前途多難な顔合わせ
伯爵家の末妹セイラが将来の哀しき悪役令嬢、それにも関わらず俺はそのセイラを将来傷つける少年ルイとのお見合いをセッティングしている。これは悪い事なのだろうか?まだ何も起きていないのなら俺には何の罪も無いのではないか?だけど、無実の彼女が貶め傷つけられる未来に繋がる可能性を孕んでいる事に何ら変わりはない………!
「俺は、俺は……」
___自分がしているのは一体何なんだ?自分の望みを叶える事?それとも、リンチされる種をばらまいているだけ?
ひたすら自問自答するが、それ以外に効果的な方法はない。まだ10年以上も猶予は与えられているんだ、その時俺がこの世界に存在していられるかどうかなんて今はまだ分からないけれどこの先、ルイ少年を守れば希望がまったくないわけではない。
「何、そんな顔をしているの?おいで、そろそろ顔合わせの時間だから。」
何も知らないエレノアは手招きをして俺を……いや、私を導いてくる。
それに澄まし顔をして何にもないように装って、彼女の方へと駆けていく。
「なんでもありません、ただ考え事をしていただけです。」
「変なの?ルイ君とウチのセイラの婚約さえ決まれば、ウチも借金地獄から解放される!後ちょっとの辛抱よ。」
私は彼女の様子を微笑ましく思いながら、後を追いかけた。
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今日は顔合わせの日。
ルイ少年とウチのセイラお嬢様とのお見合いは伯爵によって相手方のドレリアン男爵家にもたらされて、顔合わせの手ごたえを見て正式な婚約がなされるのかは判断されるとのことだ。
入り口側の奥から、ルイ少年の父君フェルナンド様、妻のマリア様にルイ少年、マリア様の兄のトール先生という順番で、入り口から離れた側に伯爵家一家が座り、私はその後で控えているという構図だ。
「はじめまして、セイラ=キャシー=チェリー=ラ=メスリルはくしゃくれいじょうです。」
大人達に囲まれた中でのセイラお嬢様の自己紹介は私の目から見たら、5歳の子の割にはしっかりとしたモノだと思えた。
「ルイ=L=ドレリアンです!3さいです!」
一方の向かい合わせに座るルイ少年……この元気よく可愛い幼子がどうしたらブリザード少年に変貌するのか甚だ疑問である。
確か、その元凶はトール先生とフェルナンド様の父君、ルイ少年の父方の祖父アベル様のせいという設定だったが………トール先生は普通にのほほんとこの婚約を『まぁ良いんじゃない?』というように好意的に見ているようだ。アベル様はこの場にいないのでなんとも言えないが……。
「さて、ルイ!自己紹介も終わったのだしセイラちゃんと遊んで来なさい。」
「うん、わかった!セイラおねえさま、あそぼうよ。」
「そうだね!」
マリア様の一声でルイ少年とセイラお嬢様は遊びに行った。小さい2人は無邪気にくっついて、微笑ましく見える……今のところは。
さてさて、子供達が居なくなった所で大人達による夢も希望もない話が始まる。
信一郎は、無邪気にサンタさんを信じていたのに、ある年のクリスマスにプレゼントを靴下にいれたのは親だという盛大に現実的なネタバレを喰らう子供の悲しい気持ちが少し分かった気がする。ちなみに山内家は『何それ、サンタ?そんなのいないし、プレゼント?そんなもんはねぇよ』というスタンスだったので“サンタさんの正体ネタバレ事件”は起きてないが。
「えっと……条件はそちらの1000万マルチウスマルクを肩代わりする代わりにセイラ嬢がウチのルイと結婚も視野に入れた婚約ということで良いですか?」
「はい、そういう事で。」
フェルナンド様と伯爵による一言二言の言葉で婚約という人生の大きなイベントの契約は薄っぺらい紙一枚で結ばれていく。
(やっぱり日本とは違うんだなぁ……。
もうちょっと何か婚約指輪とか紙だけじゃなくて何かあっても良いと思うんだけど。)
ジェネレーションギャップならぬ異世界の貴族ギャップを感じながらげんなりしていると………1人の老人が部屋に入ってきた。
「フェルナンド、一体どういう事だ?私はこのような蛮行、許さないぞ。」
「父さん……これは僕が決めた事です!今は、僕が家長なのですから口を挟まないでください。」
ギラギラと険しい顔つきで、こちらを嫌悪感も隠さずに睨み付けてくる70代中盤ほどの老人……フェルナンド様が父さんと呼んでいた事から彼がルイ少年をブリザード化させる元凶その2であるアベル=ライオンハートなのであろう。
「貴族でないのなら、金がなかろうと身元と人柄がある程度しっかりしているのなら構わん。だが、貴族とだけは可愛い孫との結婚は認めん!」
(かたくなな態度だ、これは暗雲立ち込めてきたって感じだな。)
何故こんなにも……もしかして、こちらの思惑などお見通しだと言う気か?でも、こういう形態の結婚に裏がない方がおかしいと思うのだが……?何かしらの旨味があるからこうして顔を合わせて紙面上のやり取りで婚約は結ばれていくのでは無いのだろうかと信一郎は思った。
___血統を維持する為に、金銭的な資金援助を求める為に、高貴な家柄の血を自らの子孫に組み込む為に、何かしらの思惑は付き物だと思う。
「ですが、こちらのメスリル伯爵家は……」
「大きな影響力もない、だから安心だとでも言いたいのか!ふざけるな、私はルイに……ルイにあんな苦痛を味わわせたくはない!
影響力がなかろうと、貴族というコミュニティにいる時点で“四半世紀前の私”ほどではないにしろ、何らかの因縁に巻き込まれるのだ!」
「……父さんの無念や貴族観は理解している。でも、孫にまでそれを押しつけるのは止めてくれ!」
フェルナンド様は声を荒らげる。穏和でこちらが古くさい服を着ていようとも、思惑が見え透いていても何も言わずに笑っていたフェルナンド様が怒った。
先程から、トール&マリア兄妹や我々伯爵家の面々がおいてけぼりを喰らっているように思ったが、こうなったらこの2人はヒートアップしてさらに我々は置いていかれるだろう。
(普段怒らない人が怒るのって怖いんだよな……。それにしても、アベル=ライオンハート……彼もルイに壮絶な虐待をしていると言うよりも貴族に恨みがあるだけの老人にしか見えないな。………何なんだ、この設定の違いというかチグハグさは。)
ゲーム設定との違いにいささか違和感を感じながら、この親子喧嘩をぼんやりと眺めていた。
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「ねえねえ、ルイくん……まってよ!どこまでいくの?」
「おねえさま、このさきにきれいなおはなばたけがあるんだよ?」
自己紹介が終わって、遊びに行かされた幼い2人は大人達が険悪なムードになっているなかで着実に仲を深めようとしていた。ただ両親に仲良くしろと言われたのでそうしているだけであって、双方の間に恋愛関係などは無いのだろう。
「おねえさま、みてみて!きれーでしょ?ここ、ひみつきちにしよ」
「うん、わかった!あ、フシギソウだ!」
「おねえさまスゴーい!」
ルイはお姉ちゃんが出来たように嬉しそうで、セイラも今までは家でお母様やお姉様やお兄様と遊んでばかりでだったが、初めて友達が出来て嬉しかった。
「フフン、だってセイラはルイくんよりも2さいもおねえさまだもん!」
2人は無邪気に花を摘んだり、駆け回ったりして遊んでいた。だが、突然双方の親がやって来て連れ戻されてしまった。
セイラが片言の言葉でどうしたの?と父親に聞くと、
「セイラ、ルイ君との話はもしかしたらなくなるかもしれないから帰ろう。………これからはルイ君には会ってはいけないよ。」
こういう答えが帰ってきた。
なんで?なんでルイくんに会っちゃいけないの?
「どうして……?」
セイラの眼に涙が溜まっていく。
それを見かねた信一郎は伯爵にこっそりと耳打ちをした。
「旦那様、セイラお嬢様は仲良くするようにと言われて初めて友達が出来て嬉しかったでしょうに……会うなというのはひどいのでは。」
「だが、フェルナンド様はともかく、あの祖父君と仲良くなれる気が私にはしない。そんないざこざのあった所にセイラをやるわけにはいかん!」
「……ですが、まだ婚約保留段階です。
会うなというのは、白紙になってからです。」
「うむ……。」
「それに、子供だから分からないだろうと思っていても、意外と子供は鋭いものだ。子供の前でいきなり会うなはないでしょう!」
父親と従僕見習いのシンイチロウが言い合いを始めた、これもルイ君と私の事でとセイラは急に不安になった。
「シンイチロ……わたし、ルイくんとまたあそびたいよ!」
「お嬢様、貴女はルイ君の事が好きですか?」
「うん!」
その肯定は、恋情や愛情ではなく友情なのだろう。だが、答えは聞いた。セイラの答えを聞いた信一郎は伯爵の方に向き直ってから、
「旦那様、先程は言い過ぎて申し訳ありません。私にも娘が居ますからつい……。セイラお嬢様とルイ君との話を諦めるのはもう少し待っててもらえませんか?
私がなんとかしますから!」
信一郎は胸を張って、伯爵の方を向いて宣言した。