4日目、入れ替わり:俺はエレノア
朝、目覚めるとなんかいつもと違う景色だった。天井の高さは前と変わっていないから多分姿は大人なのだと思う。エドワード様から逃げて、無我夢中で家まで帰ってから玄関で酔っ払いみたいに力尽きた所までは意識があるのだが、その後が分からない。……股間に手をやると、例のモノはない。……おかしいな、午前0時の鐘の音でシンイチロウに戻れたような気がしたんだけど、あれも夢だったか?
(……ッ!ということは、俺はまだ女になってるって事なのか?冗談じゃないよ、どんな顔をしてエドワード様に会えばいいんだよ!昨日の今日だぞ!……とにかく、起きてから今日の事を考えよう。)
起き上がってからここはエレノアの部屋だったという事に気づいた、道理で見たことある風景だと思ったわけだ。
金色のきれいな髪の毛も相変わらず、ぱさりと落ちてきた。……金色の?俺は、立派な日本男児だ。髪は当然黒い、金色の髪ではなかった。
「あ、そうだ!か、鏡だ!」
鏡台に映ったのはエレノア。……なんでエレノアが?しかもえらく不機嫌な顔をして、悪かったなそんなに怒るなって、俺だって起きたらこうなって………って動きを真似するな!
いや、待て待て、今は1週間地獄の3日目、いや4日目……精神的にやられる何かが襲ってきているはず……。
「おいおい、待て!」
俺の動きを真似するエレノア、そして落ちてきた金色の髪と女の身体………ここから導き出されるのは、俺がエレノアになっているという事実だった。
「嘘だろ……」
これは、ドラマでよくお見かけする入れ替わりという奴だろう。というか、なんで俺はそんな冷静に受け止められているんだ……入れ替わり云々よりもそっちの方に驚くんだけど。
「ちょっと、シンイチロウ!これは一体どういう事よ!?」
いきなり扉が開かれて入ってきたのは、生まれて46年嫌と言うほど見てきた顔だった。
「エレノア!?お前はエレノアなのか!?」
色々と確認した結果、この目の前の自分の中にいるのはエレノアだという事が分かった。
「入れ替わり……なのかよ、でなんでよりによってエレノアと………」
「それはこっちのセリフだよ、なんで私が男の身体に……人生で1番最悪な日よ、今日は!」
「そこまで言う事ないだろ……傷つくな」
「でもこうなったらこの身体と付き合わないといけないのよね、今日1日。……やるしかないって事よね、貴方…今日の予定は?」
「えっと、今日はお前の付き添いくらいだ_……あっ!昼からセイラお嬢様に付き合えと伯爵様に言われていたんだった!」
エレノアの切り替えの早さに驚きつつも予定を教える。セイラお嬢様か……って事はエドワード様に会わない可能性がない訳じゃないからな……一応対処法を言っておかないと。
「そうだ!もしエドワード様に会っても無視しろ、何を言われても無視だ。極力近寄るな、話もするな、分かったな!
……で、お前の予定はどうなってるんだ?」
「私?私は、お茶会に出席しないといけないの。この後すぐにクロハに会ってから、昼にナショスト公爵夫人のお茶会に……貴方、とにかく何も話さないで……後、余計な事は何も言わないで!
とにかく、貴方も私も話をしちゃダメって事よ、ボロを出すから。」
「あ、ああ、そうだな……」
エレノアもとい俺の雰囲気に気圧されて、コクコクと頷いた。中身が変わるだけでこんなに立派なカリスマ性があるように見えるなんて、俺はどれだけダメな人間だったんだ……。
「それで?招待されてる奴のリストとか無いのか?こう見えても人の名前を覚えるのは得意なんだぜ、俺はなにしろ衆議院議員の山内信一郎様だからな!」
「はい?なんだそれ……」
『プハハハハ、お前の言いたいことはちっともエレノア嬢に伝わってないぞ。エレノア嬢、議員というのはな挨拶回りによく行くんだ、何故なら貴族社会と似ていて“ナガタチョウ”とやらは支持者を集めて当選するかが物を言う世界だからな。要はシンイチロウが言いたいのは、名前を覚えるのは任せとけという事だ、エレノア嬢。』
「ふーん、でもボロを出さないでよ?貴方の失敗は端から見れば私が失敗してる事になるんだから、分かった?」
「はーい……」
途中で笑いながら出てきたヘンドリックの物言いにむくれながらも、机の端に浅く腰を掛けて腕組みをしてエレノアを見つめる。
「ちょっとシンイチロウ!行儀悪いわよ!机に座ったり、人の身体であぐらとかかかないでよ!」
『まぁまぁ、エレノア嬢……。彼のサポートは私がしよう、国は違えど元は貴族だ。』
「頑張ってよ、私も頑張るから!」
そう言って俺の姿をしたエレノアはバタンと扉を閉めて出ていった。誰も居なくなった部屋でシンイチロウはエレノアの身体を触る。
「うおお…これがエレノアの……。昨日の俺と違って立派な、いつも見てたのにいざ自分のモノとなってみると……」
自分の胸元を見てにやける。昨日の小ぶりな貧相な胸と違って中身のある胸……すいかみたいなとか形容されるぎっしりと詰まってそうな……シンイチロウはごくりと唾を飲み込んだ。
『お前……顔が変だぞ。その顔、エレノア嬢に見られたらどうなるのか分かってるな、止めておけ。』
「……いいじゃないか、ちょっとぐらい。」
数十分後、ヘンドリックは『満足したか?』と一言声をかけてきた。俺は満足した。しかし、近くにいたのにこれに反応しなかった俺って一体……。
『おい、早く着替えてクロハ嬢の所に行くぞ。……伯爵夫人に手伝ってもらえ、昨日も言ったが俺はお前に手を出すような趣味はない。ましてやエレノア嬢の身体を持つお前なんて論外だ。早く行け。
……ったく、この家もメイドを雇えよ。』
「ハイハイ、どうせエレノアの身体になったところで俺自体は冴えない奴ですよ!」
シンイチロウはプンスカしながら伯爵夫人の所へと行った。………なんか、まるで俺は反抗期の子供みたいじゃないか。『反抗期?イヤイヤ期の間違いでは?』と心の中のエア後藤が言ってくる。ああ、もう!俺だってやれば出来るんですよ!
『ほう……中々化けるもんだな、さすがはエレノア嬢だな。』
「どうせ、俺はパーツも良くねぇよ……って言うか、このキツさどうにかならないのか、呼吸がしにくい…」
『ドレスなんてそんなもんだ。俺の生きてた頃よりかはこれでも軽い方だ、慣れないだろうが我慢しろ。』
「うぐぐ……」
『そんな顔するな。ほれ、これを着けろ。』
ヘンドリックの手には、真珠の髪飾りがあった。どこで手に入れたのか、細かい細工がされていて高そうで聞くのも怖かったが盗んだものではないだろうと着けてもらった。
えっと、まずはクロハの家か……と招待されてる大まかな予想したリストを見ながら、馬車に乗って移動する。
「えっと、主催者はソフィア=カサンドラ=ローズ=ラ=ナショスト公爵夫人……か、そうか彼女なのか。」
『知っているのか?ああ、舞踏会の時に会ったんだったな』
「いや、彼女はなゲーム登場人物なんだよ。」
ヘンドリックが息を飲んだのが分かった。
もう最近はあてにならなくなっているゲーム知識、それが正しい前提で語らせてもらうと彼女はゲームでサポートキャラだった。始めは嫌味を言う学園のOGとして登場し、名前も分からない謎の存在としてヒロインを助けてくれる。ゲームも中盤に差し掛かる文化祭イベントの時に学園長の挨拶で彼女が名門公爵家の夫人だと彼らは知るという流れだった。“王の集い”に入るために手助けをしてくれるのも彼女だったと思う。
『ヒロイン側のパトロンという事か、ナショスト公爵夫人は。』
「何をそんなに怒ってるんだよ」
ヒロインという単語を強調して彼は言う。ヒロインみたいないかにもな夢見がちな良い子ちゃんが嫌いなのだろうか?シンイチロウは深く考えずに首をかしげた。
『何でもない、客についても覚えておけ。』
「えっと、客はいつものメンバー。子爵令嬢のタニア嬢に、キャサリン嬢……後は、伯爵家のカウンテス伯爵夫人に……うわっ!あのクソドブスのクライム侯爵令嬢まで……変だなぁ、あの公爵夫人がこんな人選するのか?あの令嬢のこと嫌ってたのに……」
『気にするな、それぞれ事情はあるのだろう。そして、いざとなれば鑑定スキルを使えば大丈夫だ。お前は聞き役になっていればなんとかなる。返事を求められたら、『はい、そうですね』か『〇〇様の仰有る通り』とかとにかくyesマンになればだいたいはうまくいく。後は場の空気で判断しろ。』
「はぁい…分かった。」
《大丈夫かな?コイツ、言葉づかいとかが……》
ヘンドリックの心配をよそにクロハの家に着いた。そして、クロハはエセ関西弁で迎えてくれた。
「エレノア、久しぶりやな!あの時はゴメンな、ウチのせいで酷い眼に遭わせてしまって。」
「えっと、クロハのせいじゃないよ。あれは付いていきたいと言ったお…私が悪いんだから。」
あれ?クロハってこんなテンション高いやつだったっけ?これがエレノア視点のクロハなのか?
「まあ、無事で良かった良かったという事で、エレノア、シンイチロウはどないしたんや!いっつも一緒に居ったのに今日は叔父さんのヘンドリックやったか?彼が付き添いなのか……」
「そ、そ、そうなのよ。」
「まあ、エエわ。行こうや、はよせんとソフィア様は時間にきびしい御方やからな。」
なるべく大股にならないように、言動にも注意しつつ行く。
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お茶会、なんか高貴そうな名前が付いているがその中身はお菓子をつまみつつの井戸端会議とそう変わらない。
ナショスト公爵夫人ソフィア様に誘われたお茶会に参加して、様々な令嬢と知り合いになった。エレノアとは面識があるだろうが、俺は初めて会う面々……舞踏会で見かけたような顔もあるが、名前までは知らなかったのでこういう表現で良いだろう。
「皆様、本日は来ていただいてありがとう。エレノア様は初めてですわよね?本日はありがとうございます。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
「舞踏会以来ですわね、エレノア様。」
「こ、こちらこそタニア様」
ゆるふわウェーブのタニア嬢、ステータスのおかげでなんとか分かったが……。
そして、あのクライム侯爵令嬢はこちらを何故睨み付けてくるんだ。
俺の心の中にそんな疑問が浮かびながらも和やかにお茶会は過ぎていく。
「そういえば、南町通りに出来た仕立て屋、あそこは随分と良い服を仕立ててくれるという噂。」
「まあ、キャサリン様はお目が高い。私はあそこでいつも仕立ててますのよ?」
「タニア様、美味しいパンケーキのお店が出来たとこの間おっしゃってましたけど、私も頂いてきたのだけれども確かに美味しかったわ。」
「まあそれは良かった。」
………1つ言わせてもらっても良いだろうか。クッソツマラン!!!パンケーキ?ドレス?どうでも良いわ、そんなこと。勝手にやってろ、そう思うのだがこの身体はエレノアの物でここで俺が何かやれば、彼女に迷惑がかかる。
「エレノア、楽しんでいる?」
「うん、楽しんでいるわ」
クロハはソフィア様の前ではあの言葉づかいをしていないようだ。
「エレノア様、貴女の話は聞いているわ。
そこのクロハと旅行をして酷い眼に遭ってしまったとか……」
「あ、あれは、お、私が悪いので彼女のせいでは………」
あの時は、俺が外に投げ出されてしまったせいでエレノアに心配をかけて、皆にも心配を……ソフィア様は何も言わないで席へ戻っていった。
その後、空気を読みつつなんとかyesマンを貫いてなんとか付け焼き刃ながらやっていく。
「エレノア様も聞きまして?最近、女性が行方不明になるとか、怖いですわ」
「まあ、それは……」
「それで、パンケーキがね__」
言葉を続けようとするが別の御令嬢方の声に掻き消される。まだ終わってなかったのか、パンケーキの話。
口を開けばパンケーキ、パンケーキ……シンイチロウはもう嫌だった。エレノアの為に聞かなければならないと思っているのだが、パンケーキなど興味もない俺は疲れて、ただ無心でお菓子に手を伸ばしていた。
「エレノア、そんなに食べて大丈夫?」
「大丈夫だよ」
ヘンドリックが後ろから『食べ過ぎるなよ』というチリチリと肌を刺す、焼けそうなほどの視線を向けてくる。
大丈夫だと目配せをしてから、黙々とお菓子に手を伸ばして食べた。
うう、キツい……お菓子、食べ過ぎた。お腹の辺りが締め付けられて本当にしんどい、窒息しそうだ。後ろを向くと『だから言わんこっちゃない』と言いたげな顔でヘンドリックは見ていた。
「それで__」
「あのドレスは__」
お菓子の食べ過ぎでやられた俺はその後ずっと聞き役に徹していた。その話の多くは、美容やファッションや恋愛にお菓子など多岐にわたり女性が好きそうな話だった。
「今日は楽しかったわ、これにてお開きにしましょう。」
俺、何やったんだろ?クライム侯爵令嬢アングはまだ俺を睨んでくる。いや、彼女と関わったのなんてあの舞踏会の時くらいだし、オリンの無実を証明したシンイチロウや現雇い主のクロハを恨むのなら分かるのだが、何故エレノアを睨むんだ。
__喰えないお茶会はこうして過ぎていった。
『お疲れさん、お前にしてはうまくできていたじゃないか。』
「ああ、そう言ってもらえるとうれしいな……」
『しかし、あのナショスト公爵夫人だったか、彼女は何か企んでいるな。』
「まあ、ゲームでも喰えないキャラだったからな、彼女は。」
『まったく、お前は……』
そこまで言ってからヘンドリックはフッと笑った。彼に少し厳しい事を言い過ぎたかな、鞭を与えすぎたから少しは休ませてあげたい。似ているようで、あの小便小僧のションちゃんよりも弱い彼を、彼が最後まで7人救えるように、そしてこの世界での経験を元の世界の何処かで役に立ててくれればと思ってヘンドリックは外を眺めた。
《俺だって、いつまでもこの生前の姿を保っていられる訳じゃないんだ……俺は近い将来、天上に帰らなければならない。
それまでにはしっかりしてくれるようにな。》
「何を笑ってるんだよ……」
シンイチロウはヘンドリックの思いに気づかないまま伯爵家にたどり着いた。
「しっかし、よく入れ替わりで巨乳って肩を凝ると言うが本当だな。走る度に揺れるし、重いな」
『……そのセリフはエレノア嬢に言ってくれ。』
夕暮れ、陽が暮れかけている中、2人は笑いあった。そして、伯爵家の屋敷に入ると……
「シンイチロウ、大変だったわ…………」
目の死んだ顔をしたエレノアがいた。
一体何がお前の身に起きたんだよ……随分とゲッソリとやつれているな。そんなに女が男になったら精神的に磨耗するものなのか?
ヘンドリックと2人顔を見合わせた。




