屋敷の奥さまのその先
「信じて、くれるのなら話しても良いと思います。だけど、到底信じられないような話ですけど……」
「信じられるかなど……聞いてから決める物だ。話す前から諦める物じゃない、私だってここに居る者の中では長生きしてる方だ。若い御方に比べればまだ、動じない方だと思っている………」
覚悟は決めたが話すとなると勇気がいる。
突然だが、私には友達と呼べるような人間は少ない、この40年生きてきた人生の中でもほんの数人程だ。孤高の一匹狼を気取りたい訳ではない、人嫌いかと言われればそういう訳でもない……単に精神的に未発達な状態を悟られたくないと人付き合いを意識的に避けてきただけだ。
ただ……人と馴れ合う事自体苦手で腹を割って仲良しな関係など築けない、『友達100人』等とピカピカの1年生は言うが、私に言わせてみれば“友達”は5人で充分だと学生時代は本気で思っていた。月から金まで1日ずつ日替わりで話す奴を変えれば良い……毎日話すなんて、まさに月月火水木金金だ!などと自分の殻に閉じ籠っていた。
……まぁそんな訳で人に自分を曝け出すというのはあまり得意ではない。
「えっと、じゃあ話しますけど___。」
もうどうにでもなれ!
そんな投げ槍な気持ちでキリキリと痛む胃を押さえながら話をした。と言っても、異世界出身だと言う事は色々と話すとややこしくなるのでそれは隠して……神様が目の前に現れてお告げをしたのだとやや暈して言った。
「神様…からのお告げ?
にわかには信じられんが、人成らざる者から聞いたとなれば、あの名前を知っていてもおかしくはない………」
“アマーリエ=ベイジン”の事なのだろう……そもそも彼女は何者なのだろうか?
「彼女を救わないといけないんです!彼女は今何処に居るのですか………!?」
「彼女は、彼女はもう居ないよ。もうとっくの昔に死んでいる。」
「……ぇ、死んでいる……?死んでいるとは?」
………っ!死んでいる、死んでいるとはどういう事だ?ジョンおじさんの言葉が頭の中を木霊し、受け入れるのに少々の時間がかかった。
「その言葉のままだ、既にこの世に居ない。
屋敷の奥さま、あの話はどういう物か知っているか?」
「屋敷に居た主人が奥さまを苦しめてばかりいた。ある日下仕えと浮気している場面を目撃した奥さまは下仕えを殺そうと決意した。それから、その屋敷ではその殺された下仕えの幽霊が出るようになった__だいたいこんな話ですよね?」
ジョンおじさんの問いに行きがけの馬車でエレノアから聞いた童話を話した。
「ふむ……少し違うな、違うんだよなぁ。」
何故か頭を抱えるジョンおじさん、何かやらかしたのか?不安になってエレノアの方を見るが、首をブンブンと振られた。
「違う……とは、元々は違った話なのですか?」
「ああ、そうだ。元々の話は、下仕えが殺された所までは同じだが、その後は違う。化けて出たのが、その例の女だ。」
「例の女、アマーリエ=ベイジンですか?」
「ああ……その女こそが“屋敷の奥さま”なんだ。そのタイトルの意味は、愛した男が浮気をしていた女を殺してから自分も死に、男を呪った女の話なんだ……。」
つまり、アマーリエ=ベイジンは“屋敷の奥さま”という事になる。
救える訳ないじゃないか、亡霊を救える筈ないじゃないか………神様はどれ程残酷なんだ……。
「つまり、つまり……私は彼女を救う事など、出来ない訳ですか……。」
「そういう訳だ、与太話にしては面白かったぞ。神様のお告げなどとほざくとは思わなかったが。私を騙そうとした君には教えてあげよう。私は、何も見ておらんよ。だいたい、私の方こそ殺されそうな立場の人間じゃないか?
この家の人間は皆、皆狂っているからな。」
「与太話などではありませんが、まあ良いでしょう。教えてくれてありがとうございま、す__っ!」
そう言うジョンおじさんを喰えない奴だと思って見ていた。そして定型通りのお礼の言葉を言い終わりかけたその時、私はジョンおじさんの足の辺りに何かまとわりついていることに気づいた。黒い靄のような薄暗い陰気な何かがまとわりついていた。
「どうしたんだね……ハハハ、与太話のついでに聞いておこうかな?神様とは一体どのような御方だった?」
「それは、姿は普通の美しい少年のようでした。けれども、とてつもない力を持っていて……側には、眷属が1人居ました。」
正直に答えた。どうせ信じていないのなら、真実を言っても構わないだろう……そう思ったのではない、普段ならそう思ってふざけた調子でそう言っていたかもしれないが、そうは出来なかった。
黒い靄のような何かは眼を擦っても視界にこびりついて消えることはなかった、そしてエレノアにもジョンおじさんにもそれは見えてはいなかったようだった。
「少年なのか、神は……神とはもっと神々しいお姿をしているものと思っていたのだが、随分と弱々しい姿をしているのじゃな……!」
(…………!)
血の気が引いた。でもその理由を知っているのは、後にも先にも私1人だけなのだとそう、確信できる。
それは、常人には決して理解できないであろう重圧感を感じた後に、誰にも見えず聞こえない筈のこんな声が聞こえてきたからだ。
『フフフ、この男を殺せば私のお役目も終了する………!早く、我等のアマテラスの元に帰りたいわ。』
『させるか、そんな事……させない!
この神の眷属ヘンドリック=オンリバーンがそんな事させない!』
ヘンドリック様……何やってるんですか!まずはそう思った。
『もー!なんで邪魔すんのよ、この中年親父!
この自慢の鎌で寿命を吸い取らなきゃ!性根が腐ってる奴の命は美味しいんだもの!
えい!…………あれれ?失敗しちゃった!』
よく聞いたら、この声はたまに聞こえていた謎の声だ。
そして、その女……甲高い声でそれまでの不気味な雰囲気とは随分と乖離しているのだが、その女は手に持っていた鎌をこちらに目掛けて振り回した。鎌をヘンドリックが手に持っていた剣で素早く払ってくれて、なんとか私には当たらなかったのだが、ジョンおじさんの方へ空を切った。ザクリ、小さく裂けるような音が聞こえてきた。
『中年親父でもなんでも結構な事だ!とにかく、山内信一郎を殺させはしない………!いざ、勝負!』
『ふん、面倒な親父は嫌われるもんよ!』
そのまま2人の姿は消えていった。
__眼に見えない所で、神の眷属同士の戦いが秘かに始まっていたが、それはまた別の話。
……フラフラする、身体への重圧感が凄く息切れが激しかった。ジョンおじさんもエレノアも不審な眼を向けてくるが、それを見ても何も考えつかないほどに私の頭の中はカオスに陥っていた。
(一体、何が始まるんだ!
そして、マジでどうやってアマーリエ=ベイジンを救うんだよ………幽霊じゃ救いようなくないか?)
「大丈夫、シンイチロウ?」
「全然大丈夫、大丈夫だよ。」
何が大丈夫なのか言っている自分にも分からなかったが、放心状態のまま、ジョンおじさんの部屋を私達は出た。




