4日目、入れ替わり:私はシンイチロウ
………朝、私エレノアは体の節々の痛さで目覚めた。起き上がって見回してみると、何故か家の玄関にいた。おかしいわね、なんで私は玄関に?まず出てきたのはその疑問符だったか。
状況が掴めず、動けないでいたらそこにお父様がやって来て何故かこう私に言うのだ。
「お、おい、シンイチロウ、なんでそんな玄関で寝ているんだ?昨夜飲みすぎたいのかい、ほどほどにしてくれよ。」
「…………?」
疑問符が増える、私はシンイチロウじゃなくてエレノアなのに、何故お父様は私をシンイチロウと言うのか……変なの。
「まったく、私はシンイチロウじゃなくてエレノアなのに__ッ!」
お父様がいなくなってから出したぼやき声を耳にして、私は自分の声に驚いた。それは、いつもの私の声じゃなくて彼の声。
何故、そう思ってからハッとする。今、彼は“アマテラス”という彼の元居た世界の神様によって呪いをかけられているのだ。まさか、これもその呪いのせいなのか……そう思うと先程まで驚いていたのが嘘みたいに納得して何かストンと落ちたような気持ちになった。
「……………」
身体を触ると胸がない。……そして、恐る恐るズボンを覗くと股間には_。
「………!?!?」
女性にはついている筈の無いモノが、ちゃんとあった。
………私が男になっている、それを否定したくて鏡の前に立ったのだが、私の姿はシンイチロウに変わっていた。
「という事は、シンイチロウが今私の姿をしているのよね?私、昨日は部屋で寝たはずだから……!」
私の身体を探すべく自室へ向かった。
案の定、彼は私の部屋で呆然とした顔をしていたのだった。
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彼からなんとか予定を聞いた後、彼の部屋へ行った。大丈夫かしら、ちゃんとお茶会で失敗せずにやってくれるかしら……ヘンドリック様が付いているとはいえ、不安だなぁ……。
「で、私はシンイチロウの代わりにセイラの付き添いかぁ……」
料理などはしなくても構わない、何故なら彼は料理が壊滅的で、与えられた役目は掃除などや誰かの付き添いなどだったから。……昼までは、掃除をしていればなんとかなるだろう。でも、気になる事がある。
「エドワード様を無視しろとはどういう事なのだろう?シンイチロウはああいう出来るしモテる男苦手そうだけどさぁ、いくらなんでも無視は酷いなぁ。」
シンイチロウが昨日、どのような眼に遭ったのか知らないエレノアは首をかしげながらそう思うのだった。
「エドワード様の事もそうなんだけど、もう1つ気になるのは、もうちょっと服のレパートリーないのかしら?」
シンイチロウが着ていたのは、いつも同じような服ばかり。彼になるまで気づかないままだったけれど、デザインもないシャツにズボンと安っぽいお下がりのスーツだ。
元に戻ったらお父様に頼んで給金を上げてもらえるように頼もうとエレノアは思った。
「せめて着替えするついでに色ぐらいはいつもと変えようか……」
クローゼットを開くと、似たような色と素材のスーツが並んでいた。ふと、その中で並んでいるスーツ達の中に一際綺麗なスーツがあった。古くもなく、高くもないスーツだった。それは、彼と初めて会った時に着ていたものだった。
「これは、ダメよね……。」
彼が元に戻るときに着るものだと思って、その横にある黒のスーツを手に取った。
そして、何かイケナイ事をしている気分になりながら、シャツを脱ぐ。やっぱり男の人って違うわね……骨太でガッチリとしていて、女のエレノアとは違って立派な身体だった。
「…………なにかしら。」
でも、その胸板の辺りに赤い痛々しい鬱血痕があるのに気づいた。どこでケガを……触っても痛くないので気にせずシャツを着た。
着替えが終わってから、まずはこの汚ない部屋を掃除をした。
「この部屋、汚ないわね……もうちょっと片付けなさいよ、ああもう!時間がないよ」
汚ないと思ったら止まらない。
そして、仕事をして……部屋まで気にかけてたら時間なくなるわね……。
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お昼、妹セイラに付き添ってドレリアン男爵邸に行く。ああ、身体が変わっても妹が可愛い事に変わりはないな。
「シンイチロ、どうしたの……?」
「いや、なんでもな…ありません。」
危ない……“なんでもないわ”といつもの調子で言いかけてしまった。気をつけないと。
「おや?昨日は君の代理の女性が家に来たけれど、彼女はあれから大丈夫だったかい?」
「……昨日、ええ?ああ、彼女は大丈夫でした。無事に家に……」
昨日、そういえば夜にお守りをシンイチロウ(女)に取りに行ってもらったのだった…朝、玄関で眠っていたのはそれから帰ってすぐに力尽きたからだろう。私じゃないし、設定上シンイチロウでもないからそう答えるしか出来なかった。
「そうか、良かった。」
フェルナンド様はそう言った。アベル様は近所の老人ボードゲームクラブに行っているようで今日はフェルナンド様と妻のマリア様とルイ君3人だけだった。
「さて、セイラちゃんとルイ君2人は遊んできなさい。」
「「はーい!」」
幼い2人はキャッキャと庭へ遊びに行った。
「シンイチロウ君、君に会いたいって人がいるんだよ……なんなんだろうな、彼も暇なのかな?」
「彼?」
知っている人なのかな?一体誰?シンイチロウじゃないから対応出来ないわよ?内輪ネタとか話されても分からないわ!
「ま、まあ応接間に……」
「はぁ…………そうですね」
誰なのか、気になったけれど頷いておけばなんとかなるかしら?それに、話を伸ばすのは得意分野よ。
ボロを出さないかとドキドキさせながら行くと、そこにいたのはエドワード様……シンイチロウに無視しろと言われていたその人であった。
「あ、ああ、その、いや……」
「…………………」
エドワード様は何故かしどろもどろしていて落ち着きがない。顔も赤い、えっと……エドワード様は何を?とりあえず、シンイチロウに言われた通りに無視しておくけど。
昼の明るい部屋はピリッとした殺気とまではいかないが、ピリピリとした嫌な居心地の悪い空気がにわかに立ち込めてくる。
「……き、昨日は済まなかった。あ、あれは違うんだ、酔っていたというか、その……俺は、男色の趣味はないんだ……」
「はぁ……?」
話がまったく見えてこないんだけど。話を広げようにも出来そうにないし、酔っていたとか男色とか、シンイチロウ……貴方の身に何があったの……?やっぱり情報伝達って大事よ、何が言いたいのか彼の話が分からないわ!
「いや、だから…済まないって言ってるんだ!ああ、もう……俺は行くよ」
「はぁ……」
最後まで何が言いたいのか分からないまま彼は出ていこうとした。
「お、おい…それだけなのか?貴方、ウチに毎回来るけど、何が目的なんだ?」
「んー?暇つぶしだよ、特に意味はない。」
「本当に、そうなのか?」
「君達が、レミゼにいた頃ならまだしも、今の君達は注目もされないただの人だよ、僕が目的を持ってわざわざ訪ねるわけ無いだろ、根回しにしてはお粗末すぎる。」
「………そこまで言う事無いだろ」
ポツリというフェルナンド様、エドワード様はそのまま帰っていった。結局何が言いたかったのか、そして彼が何を目的にこの家に暇つぶしと称して来ているのかも分からずじまいだ。
「……ちょっと、おトイレ借りても良いですか。」
「ああ。行っておいで。」
本当は行きたくなかったのだが、どうしても我慢できずトイレに行く。
「………男の人って大変ね」
恥ずかしかった。
そして、今日1日で1番堪えてしまった。エレノアはあまり異性と深く関わる機会はなかったので1番心に嫌に響くモノがあった。
その後は何をしたのか……セイラ達と遊んで、仕事をして、疲れた。
だけれども、男の身体はいつもよりは疲れにくいみたいだ。
「つ、疲れた。」
頭がズキズキ痛む。
夕暮れになって、帰る頃には私の身体も心はクタクタだった。
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「__という訳よ!」
お茶会から帰ってきたシンイチロウとヘンドリック様に今までの事を話した。
「……悪かったな、服のレパートリーが少なくて!」
『シンイチロウ、そこじゃないよ。……というか、エドワードと何があったんだ?』
「いや、まあ何も……話したくない。」
結局シンイチロウがエドワード様との間に何があったのかを語ることは無かったが、彼の顔を見てヘンドリック様は何かを察したようだった。
『エドワードは父親に似たタイプだからなぁ、俺とは違ってあの親子は手が早い。』
「遺伝か、なら仕方ないな。
……はぁ、エレノア大変だなお互いに。」
『それよりも、2人とも……トイレでその反応だったら風呂はどうするのか?』
ヘンドリックの発言に私ははっとした。シンイチロウも気づいたのだろう、恥ずかしげに視線をさ迷わせていた。
「「明日入る!」」
2人同時にそう言ったのが面白くて、私と彼は顔を見合わせて吹き出して笑った。その後もメンタル的にダメージを受けながらなんとか暮らすことが出来た。
__おやすみ、シンイチロウ。




