アウトローさがあふれる町
……ああ、エレノア達はどうしているのだろう。俺が人を殺めてしまった事も既に知られているだろうな……それに、薄々感じていたが間違いなくこれは、あの“イベント”に関わる事になりそうだと思う。
「何故、俺がこんな目に………」
今更起こった事を悔やんでも仕方ないが、旅人姿になって歩きながら愚痴がどうしても出てしまう。厄介に巻き込まれるであろうから屋敷に戻らないといけないのかもしれないが、俺はそれが出来るほど人間として機械的にはなれない、気持ち的に落ち着いてからじゃないと戻れない。
表通りには、滑り止め砂がまかれていて屋敷の姿も遠く、吹雪いている雪の向こうにぼんやりと見える。その道の端の方を歩きながら屋敷を振り返らずに町の方に歩いていった。
町は何処か暗くて殺伐としていた。下品な言葉が飛び交い、ボードゲームをしていると人々がいた。荒くれ者の町といった所だろうか、区画整理もされていないという訳でもない屋敷に近い町でここまで荒んでいるとは思っていなかったが領主の馬車に石を投げつけるくらいだ、治安は良くないのだろう。
『………こういう町はあまり好きじゃないな。』
「文句言うなよ、ここは伯爵領の中ではまだ都会な方だろ。屋敷の近くって事はそうな筈だ。」
『……どうでも良いが、何処か話が出来る所はないか?ちょっと気になる事があってな、朝ごはんもまだだろう?カフェでも見つけて入ろう。腹が減っては戦が出来ぬというし、ビタミンを摂らないと考える事も出来なくなるからな。』
ヘンドリックはこの町が嫌いなようで胸元でムッとした顔をずっとしている。
ゴミだらけで、飲んだくれが朝から転がっているこの状態なら彼の気持ちは分かるが、シンイチロウ自身はこの雰囲気は嫌いではない……好きでもないが。
「なんか、めっちゃ睨まれてるし……」
先程からチリチリと焼けつくような視線を感じる、もしかして馬車に乗っていた使用人だとバレたのかと一瞬思うが、こちらを物珍しげに見ている事もあるので旅人か何かだと思われているのだろう。
「あ、カフェだ。」
このアウトローさが漂う町に似合わない上品なカフェ。いや、古そうな外観なのでこれこそが本来の町の姿だったのかもしれないと思うとシンイチロウの心は少しだけ落ち込んだ。
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カランコロンとドアのカウベルが音を鳴らす。店内は、タバコの煙で遮られて様子はすぐに分からなかったが、入るとすぐにウェイトレスが出てきて席へと案内した。客は皆髪をボサボサに伸ばしたり、服を着崩したり
「見ない顔だな……」
「もしかして憲兵か?」
店にいた若者や老人がヒソヒソとこちらを盗み見てくるのが、シンイチロウは嫌で眉間に皺を寄せていたが、あまりそういう顔をするのも印象が良くないと思って難しい顔をして新聞を読むふりをした。
「ここまで見つめられるのは……な。」
シンイチロウがそう言った声は客で賑わっていてうるさい室内には聞こえていなかった。モーニングと名物らしいコーヒーを頼んでから、ヘンドリックは頃合いを見計らって声を出した。
『シンイチロウ、君は…“女神の愛妾”という言葉を聞いた事はないか?』
「……?無いな、ゲーム内は知らないが漫画の方には出てきていなかった。」
“女神の愛妾”__初めて聞く単語なのだが、ゲームや今の自分が置かれている状況に関係があるのだろうか。
『“女神の愛妾”_所謂、超能力者みたいなモノだ。普通の人間は魔力が10前後、多い者でも30に届くか届かないか辺りなのだが、彼らは違う。お前らと違う所は、彼らは100以上の魔力を持っていて、超能力を1つ使える……そしてある高貴なる一族の末裔だという事だ。』
「なんだ、その中二病みたいな存在。」
シンイチロウはその程度の認識だった。
『超能力の事は置いておこう、ミラーナ様から説明があったと思うけどこの世界で攻撃魔法は使えんからな、服従や未來予知……まあ、一般的に超能力と呼ばれるモノしか使えないから脅威ではないと思うが、“女神の愛妾”の気配をあの森で察知した……一応注意しておけ。』
「おいおい、脅威でもないのに注意しておけって言ってること矛盾してるぞ!」
『……あの一族は関わると厄介なんだ、だから注意しておけ。……注意、してほしいんだ、お前まで失ったら、私は…悲しいんだ。』
まで……まるでその存在が誰かを失わせたような言い方。
「おい、お前がそこまで言うなんて珍しいな。その存在はどういう奴らなんだ?……それに、森で感じたって俺を狙っているという事なのか?」
『じゃあ、まずこの大陸の歴史を言ってみろ。』
「ああ、それならトール先生にも習ったし、伯爵家の本でも読んだことがある。たしか、大昔に大陸全土を治める大帝国が存在して__」
大陸暦元年、多分ローマ帝国をモデルとしたのであろう大陸全土を治める大帝国が存在していた。だが、広大な領土の維持が難しくなった帝国は王族達に領土を4分割して治められた。その成れの果てが現在のマルチウス帝国などである。
トール先生に習った事をボソボソと話すとヘンドリックは胸元でゴソゴソと動きながら
『“女神の愛妾”はその帝国の王族の末裔に現れるんだ……全員がそうだという訳でもない。私もかつて、彼らと因縁があってな……因縁が巡り巡って無関係な存在にまで不幸をもたらした。だから、その時のようにならないようにしたいんだ……』
とポツリポツリと話始めた。
本人にとっては話したくない辛い話だったと思うし、出来る事なら胸にしまっておきたいと思うような話。__彼の息子ショーンさんの死の原因の1つとなってしまった彼が巻き込まれた尊き方の悪巧み、それで色々あって恨みを買った相手。それがサルディンという亡国の王族と結び付いた彼らだった。
『……元はと言えば、それを止められなかった私のせいなのだが、奴らは厄介だ。念のためステータスを偽造しておけ。
……これ以上因縁を深くしたくはない。これ以上誰かが死ぬのは懲り懲りだ。』
「ああ、分かったよ。注意しておく……」
言葉ではそう言うが、話が壮大になっていってついていけないなとシンイチロウは頭が痛くなった。イベントに巻き込まれ寸前なのに、妙な存在にも注意しろ……災難しかない。これがアマテラスに呪われた結果か。
いや、イベントの方はともかく、そんな存在が知り合いにいるわけでも無いし狙われる心当たりが無いのだが……それとも何だ、領主の馬車に乗っただけで標的になるのか?じゃあ、俺じゃなくてもいいじゃん……。
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ヘンドリックの話を聞き終えてからちょっとして、客が多くて手間取っていたのか遅かったが、ウェイトレスが食事を持ってきた。黙々と食べてからまた新聞を読んでいると、声をかけてくる男がいた。
「おい、この辺で見ない顔だが何者だ?」
「いや、俺は…この辺の人間じゃないけど悪いのか?」
「いや、そういうんじゃないんだ……最近、憲兵がうろついててな。旅人か?なら町では注意するんだな。」
男は何か物言いたげにいたが、不審げな眼を向けると眼を逸らして何も言ってこなかった。
(……憲兵、そんな血生臭い治安維持の為に動いていたという表現など無かったと思うがな。)
何か噛み合わない物を感じながら、別の駆け寄ってきた男の話をボーッと聞いて、職業を聞かれたので『旅人で各地を巡っている』と答え、ヘンドリックの助けなども借りながら見たこともない東の国やすぐ近くの北の雪国の話などをさも見てきたかのように語った。
「おい、あれ……」
眼の先には、みすぼらしい格好をした少年の姿があった。蒸かした芋の入った箱を抱えて、大きな声を出して売っていた。
「ん……マスター!こんな所にみすぼらしいのが入り込んでるぞ!」
私の目線の先にあった者を見咎めた男は、すぐに店のマスターを呼んで無許可で物を売る少年の事を告げ口をした。すっ飛んできたマスターは、
「ウチは物を売るのはダメだ、早く出ていけ!」
と怒鳴った。
少年は涙も見せずにこちらを睨み付けながら店から出ていった。
(嫌なモノを見てしまったな……)
出ていった少年から眼を逸らして、考えるが他に何もすることも無いし、適当に歩いて今日泊まる宿を探そうと思い金を払ってから外へ出た。
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外は寒かった。建物の中でも、外でも服を突き刺すような寒さがあった。
「……はぁ、戻ろうとしてもやっぱり勇気が持てない。」
町には、領主への悪感情が溢れていた。元々憎悪を持っていたルミナリア正教の残党が、近頃の不運で不満を持っていた人々を焚き付けて何やら不穏な空気がある。__欲深い司教様も“光輝く奇跡”を利用してその間で暗躍しているのだろう。
安全そうな宿を見つけてそこで一晩休んだ後、流石に気持ちが進まなくても戻らないといけないと思って宿から出て進むが、その時また嫌なモノを見てしまった。
昨日の蒸かした芋を売る少年とは違う意味で見たくない、ゲームと関係している“光輝く奇跡”の信者の勧誘をしている姿だ。
『…………逃げろ!』
「それが良さそうだ!」
人から逃げるなんて失礼だと思ったが、流石にゲームの陰謀に本格的に関わりたくないので逃げたのだが、羽でも生えているのかというほど速い速度で追いかけられてしまって追い付かれた。
「我らの教団に入団してくれませんか?」
その眼に抗わないといけないのに抗えない。
逆らってはいけないような、逆らったら殺されそうな雰囲気すら感じさせる信者の姿に気圧されているうちに俺は“体験入信”させられる事となってしまった。
『言わんこっちゃない……』
ヘンドリックの呆れた声が聞こえてきたが、もう俺はこうなってしまう運命だったのだと諦めた。元から怯みやすいのも直さなきゃなあ……そうやって現実逃避しながら、教団の建物に連れていかれた。
ここからしばらく、シンイチロウとエレノアの視点を交互で執筆していきたいです。




