解決したが別の問題が起こる予感がする
黒髪の令嬢クロハの使用人ゴンザレスのお陰で冤罪立証は出来た……それにしても、彼女の親は何の恨みがあって娘にゴンザレスなんて名付けたんだ?どう考えても男の名前……いや、実は知らないだけで女にもある名前なのかもしれないが、もっと可愛い名前をつけようとは思わなかったのか………。
ともあれ、後はオリン=ベアード=ミニスターに新しい雇い主さえ見つけたら、この鬱陶しい舞踏会から抜け出せる……と思っていたのだが、
「あ、なんかすまないな……」
とりあえずクビになったオリンを貧乏伯爵家で預かる事となってしまった。クロハは『絶対にお父様を口説き落としてやるから待ってろよ!』と徹夜で父親を説得すると息巻いていたのでその間に預かる訳だ。
(でも、よくよく考えてみたら卑劣な雇い主から救えとしか書かれていなかったからな……これ、もうコンプリートで良くない?)
そう、指令は“冤罪を晴らして、卑劣な雇用主から彼を救え”という事だ。卑劣な雇い主からはクビを言い渡されて充分逃げることに成功していると思うが……何も言われないのだから、まだミッションコンプリートではないのだろう。
今にも古過ぎて自然分解してしまいそうな馬車に乗ってから、これって新しい雇い主(しかも善人のある程度お金持ってて将来は保証されるくらいにレベルがある貴族)を探せって事だよね……?と当たり前の事実に気づく。
(ハードル高っ!)
知り合いがそんな居ない私がそんなハイスペック見つけられるか!だって、この世界に来て3ヶ月経つのに知り合いがエレノア達伯爵家一家とトール先生とその家族達と舞踏会で出会ったクロハと近所のよく話し掛けてくる八百屋のオジさん(57)しか居ない私がそんな相手を見つけるなんてハードル高過ぎ……!もしクロハの父に気に入られなかったらそのハードルが襲ってくるだよな……。
「ヤバイ、すっごくヤバイ……」
「何がヤバイの?……あんたね、私は一応雇い主の娘なのよ!その私を放っておくなんてどういう神経してるの、ずーっとクロハと一緒に居たじゃないの!寂しかったの……」
「お、おう……そうなのか。」
エレノアはめちゃめちゃ酔っているようだ。普段なら絶対そんな事言わないだろうなって事ばかりを言う。気の効いた言葉の1つかけられない自分の不甲斐なさを感じながら、時々明らかに危ない音を立てている馬車に3人すし詰めになり屋敷を目指す。
「ねえ……さすがに3人じゃ狭くない?ちょっとお膝の上借りるわよ。」
「いや、ダメだろ……不健全だ。」
「だって狭いし……」
誰得だ……いや、これはある意味場の空気というモノでして、まだセーフティーラインに立っている筈……って俺は一体誰に言い訳してるんだ、ここに衆議院議員山内信一郎様として永田町を闊歩していた優雅なる生活と落選後の暗黒時代を知る者は居らん、ここは異世界なのだから……。
「それで、シンイチロウ……さっきから怖い顔をしているが、何を考えていたんだ?まさかエレノア嬢に不埒な感情でも持っていたんじゃ……?」
「え、エレノアに?ないない、絶対に無いよ。俺、一応既婚者だし。」
「そうなのか……帝国には出稼ぎに来たのか?」
オリンってこんな口うるさいキャラだっけ?漫画じゃヒロインの後ろに居る忠犬的イメージしか無かったんだが……そして、そういう今まで何してたの系の質問は止めてくれ!心の傷が抉られるのと異世界出身故に答えに困るんだ。
「あー、まあそんな感じですね。」
「なーんか怪しい、急に敬語になったりして。何か隠しているでしょ、実は奥さんに逃げられた?なんちゃって!」
「そんな訳無いだろ。」
と言いつつ逃げられてはないけど、喧嘩して家出されてたという事を今ふと思い出した。
(なんか、俺馴染んでいってるな……この世界に。日本に帰りたいと言いながらもさっきまで妻と娘の存在忘れかけてたし………)
「ちょっと、そんな顔しないでよ……なんか私が悪いみたいじゃないの!」
「いや、エレノア嬢今のは流石に遠慮無さすぎだ。」
若干ホームシックにかかったシンイチロウを放って2人は話を続けていくのだった。
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「伯爵家が貧乏なのは知っていたが、まさかござを敷いて寝るくらいに困っていたのか………?」
翌朝、ダンディー執事オリンは気の毒そうにこちらを見てきた。彼はこう言うが真相は、使用人の部屋にはベッドは一応あるが安全面で不安だった為、私がいつも使っていたベッドをオリンに譲って、ござを敷いて寝ていたというだけである。
「頭痛い……なんか、飲みすぎてベロンベロンになってたみたいだけど私って何かやらかした?」
「「いや、何もしてない!」」
エレノア、いつの間に部屋に入ってきていた。
「あーそうそう、お父様にオリンの事聞いたんだけどウチはシンイチロウを雇うので限界らしい。本当にごめんなさい!」
「あー、まあそんな予感はしてました。」
「だろうな、だって借金なくなったけど±0だもんな。貯蓄とか無いし。」
ゲーム通りにこの後、極貧生活を経験したオリンならまだしもこの家の人間よりも良い暮らしをしていたオリンにここでの生活は耐えきれないと思う。
「じゃあ、後はクロハ様の所しか頼みの綱が無いわけか~。まぁ頑張って。」
クロハは初めからオリンの事を気に入っていた。望みは充分あるだろう、決めるのはクロハ様の父親であるが。
「あの令嬢の父親だから一癖も二癖もありそうだけど頑張ってください。」
「そうそう、シンイチロウだって使用人になれたくらいだからオリンだったら大丈夫だよ!」
こうして、オリンはクロハの家に面接に向かったのだが……大丈夫か。
その1時間後………心配になった私とエレノアが見た光景は……
「うんうん、君はウチで採用だ!
いやぁそれにしてもクロハも審美眼上げたなぁ。これは中々の上玉だ。この肉体、声……全て望んだ通りのモノだ!」
「うぇ!ちょっと苦しいんですけど……」
多分上玉を手に入れて上機嫌であろうクロハの父に抱きつかれている魂を抜かれかけているオリンの姿だった。
「まぁ、採用されて良かったんじゃないの………」
「うん、そうだな……でも、あの人大丈夫なのか?実は“コッチ”だったりして……」
「え?いやぁ、まぁちょっとボディータッチが激しい人だとは思うけど大丈夫だと……思う、そう思いたい。」
遠い眼をした私達の目の前で、オリンは『助けて』と器用にも目線で訴えてきたがどうする事も出来なかった。
___その姿を見て、見た目で人を判断するのは良くないと思いつつも、アイツの貞操が大丈夫な事を祈らずにはいられなかった。………なんか別の問題が起きた気もするが、それは気のせいだと信じておこう。




