神様の間で
静かな空間に掛かってくる筈のないガラケーの音だけが響く。
「おい、これって誰からなんだ?もしかして、ミラーナ様からか?だとしたら大変な事態なんじゃないか?今までメールしかしてこなかったあの神様が直接電話なんて寄越してくるなんてただ事じゃない。」
「なんかよく分からないけど、大変な事は分かったわ………出ないの?いい加減出ないと、外にこの音聞こえてきちゃうわ。」
私とヘンドリック様の空気からよくない事が起こったのかと心配そうにエレノアが見てくる。
『……もし、ミラーナ様がアマテラス様にやられたのなら、ここだって無事じゃないだろう。だが、君達は生きている……つまりミラーナ様はなんとか持ちこたえたのだろう。……心配せずに出なさい。』
「ああ。」
ヘンドリック様の慰めるような声に一呼吸置いてから私は携帯を耳に当てて出た。
『もしもし、無事かい?僕はオティアス、ミラーナ君の友達だよ。よろしく……』
「はぁ…」
なんだかまた新しい登場人物が増えた。電話相手はミラーナではなく、彼と同じくらいの(同年代に聞こえる)若い少年の声だった。
ミラーナ様の友達で彼の事を君づけで呼ぶという事は、彼も管理者かそれに近い存在なのだろう。シンイチロウが考え込んでいると……
『オティアス様も同じ管理者で、こことも君がいた地球とも異なる世界を治めている方だ。ミラーナ様とは友d……くされ縁らしい。』
「そうなのか……」
「神様も色々としがらみがあるのね……」
『そういうものだ……誰にだってしがらみがあ__そろそろネジを巻いてくれ。』
「面倒なシステムだな!」
ギギギとネジを巻いているとおいてけぼりを喰らったオティアス様がふてくされたような声で言う。
『あのさ、僕の事放って話を勝手にそっちでするのはやめて!悲しくなるから!……それにしても、ヘンドリック……君も大変な眼に遭ったね。でも、もう少し奮闘してくれると僕は思ったんだけど。__ネジをいちいち巻くのも大変だろ、これははじめましてのあいさつ変わりにちょっとした力を与えよう__なんちゃって!たいしたものじゃないけどね。』
「………(テンション高くてなんか取っつきにくいな……)」
力と言うのでまたスキルか何かかと思ったのだが、ステータスを見ても特に変化は無かった。
『ううう、オティアス様はシンイチロウじゃなくて僕に力をくれたんですね?……それで、あの後ミラーナ様はどうなったんですか?』
『ご名答!君のネジをいちいち巻かなくても動けるように僕が設定したんだよ!すごいだろ。
……ああ。あの後大変だったんだよ、色々と。』
私とエレノアを置いたまま人ならざる者同士の会話を始めてしまった。その会話は、ヘンドリック様が不甲斐ないという話や彼の息子の話、色々と聞いてはいけないような……いや、歴史の闇に埋もれているような話ばかり。話に共通していたのは、陰気で暗く穏やかな話ではないという事だった。
「ねぇ、私達おいてけぼりだね。
あ、そうそう。今日の晩御飯、ホッケらしいよ?お父様が10000マルチウスマルクだったのをどんな方法使ったのか分からないけど1000マルチウスマルクまで値切ったらしいよ?」
「そうだな……魚は骨があるからあまり好きじゃないな。でも、いい加減パンは飽きてたし良かった!」
ホッケか……なんかお魚を久々に食べる気がする。
「それにしてもいつになったらこの話終わるの?私達も暇じゃないんだけどね、晩御飯の準備とかあるし。」
「そうだな。」
そろそろ終わりにしてくれないかこの会話、そう心の中で思っているとそれを察したのかどうか分からないが、彼ら2人……と表するのは正しいのか検討もつかないが、2人は話を終えて、ヘンドリック様はわずかに人形の眼を細めながらこっちを見た。
『さて、ミラーナ君の身に起きた災難でも話しておこうかな?彼は今大変だから、変わりにこの友人の僕が、何があったのか1から10まで教えてやろう……』
携帯越しでもドヤ顔をしたのが分かるオティアス様の話を纏めるとだいたいこういう感じだった。
_______
ヘンドリックを突き落としてから、ミラーナとアマテラスはこの地に2人きりになった。
「ミラーナ、お前は相変わらず人の話を聞かん男だ。」
「おっかない事を平気でしでかすお前にそんな事言われたくないんだけど」
2人の空気はいつぶつかってもおかしくない一発触発で状態から言えば、ミラーナの血相は悪く余裕さはない切迫した顔で、アマテラスはミラーナとは違って余裕綽々……主導権は彼女が握っているのだろう。
「ふうミラーナ、妾を満足させろ。」
「……ん…ッッ!」
ミラーナには、彼女の行動が分からなかった。
そして、自らのこの状況も理解は出来ていない。白くて細い彼女の二本の腕が絡みついて、抱きついてこられた。そして、その行動の真意を咎めようとしたミラーナの口を封じるように、薄い桃色の唇が、濡れた舌を伸ばして奥深くへと入り込ませてきた。
「……ッ!……一体、何のつもりだ!」
「いいや、特に意味はない。」
何もなければそんな事はしないだろ。
この目の前の女が訳分からないのはいつもの事だったが、この状況を続けさせる訳にはいかなかった。ミラーナには義務がある、あの奥にある機械達だけは守らないといけないという義務があった。
「あの男をどうして、神隠しになど遭わせたのか……あの男は妾の住み処である冬神神社でおみくじを捨てるという蛮行に出た、こう見えても妾は綺麗好きでな、許せんから殺してやろうと思ったのに、あの男は悪運が強いばかりに……口惜し。」
「長々と今更何を。
彼が君の住んでいる所なんて知っている筈ないだろう?だから、多目に見て欲しいモノだが。彼も、彼以前に同じ行動をしたいたいけな少年達も、これから同じ行動をするかもしれない者達を、多目に見て欲しいのだが。」
アマテラスが綺麗好きだというのは本当の事だ、彼女とは付き合いが長いのでそれが本当だと知っている。
……だから、彼を許せなかった。いや、人間達が神隠しなどと騒いでいるモノや世の中の怪奇現象などと呼ばれる科学の力で解き明かせないモノ達は全て私達のような存在の仕業なのだと思い知らせる?だとしたら、彼女の誤算も激しい所だ。
「いつまでも無駄口を叩いている暇は無いぞ!
__おお、我が大いなる力よ。」
恍惚とした顔でアマテラスはいつの間にか出していたライフルに弾を装填し、魔力を込めてくる。そして、空を舞いこちらに目掛けて攻撃を放とうとしている。
「__我らの力を今、無知で迷える羊に示さん。__太陽神の怒り」
ヤバイ、これを避けられる自身はない。
避けられた所で、無傷という事はないだろう。
魔力をありったけ込めた弾が燃え盛っている大地に飛散する。
「……燃え盛る太陽!」
ミラーナの身体はそもそも戦闘向きではない。
今の彼に出来るのは、防御壁を創る事だけだった。燃え盛る太陽はその名の通り、太陽のような円形の防御壁を創る技で、防御系の魔法の中では上位に位置する魔法だ。………あくまでミラーナが使えるなかで最高の物で、元は見栄えを重視しただけで見かけよりも防御力は低いモノだが。
__パリン。
パリンだったかシュパンだったのか分からないが、そんな派手な擬音を立てて崩れた。
「ぐあああああああああ!」
彼女の本気の技は、皮膚を焦がして服を燃やした。赤黒い体液が吹き出して顔を歪める。__痛みはない、だが何か古傷でも抉られたかのように身体が傷むのだ。
(なんとか、守りきれた。だが、このままじゃ全機能を使えなくなるのも時間の問題だ………彼がこの先上手く解決してくれるとは思えない。
__もう少し先にしていようと思っていたが、スキルを彼に与えよう。)
なんとか彼女を煙玉で撒いたミラーナは、地上にいる……地下牢に囚われていた山内信一郎の元へ交信を行った。
__これが、彼にスキルを与えた顛末のようなモノだ。
「お遊びはもう終えたらどうだ?そろそろ本気でいってみよう。
……その前に、その裸同然の姿は眼に毒だ。」
交信を終えた。地上では数分ここでは10秒ほどの時間に息絶え絶えなミラーナとは違い、アマテラスは肉食獣のような眼をしながらこちらに向かってくる。
「………く、君にはいつも負かされていたな。
今回もきっと__」
裸同然の格好のミラーナが覚悟を決めて、彼女と対峙しようとしていたその時に間抜けな声が響いた。
「うわあ……これまた随分と派手にやらかしたね、ミラーナ君。
__アマテラス、君……これ以上やったらあの方の怒りを買うよ、僕みたいに。僕もね、ここ数年ちょっとやらかしちゃっておやつ抜きにされちゃった!
………でも君の場合はおやつ抜きで済むかな?こんな惨状、あの方が見たらさすがの僕や他の管理者達じゃ庇えないよ?」
「オティアス……」
のんきな声で現れたのは、同じく管理者のオティアスだ。青髪をいじりながら、アマテラスに醒めた眼を向けて彼は言った。
「ふん。オティアス、そなたなんぞ嫌いじゃ!
妾は軽薄な男は嫌いじゃ!」
アマテラスは昔からオティアスの事が嫌いなようで2人が顔を会わす事は滅多に無かった。ある管理者が、数十年ぶりに顔を会わせた2人を見て『明日は雪でも降るんじゃないの?』とからかったほどに2人は顔を会わせるのを嫌った。
「逃げちゃった………。それはそうと、また面白そうな事してるじゃん。四半世紀ぶりに楽しませて貰おうっていうのは嘘だよ!冗談、冗談!何も企んでない!本当の目的はあの方に派遣されたから、ミラーナを助けてやれとね。」
「ぐあ……お前からそんな言葉を聞くとは。
しかし、これでは修復にかなり掛かるな。指令よりもここを直す方が先だ……」
「じゃあ、満身創痍な君の代わりに僕が彼らに知らせてくるよ!」
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『という訳だよ!
まあ、ヘンドリックまでそこにいるとはちょっと驚いたけど。という訳でしばらく指令は出せないみたいだから山内信一郎君、君はゆっくりとこの世界を満喫してよ。』
ブチリと電話を一方的に切られた。彼の声はポーカーフェイスで誤魔化しきれていたと彼自身は思っていたのかもしれないが、焦りを感じたので事態は重いのだとシンイチロウは思った。
「神様の世界って大変なのね…………」
指令がないと呆然としている私と、異世界転移者の危険性を知っているヘンドリック様、まだまだ現実と受け止めきれていないエレノアの声だけが間抜けに室内に響いた。




