落選議員、異世界へ行く。
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
__2009年の夏、長らく政権与党を務めてきた民自党は最大野党の革進党に惨敗。結党以来初めて衆院第一党の座を失ったのである。元閣僚を始めとしてかなりの激戦であり、多くの民自党議員が革進党人気の逆風の中で落選した。
俺、山内信一郎もそんな落選議員の1人である。
年が明けたばかりの2010年1月1日、山内は自宅にてほぼ脱力した状態でやさぐれていた。
「代議士、早くヤル気出して次の選挙に備えましょう!」
秘書の後藤倫太郎は俺にそう言うのだが、いかんせんまだ立ち直れない。
「もう代議士じゃねぇよ。だいたいこんな状況で選挙の事なんて考えられるか!」
「いや、そうなんですけど。………あんな見掛けだけの“なんとかチルドレン”に負けて、議員会館や宿舎から追い出され、妻と娘と喧嘩して家出され………確かに代議士のここ数ヵ月の不幸を考えればやさぐれるのも分かるけど。」
「だから代議士じゃねぇよ!」
気の毒そうな眼で後藤は俺の事を見てくる。
ある程度実力のある奴に負けたというのならまだ引き下がれるが、革進党の若さだけが取り柄の何かやってくれそうな雰囲気がしそうなだけの革進党公認の新人石崎博人(26)に負けるとは男信一郎、一生の不覚である。
「親父からの不動産とかがあるから金銭面で悲惨な眼には遭っていないが、次の選挙で負けたら民自党からの公認すら得られなくなるからな……」
「先生、とにかく奥さんと仲直りすることが先決です!仲直りして、それから選挙活動を続けていきましょう。後2年…3年くらいは期間があるんです、次は当選しましょう!」
落ち込んでいる俺を励ましてくれる後藤、だが元気はどうにも出ない。
「ああ、奥さんと仲直りも良いんだがその前に神社に初詣に行こう。今年の運勢を見なきゃ俺も気分が上がらん。」
「どうせ、そうやって仲直りを引き延ばそうとしてるんでしょう?……早く仲直りした方がよろしいと思いますがね。」
後藤に皮肉を言われながらも近所の神社に初詣に向かうこととした。冬真っ只中のこの田舎町はとても寒く、マフラーが欠かせない。玄関を開けた瞬間、雪混じりの風がビュービューと家の中にまで入ってきてただでさえ寒い部屋はもっと寒く感じるのだ。
「ああ、寒い……天にまで嫌われた気分だよ。」
「とりあえず早く初詣をしてから、おみくじを引いて仲直りに行きますよ!さっさと動く、さっさと車に乗ってください!」
後藤はまるで俺のお母さんみたいだ、歳は確か2つほど向こうが上だったと思うのだが、この差は一体何なのだろうか……目の前の男の頼もしさに嫉妬する。
この町にたった1つしかない冬神神社に着いた。何故1つしか存在していないのかは知らないが、親父曰く何か意味があるとは言っていたがハッキリと思い出す事も出来ない、町の図書館にある古い文献を見れば詳しく分かるだろうけどそんな面倒な事はしたくない。
「………おい、後藤。これはなんだ。」
古びた神社、冬神神社は閑散として初詣客は誰1人としていなかった。そんな神社でお参りをしてからおみくじを買ったのだが……。
「何って見れば分かるでしょ、大凶のおみくじですよ?」
そう、引き当てたおみくじには黒々とした字で“大凶”とデカデカと書かれていたのだ。
《運勢:大凶
・大きな厄が降りかかるだろう。
・成績は振るわず、恋愛運も最悪。
・プライドは捨てなさい。
少しでも運勢をよくしたい貴方に……このおみくじを結びなさい、結んでまた新たなおみくじを買いなさい。》
少し砕けた言葉でこんな感じに書かれていた、何なんだこれは。新手の詐欺か何かか?大凶を不愉快に思ったのなら買い直せば良いなどとこの忌ま忌ましいおみくじは言うのだ。
「誰が買い直すかよ、だいたいな今充分不幸なのにこれ以上の不幸に襲われてたまるか。」
「ちょっと、結ばないんですか……」
後藤は血相を変えて言う。意外と信心深い男だったのかと内心驚いたが、俺は詐欺なんかに屈する男ではない。
「誰が結ぶかよ、こんな見え透いた方法で俺が騙されておみくじを買うとでも思ったのか。」
「ええ!?そんな事したら、“神隠し”に遭ってしまいますよ。」
「馬鹿言うな、こんな科学文明栄える21世紀にそんな非科学的な現象が起こるかよ。」
俺はおみくじを破いてゴミ箱に捨てた。
__その時、おみくじから『この怒り、忘れはしない』という謎の声が聞こえていたらしい事を俺は知らなかった。
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山内信一郎は当選3回、4回目を逃した2世議員である。建設大臣などを務めた山内誠一郎を父親に持つ典型的な建設族議員として有名である。家族は妻と娘で誕生日は1月10日、46歳を迎えたばかりである。
あのおみくじ事件の事をすっかり忘れて1月18日、秘書の後藤と共に幼馴染が経営する『喫茶 五輪』でお茶をしていた。
「奥さん、まだ怒ってましたね……」
「あんなに怒られたのは、結婚記念日にうっかり後援会長とキャバクラ行って帰りが遅くなった時くらいだよ……。」
「……とにかく、反省していなかったとしても反省した感じを醸し出して早く仲直りしてくださいね。」
「ああ、分かってるよ。
はぁ、選挙さえ通ってたら今頃はバッチ付けてスタイリッシュに永田町を闊歩してたのになぁ。」
後藤にそう言われるのだが、やっぱり気分は晴れない。落ち込んでいると、この喫茶店の経営者小野満がカラカラと笑いながら声をかけてきた。
「信ちゃんはね顔が怖すぎる、なんかね信ちゃんを見てると熊を思い出すんだよ。」
「顔が怖い……か、昔から知ってるし諦めてるよ!顔だけで1票を入れるから日本はダメになっていくんだよ。……いつか分かる、あの男はダメだってね。」
小野はまた愚痴が始まったと思ったのだが、山内の無念な気持ちを察して何も言わずに愚痴を聞き続けた。その時、外から『明るい選挙』の曲が聞こえてきた、成人式で配られたこの曲を聞くたびに山内の気持ちは沈んで、暗闇の彼方に閉じ籠もりたくなるのだ。その歌を聴いているうちに無性に腹が立ってきてしまう。
「皆の暮らしを守る?皆の首を絞めるの間違いだろ!明るい選挙?占拠の間違いだ!明るいのは通った奴だけだよ!」
「代議士…落ち着いて、落ち着いて。ドウドウドウ。」
「その呼び方は次の選挙で通ってからにしてくれ。小野……今日はもう帰るよ。」
普段なら、俺は馬じゃねえと言う余裕があるのだがそんな元気すらもなくこれ以上外に居たら頭がおかしくなりそうだと家に帰る事とした。
『怠惰……この男、実にものぐさなり。』
と何処からともなく声が聞こえた気がして振り返るのだが誰もいない……俺、疲れているのかなぁ。明日は病院に行く事も考えた方が良いかも、そう考えながら家に帰った。
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家に帰り、風呂に入りながら小野に言われた言葉を考えていた。『信ちゃんを見てると熊を思い出すんだよ。』自分の人相が悪いことは知っている。熊みたいな体型にせっかくパッチリとしている癖に狸みたいに垂れぎみな眼……自分でもイヤな顔だと思うが、親から受け継いだ物だし仕方ないと諦めている。
「……やっぱり、この顔は悪人っぽいのかな。」
夜も予定がぎっしりなのだ、支持者を増やさなければならない。その為には祭りや行事事に参加することは議員として大事なのだ。スーツを着てポケットに物を入れて姿見を見ながら、考え込んでいると若い少年のテノールの声が頭の中に聞こえてくる。
『君は……“侯爵”?いや、違うな別人か。おい……おい、そこの男。』
「ん?後藤か……誰か居るのか!
なっ……!なんだ、ここは。一体どこなんだ。」
振り返ると誰もいない。やはり病院に行こうと思っていると、周りの景色は変わっていた。
おかしい、先程まで自宅の和室で姿見を見ていたのに…生まれた時から慣れ親しんだ自宅はこんな明るくて青々とした空の壁紙など使っていない木造の日本家屋だった筈だ。間違ってもこんな湖とか麦畑は無かった、そして夜だったのでこんなに陽が照っているわけないのだ。これは夢だ、早く起きて祭りに参加せねばと頬をつねってみるが……頬は痛いのに、景色は変わらない。夢ではないのか?どっちにしろ、早く覚めてもらわないと困ると俺が思っていると、緑色の髪をした高校生くらいの少年と牛のような体型の中年男がこちらに向かってきた。
『なんで異界に住むお前がここに来た。ここはお前が来て良い所ではない。』
少年は歳に似合わず厳しい口調で言う、民自党の大先生でもここまでの貫禄のある人は居なかったぞ……背中から冷や汗がじわりと流れた。
『まぁまぁ、ミラーナ様。迷い込んだのならその世界に送り返せば良いのでは?』
ミラーナと呼ばれた少年は中年男の問いに対して渋柿でも食べたように苦い顔をしながら
『……それが、さっきから“アマテラス”の所に転送しようとしているのだが、接続が遮断されるんだ。………これは、“神隠し”だな。おい男、お前最近何か罰当たりな事をしただろう?』
怒るように俺に聞いてきた。
『ミラーナ様、どうやら彼に心当たりが無いようだけどこれじゃないですか?』
『おみくじを破り捨てたか……“アマテラス”は気性の激しい、私の友人オティアス以上に気紛れな管理者だ。』
モニターを見ながら、少年は頭を抱えて俺の方に向き直って申し訳なさそうに言う。
『先程から話を勝手に進めて済まなかった。
僕はこの世界を管理する管理者ミラーナ、こっちは眷属のヘンドリック……ああ、君の事は知っているから自己紹介は結構だ。
さて単刀直入に言わせて貰うと、君はおみくじを破り捨てた事によって君達の所の管理者の怒りに触れて所謂“神隠し”に遭ったんだよ。』
神隠し!?そんな非科学的な……子供騙しに騙されるモノか。どうせドッキリ大成功の札を見せてくるのだろう?と思っていたのだが……。
『嘘だと思っているね、嘘じゃない。
ヘンドリック、そこの赤いボタンと青いボタンを押してからこの間教えたコードを入力して……』
『あ、はい……』
ヘンドリックがミラーナの言う通りにするとモニターには秘書の後藤が血相を変えて俺を探していた。後藤はドッキリに加担するような男ではない、これはある程度信用できると見て良いだろう。
『君は運が良い方だよ、神隠しに遭った人間はほとんどが助からないんだからこの世界に飛ばされただけで済んでマシだと思ってくれ。……ここまでの話は理解できる?質問があるなら聞くけど。』
「えっと、おみくじを捨てたのが神様の怒りに触れて別世界に飛ばされた……って感じですか?
質問……俺はこれからどうしたら良いんでしょうか?元の世界に戻る方法は無いんですか?」
まだ死ぬには早い。日本に戻ってしなければならないことがあるんだ。
『まぁそんな感じ。これは“アマテラス”から『君は罪を犯した、このミラーナの所で7人の人間を救うまでこちらに帰ってきてはならない。』という訳らしい。だから僕の所で7人救って、“アマテラス”の怒りを解くのが帰れる唯一の方法だ。
………はぁ、まさか僕がこんな神様みたいな事することになるとは思わなかったよ。』
『……以前神様のような事をして、助かる人を殺したではありませんか。』
ミラーナ曰く、俺は7人の人間を救うまで帰れないらしい。7人……多いな。
ヘンドリックはミラーナの最後の言葉が気に障ったのかムッとした顔でボソリと言った、冷たい感情を感じさせないような無表情な顔で。
『……それは反省している、君の息子にもあの王女にも悪いことをしたって反省している。あ、ヘンドリックの言う事は気にしないで。7人を救えばちゃんと元の世界に帰すから。……えっと君がいた頃って携帯電話って普及してるよね?うんうん、2010年なら大丈夫だね……誰を救えば良いのかはちゃんとそのガラケーに転送するから。じゃあ、行ってらっしゃい。』
「ええ!?ちょっと、まだ心の準備が………!」
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気がつくと俺は、モダンな建物の中に居た。
周りには、着飾った男女の集団がいる。……だが、着ているものはなんだったかクリノリン・ドレスだったか……そんな昔の物だった。
「なんだ……俺は元衆議院議員の山内信一郎だ!」
とりあえず精一杯カッコつけて自己紹介をするのだが、返ってきたのは宇宙語であった。何を言っているのか理解できない。
「&#%%¥※!?」
な、何言ってるんだこのおかしなドレスの集団は!?表情から読み取ると、困惑や恐れという所だろうか?
「参った、ここはどこなのだ?
言葉が通じないのなら救いようがないぞ……!
本当に参ったな。」
「%¥#&※……」
絶望に近い形を持っていたその時、少し痩せたハタチにも満たない少女が飛び出してきて何かを言っていた。集団は少女を馬鹿にするような視線で見てから何か言ってダンスを始めたり談笑を始めた。俺は少女に引っ張られておんぼろなギィーと変な音のする馬車に乗るようにと押されて少女に助けられた。
少女の家に着くと、少女の両親とおぼしき男女の姿があり、困惑した表情をしていた。
『とりあえず、異世界転移成功したみたいだね。はい、君にはこの世界での言語理解能力と若返りの力をあげるからこれでなんとか解決してね。』
頭の中にまたミラーナの言葉が響く。
すると先程まで理解できなかった宇宙語のような言葉がハッキリと頭の中に日本語としておさまる。自己紹介などをしてもちゃんと伝わっているようなので本当に言語理解能力が身に付いたようだ。これによると少女の家は貴族らしいのだが、貧乏らしく俺を雇う余裕はないらしい。
「あのう……ちゃんと生活出来れば贅沢は言いません。私、この国……いやこの世界の人間じゃないんでとにかく行くところが無いんです!」
「そうは言われても給料雀の涙だよ?部屋とか服はまぁ……なんとか用意出来そうだけど金とか食べ物には困ることになるんだぞ?それでも君は良いのか?」
少女の父親はそう言う、とにかく衣食住の確保が大事だと思ったので俺はこの一家の所で厄介になると決めた。
「私が生活出来れば文句は言いません。」
……少女の父親は満足して、握手をした。
どうやら雇用契約が成立したようだ。そして、少し埃を被った部屋に案内されて俺はベッドの上に横になった。
そして、ウチにあった姿見よりも古くて高そうな鏡に映った自分の顔を何気なく見て驚いた。
(わ、若返っている……?
……これが若返りの力か。でも、若返りなんて人を救うのに必要なのか?)
顔を触ると以前、日本に居たほんの数時間ほど前に比べてだいぶ若々しくなったように思う。肌のつやが20代頃のようだ。
___山内信一郎の異世界生活はこうして始まる事となった。