俺達以外全員容疑者!
………明らかに失敗した、私はそう思った。
別に皆が集まる所でアマーリエ=ベイジンという名前について問う必要などなかった。広間に残された私とエレノア、どうせ集まって部屋に戻るのなら個別に確認すれば良かった……そう思った。
「これからどうするの……?」
「とりあえず、“アマーリエ=ベイジン”の正体を掴むのも大事だが、もう1つ……オルハさんを殺した犯人を見つけない限りは……腹を割った話は出来ないだろ。」
エレノアには言っていないが、シンイチロウには疑問があった。このアマーリエ=ベイジンという名前に心当たりなど無かったが、この件だけは今までの2件とは違う所があるのだ。
(………ゲームの関係者じゃないな、今回だけは。)
今まではそうだった。最初は、ルイルートの悪役令嬢セイラの家族……次は、攻略対象オリン=ベアード=ミニスター、いずれもゲームと何かしらの繋がりを持つ人物だったのだけれども、今回は攻略対象の誰とも関わりがない名前だった……。
「という事は、聞きこみ開始って所かしらね。」
「相変わらず切り換えが早いなぁ……ホームズ様。」
「いや、もうホームズやるの飽きたしシンイチロウがホームズしなよ。」
いや、切り換えが早いのではなくこの場合は飽きっぽいだけだな。私、典型的なワトソンタイプなんだけど……。ミステリー物はドラマとか映像作品でしか見たこと無いし、ホームズも名前しか知らないんだけどな……まあ、ホームズを誰がやるかでもめている暇は私達にはない、さっさと聞き込みに行こう。
「じゃあ、聞き込み開始だな………」
早く帰りたい……内心忌々しく思いながら情報収集する事にした。
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最初に聞き込むのは、やっぱり気心の知れた私の雇い主である伯爵一家にした。部屋を訪ねると、皆居た。口数も少なくなっていて、元気がなかった。伯爵夫人に至ってはショックの為か寝込んでいた。
「ああ、シンイチロウ……どうしたんだ、いきなり妙な事を言っていたが。」
「伯爵、オルハさんの死の原因を解決しないとこの状況を打破する事は出来ないでしょう。」
「お前は探偵の真似事でもする気か?素人がそんな事しても事態を酷くするだけではないのか?」
顔が怖い伯爵は疲れきった様子でそう言っている。
「でも、何もしないよりかは何かをした方がマシでしょう。
で、何か気づいた事はありませんでした?」
「いや……あの時は、急に蝋燭が消えてから、屋敷がガタガタと揺れて、気づくと死んでいたからな………。」
「うん……とっても怖かった。
ねえ……この屋敷に女の人ってメイドのサラとあのアデルってお婆さんとかしか居ないよね?なんか、とっても恐ろしい顔をした女の人がオルハさんの後ろに居たような気がするんだけど?」
「オルハの後ろ?彼の後ろにはメイドのサラしか居なかっただろ?彼女じゃないのか?」
「サラじゃない、なんかケバい女の人だったような気がするんだけど、僕の見間違いかな……」
ポーターはこんな情報をもたらしてくれた。重要な証言だ!
……伯爵一家から得られたのはこれくらいだった。
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次は、オルハの妻ナージャと息子のタイヨウの2人から話を聞く事にした。
2人の心痛は半端無いモノだろうと思う。とにかく話をとっとと聞いて、別の人の話を聞こう。こんな重々しい部屋にいたい物好きはいないよ。あいにくだが、私はそんなプレッシャーを快楽に変換する特殊能力は持ち合わせていないのだ。
『ポーターから探偵ごっこをしようと言われて、助手役で皆から話を聞いている』と適当に思い付いた言い訳を言うと、眉間にシワを寄せていたが、部屋の中に通してくれた。
オルハの妻ナージャは儚げな弱々しさを感じる女性だった。年齢は30代中盤くらいと聞いていたが、実際には若いんじゃないのかと思えるほどに若作りな人だった。
息子のタイヨウは遊び盛りの年齢な筈なのに大人しい少年だった。顔の系統はナージャの方に似ているのか全体的に薄い色素を持つ、異世界に迷い混まなければ校則違反と怒鳴っていた色だ。
「えっと、オルハさんが殺された原因に心当たりはありませんか。」
「……よ……あの女よ。あの人を殺したのはあの女よ。」
恐る恐る聞くと、ナージャには心当たりがあるようだった。ブツブツと小さい声で繰り返し呟いて言う。その様子にぞっとして汗が流れたが無視して話を進める。
「あの女とは誰ですか……?」
「サラよ、あの子が色目を使っていたのよ。あの人を奪おうとしていた、あの子なら殺せる……暗いところでも見えるあの子なら背中を狙える……」
どうやらナージャはサラを疑っているようだった。ブツブツと呟いている、この人…精神的な病でも患っているのではないか?
額に汗が滲んで声を上げそうになるが、なんとかこらえて意識を保つ。
「お話、ありがとうございます……。」
そう言って話をほぼ無理矢理に終えて、部屋を出た。
「恐ろしかったな、病院に行った方が良いような、このまま放っておいたら何を仕出かすのか分からないな。」
「……そうね、でも言っている事に説得力はあったわ。」
サラはほぼ真後ろに居た。状況としてはサラが1番怪しい事になる、暗いところでも物が見え、背中を狙える位置に居た彼女は確かに怪しい。
「そうとも限らないよ。」
後ろから声が聞こえてきた。甲高い子供の声だった。振り向くと息子のタイヨウだった。
「お母さまはあの通りだ、何故だか分かる?あの人が……お父様が浮気ばっかりしていたから。毎晩毎晩ケンカばかりで、お母さまも充分殺す動機はあると僕は思うよ。
……僕はやってないよ。僕は金づるを失うわけにはいかないし、そんなリスクを犯したくは無いからね。」
タイヨウはませた少年だった。随分と冷めている考えの持ち主だ、本心かどうかは分からないが。彼は言いたい事を言い終えると満足したのか、気味の悪い鼻歌を歌いながら部屋へと戻っていった。
「随分と冷めているな……」
彼の眼は真剣で嘘など言っているようには見えなかった。
「……金づるか。歪んでるわね、あえてそうしているのかもしれないけど。」
エレノアが小さく呟いた。
情報収集は出来たが、却って謎を増やしてしまった、犯人の候補者だって増えてしまった。ああ、面倒くさい。
「次、行くぞ。」
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ジョンおじさんの娘でオルハの妹メリンダとその夫カーク、娘のツキの所だ。
メリンダは何処かで述べたと思うが、無表情な女性だ。おまけに無口でしゃべらない。
カークは、影の薄い男だ。『あれ?そこに居たの?』そう言われるレベルの影の薄さだ。
娘のツキ、彼女は肌は病的なほどに青白い。ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべて、変人だ。
「お兄様を殺した人に心当たりは?」
「……………」
メリンダは何もしゃべらない。
「知らない、義兄を殺そうだなんて思った事なんてない!俺じゃな___」
「どうかしら、私が知らないと思った?貴方、随分とお兄様に借金してたそうじゃない。」
「……っ!お前の方こそ、遺産の取り分が減ることを恐れてこんな事したんじゃないだろうな。」
何も言わないメリンダに代わってカークが答えていると、その言葉を遮るようにメリンダは罵るような口調で口を開いた。
…………随分と問題のある家庭環境だ。ツキは何も言わずに奇妙な本を読んで、奇声を上げてから
「悪魔が降臨する……」
一言だけそう言った。
………中2病か?そんな概念が存在するのか謎だが、もしそうなのであれば正気に戻った方が良いぞ。大人になってから振り返ると“ただの黒歴史”にしかならないんだから、経験者が言うんだから間違いない。
「またそんな奇妙な本を読んで!お父様の所から持ってきたのね、返してきなさい!」
「とにかく、俺達は何も知らん!とっとと出ていけ。」
追い出されてから次は使用人達だと思っていると、ツキが居る事に気づいた。
「ヒヒヒヒ、アタシも連れていってよ!探偵ごっこに。3人目の助手になってやるよ…。」
「女の子がそんな笑い方するもんじゃない。
それと、なんちゅうタイトル本を持ってるんだ!」
そう言いながらも、そういう事にしてあったのを思い出した。仕方なく連れていく事にした、その手に持っている『黒魔道式降霊術のやり方』と書かれている本で悪魔など召喚されたくないからな。
「貴女も大変なんだね。」
「ヒヒッ、そんな事ない。伯爵令嬢なのにこんなボロ屋敷の厄介になるエレノア様に比べたらマシさ。
ウチって変だろ?親はあんな感じだし、多分オルハ伯父さんの所も大変だったと思うんだよねぇ。見ただろ?ずっとあの調子だから。
ついでに教えておくけど、あの2人だって殺す動機はあるよ。お祖父さんの遺産狙ってたみたいだし。」
ニヤニヤしながらツキは言った。
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キッチンに老女アデルとメイドのサラが居た。
キッチンには、火の玉のワルツという逸話が有った事を思い出して居心地の悪さを感じる。
「これはこれは、ツキ様にエレノア様。」
「シンイチロウさん、どうしたんです?」
アデルは金田一のわらべ歌や落武者伝説でも残っている村に住まう怪しい老婆のような風貌だ。あるいは西洋の悪い魔女を連想させる姿とも言える。
サラは活発そうな若い女だ、猿と呼ばれていたらしい。………彼女に下の名前で呼ぶ許可を与えたつもりは無かったんだが。
「ヒヒッ、ヒヒヒヒ……犯人は誰か、探偵ごっこさ。さて、アリバイから怪しい人物まで吐いてもらおうじゃねぇか!」
「おいおい、ストレート過ぎるぞ。そして、その笑い方やめろ!」
「もう知らない!」
何故だかエレノアは拗ねている。私は何かしてしまっただろうか………?それとも、ツキの暴走など関わりたくないのかもしれない、それには同感だ。
「アリバイも何もあの場に居ました。それに、歳を取った私はあの暗い中動ける筈無いでしょう?……第1、私は生まれつき、運動が苦手で村1番のノロマでしたから。」
アデルはペッと唾を吐きながら言う。ツキはまた不気味な笑い声を上げてからサラの方を向いて言った。
「ヒヒ、そうよねぇそうよねぇ。じゃあ、サラ……サラは眼が見えていたんだろ?しかも背後に居る、これは犯人様第1候補だ!
さて、どう釈明するのかい?」
ツキの方が、私達よりもホームズを上手くやれる気がする。
「私はやってない……私じゃなくても横に居る人だってオルハ様を刺す事なんて出来なくはないじゃないですか!オルハ様を殺す理由だって私にはありません!
それに、私は暗さに慣れるのが早いだけで暗闇がちゃんと見えるわけではないので、あんな短時間で刺す事なんて出来ません!」
「ヒヒヒヒ、確かにサラの意見にも一理あると言えばある。
という事は、お祖父さんやナージャ伯母さんも犯人候補……ヒヒヒヒ!面白くなってきた。」
もう、ワトソン君もツキに譲ろうかな?
「………面白くも何もない。ジョークにしてはネタがつまらないわ、早く次に行きましょう。」
「ヒヒッ、エレノア様の言う通りだ。
お邪魔したね、安心してね……お2人さん、ここじゃ皆犯人だよ。あなたの隣に居るソイツももしかしたら……なんちゃって!」
愉快そうに部屋を出たツキについていくので、私達2人は精一杯だった。
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最後に、ジョンおじさんだ。彼は“アマーリエ=ベイジン”について知っている、彼からは絶対に話を聞かなければならない。
部屋に入ると、ジョンおじさんは黒幕みたいに椅子に腰掛けて、待っていた。
「君達に話す事は何も無い。
そしてツキ、その本を置いて早く出ていけ。」
「ヒヒヒ、お祖父さんもケチだ。アタシには情報をくれない。」
ツキは不満そうで突っかかろうとしていたが、無駄だと思ったのか矛を収めて出ていった。
「君達は何故、何故あの名前を知っていた……それを聞かせてくれない限りはアリバイなんて話さないよ。」
ジョンおじさんの眼光が鋭かった。こういう眼を何処かで見たことがある、何かを信じきっているような眼だ……オルハが迷信だと言っていた、屋敷の奥さまを話してはいけない、多分信じているのはそれなんだろうと思う。
「それは………」
答えに困っていると、横に居たエレノアが
「シンイチロウ……」
小さく頷いた。眼をパッチリと開いてこちらを真っ直ぐと見つめながら、小さく頷いた。
私は話す決意をした。この俺達以外全員容疑者の状態で、信じても良いのか分からないけれども。




