手紙
傷が治って、退院する頃にはもう2月の下旬になっていた。更にそこから色々とゴタゴタを片付けて一息つけるようになる頃には3月上旬、卒業シーズンとなっていた。
「後藤、もうこの後は夜まで予定も無いし少し行く所がある。」
「また行方不明にならないでくださいよ……」
心配する後藤に大丈夫だと言って、俺は冬神神社の方へと向かった。管理者アマテラスに会って色々と聞く為だ。
冬神神社はボロボロな神社だ、崩れかけていて何故残されているのかも分からないぐらい古い神社。そこにこの世界の管理者アマテラスが住まうことはきっと誰も知らない。鳥居をくぐって端の方を歩いていると目的の人物は正面で待っていた。
「アマテラス……!久しぶりだな。」
『な……!信一郎、妾の姿が見えるのか!?』
俺は普通にアマテラスに挨拶をしたつもりだったが、何故そんな驚かれているのかも分からない。普通にハッキリと見えているのだが………。
「ハッキリ、クッキリ見えているぞ?」
『……ミラーナが力を与えすぎたか?まあ、1つ分かったことがある。』
「なんか勝手に話を進めないでくれないか?俺にも説明してくれよ、使える魔法モドキが増えている理由も…お前がブツブツ言っていることの訳も。」
アマテラスは珍しく頭を抱えながら深いため息を吐いてから言った。
『どうやらお前、人としてはみだし者になったようじゃのう。ミラーナが魔法モドキを使わせるようになってそれが身体に馴染んできたのか……余程相性が良かったのだろうか…喜ばしいのかそうでないのか、まだ分からぬな。使える魔法モドキが増えた理由?お前がアクションモノのヒーローの如く活躍したじゃろう?その時に習得したものだろう。それよりも、妾にはお前がはみだし者になったことの方が重大じゃ!』
「人間としてはみだし者ってどういう意味だよ?良いことなのか悪いことなのか?」
『さあな、魔法が使える世界なら未だしも魔法がとうの昔に失われたこの世界では喜ばしいことなのだろうか?お前の場合、この2010年で換算すれば体力は人間2人分、だいたいオリンピック選手ぐらいに…魔力は普通の人間1.5~2人分…これはまだお前を上回る人間も居るからセーフだろう。問題はお前が失われた筈の魔法を習得したままでなおかつ妾の姿がハッキリと見えている事じゃ!妾は本来、どれ程の魔力を持とうと妾自身からアプローチしない限りは見えぬ存在の筈じゃ』
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て!俺はオリンピック選手ぐらいに鍛え上げられた記憶も無いが!それと、人間の域からはみ出したなとか言われても分からん、説明しろ!」
『そうじゃのう、数値的に見ればそれぐらいというだけの話じゃ。何も問題ではない、こちらは気にする事無い。もう1つ、先程から言っているが人間からはみ出した方が重大じゃ。結論から言えば、今のお前はただの人間じゃない、亜神と言えなくもないものだろうか?』
「亜神!?ステータスにそんなの無かったぞ!」
アマテラスは平然と話しているが、信一郎の理解能力が追いつかない。何故、話が壮大になっていくのか……。
『亜神というのは便宜上の呼び名だ。人間だけれども身体の回復が異常に速かったり、使えない筈の物が使えたり……そして、妾の姿が見える者の事だ。大多数の普通と呼ばれる人間が持ち得ないことができる人間、それが亜神じゃ。』
「はぁ………」
俺はもう考える事を放棄していた。更にアマテラス曰くランクがあるのだとか。
管理者(神)←アマテラス
眷属
幽霊
亜神←俺
超能力者や霊感がある人
大多数の人間
……細分化するともっとあるが簡潔に言えばこうらしい。俺、結構上の方じゃん。亜神となっても大勢の人間が出来ないことが出来るくらいで人間に違いないので安心しろと言われた。
「安心できるかよ、そんなビッグな話を聞かされて。」
『何がビッグなものか。おっと、亜神事件ですっかり忘れていたが手紙じゃ。』
勝手に事件にするな、いい加減にしろと信一郎が苛立ちを隠せずに地面を踏みつけていると何もない空間からぬうっと人が現れて手紙を差し出した。
「ありがとう……アマテラス、この子は?」
『ああ、式神のムツキじゃ。ミラーナの所に行かせていた。あの別れは流石に酷だろう?エレノア達に手紙を書かせて持ってきてもらった。お前も書け、天上もこの下界のように世知辛い世の中へとなるようだ。今年をもって、管理世界Aから違う管理世界BにAの物を届けたりBの物を持ってくることができなくなるのじゃ。5年後には異世界への転移と転生も審判者メルヴィーナを介してじゃないと行えなくなる。……今のうちじゃ。』
「………そりゃ、ミラーナ様だって色々とやらかしてたみたいだし当たり前と言えばそうなのかもな。」
俺はエレノア達からの手紙を見た。
懐かしさを感じさせる便箋に懐かしい文字で手紙が入っていた。
《シンイチロウへ
久しぶりなのかな?こっちはもう秋だよ、貴方が居なくなった後に貴方を刺したあの元司教は断頭台へ行ってしまったわ。お父様もお母様もポーターもセイラも皆元気にやってます。傷はもう治った?家族にはもう会えた?聞きたいことは沢山あるし、言いたいことも沢山あるけれど私達はそちらへ行くことが出来ないからそれも叶わぬ願いね。オリンがお礼言えなかったって悔しがっていたわ……貴方との別れは本当に突然だった、貴方は今幸せになれている?私はマルチウスでずっとシンイチロウを応援していくから。
エレノア&昭美より》
「ちくしょう……」
『どうした?まさか、泣いているのか?早く返信を書け。……妾が撒いた種とはいえ、早く忘れろとは言わぬが想いを断ち切ってはくれぬか?そうでないと、お前が夢で創り出したシンイチロウの言う通りになるぞ。それは、エレノア達が望んだ事にも反する。』
「分かっているさ、そんなの。俺はそこまで馬鹿じゃねぇよ。アマテラス、俺がこの先何年生きられるのかお前なら知っているのだろう。その何十年かを俺はずっと秘密を抱えたまま暮らすんだぜ?誰にも話せず1人ぼっちで……」
涙が出てきた、ポロポロと出てきた涙を拭いながら言う。アマテラスは少し悲しそうな顔をしてから気を紛らせる為か神社を見回していた。神社はいつもと同じような古くてボロボロで、枯れた木が見えるだけだ。
『お前、後藤倫太郎にも言うつもりはないのか?奴は気心が知れていて秘密を漏らす心配は無いだろう?』
「まったく無いね、気心が知れているからこそ知られたくないものさ。」
『お前も変わったな、以前ならホイホイすぐに言っていただろうに。流石、未来の大臣様!』
「そうなるのか?俺は、大臣になるのか?」
アマテラスは舌を出して、『さあな』と短く言った。それきり黙って歩いていた。
「アマテラス、俺はこの先どうなろうとも誰にも言うつもりは無い。後藤に言うつもりは無い…異世界に居た事も…そこで俺が何を仕出かしたのかも…俺だけの思い出にしたい、この間は後藤を安心させる為に言うと言ってしまったが俺には言えない。アマテラス、俺は周りの人間が居なくなって1人で戦い抜けるほど人間が強くできてはねぇんだよ。」
『………そうか、信一郎がそうしたいならそうすればよい。』
「手紙、書いてくるよ。」
そう言って、信一郎がまた帰ろうとした時にペラリと便箋から何かが落ちた。拾い上げてみると、それは写真だった。白黒で色はない、昔を感じさせるような写真。でも真新しく、撮られてからそれほど時が経っていない写真にはエレノアと昭美さんが2人で映っていた。写真の裏には、『大陸暦1833年10月6日、写真館にてニフォールニア女男爵エレノアと使用人アキミ』と書かれていた。
「くっ!泣かせてくれるな、エレノア…」
今はもう居ない彼女の名前を呼んで信一郎は鳥居をくぐって自宅へと戻っていった。




