そして、事件は解決した。
朝、私達は皆の前に姿を見せた。全てを終わらせるために……私達の冤罪を晴らす為に、いつもの生活を取り戻す為に。
__そうなれば、良いけど。無事に冤罪を晴らす事が出来れば良いけど、そうエレノアは秘かに思った。
「こ、こ、これは……一体どういう事だ!」
「殺人鬼と協力者は野垂れ死んで死体となったのでは無かったの………!」
伯爵一家とメリンダ夫妻の驚きに満ちた声とあわあわと慌てるメリンダの夫カークの姿があるのみだった。私は、シンイチロウの方を覗き見たが彼は無表情でその心中を伺う事は出来なかった。
「殺人鬼、別に私がそう言われるのは構わない。エレノア達を協力者などというのも本人が何も言わないのなら、私は何も言わない。
__それが、真実ならばね。」
「な、何が言いたいんだ!」
カークは相変わらず虚勢を張ってメリンダの影に隠れながらも吠える、私の件といい小さい男だと改めて思った。
「私は犯人じゃないからな、エレノア……サラを連れてこい。」
サラ、今はある空室の1つに拘束されているメイド。ジョンおじさんを殺した犯人を見ていたたった一人の人物だ、彼女は今朝早くに私達4人が拘束を解いて助けた。
まだ満足に動く事が出来ていない彼女に肩を貸して、広間に入ると『どうして……』と皆そんな顔をしていた。
「何故、何故彼女の拘束を解いた。彼女はお前の次に怪しい人物なんだぞ!」
「何故……そう言われましても証言が必要だったので。私の無実を晴らす証言が必要だったので彼女を助けた、ただそれだけです。」
「無実だと、お前はオルハ義兄さんとお義父さんを殺したのだろ!」
ああ、何故この男はそこまで彼の事を責めるのか……彼が無実だと都合が悪いのか、それとも彼という仮想敵が居ないと威張れなくなるのが、略奪行為が出来なくなるのが嫌なのだろうか……?
「サラ、ジョンおじさんが殺された時に君が見た物を言いなさい。君はあそこで何を見たのか、言え。」
「ヒッ!それは、あの時__」
サラは怯えながら話をした。
_______
あの日の夜10時半、私は普通に仕事をしていてそろそろ下準備も一段落ついたので何か部屋でしてから寝ようかと、住み込んでいる部屋に戻ろうと階段を上っていると何かガタッという音がしたのだという、不思議に思って首をかしげながらその物音のした方に向かうと、そこは屋敷の主ジョンおじさんの書斎の辺りだったという。
「……何の音だったのかしら?」
音がしたのはこちらからだと思っていたのに……猿と呼ばれ、暗いところに素早く慣れ、聴力も花の都で優雅に暮らす人よりかはいくらか優れていると思っていたのにとサラが失敗にげんなりしていると、書斎の扉がキィーッと小さな音を立てて開いた。
「あら、サラ……どうしたの?」
オルハの妻ナージャ様だった。私は、彼女についてはよく知らない、彼女の夫であるオルハの事ならば軽薄な男だという事だけはよく知っているのだけれども。
その時の彼女は違っていた。いつも儚げで今にも消えてしまいそうなしとやかな美女は爪を皮膚に食い込ませてギリリと歯を食い芝って狂気の顔をしてこちらを見ていた。
「奥さま、このような時間に一体何を……?」
「別に、別に何もしていないわ。とっとと仕事をしたらどうなの……まったく、お義父様も酷い方。人を扱き使う癖に、自分はなにもしないで。本当に、本当に……酷い方。」
ややヒステリック気味に囁かれて、サラは悪寒が這い上がってきた。
「一体何を……」
「本当に、本当に困るのよ……」
彼女が何に困るのか、サラにはよく分からなかったが、彼女は苦々しく吐き捨てるように言った。
「__自分だけ、楽しようだなんて……私だけなら良かったのに、あの子にまで背負わそうとするなんて……」
そう言って彼女はフラフラとおぼつかない様子でどこかへ行った。
何故だろう、嫌な予感がする……あの精神状態で旦那様と何も無かったとは絶対に思えない。
「失礼します……」
小声で蚊が泣くほどの小さい囁きで静かにノックしながら扉を開ける。以前に本を読んでいる途中で扉を大きくノックをして怒られた事が未だにトラウマで書斎に用がある時にはこうなることが癖付いてしまった。
書斎は特に変わった所は無かった、物が散乱している事を除けば。もしかして、ここで2人はいさかいでも起こしたのだろうか?考えながらもただのメイドに過ぎない私にはどうにも出来ないわよね、と書類などを机に整えようとしていた時に、___眼があった。
「ヒッ……!」
彼の眼は彼女を見ては居なかった、濁った瞳には確かにくすんだサラの姿が映っていた。だが、虚空を見つめたその眼がサラの姿を映す事はあっても、彼女を見ることは無かった。
尻餅をついてその場に座り込んで、何もする事が出来なかった。恐る恐る、皮膚に触れてみると……老人の皮膚は冷たく、若いサラの体温を奪っていった。
___死んでいた。
「ヒエエ!」
そのまま、サラは逃げる事しか出来なかった。瞳孔が開ききって恐怖に顔がひきつっていただろうけど、そんなモノに気を引き締めている余裕などなかった。
書斎から出た所で、サラは再びナージャに遭遇した。
「奥さま……まさか、奥さまが旦那様を……?」
「フフフ、お義父様もね。だって__」
クスクスと笑いながら言う彼女に恐怖を感じて、言葉を最後まで聞かずに、サラは急いでアデルが居るキッチンの方へと向かっていった。
________
「じゃあ、そういう訳だから。私は犯人じゃない。」
ニコニコとしながらシンイチロウはナージャを拘束するようにと側に居たツキ《アマーリエが憑依中》に声をかけて、拘束させた。
「おい、まだお義姉さんが犯人と決まった訳じゃないぞ!」
カークはまだ叫ぶ、この男は何故そこまで“シンイチロウ犯人説”に拘るのだろう?
だが、面々はまだ信じられていないようでカークを責める声は上がらない。
「………貴女は守りたかった、守りたかったんじゃないのか?」
「え……何の事、何の事よ?」
シンイチロウが悲しく言った声にナージャは呆然と答えた。
「タイヨウを、彼を……いや、あの子を守りたかったんじゃないか?」
ナージャは“タイヨウ”という単語を聞いた後に人目も憚らずに泣き叫び、髪の毛をむしり出して拘束した縄を解かん勢いで暴れだした。
ゲッソリと痩せこけて、胸元ははだけ、だらしなく浮き出ていて惨めな格好をした女はシンイチロウにすがり付いて泣き出した。
________
私は、足元にすがり付いた女を無下に退かす事も出来ずに、このままの状態でぼんやりと暗い空を眺めていた。
「一体……どういう事なんだ?」
伯爵が声を上げた。
この状況じゃ、ただサラが証言をして私が訳の分からない事を言って、ナージャが泣き出したようにしか見えない。
足元の哀れなる女は気にせずに、サラの証言を補強する作業に入っていく。
「まずは、オルハの件からか……。
彼を殺したのは、彼の浮気なのだろう。あの状況じゃ彼女とジョンおじさんとサラしか居ない訳だが、サラの眼は暗さに慣れやすいというだけであの真っ暗闇でオルハに近づける可能性は高いとは言えない。」
「そ、それぐらいの理由でお義兄さんを殺すのか!」
カークは噛みついてくる、この男…そんなにナージャ犯人説を否定するなんて、まさか彼女の事が好きなのか?……まあ、それはここじゃ関係ないか。
「確かにそうだろうな、ただの人ならそれぐらいの理由じゃ殺さないだろうね。」
「ただの人なら?シンイチロウ、妙な言い方をするが、それは彼女がこの精神状態だからか?だとしたら、危険なのではないか……彼女はジョンおじさんとオルハ以外の我々を襲ってもおかしくはなかったんじゃないのか?」
「伯爵、これはただの推理です。
彼女はこの通り、世間一般のマトモとは程遠い。でも、それは人為的にこうなったのでしょう。これのせいで、彼女はマトモな精神を保っていられなくなった。」
私は懐から、1つの袋を取り出した。中身は、葉っぱのような粉末上の粉だ。
「迷花草、東のレミゼ王国原産の麻薬だ。しかも、使われた形跡がある。
これをジョンおじさんの部屋に隠されているのを発見した。
……鑑定。」
《ナージャ=エステリーヌ=ツェルニエ
level:1(Max)
種族:人間
状態:麻薬中毒
体力:56/85
魔力:11/11
攻撃:23
防御:59
素早さ:64
運:50
スキル:なし》
ステータスをチェックして、推理は間違っていない……そう言っても、私にしかこのステータスは見えていないのだから立証せよと言われればちゃんとした機関で調べるという方法しかないが。
「ま、麻薬!?何故、ジョンおじさん宅に麻薬が……!?」
「さて、次にこれ……これは、借用書。
この家、かなり危なかったみたい。だって、この帳簿によれば後数年で破産する勢いで支出が極端に多い。その大元は屋敷の維持費とかだけれどね。」
「聞いてないわ、そんな話は!」
険しい顔をしていたメリンダが口を開いた。
そういえば、夫のカークはオルハに借金してたくらいだし、本人だって多少遺産をあてにしていたと言うのならこの狼狽えようも納得できるか……。
「はぁ?じゃあ、この帳簿見てみろよ。
それで、さっきの話になる訳だけど……ここ、見てみろ。ここ1年程は借金はふえているものの以前ほどではない。
ここから導き出す事が出来るのは………ジョンおじさんは借金の為に麻薬の取引等に関わっていて、更には息子の嫁を売っていた。」
「おい、さっきから口から出任せばっかり言いやがって!」
………出任せか、案外間違っていない。
私だって、こんなホームズの役割など果たしたくはない。だけど、これも帰るために必要な事なのだ。
「K・Cカンパニーで何をされていた?」
しゃがんで、すがり付いていたナージャの耳元でそっと囁いた。きっと彼女にしか聞こえていないくらいの小さい小声で。
「うわああああああああああああああ!」
一際大きな声が彼女が叫んだ。喉が痛くなるくらいに、こちらの鼓膜が破れそうな程に絶叫をあげて、涙を流して近くにあった物を私の方に投げつけてくる。
「いやだ、いやだ!痛い、痛いよぉ……止めて!イヤーーー!」
………あまりこういう方法は使いたくなかった、彼女のトラウマを呼び起こすような方法だなんて。
きっと地獄だった、弄ばれて薬に犯されて思考も怪しくなってきて、自我をここまで保てていたのも知識がないので判断は出来ないが、奇跡に近いと私は思った。
「いやだ、いやだ!痛い、あの子だけは……タイヨウだけは……あの子は、私の、大切な…」
「……皆、馬鹿だ。」
タイヨウは母親を見ながら、ポツリと呟いた。
「………これで分かったでしょう?
じゃあ、伯爵……彼女の身柄を村の信用できる機関に引き渡してください。
他の皆も早くここから出ていってください。
私は、探し物があるので少ししたら追いかけます。」
「あ、ああ…分かった……。」
「言われなくてもこんな所、居られるか!」
皆、屋敷から逃げるように出ていった。
……エレノアを除いては。
「おい、なんで残ったんだ…エレノア。」
「シンイチロウ…貴方は、変だよ!」
言われなくても分かる。
感情がまるで失われていくような、人が死んだのに何も思わず、心が冷たくなっていくようなゾワリとする感覚が胸に残っているのだ。
「変、分かっているよ……でも、進まなきゃいけないんだ。」
__進まなきゃ。自分を鼓舞する言葉だったのか、自分が1人の人間を壊した事からの現実逃避だったのか、それは分からなかった。
「……アマーリエ、これで良かったんだよな。」
私は、目の前にいる“屋敷の奥さま”へと向き直った。
後、二話くらいでこの章は終わる予定です。




