1日目、猫化:ロンとクリスティーヌ
俺の名前は山内信一郎、46歳……だけど、見た目は30歳。実は、神様から7人救うまで日本に戻れないと言われて、異世界でなんとか生活している……でも、何故こうなっているんだ?
「ニャー!?(どっからどう見ても猫だー!?)」
耐えがたい苦痛をもたらす呪いが俺に降りかかるとオティアス様からの連絡があったけど……本当に耐えがたいよ……こんな目に遭うなんて聞いてないよ。
その後、散々な目に遭った。メスリル伯爵夫人は猫嫌いだ、なので猫の俺は無残にも外に放り出されてしまった。
「ニャ……(これからどうしたらいいんだよ)」
トボトボと大きく見える町を歩いて、途方に暮れていると大きな声が複数した。
「ニャー?(あら、貴方立派な殿方……ぜひ私と一緒にならない?)」
「ニャー!(私と一緒よ!)」
「ニャー、ニャー!(私とよ、あんたらみたいなブスと付き合う訳ないじゃない!)」
メス猫達だ。えっと、俺って猫にモテるのか…?言っておくけど、姿はサバトラ柄の猫かもしれないけど俺はれっきとした男だ。恋愛対象は猫じゃなくて人間だ。
「ニャー!(おい、お前ら待て!こいつは俺の連れだ。おい、ついてこい!)」
「ニャ……?(ああ、ありがとう……)」
悩んでいるとオス猫が乱入してきてついてこいと言う。あのメス猫達と一緒にいても巻き添えを喰らうのが目に見えていたので素直についていった。
少し入りくんだ帝国首都の路地でそのオス猫は自己紹介をした。
「ニャー(俺は、ロンって言うんだ。生まれた時にロンって男に名前を与えられたからロンだ、よろしくな)」
「ニャー(俺はシンイチロウだ)」
自己紹介したロンは白が多めの三毛猫で礼儀正しい猫だった、育ちは野良猫だったけれども。
そして、彼は色々と猫世界のルールを教えてくれた。曰くケンカ第一の弱肉強食、曰くお魚くわえたらすぐに逃げろ……だ、そうだ。ワイルドだな。
「ニャー(それにしても、ロン…何故俺を助けてくれたんだ)」
「ニャ、ニャー(なんかお前は不思議な見たことのないものを感じたから、俺のお願いを叶えてくれそうだと思ったからだ。)」
尻尾をクネクネと揺らしながら答えた。ついでに、お前にはメス猫を寄せ付けるフェロモンがプンプン漂ってて狙いやすそうだったからとも付け足して。
うう、おいしい話の裏には何かあるもんだな……まあ、それはそうかと納得しながら聞いた。
「ニャー(猫を探してほしいんだ)」
「ニャー?(へぇー、どんな猫?まさか、その子と付き合っているとか?)」
ロンは俺の問いに図星をつかれたような顔をしてから、顔を赤くして尻尾をクネクネとふった。いいなあ、羨ましいなと素直に思った。妻はいるけど、こんな異世界で浮気したところでバレやしないと頭では分かっていてもいざそうしようなどと下心を出そうとすると怯えが出てしまう俺とは大違いだとため息を吐いた。
「ニャーン!(お前、察しがいいな。探してほしいのは、ブリティッシュショートヘアーのメス猫。名前はクリスティーヌっていうんだ、とっても可愛いんだ)」
「ニャー……(そうなのか……)」
そうして三毛猫ロンは自らの恋物語を始めた。
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そのメス猫の名前はクリスティーヌ、彼女は家猫で外に出られない生活をしていた。そんな高貴な彼女と野良猫の俺が出会ったのは、6月頃の事だった。俺は、野良猫の争いに巻き込まれていつもは通らないような綺麗な通りを通りすぎてある家の庭に迷いこんでしまった。
「ニャーン……(ここは、どこなんだ?)」
「?(誰?)」
窓際に丸くなっていた綺麗なグレー色の毛並みをした彼女に俺は一目惚れしたんだ。
「ニャ……(や、やあ、俺はロンって言うんだ。もうちょっと北に行った所で暮らしてるんだ)」
「マーオ(まあ、遠いところから来たのね。私はクリスティーヌっていうの、よろしくね。)」
クリスティーヌは大きな赤いリボンをして、眼は青かった。その眼で見つめられただけで俺は照れてしまったんだ。
クリスティーヌはお嬢様育ちでワガママな女だったけど、何日も何日も会いに行ってようやく照れたような彼女と恋人となることが出来て嬉しかった。
「ニャーオ(私もいつかはここから出られたらいいんだけど……そうしたら貴方にいつも来てもらわなくてもすむのに)」
「ニャーウウ(俺が、いつかはここから君を出すよ!)」
「ニャー(ありがとう……)」
彼女は涙の混じった声で一言そう言った。そして、すぐに窓辺から離れていった。
__それから数日後だった、彼女が居なくなったのは。彼女の家はどこかへ引っ越したのか、家の中に荷物などは何もなかった。
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「ニャー(__という訳で……)」
それで俺に助けを求められても困るのだけれども……猫語なんて誰も理解してくれないよ。第一伯爵家に戻っても、伯爵夫人やポーターとセイラくらいしかいない。エレノアはお茶会に招かれているとか言って朝早くから出ていった、今ごろはお茶会をはしごしているのではなかろうか。そして、ヘンドリックは調べ物をしたいと言って小難しい顔をしながら図書館に行くと言っていたような……。
(エレノアよりかはヘンドリックの方が俺の言葉を分かってくれそうだ、図書館の前で待っていよう!そうすれば、昼ご飯の為に戻るヘンドリックとうまく入口で会えるかも!)
そう思って図書館へとなんとか向かった。途中馬車や人混みに心臓をバクバクとさせて大したことのない距離なのに大冒険をした気分になりながらも息を切らしながら図書館前にたどり着く。
「ニャーウウウ(本当に大丈夫なのか?そのヘンドリックとかいう人間に頼って)」
「ニャー(そのはずだ)」
そして、ヘンドリックは待ち続ける事一時間ほどでやっと出てきた。
『お前、なんだその格好は……?ああ、オティアス様が言っていた呪いか……そして、その猫はなんだ?』
脇に本を抱えたヘンドリックが出てきて、訝しげに眉を上げて俺に聞いた。何を調べていたのかと聞くと、故郷の事だと一言だけ言われた。後で本を見せてもらったが、随分とまどろっこしいというか回りくどいというか鬱陶しい文章で小難しい事が書かれていた。
「ニャー(ヘンドリック、お前に頼みがあるんだ!)」
俺はこの通りサバトラ模様の猫になってしまって、人との意思疎通も出来ない。そこでこの唯一俺の言葉を理解できている例外的存在のヘンドリックにクリスティーヌの飼い主の行方を探してもらおうという作戦なのだ。
話を聞き終えたヘンドリックは腕組みをしながら、
『まあ、借りは返さないとならんしな。それに、お前のその姿じゃ探すのは無理だろうな…ここで待ってろ、本を部屋に置いてからクリスティーヌ探しに付き合ってやるから』
と子供でも見るような眼で言った。
そして、本を置いたヘンドリックと共に2人…ではなく1人と2匹でクリスティーヌを捜す事が始まった。
『では、まずはクリスティーヌの以前住んでいた家の周辺から聞き込みを始めよう。捜査の基本は聞きこみ、情報は足で稼ぐものだろう?』
ロンの案内でクリスティーヌが以前住んでいた南の方にある比較的裕福な層の人間が暮らしている地域に行ってヘンドリックは立ち止まる。肩に乗ったシンイチロウは『入居者募集中』という木の板に書かれた文字を見つける、まだクリスティーヌの飼い主が出ていってから入居者が入っていないという事を示していた。
『では、近隣住人から話を聞こうか。
もしもし、そちらのご婦人…貴女に聞きたい事があるのだがよいか?』
「なんでしょう?」
訝しげに見つめる女性。彼女からしたらヘンドリックは猫を2匹連れた猫大好き中年に見えるのだろうな、とシンイチロウは考えながら女性に向かって鳴いてみせた。
『この家に以前、ブリティッシュショートヘアーを飼っていた住人がいただろう?その方は今どこにいるのか知らないか?』
「……そちらの家の方なら、憲兵に連れていかれたじゃあありませんか。」
女性はそれ以上は話したがらなかった。その顔が妻が勧誘セールスを追い出す時の顔に似ていたので本気で関わりを断ちたいと思っているのだろう。
__“憲兵”。ゲームでは描かれなかったこの国の闇の部分、帝国の女帝批判や不都合な事をすれば魔女狩りのように暴かれて、憲兵に連れていかれる。相互監視をされて、近隣住人が当局に通報する場合もあれば民衆に紛れ込んでいる彼らが証拠をつかんで引っ張っていく場合もある。
「ナーゴ(ケンペイか、怖い奴らだと噂には聞いた事があるけど……クリスティーヌ、大丈夫かな?)」
「ニャー(大丈夫だろう、さすがに猫にまで手を出したりはしないだろ)」
俺たちが無駄話をしている間にヘンドリックは情報を引き出していき、クリスティーヌは飼い主が憲兵に連れていかれた後に動物愛護団体に引き取られていったと分かった。
そして、その団体に行くが……クリスティーヌは脱走してから行方不明と聞いた。
『フム……行方不明か、じゃあ次は野良猫達からの話と千里眼でそれらしい猫がいないか、確認だな……』
「ニャー(クリスティーヌ、どこに行きやがったんだ。)」
「ニャー!(野良猫からは俺が話を聞いてくるぜ!)」
トンと肩から降りて、ロンは話を聞きに行った。
俺は、人間であっても運だけの非力なのに猫になったら更に非力だ。
『そんなに気弱になるなよ……ムム、ブリティッシュショートヘアーを見つけたぞ?ここから少し先に行った路地でオス猫共に絡まれているな』
駆けずり回った先にブリティッシュショートヘアーは確かにいた。ブリティッシュショートヘアーは気の強そうな目付きでオス猫共を睨み付ける。
「フウゥゥゥ!(何なの、このオス猫共!)」
「「ゴロニャーン(可愛い子猫ちゃん)」」
「ニャー……(完全に風俗嬢を見つめる変態オヤジみたいだな)」
シンイチロウが冷めた眼をしてオス猫を見つめているとそこに、聞き覚えのある声がした。
「フウゥゥゥゥゥゥ!(クリスティーヌを離せ!)」
「アオーン(何なんだ、コイツ……逃げろ!)」
リーダーとおぼしきオス猫の掛け声を合図にオス猫共は四方八方へと逃げていった。
「ニャー(クリスティーヌ、やっと会えた……これからは一緒に暮らそう。)」
「ウウ(ロン…本当に良いの?私はもう何も持ってないのよ?)」
「ウニャ!(そんなので嫌いになるわけないだろう!)」
2匹の猫は俺らにお礼をしたあと、夕日に向かって歩いていった。
その姿を見送ってからヘンドリックは言った。
『お前、猫になってもふてぶてしさが残ってるな……うん?何か連絡が来ているようだ、お前のガラケーに。』
《山内信一郎は“テイムもどき”を習得した!》
「ニャ……?(テイム、もどき……?)」
ステータスの説明欄を見てみるとこう書かれていた。
テイムもどき:服従させるのではなく、交渉次第では動物が言うことを聞いてくれる。(ただし、猫のみにしか使えない。メス猫だと効果は絶大)
「ウニャーン(こんなの手に入れても嬉しくないよ……)」
『……まあ良いじゃないか、ちょっとお前を撫でさせてくれないか?ふわふわしててさわり心地が良さそうだから、良いか……?』
そんな顔されちゃ断りずらいだろう……仕方なく、お腹を見せてゴロンと寝転ぶ。ヘンドリックの武骨な手がお腹の毛を優しく触ってくる。
「ニャ、ニャ…(き、気持ちいい…)」
撫でられて頭がふわふわとする。
……おい、いつまで撫で続けてるんだ。そろそろやめてくれ、恥ずかしいだろ……!
結局、その後日が暮れて家に戻るまで彼は離してくれなかった。………これが、後6日も続くとは俺のメンタルが持たないよ……!
ともあれ、あのロンとクリスティーヌが幸せになってくれればいいやとベッドの上でふてぶてしく寝た。




