エレノアside:隠密令嬢エレノア、ここに見参
彼がいなくなって5日ほど後……屋敷に手紙が届いた。鳥の足にくくりつけられた手紙。手紙の中身はこうだった。
《__親愛なる西の帝国の方々。私の名前はヘンドリック=オンリバーンという。かいつまんで話すが、ウェストカル教の司教であり“光輝く奇跡”の“守る者の長”であるカマセ=イヌ=オシエ=ル=アクヤクは“ルミナリアの奇跡”なるモノを起こさんが為に翌日に何か事を起こすようである。恐らくは、その為に信者達を洗脳して、領民達を騙して、暴動を起こそうとしているものと思われるので充分に注意してくれ。この出来事が後世で悪夢と形容されないよう出来る限り私も祈っておこう。__PS.エレノア嬢、シンイチロウは無事だ。心配しなくても大丈夫……だから、おとなしくしていなさい。》
まっさらな綺麗な紙に、見たこともない文字で書かれた手紙が届いた。見たこともない文字は、トール様によるとレミゼ王国の文字らしい。シンイチロウはこの国の言語についてはちゃんと習ったが、まだ上手く使いこなせていないのできっとヘンドリック様が書いたものなのだろう……律儀にも手紙の中で名乗っちゃっているし。
私は、シンイチロウの正体を知った件もあるから何となく事情は理解できたが他の人はきっと違う、イタズラか何かだと思っているだろう。現にトール様は
「なんだ、この手紙は……手の込んだ扇動行為だな。死人の、それも大昔に死んだ方の名前を語るなんて……それに随分と抽象的だな。」
とおっしゃっている。他の人々もこの手紙はイタズラだと思っているようだった。
「あの、トール様……このヘンドリック=オンリバーンとはどういった人物なのですか?」
エレノアは“管理者の眷属ヘンドリック=オンリバーン”の事は知っているし彼が元は人間だったという事も知っていたが、生前の彼については知らない。
「僕が生まれるちょっと前に死んだ御方でね、アベルおじさんの大盟友の父親で若い頃お世話になった方らしい。レミゼ王国北部の広大な領地を治める建国以来の歴史ある侯爵家の当主で、大臣まで登り詰めて宰相候補とも言われた御方だったと聞いているよ?」
「へぇ……そうなんですか。」
「僕は、若かりし頃に彼の息子と知り合いだったんだ。まあ、その名門侯爵家も今は無いんだけど、ね……。」
ゾクリとする闇を感じた。これ以上聞くな、そう言われているような気がしてエレノアは口をつぐんだ。トールは何か考え込むように手紙をしまった。
そして、この話はクロハの『もう眠いし寝ようや』というセリフで聞けずじまいになった。
翌日……“何か起こすようである”と手紙の言っていた何かが起こった。
「くっ……この事だったのか!
というか、アイツらは馬鹿なのか……!それとも“光輝く奇跡”という所は自殺野郎共の集まりなのか!」
トール様が机を叩いて叫ぶ。
トールの叫びに答えたのは、元軍人で領主代行のアルトだった。
「狂信者の考える事など、私達には分かりません。今回はやや態度が大きい気がしますがな。」
だが、彼はアルトの言葉を聞いてすぐに笑みを浮かべた。どうしてこの状況で笑っていられるのだろう、困惑しているのは私やクロハだけだった。手紙を読んだ、あるいはトール様の言葉を聞いた殿方達はおおよそを理解したんだろうと顔からして思う。
「だけど、甘いね。これじゃ、大義名分をこちらに与えてくれているようじゃないか!
さて、諸君…外務省北方治安維持局第8分室室長代理トール=ドレリアンが命ずる……全て、鎮圧せよ。特に教団の関係者は生け捕りにするように…銃器の使用も認める。」
トール様の命令で、城から兵士達が沢山出ていく。外務省は外国との交渉をする所ではないかと思ったのだが、外務省の中に軍の組織も一部含まれており、トール様は新型の軍隊を試すために派遣されたと肩を落として言っていた。後で聞く話、この地は格好の腕試し場としてお偉いさんの眼に止まったという事らしい。
「何が書かれていたんですか……?」
「エレノア嬢、まだ居たのか……彼らは領主に宣戦布告を宣言したんだ。……各地で略奪行為が起こっているという知らせもある。シンイチロウ君も無事だと良いがね。」
「どうしてそんなに私に情報を……?」
疑問に思って聞くと、トール様はあっけらかんな顔をして
「え?特に意味はないよ?
それにしても軍と外務省はやっぱり分けておくべきだよねぇ……一部とはいえ。」
と言った。
絶対に何か裏がありそうなのだけれども……。
部屋を出てから頭がモンモンとしていた。シンイチロウが危険な眼に遭っているかもしれない、そう思うと心が落ち着かないのだ。
「はぁ……」
ため息が出てしまう。
「エレノア、これで58回目や。」
「え?何が……?」
「ため息の数や!流石にイライラするわ、そんなにため息ばっかだと。」
クロハに指摘されてエレノアはハッとして自分がため息ばかりをついていた事に気づいて顔をしかめてため息を吐かないように意識をする。
「そんなに心配なら行けばいいじゃん、ゴンザレス……あんたはここ数日働いてなかったやろう?エレノアのシンイチロウ探しに付き合ってやって。」
「はい……」
そのまま、クロハはウジウジするなとエレノアの背中をドンと押して外へと突き飛ばした。
「前男爵、これでよかったんやろうか……エレノアをこんな目に遭わせて。」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと護衛もたくさんつけてやったし、死ぬことはないだろう。それにしても君は演技が下手だなぁ、あれじゃ悟られただろうね。」
「うっさい、そんなんやからモテへんのや!」
「ルイもいるから独身でも問題ないと思うけど?はぁ、僕は君に構っているほど暇じゃないんだよ、早く後処理もして帰りたいな……ここの料理は僕の血圧上げて死なそうとしてるんじゃないかってくらい塩辛くて食べれたもんじゃないから……。」
「ムキー!あんたみたいなの嫌いや!」
そのまま、ドスドスと足音を立ててクロハは部屋に戻っていった。様子を見ていたオリンは、この2人は関わると面倒だなぁとエレノアとは違う意味でため息を吐いた。
(というか、エレノア様を外に放り込んでる時点でかなりヤバイと思うんだが)
何を根拠にしてエレノアを外にやったのかとオリンは冷や汗をかいた。
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外に出ると、そこはまさに戦場だった。
守り抜こうとする領民達と捕縛しようとする兵士達の姿で惨状が広がっていた。
銃器の使用も認められた兵士達が断続的に銃弾を撃ち込んで、当たり前だが領民達は押され気味である。
「エレノア様……どこから行きます?」
「シンイチロウが居そうな所……随分と“光輝く奇跡”の内部情報を得ていたようだから、教団の近くにいるんじゃ……」
手紙はヘンドリック様からだったけれどもゴンザレスに理解できるとは思えないのでシンイチロウからだという風にしておく。そもそも、私だって彼ら2人の存在を理解しきれているかと言われればそうとは言えない。
「では、教会の方に……」
「うん…そうするわ。」
エレノア達は戦渦をなんとか逃れながら嫌なモノを何度も見たが、それから眼を逸らして教会の方に急いだ。
「教会は不可侵地区だ!」
逃げ惑う領民達もその知識はあるみたいで皆、そちらを目指しているようだ。私達もそれに紛れて移動した。教会の方にはまだ兵士達は到達できていないようだ。
そして、教会近くで建物の影に隠れた。
続々と領民達は教会の中に入っていく、広いとは言えない教会はすぐに彼らで一杯になった。
「“光輝く奇跡”はその隣の建物です、しかしシンイチロウさんがこの中のどこにいるのか……」
「入るしかないでしょう……」
「ふう……では、少しお待ちを。」
エレノアが待っているとゴンザレスは白い服を手に戻ってきた。
「これが体験入信者の服です。」
「………なんか隠密にでもなった気分。こういうのは男の子が喜びそうな展開よね?
隠密令嬢エレノア、ここに見参!……なんちゃって」
この時、後ろで護衛をしていた面々はこう思ったそうな。
__もうちょっと怖がったりするものじゃないのか!?
ヒヤヒヤとさせながら2人は“光輝く奇跡”の本部に堂々と侵入していった。




