いわく付きの屋敷に隠された物
部屋に戻ってから頭を抱える。ジョンおじさんがまったく情報をくれないケチな御方だった事、そして自分だけが知っているであろう神の眷属同士の争いらしきモノ……あの謎の声の女が持っていた寿命を吸い取る鎌がジョンおじさんを切った(と言っても身体が物理的に切れた訳ではない)が、あの時に何か裂けるような音がしたのは大丈夫なのだろうか?
部屋は非常に静かであった、頭を抱え続ける私を気遣ってかエレノアも何も喋らず、まさにお通夜状態だ。人1人が死んでいるので笑えない例えだが。
「あの……エレノア、これはどうやって解決したら良いんだろうね。」
「そうね……幽霊が相手じゃ無理じゃないかな?だって何処にいるのかも分からないんだよ?」
だろうな………私もこの事態が飲み込めない、神の眷属が普通に周りで戦いを始めようとしていたり、他の人にそれが見えていなかったりともう訳が分からない。
分かったのは、それぞれの者達に問題があるという事、そして屋敷の奥さまの裏話だった……。下仕えを殺してから自分も死んで、愛した男を呪った女の話だという……多分話してはいけないと言われていたのは、そんなドロドロな裏話を話せないと先達が判断したからなのだと思っている。
「とりあえず、家探しするしかないんじゃない?1つでも証拠を見つけたいから。」
「ええ?外に出るの……嫌だな。」
そんなあからさまに顔をしかめなくても良いじゃないか、確かに人殺しと幽霊(?)が紛れ込んでいる屋敷内をうろつくのは私も嫌だけど……。
「いや、屋敷内をうろつくのはそこまで嫌でもないんだけど、その……あのツキって子に鉢合わせしたくないんだよね……私、あの子苦手みたい。」
「ああ、不気味な雰囲気がある奴だよな……なんか、変人というか浮いている感じはするな。苦手に思う人が多そうなタイプだ。」
「………まぁ行くわよ、行くしかないんだし。」
エレノアは終止不機嫌だった。うろつくのが嫌なら部屋に居ればいいのに、そう言っても『2人の方が良いでしょ!』と言うので、行動を共にすることになった。
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さて、これまで手に入れたのは……オルハの妻ナージャには“夫の浮気”という殺す理由があった事、オルハの妹メリンダは“遺産の取り分を増やしたいと考えていた”事、メリンダの夫カークにも“オルハへの借金”という理由があった。メイドのサラ、彼女はオルハの背後に居た事と暗い所に慣れるのが早い事で“犯人第1候補”として疑われている。
「……オルハも遺産を狙っていたのなら、ジョンおじさんが専守防衛に走った可能性も捨てきれんしな………」
「謎だらけよね……本当に。神様って性格悪いんじゃない?だってアマーリエ=ベイジンが幽霊だって教えてくれなかったし、人に物を頼むんだったら正確な情報が欲しいモノね。」
「………それは確かに思うな。」
同意した途端に寒気がした、管理者であらせられるミラーナ様はきっとあの湖から見ているのでしょう……睨まないでください。
皆部屋に籠っているので、それ以外の部屋になんかこの屋敷の手掛かりが無いかを探す事となった。そして、案の定ツキもやって来た。
「ヒヒヒ、何が思うんだい?」
「うお!びっくりした……何でもないよ、お前はこんな所で何をしてるんだ?」
相変わらず、変な笑い声だな。もっとおしとやかにしてろよ……女の子なんだから。
エレノアが嫌そうな顔をしていた。
「探検かい?なら、良い場所を知っているよ。
開かずの203号室、あそこなら何かありそうじゃないかい……本当なら祖父さんの部屋が1番お宝が眠っていそうなんだけど、あの祖父さんは恐いからねぇ。ほら、さっきだってあんなに孫をしかりつけてきたんだから、ヒヒ。」
「それは、貴女が本を盗むからでしょう?」
「ヒヒヒヒ、あれは盗んだんじゃなくて借りてたのを返そうとしただけさ。
まぁ良いじゃないかそんな細事は。あの祖父さんが脅すほどなんだ、何かあるに違いないだろ?」
どっちも同じだ、ともあれ開かずの間にされている203号室なら何かは眠っていそうだという意見には頷けた。
___好奇心は猫を殺す、そういうことわざがある意味をこの時の私は知らなかった。でも、後から思えばこの行動はあながち間違っていなかったのだと思う事すらある。
開かずの203号室、ジョンおじさんの怪談話曰く、夜な夜な屋敷の初代主が笑い狂っている……確かそんな内容だった。
(今思えばこじつけ感が半端ないな……)
怖い話あるいは開かずの間などと呼ばれる場所には、何か過去に起こったから開かずの間になる法則が存在する……と私は(怖い話などを見て)知っています。要するに主の笑い声くらいで開かずの間になるにはおかしいと思う、まあ住んでいる方は堪ったものじゃないからそうするかもしれないけど、笑い声に何らかの心当たりがあるゆえに恐怖心を抱いたとか……そういう理由が無い限りは開かずの間などにはならないと思ったのです。
「ヒヒヒ、ここだね……相変わらず、不気味な扉だ。」
「そんな笑い方してる貴女が言っても説得力無いんだけど。」
「エレノアの言う通りだ、その笑い方止めろよ。将来絶対に黒歴史になるぞ。」
そうやってぶつくさと言いながらドアノブに手をかけるが開かない。
「こりゃあ、開かずの間だね。開かない訳だから……ヒヒヒ、けどこの神の見えざる手を持つツキ様を誤魔化す事なんて出来ないのさ!」
(お前はアダム=スミスかよ……)
そう言うとツキはピッキングを始めた。鍵穴に針金のような細長い耳かきくらいの長さの棒を入れてからカチャカチャとし出した。
ガチャリ、重々しい音がして扉は開いた。
「ヒヒヒヒ、これで入れる。」
いざ、行かん。
当たり前だが、開かずの間と言われるだけの事はある。ホコリの量半端ないな、後カビ臭い……薬品のような臭いが鼻をつんざく。
「とりあえず、閉めるかい……誰かに見られたら不味いだろ?」
「ああ、そうだな……都合が悪い。」
扉をソッと閉めてから、室内を見ていく。色々と不思議な物があった。ホコリをかぶった精巧な女の子が喜びそうな人形……その人形には首が無かった。多くは本だった、よく分からない御札のような物も存在していたが何が書かれているのかは判読不能だった。
「本ばかりで拍子抜けだわ。
そろそろ出ようよ、開かずの間に忍び込んだなんてバレたら流石にどんな眼に遭うか想像つかないわ。」
ブツブツとツキは先ほどから何かを呟きつつ辺りを見回している、探し物があったのだろうか……どうせ悪魔を降臨させるろくでもなさそうな本でも探していたんだろうけど。
………何気なく手に取った本、その本を開いてから私は眼を見張った。
《“屋敷の奥さま”
昔、あるところに屋敷がありました。その屋敷の主は奥さまをとても悲しませていました、奥さまの名前をアマーリエ=ベイジンと言う。____(略)___奥さまは夫である主を呪い殺してしまったのです。そして、その後から屋敷には、奥さまの幽霊が出るようになったんです……歴代当主の死の間際に、黒い喪服を着た奥さまの姿を、彼らだけに見えるそうなのです。》
「ヒヒヒヒ、なんだこれは?興味深い、興味深いな……見たことのない文字で書かれている。」
「そうね、始めて見るわ。」
2人はそう言って首を傾げている。
2人が分からないのは当たり前なのだ、この言語はこの世界に有って良い筈の無い物なのだから。____それは紛れもなく、見間違う事もなく我の懐かしき“日本語”で書かれていたのだから。
「しかし……ジョンおじさんは隠し事をまだしていたのか。」
「それってどういう……?」
「死の間際に奥さまが見えるなんて聞いてないぞ…………。」
本当にあのジジイは喰えない、でも彼が隠したがった理由も何となく想像がつくのがなんとも腹立たしい。彼女の事まで言ってしまうと、彼女が見えたときに自分の死期をいやでも悟ってしまうことになるのだ、そんな事はイヤだというのは理解できるが………いや、彼の先祖が意図的に伝えなかった可能性も捨てきれないしなんとも言えないが………。
「ヒヒヒ、探検はどうやらここまでのようだね。足音がする………ヒヒヒヒ、アタシらが探検しているのバレたね。」
「おい、何悠長にそんな事言ってるんだよ!早く逃げるぞ!」
「ヒヒ、無理だね。この近さじゃあ逃げられない。相手が過ぎ去るのを待つより他無いね。」
外から誰かの気配を感じた。
息を殺して、何も感じないように、静かに嵐が過ぎるのを待つが、世の中そう上手くは出来ていない。__見つかった。
「皆様、そこで何をしているのです。」
老女アデルだった。
「…………っ!何故だろう、嫌な予感しかしないのだが。」
「嫌な予感?」
「ヒヒヒ、お祖父さんがこの状況を見て生け贄にするのは間違いなく、君だもんね。伯爵令嬢や14歳のいたいけな私を拷問するなんて出来ないだろうね……ご愁傷さま!」
ご愁傷さま!じゃないよ………笑うくらいなら助けてくれよ。
「フム……君、与太話くらいで済ませてくれると思えば、色々とやらかしてくれたようだね。」
逃げようにもジョンおじさんが立ちはだかって逃げることすら叶わない。助けを求めて後ろを振り向くと、ドンマイと苦笑いするエレノアと薄気味悪い笑顔をこちらに向けてくるツキの姿があった。
「……ドンマイじゃねぇ!」
そのまま私は屋敷の地下牢に投獄されてしまった。私1人がこうなるのなんてなんとも不公平だ!オルハを殺した殺人鬼に災いあれ、このちょっと探検(と言えるかは謎な家探し)をしていたくらいで人を地下牢に入れやがるこの悪魔のようなジジイにもだ!……本当にクソッタレだ!
「怪しまれるような事をした君に責任があるんだよ……皆には、君が犯人だと言っておこう。」
「うわぁ……横暴だ。」
トホホと言う顔をして、小刻みに震えながら視線をさ迷わせて一言呟いた。
お前の思考回路どうなってんだよ!
「まあ、良いのかなぁ……別に元の世界じゃ行方不明みたいなもんだし。でも、ここで死にたくはないんだが。」
____現実逃避気味に遠い眼をして目の前を眺めた時に、ジョンおじさんの後ろに見えたそれはアマーリエ=ベイジンだったのか、そうじゃないのか………荒ぶって興奮している私には、分からなかった。




