首都帰還へと……
__朝なのに、灯りが必要な程に薄暗い室内で、私は、“屋敷の奥さま”であるアマーリエ=ベイジンと対面した。
「これで、お前の無実は証明されたんじゃないか……?それと、1つ聞きたい。あの胆試しの時に蝋燭が消えたのは、お前のせいなのか?それとも神様がそうなれと望んでいたからか?」
アマーリエは少し考え込んだ後に、おっとりとした声で『違います、私ではありません』と一言だけ言った。
「そうか、ならばもう聞く事も話す事も何もない……。多分、あの一家はこの屋敷を手放して新しい主がいつか来るのだろう……その時まで、人を驚かす事が出来ないだろうけど、達者でな。」
『………随分、冷たい男。
私は、もう別れを告げなければならない時が来たのです。最初に私が願ったのは“末代まで呪う事”だったけれど、もう不毛です。もう、あの人達の驚くのを見ていたら気持ちは晴れました。もう満足です。だから、私はもう消えます……』
「そうなのか……?そうか、色々と頑張れよ。」
彼女の恨みがそう簡単に晴れる物なのかと驚いたが、そういう物なのだろうと思い、気になったもののの特に問わずに話を終わらせた。
「そこに、“屋敷の奥さま”が居るの……?」
どういう訳か分からないが彼女の姿は私にしか見えていないようで、側に居たエレノアが1人で何もない空間に向かって喋っている私に不安を感じたのだろう、心配そうな声で聞いてきた。私は短く『ああ』とだけ言って、屋敷から出ようと言おうとしたのに、それを遮るように彼女は引き留めた。
『お待ちを、まだ話は終わっていません』
「なんだ……?」
彼女は険しい顔をして、ぼそりと言う。
『貴方が人を殺さなくて私は安心しました。でも、貴方は彼女を壊してしまったの。たとえ、彼女が遅かれ早かれそうなる運命だったとしても……貴方が止めを刺した、貴方が彼女を壊したのに変わりはなかったのでは……?』
「そう言われても、あれ以外に方法が思い付かなかった。……皮肉なもんだな、神様の怒りに触れて人を救っているのに、人を傷つけるなんて。おかしすぎて笑ってしまいそうだ。」
笑いたくない、なのにこの口は勝手にそんな言葉を紡いでしまう。
『笑い事じゃあありませんよ……。貴方は、無事に元の世界に戻ってください。そうして、一生罪を背負っていく事が彼女への唯一の償いでしょうから。そうしないと、誰も浮かばれない。そして、これからは人を傷つけるような真似はお止めなさい、叶えられる範囲内で良いからそうしてちょうだい。
……では、貴方が元の世界に戻れる事を私は精一杯祈っていますから。』
「言われなくても分かってるよ、そんな事は。」
そのうち彼女の身体は、粒子のようにキラキラと光出して消えていった。
彼女と話が終わって、彼女の姿さえも消えたのに、私はそこから離れる事ができなかった。やがて、見かねたエレノアによって私は屋敷から連れ出されて用意された別の屋敷へと行った。__馬車が通れる広い道が落石で塞がれて、まだ通れないからだ。歩いて帰るにも距離は離れすぎてそれも叶わず、大きい町に行こうにもその道も塞がれていて通れるのは山の獣道くらいで、『伯爵様にそんな道を通らせる訳にはいかない』という村長の反対で滞在する事を余儀なくされた。
「彼女と何を話していたの?」
「別に、たいした事じゃない世間話だよ。」
嘘をついた。人を壊した罪悪感があったのに、それと同時に日本に帰れるという希望すら感じている自分の浅ましさに嫌気がさした、そしてそんな気持ちをエレノアに今は知られたくはなかったからだ。
そうやって半月程は、この屋敷であのいわく付きの屋敷に居た住人達の噂を聞いた。メリンダ夫妻はジョンおじさんがこさえたK・Cカンパニーからの借金で生活処じゃなくなったらしい。娘のツキは、あの親から自力で逃げ出して親戚筋の養女に入ったと聞くが真相は定かではない。タイヨウも父親を失い母親の精神状態は芳しくないので母方の祖父母に引き取られていったらしい、その時も彼は涙を流す事なく諦めた顔をしていたと聞く。__そして、2人を殺したナージャは残念だがマトモに話せる状態ではない。彼女は虚空を見つめながらK・Cカンパニーへと思われる怨み言を吐く機械へと成り果ててしまった。1度、彼女が入院しているという精神病院へ面会を申し入れたが、それは無理だという返答しか返ってこなかった。
そうこうしているうちに、予想よりも早く道は直って首都ランディマークへの帰還の馬車に乗った。
「………いつまでそんな顔してるの?」
ここ何日も何も食べずにゲッソリとやつれているであろう私を心配したのか、エレノアは何かある度に声を掛けてきて、弟のポーターもお菓子を分けてくれるのだが、何も食べる気にはなれなかった。食べても味がせずにぐちゃりと粘土でも噛んでいる感覚になり、気持ち悪くて何も食べる気がしない。
「シンイチロウ、疑ってごめん……」
幼いポーターが俯いてすすり泣いた。
伯爵一家は、私が犯人だと疑われてそのショックでこうなっているのだと思い込んでいるがそうなのではない。心苦しさが残るが、この善良な伯爵一家にあの誰にも聞こえていない筈の囁きを聞かれずに済んで良かったと冷たい心を持った自分がいるのにまた一層心が苦しくなった。
_______
首都ランディマークへ戻るまでにふと充分に景色を眺める事すらしていなかったな、と気づいた。行きは、エレノアの怪談話を聞いたりと喋っていたからで、帰りは景色への関心も起こらなかったからだ。元の世界では失われた原風景に心を洗われる事も、虚しい気持ちで覆われて見る気もなかった。
「ただいま戻りました。」
ランディマークへ戻った時には、もう10月も中頃になっていて風が寒かった。
出迎えてくれたのは、マリア様だった。1ヶ月近く首都のドレリアン男爵邸に預けられていたセイラお嬢様は伯爵に飛び付いていてその様子を見てまた私の心には何かわだかまった物が残った。
「……顔色が悪いみたいだけどどうかしたの?」
マリア様が心配した顔をしてくるが何も答える気になれずに俯いて『何も』と小さく言った。
そして、伯爵一家がお礼を言いに家の中へと入っていくので、私も中へとついていった。
「この度はご心配をかけて申し訳ありません、ちょっと災難に巻き込まれてしまって……」
と伯爵が切り出してから、心配かけた謝罪とセイラお嬢様を今まで預かってくれていたお礼をトール先生やフェルナンド様などにしていく。2人がこちらを見てぎょっとした顔をしたが、それの正体に気づいたのは少し後の事だった。
「客人が来ている、用はその後に聞こう。」
アベル様は誰かと会っているようだ、だがその客人の顔などは部屋を仕切るヴェールでハッキリとは分からない。ただ、雰囲気からして男性だという事のみは分かった。
「宰相……じゃなくてアベル様、この方達は?私にも紹介してくださいよ。
………ああ、私はこの度駐マルチウス大使に着任したエドワード=ベアドブーク、まだまだぴちぴちの54歳だ!よろしくね。」
「はぁ、どうも……」
テンションの高い馴れ馴れしい男だ、54歳と聞いたが見た目はやや若く見えるオリンとは違った渋さがあるダンディーな紳士だった。
大使と知り合いとは、アベル様の人脈が分からないが、それを考える余裕もなく私はトイレを借りる事とした。あまりにも顔色や纏っているジメジメとした空気がよくなかったのか、気を使った様子でアベル様は許してくれた。
「ねえ、シンイチロ……おねえさまがこのおにんぎょうさんもってかえっちゃダメっていうの。」
部屋を出てトイレの方へ向かう途中で泣いたセイラと遭遇した。エレノアは『怪しい人形を持ってかえってはいけません!』と妹をしかりつけていた。
可愛らしい、あのダイヤが埋め込まれていた人形を思い出す。いかにも女の子が喜びそうなぜんまい仕掛けの人形だった。
「……イヤな予感しかしねぇ。
この人形は、なんか変な存在感があるんだよな。……鑑定」
気持ちが大分楽になってきたのか人形を警戒する気持ちくらいは生まれてきた。
《ヘンドリック=オンリバーン
level:49
種族:眷属(元人間)
職業:管理者ミラーナの眷属、元レミゼ王国農林産業大臣、レミゼ王国第32代オンリバーン侯爵
状態:呪い
体力:629/10534
魔力:9582/9617
攻撃:9531
防御:12340
素早さ:10825
運:50
スキル:究極の鑑定、究極の偽装、究極の言語理解、土魔法、上級剣術、光魔法__》
「ふぁ………!?」
おい、神様……鑑定スキル壊れてんじゃないのか!なんだよ、これは!!




