エレノアside:狂気と絶望
途中で視点が変わります。
__白い未成人の信者服を着て、なんとか潜入する事に成功したエレノアとゴンザレス。
「……なにこれ。」
「さあ?分かりません。」
その2人を待ち受けていたのは異様としか言い様のない、吐き気すら感じるものだった。とてもじゃないが、常人には理解が出来ない…いや、理解したくもない。
「未成人か……こんな所で何をしている!早く、贄を呼び出す為の供物とならないか!」
そう信者の誰かに叫ばれて連れていかれた先は、教団の横に隣接している教会の地下室だった。そして、妙な紋章のようなモノが書かれている床の上に立たされてそのまま祈りをするようにと言われる。祈りの言葉は、ルミナリア正教のもので私達が信仰しているウェストカル教のものとは違う。
(私、ルミナリア正教のお祈りの言葉、知らないんだけど………というかシンイチロウ、本当にこんな所にいるのかしら)
私達以外の魔方陣の上に立たされた皆は全て笑っている、そして祈りの言葉と共に幸せの涙で頬を濡らした信者達が手を高く掲げて言った。
「我らの為に、喜んで犠牲となります!」
「我らの秩序の為に、進んで犠牲となります!」
口元に笑みを浮かべようとしている信者もいる。
エレノアは冷めた気持ちになった。騙されているとはいえ、領主を端から悪と決めつけているのではと疑問が生まれたからだ、暴動を起こそうと勝手だが動機が不純じゃないか、そうエレノアは思った。
(ここより酷い所なんて、たくさんあるのに。)
マナセイン伯爵は、領主代行に適切な指示を出していただろうし、税率などは軽い方だと思う。
___その時、光に覆われて数人の人影が現れる。
「うおっ!どちら様……?」
そのうちの1人は見知った顔、いや探していた顔だった。この信者達の人波と身体にかかった圧力や疲労感が無ければ駆け寄りたいくらいだ。
「「「「「「「おおおおおおおお!」」」」」」」
割れんばかりの歓声が起こる。
そして、その時初めてエレノアは彼以外に2人の人間が一緒に贄として召喚された事に気がついた。シンイチロウの側には、牛のような筋肉質な体格のよい男、そして黒髪の10歳くらいの少年、眼は極彩色でとても綺麗。
『フム、恐らく彼らの祈りとあの謎空間の崩壊が変な形で繋がって本来ならこの伯爵領内のどこかに落ちる予定だったのが引き寄せられてしまったようだな……。
そして、私達を贄にして神を復活させようとしている。__まったく、天上世界の住人となったから言える事だが、非効率この上ない。私達を召喚するのに何人の未成人ビギナー達を犠牲にした……』
「……エレノア、そしてあれはゴンザレスか。」
『フム…そのようだが、今はこの事態に対して__ってシンイチロウ、お前……頭から血が!』
「……っ!さっきのでやられたのか。いてえ……」
「大丈夫ですか、救世主様!」
少年が顔を真っ青にする。
そして、その様子を見ながら司教様は勝手にまた新たな祈りを捧げ始めた。
「ゴンザレス、この上に乗っていたらまた力を吸いとられるような感覚になるかも、こっそり退きましょう。」
「はい……」
そして、司教はそのまま信者達から何かを吸いとって、シンイチロウ達の方へその何かを流し込んで、その流し込んだ何かを杖に集めて、祭壇の方に恭しく礼をとって杖を祭壇に捧げた。
「&・〇仝¥$※※・」
意味不明な、先程のお祈りの言葉とも違う聞き取れない言葉を捧げると、先程よりも眩い失明しそうなほどに明るい太陽のような光に覆われて、魔方陣の辺りいた信者達がスゥーッと煙のように消えていく。
「司教、どういう事だ!」
「こうなるなんて聞いてない!」
「嫌だ、嫌だ!消えたくない、やめてくれーーー!!!!!」
信者達の絶望するような絶叫が聞こえてくる。司教はその様子を黙って、なにも言わずに見ていた。ただし、その口元は三日月のように細い弧を描いていた。
そして、異変に気がついた。
「だ、誰……」
そこには、先程まで居なかった女性の姿があるのだ。黒髪に、このマルチウス帝国よりも東、大陸東端のレミゼ王国よりも向こうの海の向こうにあるという別の大陸の国にあるというキモノという服がとてもよく似合っている女性。気の強そうな女王様のように場を支配する空気を持ち合わせている刺々しい人だ。
シンイチロウと何か話していた、そして彼女は周りを屈服させる声で一言言った。
『__黙れ、蛆虫共。』
エレノアの意識はそのまま薄れて真っ暗になった。
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頭がかち割れそうなくらいに痛くて、その場に崩れている間にあの噛ませ犬は呪文を唱え出して、呼び出してはいけない存在を呼び出してしまった、シンイチロウは“ルミナリアの奇跡”という神話に伝わるものを再現しようとして、狂信者達が呼び出した女性の正体を薄々察した。
『……ッ!おい、シンイチロウ。』
ヘンドリックが俺の事を呼んでいるが声ももう聞こえてこない、どうでもいい。
__ここで、話はこの旅を始めたばかりの時の冒頭に戻る。目の前に現れたアマテラスが、周りの狂信者達とエレノア達を糸の切れたマリオネットのようにしてしまった、話はその後から続く。目覚めている、ここで意識を保っているのはシンイチロウとヘンドリックの2人だけ……少年も少し離れた所で眠っていた。
__町の喧騒も、ましてや先程までうるさかった歓声すら聞こえない、不自然なほど静かな空間のみが広がっている。
『……シンイチロウ。』
シンイチロウが腰にしがみついて離れない、抱き留められたヘンドリックは驚いた。彼の身に起こった精神的ストレスを考えると、そろそろ限界が来たのだろう。いや、年齢の割に甘ったれた所のある彼にしてはよくここまで耐えきったとも言えるだろうし、彼は息子と似ているとよく思っていたが、それは彼の有能さやお人好しな部分ではなくではなく精神的に脆く弱すぎる所が、気弱な纏うモノが似ている……それに気づかされた。
『シンイチロウ……』
腕を引いて、前のめったシンイチロウをヘンドリックは正面から迎える。
名前を呼ばれてハッとする、彼の指が俺の手に触れた。絡めた手がかじかんで冷たかったが、頭は燃えるように熱い。
『妾を無視しないでくれるかのう、失礼な男共め!』
「う……あ、アマテラス……」
目の前に、十二単を着た気の強そうな女王様タイプの女がいる、おみくじを破り捨てたというだけでこの世界に俺を飛ばした忌々しい存在、管理者アマテラスである。
『気持ち悪い……妾は神ぞ、膝まずけ!』
「管理者は神ではないってミラーナ様から聞いた。それにアマテラス、お前と皇祖神天照大御神は別物だろう?だから、お前は神様じゃない!」
紅梅の神社や寺を思い出す香の匂いを漂わせる彼女に言うと、彼女は鼻で笑って言った。
『皇祖神天照大御神は妾を見た縄文人が作ったキャラクターだ、それがいつの間にか神にまでされておったというだけで妾は天照大御神と同一視しても構わん。』
「……知らねぇよ。」
『妾はやっぱりお前の事がどうも好きになれん。そして、いつまでそうやって2人抱き合っているつもりなんだ、気持ち悪い。』
「ハッ!……あ、いや、す…すまん、ヘンドリック。……おい、アマテラス!また式神でも使役して俺を殺しに来たのか!」
『はぁ、妾はこのような顔で誤解されやすいが本来は心優しいわ。今日はお前にある提案をしに来た、式神など使わん。』
嘘つけ、じゃあ先程のマツキという式神は何なんだ。完璧に俺を殺しにかかってたぞ。
俺の咎めるような視線で思っている事を察したのか、アマテラスはため息を吐いて呆れたように言う。
『妾は、そなたに呪いをかけるだけで満足していたのだが、“あれ”が要らぬ気を回した……ただ、それだけだ。“特別な呪い”をな……効果が出るのは後少し時を要するが、あわてふためくそなたを見てから、幸福にしてから不幸のどん底落とす…これが妾のスタイルであってさっさと殺すのは、趣味じゃない。今までもそうやって楽しんできた、遊んでからじゃないと楽しめんだろ?
………まあ、ミラーナとの契約で7人救ったら手出しするなと言われたのでな、それまでなのだが。あまりにも妾の意図と違う動きをするので、もう飽きた。』
「勝手に飽きられても困るんだけれども……」
『そこで妾は思い付いた、ここまで生き延びたお前のしぶとさを讃えて、日本に戻してやろうかと思ってな!どうだ、いい提案だろう?
ああ、別にこの世界に居たいなら構わんぞ?……ただし、ここでお前が生きていられるかは保障できんが。』
ゴクリと唾を飲み込んだ、彼女の顔は悪魔のようにそれはそれは妖艶で美しかった。以前から望んでいた願い、彼女はそれを叶えてくれると言う……ありがたい筈なのにそれが悪魔の提案のように感じられた。
「俺は……」
シンイチロウの前に究極の選択肢が並べられた。元の世界に戻るか、ここに留まるのか__。




