屋敷の夜の出来事
__なんてこった!
シンイチロウは頭を抱える。何故自分は行動する度に泥沼にはまっていくのか……自分は運が良い人間だったと思っていたのに、何故こんな“ゲームの陰謀”と間接的に(と言えるのかも分からない、ほんの少し触れた程度とはいえ)関わってしまうのか……。
『シンイチロウ、そう気を落とすな……まだ彼らと関わってすらいないのに落ち込んでどうする。そういう反応は彼らと関わってしまったときにしなさい。』
高さ15㎝ほどの女の子が喜びそうな人形、歩く速度は3歳児以下ネジを巻かなくても話せるようになったのは良かったが、その正体は管理者ミラーナ様の眷属ヘンドリック様なのだ。
「そうは言うけど……あの屋敷での出来事といい災難に遭いすぎて嫌な予感にしかないよ。」
『……それを気にしたら終わりだ。自信を持ちなさい、シンイチロウ。』
冷たいようで慈愛のこもったヘンドリック様の声はまるで父親のようだった。
(間接的にだけど、あのイベントに関わるって事は“王の集い”とも関わる事になるんだよな………それが嫌なんだよ。)
_私利私欲にまみれた司教様が黒幕だった5月の北の遠足のイベント。
簡単に言うとヒロインちゃんはチュートリアル後に選択した攻略対象の誰かと共に自由行動の時間に歩いていると、清掃活動ボランティア集団に扮している“光輝く奇跡”に勧誘されて強引に会員にされてしまう。その後、イチャコラするイベントがあってから何だかんだあって司教様が黒幕と判明して、お涙ちょうだいの演説をして人々は改心するのだが……その影で、例の司教様も“王の集い”からの徴収金に苦しんで人々を煽動して金を集めようとしていたという事をヒロインちゃんと傍らの攻略対象のみが知るという最大イベントへの布陣として用意されていた。
「けど…本来はヒロインちゃんが解決しないといけない“イベント”だぜ?それを物語開始の何年も前に無関係な俺が解決するのは良くないだろ。だから、とは言わないが…世界を歪ませる訳にはいかないだろ。」
『お前は本当にものぐさな男だ……それに、別にここはゲームとやらと完全に同一な世界ではない、似た世界ではあるがな。もし、ゲーム通りに、物事を進めなきゃいけないのなら、もうとっくに世界は歪みきって崩壊しているさ』
「………?まあ、いい。それよりもあんたをずっと抱えている訳にはいかないんだよ、こっちも色々な意味で。なんか小さくなれたりしないのか?ほら、幼女アニメの精霊さんみたいに自由自在に大きさを変えられるとか……」
『フム…確かにそれは困るな、お前にこれ以上変な趣味があると噂を立たせるのも忍びない。……試してみるが期待はするなよ。__隠蔽。』
ポンという音と白い煙の中から可愛らしい人形よりも更に小さいストラップが現れた。姿は相変わらず人形のようにロリータ趣味がある感じだったが。
『こんなもんでどうだ?じゃあ、君の胸元のガラケーにでも結びつけておいてくれ。そうしたら、いつでも話せるだろ?』
「スゲー……」
結びつけながら、先程の隠蔽スキルについて見てみると、『本来は髪の色や姿を変えるのに使う』と書いてあった。そして、結んだまま夕食の準備へと進んでいった。
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夜、9時も過ぎた頃だろうか。
和やかに晩餐会は進んでいった。スープの後に魚料理と料理も美味しかった。ヘンドリック様はこの旅に何か懸念を抱いていたようだけれど、お父様から逃げて旅に来たのは良かった……そうエレノアは思っていた。
「本当にゴメンな、本当なら外で買い物とか色々出来るのに……でも、大丈夫や!お父様はよく分からんけど秘策があるって言っとったから!」
「無理矢理ついてきた私が悪いんだし、気にしないで。」
帰るまでここから出られない、それが半年近く前にエレノア自身も巻き込まれたいわく付きのお屋敷での忌々しい事件とダブって不安になったが、あそことは違って殺人など起こっていないので大丈夫だろうと思った。
「所で、シンイチロウはなんか暗いな……無理矢理連れてこられた事怒っとるんじゃないん?」
「うう、後で謝った方がいいかな……」
「そりゃあな。振り回された挙げ句連れてこられた所が暴動寸前のヤバイ敵地だったら皆怒るわ」
クロハの言葉に、エレノアはしまったという顔をした。
「今気づいたんか?まあ、ああ見えてシンイチロウってなんか言動が幼いからな、早めに謝らんとむくれて許してくれんよ?」
「……ごめんなさい。」
「ウチに謝ってどうするんや……」
エレノアの方が歳上の筈なんやけど、これじゃまるでこっちが年下の子に何か教えているみたいじゃないかとクロハは思う。
(……なんか、この2人の間には入り込めん何かがあるなぁ。)
それが何なのか理解は出来ていないが、2人の間には普通の人間には入り込めない何かがあると思った。
ふと視線を感じる、クロハがそう思って見上げるとエレノアがそれに触れてはいけないと言っているような寂しい顔をしていた。
「ありがとう、クロハ。やっぱりそうよね……私、謝るよ。」
エレノアはそう言って席を立った。
「大丈夫やろうかな………」
クロハの心配する声は虚しく部屋にこだまして消えていった。
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「おいオリン、ここを2人で掃除ってキツくないか!」
「仕方ないだろ!ゴンザレスが腐ったフライドポテトに当たったんだから!」
本当に不幸な事故だった。
ゴンザレス、男らしい名前ではあるが私などよりも体格が立派で死角のないと思っていた彼女が、恐らく賞味期限は1年ほど経過していただろうジャガイモをフライドポテトにしてオヤツ代わりに食べた、すると数時間後夕食の準備が一段落ついた後にのたうち回り始め、医者の診断により“食あたり”という診断をされてしまったのだ。
「……それは、そうだが。
しかし、この屋敷の警備は大丈夫なのか?」
「誰か、余計な話でもする奴がいたのか?
大丈夫だろ、ここは普通の屋敷に比べればまだまだ強い方だ。」
「ああ……」
そういう言葉はフラグを立てているようにしか聞こえない。
「仕方ないな………」
どっちがそう言ったのか分からないが、その言葉に納得して片づけを始めた。
(……本当に運が悪いな)
今まで運は良い方だった。むしろこの良すぎる運故に環境と周りの人間に恵まれて、理不尽な理由で異世界に飛ばされてからもエレノアという恩人に出会えた。それが何故にこうなっているのか……。
黙々と考えながら、作業を終えたのは夜の11時ほどの出来事。
「ねぇ、シンイチロウ……」
「ああ、エレノアか。どうしたんだ?」
部屋に戻ろうかと考えていたシンイチロウの元に来たのは、何故か申し訳なさそうな顔をしたエレノア。その姿にシンイチロウは首をかしげる。
「なんか、ごめんね……私のせいでこうなってしまって。」
「ああ、そんな事で悩んでいたのか?気にするな、お前のせいじゃないから。だから、悩まないで帰れるまで楽しめ。
……なあ、今更ながら思ったんだが、こんな時間に淑女が男の元を訪れるというのはちょっとまずくないか?そろそろ、俺は部屋に戻るぞ……」
「待って!」
ぎゅっと袖の端を握られて引き留められた。
「………?」
「ねえ、本当にごめんなさい!もしも、私に出来る事があったら何でもするから言ってね」
「ああ、でもそんな困る事もないと思うが。まあ何かあったら言うよ」
そのまま頭を撫でられて、呆然とするシンイチロウを置いてエレノアは鼻歌を歌いながら去っていった。
『おいシンイチロウ……顔が赤いが、お前は既婚者だからな?倫理観がどれ程あるのか知らんがエレノア嬢を泣かせるなんて真似をしたら、軽蔑するぞ。』
「あ…あ、うん。それは分かっているよ。
俺には、妻も娘もいる……ってちょっと待て、俺とエレノアの間には何も無いし、そもそも何か始まった訳でもないぞ。」
『ふう、女に耐性がないのか?随分と可愛い物を見せてもらったな。』
「うっさい!
………この事態を招いたのは、エレノアじゃなくて俺だよ。」
《山内信一郎
level:1(MAX)
種族:人間(異世界人)
年齢:46(見た目は29、中身は中学生レベル)
職業:メスリル伯爵家使用人、前衆議院議員。
称号:異世界から来た者、“元の世界の神”に呪われし者、“この世界の神”の祝福を受けた者、“異界の神”に興味を持たれた者
状態:軽度の疲労
体力:100/109
魔力:15/15
攻撃:37
防御:84
素早さ:76
運:50
スキル:初級鑑定、究極の偽装、究極の言語理解
持ち物:普通の服、携帯電話》
あれから微妙にステータスは上昇した。
だが、不穏な称号を戴いたのも確かだ。
「俺が呪われたから、不穏な事態になっているんだろうな………エレノアのせいじゃない。近いうちに何か起こる、こんな称号を持っているんだから。」
そう、この予想は外れてはいなかった。
___日付けが変わった翌日の早朝5時頃、シンイチロウは物音に目覚め、災難に巻き込まれる事となるのだが、この時のシンイチロウはまだ知らなかった。




