その姿ゆえの誤解
神様……これは一体どういう事でしょうか?
目の前にある精巧な人形、それに鑑定スキルを使った結果がこれです………。
《ヘンドリック=オンリバーン
level:49
種族:眷属(元人間)
職業:管理者ミラーナの眷属、元レミゼ王国農林産業大臣、レミゼ王国第32代オンリバーン侯爵
状態:呪い
体力:629/10534
魔力:9582/9617
攻撃:9531
防御:12340
素早さ:10825
運:50
スキル:究極の鑑定、究極の偽装、究極の言語理解、土魔法、上級剣術、光魔法__》
うん、どういう事なのか事態が読めない。……私の記憶に間違いが無ければ、眷属のヘンドリック様は“アマテラス”の眷属とバトルを繰り広げていたような気がするのだけれども、何故にこんな可愛らしいフリフリのドレスを着た人形に変わり果てているのでしょう……。
「このおにんぎょうさん、まきまきするとしゃべゆよ?」
いつのまにか、ルイ君が部屋の中に入ってきて、人形の背中にあるぜんまいをグルグルと巻き始めた。巻き終えると人形は静かに話始めた、その声はヘンドリック様の野太い声ではなく、アニメの女の子のような高くて可愛らしい声であった。だが、しゃべり方は完全に男だ。
『おい、何ぼさっと見てるんだ。助けてくれよ、助けて………』
「そう言われましても、えっと本当にヘンドリック様なんですか……?」
『ああ、そうだ。
頼むから、黙ってみてないで助けてくれ!これ以上髪を引っ張られたり、身体を弄られるのはイヤだ!』
「ああ、それは……ねぇ……」
考えてみればヘンドリック様は立派な男だ。女装癖があるわけでも無ければ、変態さんでもないと思う……本来は全くの別の姿なのだから、でも本人には非常に申し訳ないのだが似合っているのだ。人形のその愛らしい姿をされていると、本来なら想像もしたくない筈のフリフリのドレスがよくお似合いなのだ。
「まきまき、したいの!もっとおしゃべりする」
遠い眼をして現実逃避をしたいがそういう訳にもいかず、ルイ君に連れ去られた(?)ヘンドリック様を回収しなければと慌てて彼を追いかけた。
3歳児の足は思ったよりも速い……身体が小さい分大人とは違って隙間にも入れるし、小回りが聞くので発展途上中の速さをカバー出来るのだ。
「まきまき、まきまきするの!」
「これはセイラのお人形さんなの!ルイ君は、あっち行ってて!」
2人とも、ヘンドリック様が痛そうですよ……髪を引っ張られたり、もう人形の姿なので感情はうかがい知れないが、多分私が同じ立場なら泣いてるよ。そっちはアベル様が大使様と談笑なさっている部屋だ、阻止しないとと思っていたが。
『勘弁してくれ、これ以上辱しめを受けてたまるか!』
よりにもよってその方向にヘンドリック様は逃げ出した。……歩く事が出来たのですね、いささか事態を飲み込めていない私はそれしか思うことができなかった。
だが、人形なお姿のせいか進むスピードはかなり遅くてすぐに2人に捕まってしまった。
「……ルイ、客人と話している途中なんだ。人形遊びなら向こうでしなさい。」
突如乱入してきたルイとセイラ、私の3人に驚きつつも怒りを含んだ感情で言った。
「お祖父様、まきまきして!」
ヘンドリック様をアベル様に差し出して、ルイ君は彼の方をピカピカとした純粋な眼を向けていた。目の前の子供を満足させるには言うことを聞くしかないと思ったのだろう、アベル様はため息をつきながら人形のネジを巻いた。
『おい、山内信一郎……この薄情者!私は、君に助けてほしかったのに、このままこの子達の所有物になるなど勘弁願いたい、だから今度は助けてくれ。君といた方がまだマシだ!』
人形が喋りだした事に驚いたが、そういう玩具なのだとアベルは何も言わずに人形を見ていた。
「申し訳ありません。………ルイ君、セイラお嬢様!彼女…いや、彼?どっちが言いのか分かりませんが、とにかくこのお人形は私が所有させてもらう!」
「やだよ!」
「シンイチロのケチ!おにんぎょうさんはわたしのなの!」
2人は私に責められるが何も言えず、ただただヘンドリック様に向かってやや恨みがましい視線を向ける事しかできなかった。
「あー、もう人形さんはシンイチロウが良いと言っていた。だから、ここは彼に譲ってあげなさい。」
「うう……」
面倒くさそうなアベル様の言い分に2人は納得していないようだったが、何も言ってこなかったので良かったと思いたい………が、それはできなかった。
ヘンドリック様をぎゅっと抱き締めて、ホッと一息ついていると、アベル様の向かいに座っていたエドワード=ベアドブーク駐マルチウス大使と眼があって視線がぶつかった。__その眼は、大人げないとこちらを軽蔑するようなそんな眼をしていた。
(………ん?もしかして、これって俺が2人から無理矢理人形を奪った大人げない人間っていう風に見られている?)
「君、少し大人げないな。それに、人形遊びがお好きな趣味に関してとやかくとうるさく言うつもりはないけど、まるで初等科生のような振る舞いは控えたらどうだ?子供の教育に悪い。」
うん、やっぱりエドワード様に大人げない人間だと見られていた、うんそれはもう予測済みだが、いや、まずいな。OK、落ち着け男信一郎、お前なら出来る……この幼女趣味があると勘違いされつつある状況、これはどうしたら良いのか。
「小学生レベルとは失礼な!私の精神年齢ならもっともっと上です!そして、何か妙な勘違いをされているようだが、そのような事実はどこにもない。」
「はぁ………そうなのか。」
何故にこちらを残念そうな顔で見てくる。
何か、私は変な事を言ったか?全く記憶に無いのだが……。
中学生レベルとステータスが私の精神年齢を証明してくれている、小学生レベルではない。それにしても、小学生レベルと言われたところで泣くような私でもない。日本では、何かことある事に『代議士って中身5歳児みたいな事をやらかしますよね』と秘書の後藤に言われ続けていた私には、小学生と言われたところで痛くも痒くもないのだ!むしろ年齢が上がったと喜ばなければならない!
………だから、大丈夫。うん、皆から変な誤解をされた所で、皆から冷たい視線で見られた所で何も思わない。
と思いたかったが、やはり心は正直なモノで涙が出てきそうになったので足早に部屋から出た。
_______
部屋を出てから皆の冷たい視線を受け続けて、伯爵家所有の屋敷に帰ってから1人になれるまでには大分時間がかかった。
「さてと………」
椅子に深く腰掛けて、こめかみを押さえながら目の前にふてぶてしく存在している人形の方に眼を向ける。
__陶器のように白い肌、大きいルビーが埋め込まれた瞳に髪は艶やかなプラチナブロンド。服は、淡いピンク色の緩やかな曲線を描いた膨らませたドレスだった。
その愛らしい人形のネジを巻くと、その姿とは裏腹に言葉は男らしいものだ。
『先程は済まなかったな。』
「それはいいんだよ、で何故にこんな事になっているんですか!」
『それは、色々合ってな………我ながら不甲斐ないとしか言いようがない。
くっ………それよりも、この姿になった後の方が私には耐え難い事態だった、人形姿とはいえ裸にされて、身体を弄られ……1度死んだ身とはいえ死にたくなったくらいだ。』
「はぁ……それは災難な事で。」
いや、ツライ眼に遭ったのはもう理解した。だから、どうしてそんな眼に遭ったのかを教えてほしいのですが。
『まぁ、それは良いじゃないか。今は話す気になれないんだよ、君があの屋敷で起こした事をエレノア嬢や他の者達に話したくないように、私にだって話したくない事の1つや2つあるんだよ。
今の私は、この通りぜんまいを回してもらわないと歩く事も話す事も出来ない、魔法も呪いのせいで正常に使えるのは鑑定スキルくらいで他はしょぼくなっている。……その私を追い詰めないでくれたまえ。』
「……じゃあ、話題を変えるけど指令はこれで達成したと思うが、何故クリアだと返事が来ないんだ?」
アマーリエが成仏してかなり経っている、それなのに胸元のガラケーには返事が来ない。返事が来なければ、この文明の利器もただの無用の長物と成り果ててしまう、使えるのはメモ機能とカメラ機能くらいで本来の役割であるメールや電話は使えないのだから。
『さあ……ミラーナ様の…身、身に__……………。』
「ちょっと、何なんだ!あ、もしかしてネジを巻けという事か?」
面倒なシステムだとイライラしながらネジを巻いた。
『済まないな、ありがとう。時間が経つとこうなってしまうんだ。
……ミラーナ様の身に何か起きたのか、何なのか理由は私にだって分からない。この姿になってからというもののミラーナ様からの交信を受け取れないんだ。』
「……クソ、早く日本に帰りたいのに!」
『ああ、そうだな。お前は早く帰った方が良い。このままここに居れば、酷い眼に遭うのが眼に見えている。だって、___』
ヘンドリック様が何かを言いかけた時に胸元のガラケーがやっと着信音を鳴らした。
《3つ目の指令クリア、おめでとう。》
そう、簡潔に一言書いたメールが届いた。
「なんかそっけないな。」
『確かに、だがクリア出来て良かったじゃないか。今回起きた事は、君のせいじゃない。だから、早く忘れて君は自分の使命を考えていろ。』
「あ、そうだな。」
ヘンドリック様が切なさが含まれた強さを滲ませた言葉を囁いた。
『気にしなくても良いんだ、君のせいじゃないんだから。あ、いや____』
「おい、どうした__っ!」
彼が突然言葉を不自然に途切れさせて、固まった。何かと思ってその方向を見てみると、
「あ、あ、あの……シンイチロウ、疲れているのね。ごめんなさい、そんな疲れているのに無理させてしまって。」
「え、エレノア!お前は絶対に何か勘違いをしているぞ、そんな眼で見るな!」
エレノアがこちらを痛々しいモノを見る眼で見ていた。
………その後、妙な勘違いをされたことは容易に予想がつくだろう。
ともあれ、3つ目の指令はこれで終わったのだ。




