旅の終わり
3月に差し掛かろうとしていた2月の下旬、ようやく帰りの馬車で帰っている俺の元に聞こえてきた罵声に眉をひそめる。
……呪われてる、それは鑑定スキルによって明らかになったが、こうも騒ぎが起こっては流石に参る。
「おいおい、これはまた何の騒ぎだよ……」
シンイチロウは馬車の外の騒ぎに慣れもあってか辟易しながらドアを開くと、あの噛ませ犬ことカマセ=イヌ=オシエ=ル=アクヤクの姿がある、後ろにはあの戦乱の騒ぎでも死ななかった信者達を引き連れている彼は内心とても必死だと思う。見ただけだと、きっと信仰が失われようとしているこの状況に反抗しているように見えるだろうけど、違う。彼は、人々を扇動する事をまだ諦めていないだけ……あの子のような被害者を増やそうとしている、ただそれだけなんだ。
「“守護者”!この裏切り者!神の復活を妨げたばかりか、異教徒の味方まで!」
………ああ、本当に面倒だ。
「神の復活を妨げた?俺がか?
馬鹿な発言もここまでにしてほしいんだが、俺が妨げたんじゃない……あれこそが最悪な意味での奇跡なんだ。」
人々の想いに引き寄せられた魔法分子が狂信的な想いによって変質して、そもそもあそこにアマテラスを呼び出せた事実自体、この魔法が使えなくなったこの世界では奇跡なんだ。
「神の復活を最悪なと言うのか、この異端者!」
ああ、この胸元のガラケーのムービー機能を使って、世間様に晒してやりたいのだが、そもそも携帯など、ましてや電話が普及する以前のこの世界じゃ意味もない行為だと分かっているが、怒りと鬱陶しさがわいてきた。
「うわあ、面倒だ。
お前が信仰していたそれは、本当にお前が自分の意思で信仰していたのか?そもそも、神が本当に居るのなら、こんな傷ついている信者に手を差しのべるだろう?お前がしていたのはただの愚神礼賛ではないのか?」
「うな!愚神だと……この男は我らの神を否定した!お前は地獄に行くぞ、この悪魔……!」
「ついでに言うと、ベーコンだったっけ?彼の言っていた4つのイドラの1つ…劇場のイドラに惑わされていたのではないか?」
偉い人がこうだと言えば周りはあの人がそう言うのだからとそれを信じてしまう、伝統的な学説などを鵜呑みにしてしまう先入観を劇場のイドラとベーコンは言った。
『お前、随分とマニアックな事を知ってるな。』
「いや?友達ん家にあった本に書いてあった事をそれっぽく言ってるだけだよ……あ、今のはオフレコで頼む。」
「美味しそうな名前ね……なんかお腹空いちゃった。」
「美味しそうだけど、多分とっても賢い偉い人だったんだぞ!」
「ふーん。」
馬車の方で話をする。
確かに無駄な労力を使ってお腹空いたなあとぼんやり思っていると、外にいた噛ませ犬がギャンギャンと騒ぐ。
「何をごちゃごちゃと!」
「いや、何でもない。
それで、俺が地獄に行くんだったか?地獄ねぇ…人は死んだら所詮はタンパク質の塊になるだけだと言うじゃないか?だったら、そこに地獄もクソもないだろう?」
「き、貴様!正気か?」
この世界の宗教観など、八百万の神という名のざっくばらんな適当さの中で生きてきたシンイチロウには分からないが、今のはちょっと不味かったかと思ってこほんと咳ばらいをしてから言った。
「今はまだ、正気を保っていられているよ……俺がいつまで正常でいられるのか、そんなの運だけど。ああ、運といえば………お前らは、領主を悪としていただろう?あれは間違いだったと思うぜ?元々、こういう形態は名君か暴君しか生まない、丁半博打だ。本来なら半々の確率だったそれを、領主に嫌気を生ませて暴君に傾けさせたのはお前達だ、幸い領主はまだ賢明な人だったし最悪にはなってないけど一歩間違えればどうなっていたか………。
すべてとは言わないけど、お前達が撒いた種なんじゃないか?」
シンイチロウの顔は憐れむようでもなく、むしろ自分に言い聞かせるようなそんな感じだった。俺もいつかはこんな風になるかもしれない可能性を孕んでいる、異物を排除しようとするこの世界の修正力によって。
ヘンドリックの昨夜の話を思い出して、シンイチロウは目元を歪めた。
「なんだと!」
「もう言いたいことは言ったから、もういいよ。後は領主か…トール様の裁きを待っていたらどうだ?お前も近々捕まるだろうしな、少年を利用して人々を扇動した罪で。
あーあ、おとなしくしていたら後10年は延命できていたのにな。」
言いたいことは全て言い切ってから馬車に乗った。本当ならあの少年もここに呼んで恨み言の1つや2つを吐かせたらもっと皆が浮かばれたのに__そこまで考えてから、この連中なら少年を証拠隠滅の為に殺すことも辞さないかと思って残念に思った。
馬車は彼らを置いて進んでいく。
『おいシンイチロウ……お前、何を考えている?』
「なんか難しい顔してるけど。」
「いや、何でもない。」
旅の終わり、その最後にふと思い付いたのは根拠のないチグハグさだった。
(なんか、あの噛ませ犬な司教様……彼にチグハグさを感じるんだよな。)
彼はあんな狂信的な人間ではなかった、むしろK・Cカンパニーの借金に苦しんでいた被害者……それが何故かあんな人間に。奇妙な違和感を感じた。
シンイチロウの思いは余所に首都に着いて、エレノアと私は伯爵に怒られた。ヘンドリックはアベルを驚かせたのだが、それには『世の中には似た人間が3人は居るって言うでしょう』というシンイチロウ考案の魔法の言葉で黙らせた。
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アマテラスの襲撃を受けて、壊滅寸前だった天上世界。ようやく復興が始まってなんとか見られるほどには直った。
その人間が干渉できない世界で、管理者ミラーナとその友人にあたる管理者オティアスと共に下界の様子を眺めていた。
「これ以上、アマテラスの侵入を許したらいけないよ?だってこれは、応急措置みたいなものだからね、それは分かってるよね?」
「う……分かっているよ、でもこれ以上は流石に向こうもやらないだろう。」
2人とも疲れという物は記憶データとして組み込まれている、自分は疲れていないのにそれは記憶として刻み込まれている……誰にそうされたんだっけ?分からない、覚えてないけど疲れを感じる。
「ねえ、ミラーナ君……君さ、君はもしかして山内信一郎を利用しているのかい?かつての贖罪のために。」
「贖罪のため?」
ミラーナは笑った。
「笑い事じゃないよ。四半世紀前の件も含めて、君は贖罪のために山内信一郎を介してあのゲーム、この世界を創る上で手本にしたあのゲームの世界観を潰そうとしている、そんな風にしか僕は見えないんだよ。」
「……何を言い出すかと思えば。」
面を喰らって、薄く笑う。
オティアスはため息を吐いて、何かを言いたげに見てくるだけで何も言ってこなかった。
まだ、完全復旧は出来ていない。あのミツキの侵入を許したのはこちらの落ち度だが、マツキやアマテラスの侵入に関して言うなら、魔法分子の乱れもあったが、制御装置の復旧が遅れて魔法分子のバランスなどをさじ加減しようと努力していた矢先にそのシステムの抜け穴を使われた。
「………気づいてないのか?」
オティアスは離れた所でミラーナに気づかれないように言う。
彼の行動は、干渉してゲーム通りに世界を治めようとしていた四半世紀前の時とは違って正反対だ。今は、あの司教を潰したり…彼はゲームイベントの黒幕だ、だから彼が居なくなればゲームの世界観など壊れる、ゲームから外れようとしている動き、全くの正反対だ。
「ミラーナ君…大丈夫かな?
そして、彼の呪いも。アマテラスめ、余計なものをかけやがって。」
アマテラスは嫌な置き土産を残していった、山内信一郎に1週間呪いがかかる地獄を用意したのだ。
「仕方ない、伝えるか。」
下界に干渉して、彼のガラケーに注意喚起のメールを送った。




