エレノアside:いつもより静かな屋敷
朝、あまりにも屋敷が騒がしかったのでエレノアが起きると大変な事が起こっていた。屋敷の者達が集められて状況が領主であるマナセイン伯爵自ら報告がされた。
屋敷に賊が侵入した、それも1人ではない。__10人ほど侵入して、そのうち数人はその場で殺され、後の数人が捕縛されたというのだ。
「ごめんなぁ、ちゃんと警備はしてたんやけど………。」
報告が終わった後にクロハがため息を吐いて言う、その後ろでオリンは顔をしかめて何も言わずに控えていた。
「これ以上は今のところいないけど、充分用心しといてよ?それと………」
言いずらそうにクロハは言葉を止めた。そういえば、シンイチロウの姿がない。使用人も皆いる筈なのに、彼の姿がないという事に今気がついた。
「シンイチロウ、彼は…行方不明なの。
運が悪かったとしか言いようがないんやけど、朝アルトおじさんの所に侵入した賊と交戦してから、心の負担が大きかったんやろうな……外で息を整えている時に遭遇した敵から逃れようとして、そのまま身体から落ちたんや……」
「まさか、彼は人を……?」
クロハは無言で頷いた。
エレノアは、彼が住んでいた元の世界について詳しく知っている訳ではない。
学生生活を送り、会社勤めをして、父親の後を継いで、人生初の挫折を味わい、ここに……彼の人生を聞く限りではその世界は、戦争など無い平和で便利な世界なのだろうとエレノアは思った。
ここに比べて甘い世界の住人であった彼が、自衛の為とはいえ人殺しをした。その心の負担はきっとクロハが思うよりも大きいモノだ。
「ちょっと、彼の部屋に行っても良い?」
「荷物くらいしかないと思うけどどうしたん?」
何故そうしようと思ったのか、初めは分からなかったが少し考えてからヘンドリック様がいるなら彼の力を借りよう、そう思ったからだと分かった。
彼の部屋に行くと荷物は少なかった、当たり前だろう。お父様との冷戦状態の中、私が彼をこの旅に無理矢理引っ張っていったのだから……。
「………いない、か。」
2人とも居なかった、という事は今は2人で行動しているという事になる。でも、2人……ヘンドリック様はともかくシンイチロウの安否は不明なままだという事実は変わらない。
「………エレノア。とりあえず、部屋に戻ろう。ここにいても何も変わらん。」
クロハに連れられて、部屋から出てしばらく自分の部屋に閉じ籠った。
_______
しばらくすると、何やら屋敷内が騒がしい。
不思議に思ったエレノアが部屋の外へ出て歩き回ってみると、見知った姿があった。
___某省の局長の第4秘書をしているトール=ドレリアン前男爵。
彼の職はこのような僻地に向かうような職ではない筈、彼の場合だと若干窓際気味ではあるが本来は立派な出世コースだと聞いた事はあったのだが……。
「どうも、エレノア嬢。寒いね、噂には聞いてたけど。……改めて自己紹介させてもらうけど、外務省北方治安維持局第8分室室長代理のトール=ドレリアンでーす。いやぁ、適当に返事してたらこんな名ばかりの肩書きと北方行きを命じられて災難だよ……この暴動を鎮圧させるまで帰ってくるなってあの頭の固いハゲ頭の誰かさんに言われちゃって、という事だからよろしくね。」
「トール様……」
トール様はいつものようにヘラヘラとしていた。アベル様曰く、昔はもっとしっかりしていたらしい。月日なのかその他の理由なのかは若い自分には皆目検討もつかないが人が変わるのは恐ろしいと思う。
「聞いたよ、彼の事は。
不運だった……だけど、君が気に病まなくても良いだろ。これは、君のせいじゃない…全てはこの地に不幸を撒き散らそうとしているルミナリア正教の残党の仕業なんだ、だから君がそんなに気に病まなくても良いんだよ。」
「でも……」
いつもとは違う、似合わない違和感が大有りな真摯な口調で励ましてくれるが、エレノアの心は晴れない。確かに、ルミナリア正教の残党が彼をこうしたのだろうが、そうなるような要素を作ったのは全てエレノア自身だ。この世界の知識が少ない彼を連れ出したのは、エレノアなのだから。
「はぁ……君はどうも誰かに似ているな。ウジウジして周りが何かを言ってくれる事を待っている誰かに。ああ!君がそうやって泣いているとなんかこっちまでイライラして悲しくなってくる、それにシンイチロウだって君の泣き顔は見たくないだろうから、泣き止めよ。
………君には、泣き顔は似合わない。」
「そう、でしょうか……?」
頭に?マークを浮かべてキョトンとしているエレノアを少し離れた所で見ていたクロハとオリンは言った。
「なんか、見ようによっては前男爵がエレノアを口説いているように見えんか?」
「そうでしょうか?ただ、もしそうだとしたらかなりスベっているといいますか、すれ違っているように見えますが。」
「……セリフだけ見たらって話や。」
「ああ、なるほど……でもちょっと古くないですか?」
「そうやな、確かにそうやな。」
陰口のようになっているが、2人は率直にそう思っている。
「似合わなくって悪かったな!
ああ、もう!こういうのはやっぱり僕じゃなくてエドワードの方が得意分野みたいだな……分かってたけど落ち込む。……君のために不得意分野で励まそうとしたのが間違ってたんだ」
「前男爵、恋愛未経験丸出しやな。そんなんやから女はあんたみたいな人間に寄りつかんのや。
エレノアを慰めたいんやったらそんな回りくどい方法じゃ無理や。帝国紳士はまっすぐ行け、これは基本やないか?」
「僕は帝国の人間じゃない!
じゃ、帝国紳士らしく言わせてもらうがこっちがイラつくからウジウジするな!後、首都にいるメスリル伯爵から伝言を預かってきたから伝えるよ。『エレノア、心臓が持たないから帰ってきて!私が悪かったから』らしい。
出来る事なら今すぐにでも帰った方が良いだろ。君にそんな気持ちなんて無いんだろうけどね。じゃあ、伝えたいことは言ったから挨拶はここら辺にしておいてもう行くよ。」
トール様はクロハと相性が悪そうだ。エレノア自身とも良くは無さそう。
でも、彼は本当にあんな人間なのかと首をかしげてしまう自分が居て少し驚いた。突き放すような口調で言っていたが、中身はそういう訳でもない。彼なりの気遣いだったとエレノアはそう思うことにした。
「ふん、あんなんやから一生独身なんや!」
「流石に失礼ですよ」
面白いやり取りだと思ってエレノアはクスリと微笑を浮かべて笑いを漏らす。
________
翌朝になって、エレノアは中々寝付けず早くに起きてしまった。
この屋敷はいつも以上にうるさい、だけどいつもより静かなのだ。いつも側でうるさいほど聞こえていた声が聞こえない。
苦しげに眼を細めて、身体を起こして水を飲んでから息を整えて廊下を歩く。冬なので寒くて息が白くなる。肌を刺す冷気に身震いしながらトボトボと歩いていると、声が聞こえてきた。
__これは、管理者と呼ばれる神様のイタズラだったのだろうか?それとも単なる本当の本当に偶然だったのだろうか、それを知る者は誰もいないが、エレノアは聞いてしまった。
「__伯爵、賊から引き出した情報を。」
「はい。彼らによると、自分達は“戦う者”だと述べていて、彼らは教会の司教様に命令されたというような趣旨の事を述べています。
……恐らくは隠れていたルミナリア正教の残党と善良な“光輝く奇跡”が合併してこうなったのかと。」
トール様とマナセイン伯爵の声がする。
ハッキリとヒヤリとして聞こえてきた声にエレノアは耳をすませる。好奇心もあったが1番にはシンイチロウについて何か手掛りを得られるかもしれないという期待あっての事だ。
シンイチロウに関するの話は上手く聞き取れる事が出来なかったが、どうやら聞く所によると聖職者にルミナリア正教の残党が成り済まして、“光輝く奇跡”というボランティア集団を洗脳まがいの事をして上手く騙しているという結果が得られたという話だ。
「そこにいるアルトの調査とも合致する。」
「それで、その集団の動きは?」
「ゴホゴホ…それは領主代行である私からお話を。実は、ここ最近言葉巧みにウェストカル教の信者を騙しているようで、組織の勢力を拡大させているようです。ゴホゴホ……」
物騒な話だと思った。だが、行きの馬車で行方知れずの2人が“洗脳”という単語を使っていたのを思い出してこの事かとも納得をする。
(もしかして、仲間はずれにされてた!?
あの2人、まさかこの変な集団を倒すためにここに来るのが目的だった……?)
そうではないのだが、エレノアはそうだと思った。
「特に、若い女を“贄”と称して勧誘しているようで………捕らえた賊からも意味不明な『“女神の愛妾”の御為に』や『神の愛し子の御為に』等という証言が得られています。」
「完全に、そういう性的関係か何かの為だろうな……引き続き調査を頼む。」
そうして、会合は終わった。エレノアはバレては何かと不都合だと思いその場から離れた。
(……貴方がいなくなって、すっかり静かよ。1人で抱えないで帰ってきてよ、シンイチロウ……!)
屋敷の与えられた部屋の窓の外を眺めてポツリとそう思う。
そのまま黙って外を見つめ続けていた。その沈黙の長さは彼女の想いの複雑さを表しているようだった。
__彼がいない。
その事実だけがただただ重い。どうして彼が、側に、ここにいないのか。
そして、そのまま慟哭を繰り返す。泣き声は廊下まで漏れ聞こえていた。




