プロローグ:シンイチロウにかけられた呪いについて……
ミラーナと別れた後、オティアスには行く所があった。ワープ機能を使って、行くのに少し手間がかかるが、“彼女”には聞きたい事があるのだ。
「__アマテラス。」
彼女の名前を呼ぶ。私達管理者に、区別としての性は合っても生物学的な男女の性があるわけではない、だが僕は男の姿をしていて、彼女は女性の姿をしているので、あえて“彼女”と呼ぶ。
「げっ!オティアス、わ…妾に何の用じゃ!」
「んー?ちょっとナイショ話があってね。」
わざとらしく言う。
彼女は管理者アマテラス、山内信一郎の暮らしていた日本などを治める管理者だ。そして、彼の家の近所の冬神神社を住み処としている、天上世界を築かずに、地上に住んでいる珍しい管理者でもある。まあ、地上に住んでいるからといって普通の人間が彼女の姿を感知するのは難しいけど。
そんなアマテラスはどうも僕の事が苦手みたい。
「ナイショ話?妾は忙しいのじゃ、それに今は夜じゃ非常識だろう。また今度アポイントメントを取ってからにしてほしいものだ」
「ああ、それはごめんね。
いや、君の所に行くの面倒だからさ今みたいに気分がいいときに行っておかないといけないかなって思って。
……君が山内信一郎にかけたあの呪い、あれはどういうつもり?」
彼女が彼にかけた呪い、それは“1週間地獄”と呼ばれる“時限呪い”と呼ばれるものだ。永続的な呪いではなく、期間が決められた呪い、人としてかなり精神的に参ってしまう事が1週間襲ってくる恐ろしい呪いをかけたのだ。
「いいや?特に意味はない。だって、これが妾のスタイルじゃ!なぜなら、ミラーナが指令を送らないならそれを利用しない手はないだろ?
そして、あの男があの世界に留まれば、留まるほど妾の思い通りになるのじゃ、極々真っ当な判断だと思うがのう。
話はそれだけか、ならばもう帰れ。」
「いやいや、本題はここからだ。君はミラーナ君と山内信一郎についてどういう契約をしたんだい?」
アマテラスが訝しげな顔をして見つめてくる、一体何が聞きたいんだという顔。ああ、彼女はミラーナ君が四半世紀前にやらかした最新の黒歴史について知らないのだと思って、簡単に情報を話した。その後にこう付け加えた。
「君がどうしようと自由だけど、ミラーナ君はわざと指令を送っていないんじゃない?君のかけた呪いを口実にして……いや、僕の考えすぎかもしれないけど。」
「それで、契約の話だったかのう。あの男が7人救うまでは攻撃魔法を妾自身が使うことを禁止されて、7人救えばその先は干渉せずに帰せ、その2つだけじゃ。
……それとミラーナの事だが、自由にさせておけ。どうせお前が言った所であの世界が大きく変わるわけではなかろう、山内信一郎にはあの眷属ヘンドリックもいるから神が不当に何かするなどして、この契約の正当性が失われる事は無いだろう。妾は精一杯の妨害工作をするまでじゃ。それに、ミラーナはそういう男だ……」
アマテラスはそう言ってからため息を吐く。
人から見れば管理者=神である。その為か私達管理者の中には、人間よりも精神的に幼く自己中心的な考えを持つものが少なくない。神々は人々の善き営みを好む、それも神にとって都合が良いから。そして、そんな感情を記憶している彼らは情緒不安定でコロコロ方針を変えたりする、その為にかつて自らの管理世界を崩壊させてしまった友人もいる、ミラーナがゲームのシナリオを崩壊させた所で世界の崩壊まで繋がる事は無いだろうが心配になった。
「そうだね、まあそういう事で今の所はいいか。でも、君がまるで山内信一郎に愛憎の入り乱れている感情を持っているように見えるんだけど、それはなんで?」
アマテラスの思いを知ってか知らずかは分からないが、オティアスは話を変えてきた。だがこの男は本当に気が利かない、変えた話もアマテラスの気に入らない触れてほしくない話だったから。
「……妾を振った卑しい縄文時代の野蛮人に似ておるからじゃ!」
「ははーん、君はつまりかつて自分を振った人間の男に似た男がおみくじを君の家に捨てちゃったから、それでムシャクシャして彼を異世界に送っちゃった訳か~」
「そういう訳ではない!見せしめじゃ、神を恐れぬ奴らに、落選したとはいえ有名人だ。だから、彼を選んだ……顔が似ていたのは偶然じゃ!」
本当はその怨みがほんのちょっぴり含まれていたんじゃとオティアスは思う。彼女のやり方はあまりにもお粗末だったから。だが、オティアスもそれをわざわざ言うほど無神経ではなかった。
「まあ、それもいいか。だけど、あえて1つアドバイスをするなら、人間は神の手を離れた…いくら彼を拐った所でそれを神の御仕業と思う人々は少ないだろう。」
「……アドバイスは参考にさせてもらおうかの」
そう言ってから神社に戻って、人々の様子を見て楽しんだりしようかと思ったのだが、オティアスがなぜか背後に着いてくる。
「まだ何かあるのか?妾はお前の相手など疲れた……」
「いや?ちょっとこの世界を観光でもしようかと思ってね。魔法もない、しかしミラーナ君の所とは違って科学が発展して…そんな世界を見てみたいなぁって思ってね、でもその前に彼の異世界転移はどう報じられているのかなって思って。」
「どうせ、200年も経てば向こうもそうなるだろう。……ニュースなどこんな時間にやっている訳ないだろ、ほらこれが今日の朝の新聞だ。」
《毎朝新聞2010年1月20日付朝刊
_民自党前衆議院議員山内信一郎氏行方不明?
民自党所属の山内信一郎前衆議院議員が2日前の夜から行方不明であるという。現在、警察は山内氏が何らかの事件に巻き込まれたとみて捜査をしています。
山内氏は、元建設大臣の山内誠一郎氏を父親に持ち、昨夏の衆院選で革進党所属の石崎博人氏に破れるまで三期連続衆議院議員を務めた。__(中略)__》
「ククク、面白い……何らかの事件処か神様に誘拐されたなんて、こいつらは知るよしもないんだろうね。だいたい、この世界で起こっている不思議な出来事の大半は君の仕業なのにな。」
愉快だな、一言だけ言ってニヤリと笑った。
「オティアス、お前は本当に趣味の悪い奴。」
「それは君もじゃないか、まあ観光を楽しませてもらうよ。」
オティアスは手をヒラヒラと振りながらそう言って出ていった。アマテラスはやっとこの嫌な男が出ていくのかと安心した。
日本はまだ夜だ。彼が居なくなってからまだ2日しか経っていない、こちらとあちらでは時の流れが異なっている。こちらでの1日は、あちらでの半年に相当するかもしれない、時の流れは不確定にうねり、アマテラスにもその流れを変えることは出来ない。
(オティアスが言っていたミラーナの事も気になるが、まあ寝るか。妾はせいぜいあの男を妨害する事だけを考えておこう。)
アマテラスはそう思いながら眠りについた。
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さて、神々に動きがあった中でシンイチロウは数日前に変なメールを受け取った。
《アマテラスが君に呪いをかけたようだ、いつ起こるのかは不確定で分からないが、耐えがたい人としてかなり精神的に参ってしまう事が1週間襲ってくるだろう。byオティアス
PS.もっと詳しく言うなら例えば、女体化や入れ替わりなどが1日ずつ日替りで襲ってくる。》
「また災難か……」
シンイチロウは嘆息した。
自分に襲う災難はもう良いだろうと思う。
(俺は、この先やっていけるのかな……)
人を殺した、そして自分を静かに蝕んでいるという瘴気、そういう爆弾をシンイチロウは抱えている。この程度で弱気になっていてはまともに生きていけない、寒気すら感じる事を平気でとは言わないがある程度割りきらなきゃ帰ることすら叶わないのだろう。
そもそも、私は帰りたいのか……?そういう疑問すら沸いてきて、頭がぐちゃぐちゃになるのでこれ以上の思考はやめた。
次の日の朝、鳥のさえずりで目が覚めた。
だが、何か異変を感じる。なんだ、なんだと探しているとその正体に気づいた。
(この部屋ってこんなにでかかったか?)
天井が高く、部屋がいつもよりも大きく見えるのだ。ベッドもこんなにだだっ広くはなかった。
何故だ、何故だとうんうん唸っていると、ガラケーの画面に自分の姿が反射していた。
(ね、ね、猫になってる!?)
そこに映っていたのはサバトラ柄の大柄の猫だった。神のメールを思い出した、確かに精神的に参りそうだ………。
俺には、まだまだ災難が襲ってくる……嫌だとシンイチロウは思った。




