セイラに抱きつかれて引き離そうとしても離れない。


『………シンイチロウ、もうそのままでもいいからちょっと来てくれ。話がある。』


朝御飯も終わったしと食器を片づけた後、ヘンドリックと依然として抱きついているセイラを連れて部屋に向かった。


_________


『セイラちゃんは、魅了魔法の一種にかかっているな……しかも、お前が彼女にかけたモノだ。』


部屋に入るなりヘンドリックはこう言った。

外は相変わらず雨が続いている、今日は外に出る用事はないし、足りない生活必需品は無かった筈…つまりは急用ができないかぎりはこの家でずっとこの状態なのだろう。

そんな中でヘンドリックが言った言葉も先程の言葉には及ばないが、衝撃的であった。


「……魅了魔法?俺は、そんな魔法は持ってないぞ?」


ここ最近身に付けたのは、猫にしか効かない、魔法とも呼べないテイムもどきだけだ。魅了など、そんな名前の魔法は身に付けていない。


『……つまり、それがお前の今日の呪いなんだろう。魅了魔法にしては弱い、そしてコントロールも出来ていない……だけれどもお前はそういう人を魅了してしまう身体に一時的になっている。

……お前の身体はインキュバスのようになってしまったんだ!』


「インキュバス?俺が、俺がか?」


インキュバスってあの異性にエッチな夢を見せてムフフな事をするという、あのインキュバス?


『間違いなくそのインキュバスだ、どうやら効くのは女性だけのようだな。伯爵夫人とエレノア嬢がこうなるのも時間の問題かもしれん……ああ、セイラちゃんよ…気の毒に、こんな男に引っ掛かってしまって……』


「………そう言われてもな。なあ、セイラお嬢様」


「シンイチロ、すきぃ……」


なぜに、というかそんな漫画みたいな事起きても喜べないよ……ツッコミしかないよ。


『………もしかすると、手遅れかもしれんな。』


ヘンドリックはぼやくように言った。

俺なんて、主人公の友人のギャグ要員でしか活躍できなさそうなのに。

相変わらず、セイラは離してくれない。

そして、彼女はとても幸せそうな顔をしていて離そうにも離せないのでとても複雑な気持ちになる。


__ギヤャャ!


屋敷にそんな声が響いたのは、その数十分後だった。伯爵の声だった、何が起きているのかと思って部屋を開けてから階段を降りて見に行くと、そこには何故か猫に囲まれる伯爵……そして、彼は俺にたいしてこう言った。


「シ、シンイチロウ!助けてくれぇ……」


「な、何が!」


そう伯爵に問おうとしたのと同時に、雨に濡れた猫達は何故か俺に飛び付いてくるのだ。


「ニャーオ(もう、あなた…良い雄じゃないの)」


「ニャーオ(ちょっと、この雄は私のよ!)」


テイムもどきのお陰か言葉が分かる。

でも、セイラお嬢様だけでも精一杯なのに彼女らを相手にするなんて、無理だよ……!


「無理だって………これで精一杯なのに!」


__その後、首都ランディマーク近辺のオス猫達の間でシンイチロウに“メスハンター”というあだ名が付いたのだが、それはまた別の話だった。


『………お前は、女だけでなく猫にも効くようだな。』


「そうみたいだな……」


『さすがにインキュバスのようにムフフな展開などへは持ち込めないだろうな、お前の力じゃ。でも、そんな事よりもあれをどうにかしろ』


目の先には猫の大群、むしろ先程よりも増えているような。


「シンイチロ、うわきするの?」


「う、浮気!?君とは何も始まっていないんだけど!そもそも、浮気とかでいうなら君の方こそルイ君から眼を離して………」


「シンイチロ……のイジワル。」


更にギューッと抱き締められた、子供の力とはいえ窒息しそうなんだけれども。

………そして、猫は更に増えていた。この家の中や庭などに、100匹近くはメス猫が集まってきただろうか……。

そのまま、鳴き声の大合唱だ。

後ずさったシンイチロウの重みなのか木の階段がギギと軋む音がした。


「何よ、さっきから何を騒がしくしているの!頭が痛いわよ!」


「エレノア!た、助けてくれぇ……」


引きこもっていたエレノアがあまりのうるささに部屋から出てきた。そして、100匹の猫に逃げ惑う惨状と、シンイチロウにくっつくセイラの姿に眼を見開いていた。………猫はまた更に増えていたが、それはもう無視した。

そして、猫からセイラに、セイラから俺へと視線を向けたエレノアと俺の視線が、まともにぶつかった。だが、その後エレノアは恥じ入るように視線を逸らした。


「……エレノア?」


「シンイチロウ、ずるいよ…セイラとだけ楽しんで!ずるいよ!」


再び視線を向けてきた時に、彼女は顔を赤くして口を尖らせてそう言う。………この反応、まさか。インキュバスの力が効かないという男であるヘンドリックに眼を向けると、彼は苦笑しながらお前の考えは間違っていないとばかりに小さく頷いていた。


「シンイチロウ、お前……エレノアにまで!」


「だから……無実だってば!伯爵、俺がモテる訳ないだろ!」


引き剥がそうとするが、セイラ+エレノア+猫達をシンイチロウの力で引き剥がすにも数が多すぎて出来ない。


『なあ、これがお前に与えられた試練だというのなら、お前は誰だかは分からないが女に下心を持っていたという事になるな。それを乗り越えるために、呪いを掛けられたんだろう。

………お前、まさかエレノア嬢にそういう眼を向けていたか?1番近くに居たのは、彼女だからな』


「そう言われても否定は出来ないよ、だって性欲は誰にだってある物だ。でも、インキュバス化したからといって、求められたからといって俺はエレノアに何かしようとは思わない。」


このまま、彼女と愛し合う事も出来なくはない。でも、レイプまがいの事をすればエレノアはもちろん、俺自身も傷つく。居心地の良い今の関係を壊したくはない、信頼を失うような事はしたくない。


「シンイチロウ……」


「シンイチロ、もっとギューッとして……」


そして、傷つく事よりも虚しいじゃないか。彼女達は俺を見ているんじゃない、ただ術にかかっているだけ……元の世界にいる妻にはバレない浮気をしたいと思うより、そちらの感情の方が大きかった。

シンイチロウ、とヘンドリックが口を挟んだ。睫毛が悲しそうに伏せられている。


『……シンイチロウ、この現象は魔法ではないが、魔法と似通ったモノだ。この世界で存在することを許されている超能力以上魔法以下のもの、だから……超能力よりは効果があるが、魔法よりは効果は薄く持続性に欠ける。

……だが、魔法と同じ原理なのだとしたら、お前の想像力がミソになる。お前が意識して、『魅了は消えろ』と思い続ければ、うまくコントロール出来るだろう。』


「ああ、わかった…やってみるよ。」


魅了よ、どうか消えてくれ……。

想いをその一点にのみ集中させると、頭の中に電子音が響いてきた。


《山内信一郎は“魅了魔法もどき”を習得した》


ステータスの概要欄を見るとこう書かれていた。

《魅了魔法もどき:異性を虜にする力を持つ。しかし、効力は最長1日で個人差が大きい。そしてこの場合、同性愛者にも効力はあるが、女性を愛するレズビアンには一切の効力を持たない。尚、相性が良ければ動物にも効果がある。》


『そのうち、これもましになるだろう。

しかし、本当にもどきだな。本来なら、性別も何もかもを超えて効果を発揮するし、意識して中断しようとしないかぎりは一生効くのだがな。』


「そうかよ。………もう、疲れた」



その後、エレノア達は元に戻った。

だけれども、それで俺を見る伯爵の視線が厳しいものとなったのは悲しき事に事実なのだ。

今日は、実に色々な意味で疲れる1日だった。





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