ランディマークでは……
エレノアがシンイチロウの正体を知り、ホームズ&ワトソンコンビを組む少し前の首都ランディマークでは……。
ルイの家で留守番をしていたセイラとルイ、微笑ましい婚約を結んだ幼き2人が散歩をしていた。もちろん少し離れた所に護衛が居るのだが、2人はそれに気付いていない。
「おねえさま……さびしいの?」
「うん、おとうさまもおかあさまもおねえさまもみんないないもん。」
「だいじょーぶ、ぼくがいるから!」
2人でランディマークの街を歩いていると、後ろから微かに声がする。
「おーい………」
声はするので、2人が振り向いても誰もいない。
「いま、こえがしたよね?でも、だれもいない。もしかして、おばけ……?」
「おねえさまあああ、ぼくこわいよぉ!!!」
ルイが泣き出してしまった。セイラはどうしていいのか分からず、とにかく頭を撫でながら2人固まっていると、また声がする。
「__おーい!」
意を結して、振り向くと遠くに人影がある。その人影は段々とこちらに向かってきているようだ。また下を向きながら、ガタガタと震えて2人立ちすくんでいると後ろから肩をポンと叩かれた。
(………………!!!!)
声にもならない叫び声を上げて恐る恐る後ろを振り向くと、
「やあ、お2人さん……そんなに怖がる事もないだろう!」
トールおじさんだった。確か、ルイ君の伯父にあたる御方でセイラも何回か遊んだ事がある人だった。………今日はお仕事だと朝早くに出掛けて行った筈なのだけれど、お仕事は終わったのかな?
「おじさん、いきなりおどろかさないでよ!」
「ふええええ!」
ルイ君は緊張が解けた事もあるのかもしれないが、再び泣き出した。
「おい、何故泣く!?そんな泣くような要素がどこにあった?それと、セイラちゃん……こう見えても私は若い、若いんだ!お兄さまと呼んでごらん。」
「………おにいさま。」
面倒だと思ったが、言うことを聞いていればこの人もおとなしいままなので渋々呼んでみた。
「不本意そうだねぇ……もっと笑顔で__ぐぇっ!」
「何が笑顔だ!お前は、仕事しろ!後、時刻ぐらい……職場のスケジュールくらい守れ!」
それはそれは美しい笑顔でルイ君のお父様フェルナンド様がトールおじさんに腹パンをして仁王立ちしていた。
……トールおじさん、お仕事終わってなかったんだ。
「酷いなぁ、義兄をいきなり殴るなんて酷い義弟だ。」
「酷いのはどっちだ!毎回、毎回お前がフラフラとどこかに徘徊する度に捜すのは誰だと思っている!」
あら、これが初めてではなかったのですね。そりゃあ、フェルナンド様も怒りますよ。
「おとうさま、おこってるぅ……こあいよ。」
「ルイくん、おとうさまはおじさんにおこってるからだいじょうぶだよ。」
幼い2人は空気を読んだというよりも、2人がマシンガンのようにポンポンと会話を続けるので何も言えない状況で見守っていた。
「ごめん、ごめん。けど別に良いじゃん、居ても居なくてもそんなに変わらない職場なんだし。今は局長は会議中だろ?第4秘書の出番は無いと思うけど、秘書ポリシー的にでしゃばるのは良くないと思うんだよね。」
「お前の秘書ポリシーはどうなってる、秘書の仕事って上司のスケジュール管理だよ?その管理をすべき秘書が自分のスケジュール管理出来てないのは、どうかと思うけど……。
お前は変わったよな……昔ならこういうお調子者みたいな役回りは“アルベルト”がやってたのに。」
「………帰る!!」
トールおじさんはイラついた様子で職場の方向へと帰っていった。ため息を吐いてからフェルナンド様も帰っていた。
「おじさん、なんかようすへんだったね。」
「うう?そうかな?」
お散歩も楽しめそうにない、そろそろ帰ろうという事で2人も家に帰っていった。
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家に帰った後、2人で庭で遊んだり走り回ったりしてすっかり疲れた。すっかり疲れた為か眠気が回って足元がおぼつかない。そんな中、ようやくベッドまでたどり着き、寝ていたのだが……
「おねえさま、おトイレいきたいよ……」
身体を乗り上げてルイがこちらを覗き込んでいた。上目使いで、涙を潤ませて可愛い顔をしていた。正直に言うと、眠くて頭がぼんやりしていて、呂律が回らないほどに身体は眠りを欲していたが、精一杯お姉様ぶって言う。
「しょうがないわね……行くわぁよ。」
「わぁい!」
そのまま無邪気にキャッキャ喜ぶルイの後ろを眠気を我慢しながらついていく。
平常心、平常心と唱えながらお化けが出ないかと内心ビクビクしながらルイとトイレに行って、その帰り道……ランプの頼りない光を頼りにおぼつかない足元に注意しながら、すがり付くルイと一緒に歩いていると消え入りそうなほど小さな声が聞こえてきた。
(だれだろう?)
「おねえさま、こっちこっち!」
キャッキャと笑いながら声のする方へと手招きをしてルイはタタタと走っていく。扉が開いていて、そこから声がしていた。声は3人分、トールおじさんとフェルナンド様、そして……アベル様。その3人の声で深刻そうな響きを持って話していた。
「……これは、本当にあの“エドワード”からの手紙なのか?」
「ええ、間違いなく。今日付けでナクガア王国の駐マルチウス大使に着任したと……それで近々会いたいとの事でしたけど。」
「アイツ、アイツはアイツで変わったな……昔は父親に似て破天荒だったが、文章だけ見れば真面目だ。」
アベルが奥歯を噛み締めた。
その会話を聞きながら、今日は“アルベルト”だの“エドワード”だの知らない名前が沢山出るわねとセイラはその程度に思っていた。
「………文章だけだろうね。」
「ああ、そうだな。そうだよな。」
遠い眼をして頷く3人、3人がここまで仲良くしている(ように見えている)のは初めて見るが、どこかに疲れている。
(おとなってたいへんなんだなぁ……)
セイラは純粋にそう思った。その時、横にいたルイ君が『もうかえろうよ…』と言い、セイラ自身もこの大人達の因縁ありそうな話には全く興味がなかったので部屋に戻る事とした。
その後の会話を聞いていたならセイラの眠気は覚めていただろうが、本人達が聞く事は無かったのでそれはそれで良かったのだろうか。
「……エドワードの件は置いておいて、昼に知らせが入ったんだが、伯爵一家が向かった例のいわく付きのお屋敷、あの場所に繋がる道が大雨の落石で通行止めを食らっているらしい。
あの屋敷に繋がるのは、その道しか無いらしいからどうなるのか………」
「救助も出来ない状況ですか……伯爵一家は無事なのでしょうか?」
アベルが言ったことにフェルナンドが心配そうに言うが、アベルは首を振って
「繋がる道が封鎖されたんだ、無事かすら分からん状況だ。皆、しばらくこの事はナイショにしておきなさい。セイラちゃんにショックを与える、幼い子だ……心臓に毒な情報をしゃべるな。喋るとしても無事なのか確認がとれてからだ。」
「分かってる。
秘書ポリシー的に当たり前だからね。」
「お前の秘書ポリシーの使い方が間違っていると思うのは俺だけなのか………?」
_____秘書ポリシーはともあれ、首都ランディマークではこのような日常を人々が営んでいた。




