いわく付きの屋敷にレッツゴー
むかしむかし、あるところにおおきなやしきがありました。そのやしきのしゅじんはおくさまをいつもなかせてばかりいました。
あるひ、しもづかえのおんなとだんなさまがなかよくしているのをみたおくさまは、かんがえました。このおんなをころそう、そうきめたのです。
地方の怖い童話『やしきのおくさま』
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「__で、それ以来その屋敷では殺された下仕えの幽霊が出るんだって。」
伯爵令嬢エレノアが怖い話をする。
「ふーん、まぁよくありがちと言えばありがちな怖い話だな。………でも、なんでそれを今話す必要があるのです?私は別に暇ではありませんし、こ、怖い話の季節も過ぎていると思います。」
「話す意味ならあるわ、私達がこれから行く屋敷がそのいわく付きのお屋敷なのよ!」
「………なんでそんな恐ろしい所に行くんだよ。」
メスリル伯爵家にたった1人しかいない使用人シンイチロウ=ヤマウチは、げんなりして言った。今、私はこうして粗末な馬車に乗って伯爵領に移動中である。
社交シーズンはだいたい12月のクリスマス辺りから8月までで、秋はだいたい領地に帰るのが貴族としては普通の事らしい。季節は9月、この貧乏伯爵家も例外ではなかったらしく領内に数日滞在するのだとか、普通なら領内にも屋敷持っているはずなのに何故だ?それとも変なドラマの観すぎで貴族=屋敷は当然持っているという概念がこびりついてしまっていたのか……。
「しょうがないでしょ、領内の屋敷は2年前の台風で屋根ごと吹き飛ばされて木っ端微塵になっちゃったんだから。」
「修繕費すら無いのかよ………」
まぁ、御者を伯爵が務めるくらいだからなぁとシンイチロウは秘かにため息をつく。馬車の外で馬を操っているのは、エレノアの父メスリル伯爵アルバートである。本来なら、使用人の役目なのかもしれないが馬など生まれてこのかた見る機会すらほとんど無かったこの私にそんな事は出来ないのでこういう形になってしまった。
「2回目はお化けに会えるのかな!」
伯爵家跡取りのポーターが無邪気に言う。いつの時代、世界を越えても男の子はそういう悪者退治が好きなのだ。
………でも、そんな恐ろしい所に行かなくても良いだろ。ここだけの話、私はお化けと水だけは嫌いなんだよ。
「あのね、お化けに会うのが目的ではないわ!あくまでも領地も気にかけてますよアピールの為に行くんだからね!」
「はーい……でもお化けは探しても良いよね?」
上目使いが上手いポーター君、そんな所をオジさんはとっても羨ましく思うなぁ。意識して笑えば笑うほどキモくなっていく俺の笑顔を思い出してまた気分が下がっていった。
(選挙用のポスターとか1番困ったんだよなぁ、写真の枚数を重ねていく毎にひどくなっていったのだから。)
………言いそびれてしまっていたが、私シンイチロウ=ヤマウチは異世界転移者である。落選議員だった俺は、初詣で引いたおみくじを破いた事が神様の怒りに触れてしまいこの世界に飛ばされて7人の人間を救うまで帰れないのだ。
この世界に来て早4ヶ月……帰りたいと思うのに、馴染み始めている自分が居る。自分の気持ちの矛盾が今の悩みだ。
「あっ………着いたわよ!あれが、例のお屋敷。」
その幽霊が出るとお噂の屋敷ですか……外観は趣きある西洋屋敷だ。でも、噂を聞いてしまった為か、まるで何かに怯えるような陰鬱さを感じる。昼間にも関わらず、カーテンを締め切っていて、室内がどうなのか、中に誰が居るのかは分からなかった。
「やあ、どうも……今年もお世話になるよ。」
伯爵が屋敷の主であるジョン=ダーキニー=ツェルニエ氏に挨拶をする。
室内は、カーテンを締め切っているので暗い。何故そんなに暗くしているのかと首を傾げていると
「家具が日の光で傷むのが嫌なのよ、ジョンおじさんは。」
とエレノアがこっそり教えてくれた。
ただでさえ、日当たりが悪いこの屋敷が更に暗くなるのに、このジョン達屋敷に住まう人々は陽が差すのを大いに嫌うのだ。
「もうじき、他の連中も来るわ。
あの人達、私は大っ嫌い。だって、あの人達は__。」
エレノアの言葉がよく聞こえなかった。でも、この屋敷の人間をよく思っていない……それだけはよく分かった。眉をしかめて、苦々しく吐かれた言葉はとても重かった。
(なんか嫌な所に来てしまった感じだな……)
そして、少し待っていると他の客人が来たようだ。屋敷の主ジョンの息子オルハ&ナージャ夫婦と娘メリンダ&カーク夫婦、そして孫にあたるオルハの息子タイヨウとメリンダの娘ツキの6人だ。屋敷には、ジョンとこの6人、こちらに居る伯爵夫妻とエレノア&ポーター姉弟(末妹セイラは首都ランディマーク内で婚約者ルイ君と仲を深めているだろう)と私、そして屋敷に住み込む老女と若いメイドのサラ……総勢14名が居た。
皆、物静かな方々だ。ただでさえ暗いのに笑い声どころか生活音の1つすら無いのだから、屋敷の陰鬱さが更に増している。
そして、静かなまま晩餐は始まり、静かなまま食事の時間は終わる。
(つまらねぇ……誰も話さないのだから。)
時を忘れるという比喩が存在するが、これはその逆だった。
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使用人の為にあてがわれた部屋に入ったのは、午後8時頃の事だった。あの後、結局誰も話すことなくそれぞれ各自の部屋に戻っていくのだから、これがまた恐ろしい、本当に誰も話さない。
別世界……この世界とは別の世界から来た私がそう評するのは何となく気が引けるが、隔絶したとかそういう言葉が似合う場所だった。
「はぁ……指令、来ないなぁ。」
最後に指令を解決したのは、1ヶ月ほど前の舞踏会だ。それ以来、神様からの連絡は来ない。握り締めたガラケーはウンとも寸とも言わない、ただ邪魔なモノとして存在するのみだった。
そもそも、この産業革命期のイギリスをモデルにしたであろうマルチウス帝国で、他に電話などかける相手などいない。おまけに日本にいる誰かにメールや電話をかけるのはできない。携帯電話というのは、主に誰かに何かを伝える事が存在意義なのだ。その伝える相手が居ないのであれば、邪魔にすら思う。
出来るのは、せいぜい日本で撮った写真を見たり、一応写真を撮ることとメモをする事は出来るので、そのくらいだろうか?
「…………ぐっ!」
痛い、思わず顔をしかめる。急に頭痛がしてきた、物凄い激痛だ!頭の中を虫が動き回るような激痛が頭の中を駆け巡る。
『お前が、このまま救うというのなら元々歪められていた人々の運命は更に変わってしまうだろう……』
見知らぬ女の声、気の強そうな威圧感すらある人々を服従させる声だった。
これが幽霊?でも幽霊にしては大物感のある声だな。
「何が……言いたい。」
そう叫ぶが、そこには誰もいない。なのに、すごく忌ま忌ましくイヤーな悪意のある視線を感じるのは、気のせい……だといいんだけど、気のせいではないと思う……。
「幻聴……」
ボケが入るには若いし、幽霊という非科学的存在を信じたくない。このまま何もなく過ごすのは、無駄だ。寝よう、そう思うのだが噂など聞いてしまった為か眠れない。
___コンコン。
ドアをノックする音がする。枕元に置いていたガラケーをポケットに入れてから応対に出る。
こんな時間に誰が何の用なんだ?ドアを開けるとそこにはエレノアが居た。
「ねえシンイチロウ、今は暇?」
「まあ、後は寝るだけですけど?」
現に眠れずにこのまま居たのだから暇と問われれば、究極に暇だという答えしか返せない。
「じゃあ、ちょっと来て!」
その答えを聞いた彼女はそのまま、返事も聞かずに私を何処かへと引っ張っていった。




