戦い前夜
シンイチロウ達がいわく付きの屋敷へ向かった9月頃の話だ………天上には、月日の概念はあるにはあるものの地上に比べると時の進みは緩やかで遅いモノであった。
「彼は出発したようだね、でも今度は手強いんじゃないかな?だって救わなきゃいけないのは幽霊なのだからね。」
「ミラーナ様、わざと難しくしているのですか?だとしたら悪趣味だと思いますが………」
「アマテラスの事を考えておいたら、そろそろ難易度を上げておかないと彼自体がメンタル的にやられるだろうから。」
ヘンドリックは心配して湖に映し出された伯爵一家ご一行を上から眺めていたのだが、ミラーナの説明を聞いてぼんやりと納得した。
何処か誰かさんに似ていて精神的に幼い彼が、この先の悪意に耐えられる筈などない。
「……それも、そうですね。彼は運で全てを乗りきってきて最近まで大きな挫折を知らない人でしたもんね。」
「そういう事。
……あのおっかない女の事だからそろそろ何か仕掛けて来そうだし、彼を死なせるのはあまりにも後味が悪いだろう?」
「それはまぁ……」
少し話をしながら欠伸をしていると、あっという間に時間は経って彼らはいわく付きの屋敷に入ったようだった。
「………?」
あの屋敷、何か変だ。
地上の人間達には、少しいわくのあるだけの趣のある普通のお屋敷。だが、ヘンドリックの眼にはその屋敷は人間達とは違って見えた。
《いわく付きの屋敷:大帝国時代の要塞があった所に建てられた屋敷。空間魔法を駆使した隠し通路やトラップがたくさんある。》
………空間魔法、私は使う事が出来ないが空間をねじ曲げて色々とする魔法……簡単に言うなれば、ど〇でもドアや取り寄せバ〇グの機能を詰め込んだようなファンタジカルな魔法だ。……でも何故そんなこの世界の文明レベルに合っていないような建物が?
「……ミラーナ様、あの屋敷はミラーナ様が何か仕出かした産物なのでしょうか?それとも鑑定スキルが壊れているだけですか?」
「………あー、あれは僕が造り出した黒歴史みたいなモノかな。」
気まずそうな顔をして、ミラーナが顔を逸らした。その顔が歪んだ。
「黒歴史とは……?」
嫌な予感しか感じさせないその顔に自然とヘンドリックの顔も険しくなっていって、問い詰めると
「……昔ヤンチャしてた頃の遺産というのかな?いや、昔……ここを創ってから600年くらい前までは活発に人間に力を与えていたの、その遺産だね。
いや、まさか今の今まで残っているとは思ってもなかったし存在すら忘れていたのに……!」
『何て事を思い出させるんだ、恥ずかしい』とミラーナ様は気持ちを落ち着かせる為に椅子に座ったのだが、その程度で興奮が覚める訳でもなくテーブルをバンバンと叩いて顔を赤くしていた。
「どの程度の黒歴史か聞かないでおきますけれども、いい加減机をバンバンするの止めてくれませんか?腰に響くんで。」
「何おじいさんみたいな………あっ!そっか、ごめん。」
私、ヘンドリック=オンリバーンが元は人間であり、享年49という立派なおじさんだという事を思い出してくれたのか、ミラーナ様は机を叩くのを止めてから、今度は収納魔法を使ってからクッションを取り出してクッションに顔を埋めた。
「あの、気遣いはありがたいのですが足をバタバタさせるのはやめてください。足があたって痛いんですが。それならまだ机バンバンの方がマシでした。」
「どっちなんだよ、ハッキリしない男は嫌われるぞ!」
「いや……こんな牛みたいな体格しかでかくない人間を好きになる奴なんて逆にいるのか気になります。」
ミラーナ様のふてくされた声に面倒なので適当に返してまた欠伸をする。
「………なんかごめん。」
サワサワサワと生暖かい風が吹いてきて、稲穂がザワリと大きく揺れた。
「んー、おかしいな……ここは地上とだいたい同じように季節がめぐるように設定してたはずなんだけど………」
「地上は、秋ですね………それにしては蒸し暑いような風でしたね。」
夏のようなむわっとした暑さ、いや……おかしい!なんだか熱さがこちらに迫ってきているような……暑さではなく熱さが。
「ミラーナ様、なんか嫌な予感を感じるのは私だけでしょうか?」
じっとりと手が汗で湿ってくる。
「そうではなさそう、まさに今僕は君と同じ気持ちだと思う……。
これは、まさか………!ヘンドリック、伏せろ!」
「ファッ!?」
何がなんだか分からないまま机の下に隠れて、伏せていると上から笑い声が聞こえてきた。
『フハハハ!ミラーナ、そなたも平和ボケしたなぁ!』
聞き覚えのあるその声、恐る恐る机から離れてみると……そこには、見覚えのある異世界の管理者アマテラス様が悠然と立っていた。__手に炎を操りながら。
「えっと、えっとミラーナ様、これってどういう事でしょうか!」
「人間は魔法を使うのを、この世界では禁止しているが、管理者と眷属はちゃんと魔法を使えるように設定してある。僕の得意分野は風魔法、君は土魔法みたいだね、どうも生前の趣味などが反映されるようで、こればかりは管理者の範疇を超えているんだ。
……火魔法はアマテラスの得意分野だ。これは不利だぞ、火を消せる奴が誰もいないんだ!」
『ふん、長々と説明している暇はないと思うが……妾はもう待ちくたびれた。』
アマテラスが欠伸をしながらボンボンと炎を投げてくる、天上世界はあっという間に燃え始める。
「うわぁ!マイホーム!………ッてあっちはダメ!ヘンドリック、お前も見てないで防げ!」
“あっち”には、この世界を管理する為の精密機械達がある。基本的に、操作はミラーナ様が腕にしている真っ白な腕輪で出来るのだが、細かい操作は機械に任せている状況なのだ。細かい作業の中には、気候の調整などから転生や異世界転移など幅広い範囲の事だ。
あの機械達が壊れてしまえば、死んだ魂の逆流、地球温暖化や氷河期という言葉などで形容できるのか……考えたくもない、考えるのも恐ろしい未来が地上に降り注ぐ。
「ふん、これくらいなんの!」
ミラーナ様がお得意(?)の風魔法で炎を掻き消した。
『………つまらんの。』
焦る素振りも見せずにアマテラスは立っていた。何もダメージを受ける筈のないこの空間で、稲穂がプスプスと黒こげになって燃えている。
「ッ!………アマテラス、お前そんなに彼を殺したいのか!」
ミラーナが歯ぎしりをして湖を眺めていた。
険しい顔をして俯いて小さく唸っていた。
「どうしたのですか……?」
「どうしたもこうしたもあるか!この女、山内信一郎の元に眷属を寄越しやがった!」
「眷属!?」
私と同業者という事か、えっと殺すために眷属を。何故そんな面倒な事を!
『眷属ではなく式神だ。』
「ごちゃごちゃうるさい!ヘンドリック、ここは僕がなんとかする!だから、君はこの剣を持ってあの眷属から山内信一郎を守れ!」
『だから、眷属ではなくて式g__』
「うるさい!
ヘンドリック、はいこの“真・聖剣エクスカリバー”をあげるから、早く助けてこい。__えいっ!」
その瞬間、聖剣を手にした私はドンとミラーナ様にお尻を蹴られて地上へと急降下していく。
「うおおぉぉぉーーー!!!」
人……眷属の身体は重力に耐えられるようには出来ていなかったようだ。固く眼を閉じてから、重圧に圧されながらも地上へと降りていく。
「あいててて……」
眼を開けると、若干視界はぼやけていて身体もフラフラとしていたがなんとか生きていた。
「ここは、あの屋敷だな……」
いわく付きの、ミラーナ様の黒歴史の成れ果て、現在山内信一郎が泊まっている屋敷の前に降りた私は胡散臭い聖剣を手に、アマテラスの眷属を止めるべく屋敷の中へと入っていった。




