エレノアside:夢うつつな光景
ほぼ想像です。
西暦2010年1月20日の日本国の関東地方某県の某市内にある山内信一郎選挙事務所内で、山内の秘書である後藤倫太郎は疲れ果てていた。
__理由は、いつもの如く代議士のせいなのだが。そう、いつもの如くだ。
ここで知らぬ人の為に山内信一郎とは誰ぞという簡単な説明をしておこう。__山内信一郎、民自党所属の当選3回、昨夏の衆院選で革進党公認の新人石崎博人(26)に破れ落選し、4回目を逃した2世議員である。建設大臣などを務めた山内誠一郎を父親に持つ典型的な建設族議員として有名であった。……そんな彼が異世界に行っている事は、流石に後藤も知らない。
「代議士……どこに行ってしまったんですか!」
出会った時からほぼ変わらない、あの中身5歳児に困らせられる事、振り回される事早40年になるが、今回は少し事情が違う。
かいつまんで説明すると、後藤を疲れさせている元凶は2日前からどこをブラブラしているのやら知らぬが行方不明なのだ。2日前の夜、支持者への挨拶回りの為に着替えに戻った信一郎を迎えに行くと姿が無い。どうせまたいつもの嫌な事から逃げる脱走癖かと思って渋々家の周りを探していたがいつものパターンの所にはいないし、財布は置いたままで携帯には繋がらない……慌てて、捜索願を出した。その後も大変だった、嗅ぎ付けたマスコミをなんとか追い出し、支持者へなんとか説明し……疲れ果てた。
「後藤……お疲れ様。
あの人もこれだけニュースになっているんだから、流石に帰ってくるでしょ……。」
彼の娘真理がお茶を出して労ってくれる。
「そうだといいんですが、あの方はいつも予想の斜め上な事をしでかしますからね。」
「……なんか今までの苦労が垣間見えたわ。」
どうして、“あれ”から彼女が産まれたのか、時折不思議に思う。……いや、まだ才能が開花していないだけだという可能性もあるが。
午後10時を回り、外は真っ暗だ……流石の後藤も欠伸が出てしまう。
「ああ、でも真理さんは知らないと思うけど代議士はね、ここぞって所だけは外さない超絶ミラクル人間でもあるんだよ……だからこそ、私も今まで付いてきたんです。」
「え!?あれが超絶ミラクル人間?後藤ってジョークとか言うんだね!」
真理はカラカラと笑いながら言う、きっと彼を知っている他の人間も後藤のこの発言を笑うだろう事は彼自身も分かっている、だけれども後藤は知っている。__彼は、運だけで乗り切ってきた訳ではない、本質を見抜く力は芽が出ていないだけであるという事を。
「まあ、いいか……で、なんであの人は消えちゃったんだろうね?落選と家出で参っちゃったのかな?」
真理は後藤の心の内など知らないので、興味なさげに話を変える。
「……それもあるでしょうけど、きっと冬神神社でおみくじを捨てたからじゃ……あの神社って昔から神隠しとか多いんですよ。」
「後藤ってオカルトマニア?冬神神社の噂は知ってるけど、おみくじくらいで行方不明になってたら今頃地球人いないよ?」
「私だって信じたくはありませんよ、けどあの神社で神隠しがあるのは確からしいですよ?私の大叔父も幼い頃行方不明になったんですが、あの神社でイタズラして神隠しにあったと信心深い祖父は未だに信じてますからね。」
「たまたまでしょ!
いや、それにしても後藤がそういう非現実的な何かを信じるタイプだったとはね!」
真理は面白いと爆笑している。
彼女の中で私のイメージはどうなっているのか、気になったが今はそれを問う元気もない……誰かさんのせいで。
目の前が白く靄がかって見える、流石に疲労が蓄積したかな……。
「真理さんの中で、私は一体どんなイメージに……」
「う~ん、あの人には勿体ない超絶有能な秘書。もうさ、あの人帰ってこなかったら衆院選で立候補しちゃえば?」
「代議士を差し置いてそんな事するわけにはいきませんよ。」
軽口を叩きながら眼を擦って靄のような白さを除こうとしたが、その時確かに見た。__代議士!
確かに、信一郎とおぼしき人物と視線が交わったのだ。
(代議士…?ついに幻覚まで……)
それは、アマテラスの転移門で繋がった向こう側にいるシンイチロウの姿だったのだが、後藤は気づかなかった。
「疲れているんでしょうかね、ついには幻覚まで見えてきました。ああ、こうさせてる本人には是非とも早く帰ってきてほしいんですが!」
後藤の怒りに満ちた凄んだ視線に、向こう側にいたシンイチロウが震え上がったのは言うまでもない。
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エレノアはこの事態をボーッと見ていた、もう脳みそのキャパシティが限界まで来てしまったのか何も思うことはない。強いていうなら、『へぇー、あれがシンイチロウが暮らしてた世界なのかー』とぼんやり思うくらい。
「もう代議士じゃねぇーーー!!!
というか代議士云々よりもやべぇぞ……アマテラスから生きて帰った所で俺は後藤に殺されそうだ……」
ブルブルと犬みたいに震えるシンイチロウ。
『アマテラス、貴方……何、罪もない子供を神隠してるんだーー!』
『いちいち、神隠しにしてやった者の事など覚えておらん!それに、この場合はあの後藤の大叔父とやらの方が悪い!妾のマイホームでギャアギャア騒ぐからじゃ!
そなた、自分の家で急に見知らぬガキ共が騒ぎ出したり、そこにいるシンイチロウのように勝手にゴミを捨てていくような奴が来たらどう思う!』
シンイチロウの横では、ヘンドリック様とアマテラスが言い争いをしている。それを困った様子で見て、私の袖を引っ張る謎の銀髪の少年。よく見るとかつらが落ちている……先程までこれを被っていたのだろう。
「救世主様……?」
「エレノア様、これは一体……?」
ゴンザレスが私に事情の説明を求めてくるのだが、私はただの巻き込まれ令嬢エレノアなので答えられない。仕方なく、ケンカして止まりそうにない2人よりはましそうなシンイチロウに声をかけたのだが……彼は、笑ったまま涙を流していた。
「………エレノア、もうどうでもいいからここから出た方がいいんだろうねぇ」
棒読みの声でこう返ってくるのみだった。
役に立たないにも程がある。
「あの!お2人共、ケンカを止めて私にこの事情を説明をしてください!」
私の声に、ケンカをしていた2人は素直にケンカを止めて、説明をしてくれる………8割方理解出来なかったけれども。
『妾は部外者だから失礼する、またどこかで会おう!』
『ちょっと待て!俺の呪い解いてから行けよ!』
ヘンドリック様はアマテラスのいた方向に向かって絶叫するが、彼女は消えていった。
「お前ら、俺らに妙な術をかけやがって!」
「この悪魔め!」
「殺せ、殺せ!」
うわあ、なんか面倒な人達………。
アマテラスの術にかかっていた信者達が眼を覚ました。そして、この状況を彼らは私達のせいだと判断したようだ。いや、ヘンドリック様達の分からない説明から推測するにここに彼らを召喚したり、先程の幻想のようなモノを見せたのは貴方達の撒いた種なんだけれどね。アマテラス曰く、かなりヤバかったという話なんだけど。
『フム……この状況は不味いな、密室殺人など勘弁だ!シンイチロウ、逃げるぞ!』
ヘンドリック様の魔法で信者達は目眩ましをされて『目がー』と眼を押さえて騒いでいる。
「事態拗れ過ぎでしょ!」
最初はシンイチロウを探すだけだった筈、それがなんでこんな妙な集団から逃げて外では戦乱という状況になっているのか、エレノアには飲み込めきれなかった。
………まるで、この事態が夢うつつな光景に感じられた。




