教団には階級があるようで……
あれから5日ほどのうちにどうしてこうなった………。
ゲームに登場する悪の教団で、俺は小姓のような役目を与えられた、その名も_“守護者”_。俺が何故、入信5日目でこんな地位を与えられたのか……正直な所分からない。
「未成人シンイチロウ、貴方は今日からあの方の側に仕える守護者です。」
ゲームの黒幕の司教、名前は確かカマセ=イヌ=オシエ=ル=アクヤク様だっただろうか?名前の手抜き感半端無い彼が言った言葉を頭の中で反芻する。何故、俺がそんな職に就かなければならないのか。
「………何故、俺なんですか?」
「さあ、それは__様に聞いてください。」
「え、今なんて?」
「あのな、いい加減そのため口やめてくれんか?……とにかく、ついてこい!」
何故なのか聞くが教えてくれない。
あのねぇ、ちょっとくらい教えてくれても良いじゃん。ゲームでお前なんてホイホイ証拠残して小娘にやられてた癖に!
「__様、お連れしました。」
この場所に似合わない重厚な扉に向かって、誰かの名前を畏まった様子で誰かの名前を呼ぶ。何と言ったのかは聞き取れなかった。
「入れ。」
しばしの沈黙の後に高い声が扉の向こうから聞こえてきた。
「……“守る者の長”のカマセ=イヌ=オシエ=ル=アクヤクでございます。__様、例の男を連れて参りました。」
扉を開いてから、少年の元へ膝まずいて言葉を述べる。少年は、銀髪に極彩色の眼を持った美しい整った顔立ちだった。ややつり目で気が強そうな感じがする、年齢は小学校高学年あたりだろうか。
「ご苦労様…下がって良い。」
少年の正体などは分からないが、困惑する俺を残して噛ませ犬が退場する。事情くらい説明してほしいのだが………。
「ガキめ、そうしていられるのも今のうちだ。お前の代わりなんていくらでも……」
誰にも聞こえないくらいの小さい声で彼が呪詛を吐いたのをシンイチロウは確かに聞いていた。
部屋には、シンイチロウと胸元のヘンドリック、そして少年と側に控えている無表情な大和撫子風な美女だけが残された。
気まずい中、今の状況を説明しよう。
あれから5日程が経った。無理矢理“光輝く奇跡”の信者に連れ去られ体験入信させられた俺は、“未成人”という体験入信者となり、この組織から脱け出す機会を伺っていたのだが、事もあろうに“守護者”なる教団幹部に引き上げられてしまったのだ。
「テラス、君も下がって良い。この男と話があるんだ。」
テラスと呼ばれた美女も下がらせて室内にはとうとう少年と私達だけになってしまった。
「はじめまして、ボクは“神の愛し子”……貴方がボクの救世主様なんだよね?」
「……………はあ?」
少年……“神の愛し子”と呼ばれる彼曰く、俺は彼を救う運命にあるらしい。だが、運命と言われても困るし、第一俺にそんな事は出来っこない。
「ボクは夢で見たんだ。
牛みたいな男を連れた貴方が、ボクを救ってくれるという夢を。ほら、貴方は連れているじゃないですか、牛みたいな男の幽霊みたいなのを。」
「牛……?牛みたいな男?どこにもそんなの居ないけど……?」
牛みたいな男など何処にもいない、出鱈目など言うなと少年に言おうとした時に、胸元のヘンドリックがポンと白い煙を立ててストラップの姿から人形の姿へとなった。
『シンイチロウ、私が感じていた“女神の愛妾”の正体は彼だったようだ。……彼には、呪いが効いていないのか私の本来の姿で見えているようだ、牛みたいなとは酷いが。
“神の愛し子”、自己紹介もせずに失礼した。私は、ヘンドリック=オンリバーン……そして、この男はシンイチロウ=ヤマウチ。どうもよろしく。』
人形姿で相変わらずの口調に久しぶりの事なのか違和感を感じるが、少年は気にしないで彼と平然と会話をしていた。
『……少年、君は言いたいことがあるんじゃないのか?』
「あ、そうだった……救世主様!ボクを助けてください、ボクをここから解放してください。
このままじゃ、ボクは殺されてしまう。」
少年の口調はとても切羽詰まったモノだった。
顔は真っ青で、無理して微笑をつくって気丈に振る舞っている。
「そう言われても……」
「時間がない……後、数日もしたら彼らは……その時までに決めてください。お願いします。そうしないと、町が燃えちゃう……暴動が起こってしまうから!」
返事は今度と保留してからシンイチロウは部屋を出た。
“神の愛し子”の噂は体験入信してから聞いていたが、その実情は大きくかけ離れているモノなのだとシンイチロウは思案した。
_______
この“光輝く奇跡”の歴史は古く“神の愛し子”と呼ばれていたあの少年の先祖が興したと言われているらしい。
そして、この教団には序列が存在している。
いつからあるのか、そういうのは誰も分かっていないようだが、まずこの組織に体験入信すると“未成人”と呼ばれ教団から支給される衣装を着るのが義務化される、ちなみに“未成人”の服の色は白である。そして、半年ほどいると未成人達は“癒す者”、“戦う者”、“守る者”のどれかになることを選択させられていずれかを選択する、衣服の色はここで青色となり、晴れて一般信者となれる。そして、その3つの職の頂点が、“長”である。あの司教様のように“守る者の長”などと呼ばれるようになる、衣服の色は赤…ここからが幹部と呼ばれ、陰謀に関わっているであろう身分だ。
本来ならば、その“長”の上には金色の衣服を纏う教祖であるあの“神の愛し子”と呼ばれる少年が君臨する筈なのであるが例外が存在する。それが、今回私が任命された“守護者”などの地位だ。簡単に言えば、称号がゴツいだけの名誉職、厚待遇を受けられるがそれだけ、教祖のお気にいりである…衣服は高貴な色の代名詞紫である。
『シンイチロウ、お前…あの少年をどうする?』
「どうもこうもないだろ……あの子がどうなるのか分かんないけど、陰謀は10年後にはヒロインちゃんがサクッと解決するんだよ?俺がやって何になるんだよ。」
ヘンドリックはこの男のものぐささに呆れた。
『お前…あの少年が可哀想だと思わんのか?彼は相当悲惨な境遇の持ち主だ、それにあの子の事を抜きにしても後数日もしたら暴動が起こるという言葉は聞き捨てならんだろ。
あの子は“女神の愛妾”……いにしえの人と神が今よりも近い時の血を引く人成らざる力の持ち主だ、その彼が言うんだ……』
「しつこいな……俺は、ここを出るのが目的なんだよ?心の整理をつけて戻るつもりがなんでこうなってるんだ?あの子と俺関係ないじゃん。それに、俺は万能な漫画の主役みたいな運と身体能力なんて何も持ってないんだ、俺が行動して何か変わるのか?」
呆れた男だ、頭痛をこらえて眉間を指先で押さえた。
『シンイチロウ、ちょうどいい機会だ。お前とはじっくり話し合う必要があると思っていたんだ。前にも言ったが、ここはゲームと同一の世界ではない。ヒロインはいる、ゲームに登場した人物も既に生まれている……だけどな、彼らがゲームとまったく同じ行動をするとは限らない、10年後お前が起こると思っているそれは起こらないかもしれないんだぞ、それでもお前はあの子を見捨てるのか?』
「………面倒な奴だな、そう言われると何も言えないじゃねぇか。分かった、決める……彼を救うと決めるからそんなに怒らないでくれよ。」
ヘンドリックがやけに積極的にあの少年を救おうとしているのに、シンイチロウは首をかしげながらも承諾した。彼に言われた事だけが原因ではない、なんとなくこうなる気がしていたという諦めも含まれていた。
『よし、そうと決まれば偵察だな……!私の千里眼で近くの部屋を見てみる。そして、何か掴めたらテイムで生き物に手紙を屋敷まで届けてもらう、まずはこういう感じで良いか?』
使用制限中で視られる距離が限られているのでなるべく多くの情報を得られるように、1階の来客用スペースに移動してから小声で話した。
「それで、いいだろ……俺は何も出来ないに等しいんだ、お前に任せる。
ああ、見るならまず一般信者を、そしていつも“長会議”の行われているだろう部屋を頼む。ゲームじゃ、そこいらで情報を漏らしてたからな、アイツらは。」
『分かった……千里眼。』
________
“光輝く奇跡”は教会横に2階建ての建物として存在している。だが、そこには秘密の地下空間が存在していて、地下4階まである。
2階が教祖や幹部達の部屋、1階は来客用に小綺麗にした部屋、そして…地下1階が皆が使う共同スペース、2階からは身寄りのない信者達に与えられた部屋がある。
ヘンドリックが視たのは、まずは地下1階の共同スペース。こちらには食堂などがあり信者達が談笑などをして集まっているので情報を得やすい。
「なあ、最近ちょっとアイツらは思い上がってないか?領主の馬車に石投げたりやりすぎだよ……」
「でも、神の御為に悪魔を排除しなければならないと司教様……じゃなくて、“守る者の長”も言っていただろう?」
「そうなんだけどな……」
話し込んでいるのは、まだ洗脳が充分にされていない未成人の信者達だった。彼らの心には迷いがあるのか、熱狂的な信者達と違って暴動には消極的であった。
「おい、お前ら……!これは“神の愛し子”の命令だ、そうすれば必ず神の加護によって幸福が来るというお告げだ。逆らうのは許されない、分かったな。」
「そうだ、そうだ!」
こちらは、もう洗脳済みの一般信者だ。
ヘンドリックの見た所によると、一般信者は完全に救いようのない所まで洗脳されきっていて、体験入信者はまだ救おうと思えば出来なくもないという所だろうか。
《……フム、暴動を起こすなどという話は聞けなかったな。》
だが、彼らの様子からして近々起こってもおかしくはないとヘンドリックは思った。
次は、2階へと移動して幹部室の中に入る。
この隣では“長会議”が開かれている。定期開催されているという訳ではなく、会議の場は不定期に頻繁に設けられている。出席者は3つの職の長と“奇跡者”と“戦闘姫”と呼ばれる教祖のお気にいりの5人、そして彼らに報告する為にいる3人の古株の一般信者だ。
「それで、町の様子は……」
「はい、領主の館に役人が入ったという情報が。」
役人が入ったという言葉を聞いて、“戦う者の長”が言う。
「ついに神の復活の時が近いのでは……“ルミナリアの奇跡”を起こすときがついに!」
落ち着くようにと嗜めて、カマセ=イヌ=オシエ=ル=アクヤクが言った。
「……そうだな、ついに我らルミナリア正教を信じる信者達の長い潜伏生活が終わるんだ。
決行は明日だ、神の復活は近い……」
「明日!いくらなんでも早すぎます、ここ最近の不作などもあり信者達の回復が追い付いていません!」
「神は復活なさるんだ、その為に払う犠牲など細事に過ぎん。」
狂った者の思考など分からんな。
断片的に手に入れた情報を組み合わせると、彼らの真の目的は“神の復活”……その為にマナセイン伯爵領で元々くすぶっていた不満を焚き付けて暴動を起こそうとしている。定期的にこの地で起こっていたという小競合い程度の暴動、それが今回になって随分とデカイ態度を取っているのは、彼らの洗脳された信者達とその信者達に騙されている領民達の連合軍であり、神の加護を得ていると勘違いしているからだと思う。
「分かりました……では、明日決行で。」
3人の一般信者達は出ていく。
そして、部屋には幹部達が残された。
「あれで、良かったのか?司教殿、流石に明日は早いと私も思います。それに、善き事を成し遂げるためとはいえ領主と対立してもメリットなど……もう少し、時期を待ってからになさっては。」
“戦闘姫”が口を開いた。深く皺が刻まれた顔を険しくしている。
「ふん、“戦闘姫”……もしも罪に問われても、すべてはあのデカイ態度をした“神の愛し子”が背負う…我らに及ぶ事などない。
“守護者”などというものを勝手に作り出すからだ、奇跡が起こればあの教祖など要らない。」
「……“ルミナリアの奇跡”は近い、か…。」
狂信者達が嗤う中で、1人別の意味で嗤っている者がいた。
ヘンドリックはその時、“彼女”が人成らざる式神と呼ばれる眷属である事を見抜いた。
《厄介な事がまた増えてしまったぞ…シンイチロウよ。》
_______
「どうだった!」
シンイチロウはヘンドリックに声をかける。
『……明日、何らかの動きがあるようだ。そして、奴らはもしもの時にはあの少年を生け贄に、犠牲にしようとしている。それと、この教団の中にアマテラスの式神が紛れ込んでいる。』
「おい、ちょっと待て。そんなに情報を詰め込んで大丈夫なのか?」
『知らん、ミラーナ様やオティアス様がそのうちなんとかしてくれるだろうが、危害を加えてくる可能性が大だ。
明日、何らかの動きがあることをすぐに伝えよう。』
ヘンドリックは空を飛んでいた鳥に目掛けて眼からビームを放ってテイムを使った。そして、手紙をくくりつけて飛ばした。
____その翌日の事だった。態度をでかくした“光輝く奇跡”が領主に宣戦布告を宣言したのは。




