気の緩みにはご注意を
ミラーナ様から貰ったどう見ても何の変哲もない剣にしか見えない“真・聖剣エクスカリバー”を手に屋敷の中へとズンズンと進んでいった。
「……あの男、どこにいるんだ?」
アマテラスの眷属ならば狙うのは山内信一郎だと思って、室内をくまなく探す。途中で怪しげな女や意地汚そうな夫婦とすれ違ったが、彼らは私の姿が見えていないので通りすぎていった。
「見つからない、早く行かないと……!」
あてもなく走り回っていると、書斎のような部屋に行き着いてそこに彼は居た。
『少年なのか、神は……神とはもっと神々しいお姿をしているものと思っていたのだが、随分と弱々しい姿をしているのじゃな……!』
屋敷の主であるジョン=ダーキニー=ツェルニエが彼に向かって悪態をついている場面だ。
どうも途中から話を聞いただけなので上手く理解は出来ないが、彼はミラーナ様についてこの一癖も二癖も隠しているおじいさんに教えたが、それをこのおじいさんは信じていない、そういうシーンだった。
彼の顔色は心なしか悪い、青白くなっていて寒そうに震えていた。彼に見えているのか、分からないけど、この部屋に何か邪悪な雰囲気を感じた私は、聖剣を強く握りしめて胸の所に構えた。
「フフフ、この男を殺せば私のお役目も終了する………!早く、我等のアマテラスの元に帰りたいわ。」
なっ……!こんな所で発見してしまうとは、我ながら運の悪い。心の中で舌打ちをしながら山内信一郎と伯爵令嬢エレノアの左隣向こうにいる女を睨み付ける。
女は赤髪にフリフリのメイド服、そして手には死神が持っていそうな形状の鎌、顔は可愛い……アニメに出てくるツンデレキャラなるモノに近い顔立ちをして格好は似合っているのに、持っているモノが物騒すぎてなんとも言えない気持ちになる。
「させるか、そんな事……させない!
この神の眷属ヘンドリック=オンリバーンがそんな事させない!」
“アマテラス”という単語を聞いた途端に身体が自分でも驚くくらいの速さで動いていた。
女眷属が彼に目掛けて降り下ろそうとしていた鎌をなんとか受け止めてから払った。
「もー!なんで邪魔すんのよ、この中年親父!
この自慢の鎌で寿命を吸い取らなきゃ!性根が腐ってる奴の命は美味しいんだもの!
えい!…………あれれ?失敗しちゃった!」
「中年親父でもなんでも結構な事だ!とにかく、山内信一郎を殺させはしない………!いざ、勝負!」
再び降り下ろされた鎌を防いでから、彼とは真逆の方へ払う。鎌はジョン=ダーキニー=ツェルニエの方は空を切って、ザクリと音をさせた。
「ふん、面倒な親父は嫌われるもんよ!」
そのまま、女眷属は彼を殺すのを一旦諦めたのか空の方へ消えていった。それを逃すかと私は急いで追いかけた。ふと下に眼を向けると、山内信一郎がとても惚けた顔をしていた。
空を飛び、人々の間をすり抜けて大地を駆けた。
「しつこい男は大っ嫌い!」
女眷属が、こちらに放ってくる炎の塊を避けながらなんとか追いかける。
「先に手を出したのは、女眷属のお前の方だ!」
「ウー!私には、ミツキという立派な御名前がありますわ!そもそも私は式神で、女眷属だなんて失礼な呼び方をされる筋合いもありません!」
ミツキという式神は、プンスカ怒りながらこっちへとツカツカと歩いてくる。
ここは、大陸中央部のアナトリアン公国の砂漠地帯……元は、サルディンという亡国があったのだが大きかった亡国が滅んでからはいくつかの国々へと分裂していって、アナトリアン公国もその1つであった。その砂漠地帯は滅多に人も通らないと生前から噂だったので、人に私たちの攻撃が何かの間違いで当たることはないだろう。
「ふむ……ミツキ、今すぐ元の世界に“管理者アマテラス様”共々帰れ!ここは、お前が干渉していい世界じゃない。」
「うるさいですわ、この牛男!
私は式神、主人の命令は絶対ですの!あの山内信一郎を殺すまでは易々と帰れませんのよ。」
「そうか……それは残念だ。」
随分口の悪い式神だ。
「心にもない事を。……無駄話はここまで、あんたなんて倒すんだから!」
こうして、砂漠のど真ん中で戦いを再開した私達。
にらみ合いが始まり、そのまま体感にしては数分ほどどちらも動かずの膠着状態が続いていた。
「先手必勝、ですわ!」
先に沈黙を破ったのはミツキの方だった。
鮮やかな手つきで私の身体を押し倒して、今度は首を締め上げられた。剣が大きなガシャンという音を立てて砂漠の砂に落ちた。
「__ぐっ…!や、め…ろ。」
酸素が足りなくて徐々にボーッとしてくる意識をなんとか保ちながら、首に絡み付いている手を退かしてから立ち上がって、転がっていた剣を握る。
「………圧倒的な不利じゃないか。」
ゲホゴホと先程まで締め上げられた気管から咳が出て負ける気しかしない……そう思った。
「やっぱり鎌の方よりも“こっち”の方が使い勝手がいいわ。」
こっちの弱気など看破しているような笑みで、ミツキは太股に装着されていた銃を取り出してから、躊躇せずにこちらに撃ってきた。常人には感知すら出来ない速さで弾が横切った。
「__ッ!」
ヘンドリックは避けるので精一杯であのミツキに攻撃すら出来ていない。
「土魔法……!」
シーン……。
おかしい、自分が使える筈の土魔法が使えない?このままじゃ、ただ叫んだだけの変人……いや、その前に殺られる!
容赦なく飛び交う炎の塊と弾を避けながら魔法の勉強を十分に出来ないまま実戦に来てしまった自分の事を責めた。
「ふん、やりますのね……迂闊でしたわ。
ゴーレム、土魔法を転用して造り出したか……」
「え………」
忌々しく呟いたミツキの方を見ると、彼女と私の間に土で出来た化け物がいた。正確に言えば、私が魔法で造り出したゴーレムという思念体らしい。
魔法は呪文などよりも、使い手の想像力がキモらしい。ミラーナ様からぼんやりとそんな事を聞いていたが、こんな思念体を想像した記憶もない。
(なんかよくわからないけど、コイツ……命令したら動くのか?)
『ご主人サマ、命令したら動く。』
しゃべった……。
「よし、じゃあそこの女を攻撃しろ!」
『うう…コウゲキ、開始します。』
ドゴと派手な音を立てて砂漠のど真ん中、ミツキがいた所に攻撃をした。
「ふん、それくらいで倒せる私ではありませんわ。」
『グガガガ!』
竜巻を起こして、彼女はアマテラスを彷彿させるような悠然さを纏いそこに立っていた。
ゴーレムは無惨にもただの砂へと戻っていた。
「……っ!」
その後はただただ蹂躙されたのみだ。
火の玉を投げつけられ、見えない風の刃で切られ、気の遠くなるほどの時間ほぼ一方的な攻撃を受け続けて、血にまみれ肉を裂かれ身も心も折れそうな攻撃を受けた私は、どうにか動いて隙をついてから剣をミツキに刺せたのは奇跡、あるいは彼女の気の緩みだっただろう。だが、その一瞬を利用して確かに彼女を刺したのだ。
「……ッ!ただの牛男かと思えば、やりますわね。動けないようにしたと思っていたのに……!」
「フッ!気の緩みにはご注意を。」
彼女の身体が真っ黒な靄に覆われて消えていこうとしている、だが彼女の殺意はまだ消えていなかった。
「__式神は、全属性…の魔、法全てを使え…ますの、よ。極大魔法“闇に包まれし死”!」
「うわぁ!」
そのまま、死を迎えようとしていた式神の産み出した闇に包まれて神の眷属は消えていった。




