嘘と隠していく秘密
俺が目覚めたのを確認した看護師が出ていった後、俺より少し下ぐらいの歳の男性医師が来て、状況を説明された。山の近くの町でうずくまっているのを発見されて、そこから救急車で俺は市内の大きな病院に運ばれて手術が行われ、3日間眠っていたのだという。
「もう少ししたら、ご家族と…多分、警察の方が来ると思います。」
「警察……?」
「何をそんなに不思議そうにしているのですか?山内さん、貴方ね、行方不明で大騒ぎさせた挙げ句に腹部を刺されて大量出血で死にそうな状態だったのですよ。」
「そうだったのですか?行方不明……」
ここで、俺は何か分かったような気がした。
昭美さん、彼女が居た世界とも分岐した世界に戻ったのだと何となくだが分かった。彼女の世界では、俺は行方不明で見つかっていない筈…でも、今の俺はこうして戻ってきている。そう思っていたのをを医師はどのように勘違いしたのか慰めてくれた。
「そうです、行方不明。貴方は4日ほど行方不明になっていたんです。外にマスコミが押し寄せて大変だったんですよ、今もまだ居るんでこの病室からは出ないでください。じゃあ、精密検査は明日の朝に行いますので何かあればそこのボタンを押してもらえれば看護師が来ますので。」
「はぁ、分かりました。」
医師は部屋を出ていった。
カーテンをめくって窓の外を見てみると数社ほどの記者が来ていた。これはかなり大騒ぎしていたんだろうなというのが見て取れた。……以前に北の1件でこちらへ繋がった時は後藤がかなり怒っていた、来たらすぐに怒られる……。そうやって戦々恐々と待っていると30分ほどして看護師に案内されて泣き腫らした顔の妻と娘と後藤がやって来た。
「あなた!ごめんなさい……」
「お父さん、本当に大丈夫?」
妻と娘は俺の体調を気遣いながら世話しなくウロウロと動いていた。ただ、後藤は俺の事を凝視したまま動かない。
「おい、後藤!どうしたんだ、そんな顔して……俺がこんな目に遭っている間、全てお前が対応してくれたのだろう?本当に心配かけて済まなかった。」
「ああ、はい。貴方は本当に……」
「本当に…なんだ?言葉を途中で止めるなよ、気になるな。」
後藤に言葉の続きを聞こうとした時に、医師が言っていた警察の人がこうなった経緯を聞きに来た。
「山内信一郎さん、貴方は1月18日の夜に支持者の所に挨拶回りに行く準備中に自宅から姿を消しました。そして、1月23日未明に山の近くの町で発見、その後病院に……そこから先は医師から説明が有ったでしょうから省きますが、貴方は18日から発見されるまでの4日間、どこで何をしていましたか。靴を履かずに行方不明になった事から見て、誘拐された線が強いと思いますが。」
「……覚えていません。気がついたら山ですか?暗い所に居てとにかく人をと思ってガードレールを伝って出てきました。」
異世界に行って2年間を過ごしたことは隠そうと決めた。覚えていない、そういう事にした。話した所で科学が栄えるここで信じてもらえる訳がない、それに話すつもりもなかった。
「つまり、記憶が無いと。出血量からして別の場所で刺され、死んだと思われたのか何らかの理由で貴方は山中に解放された、そこから歩いて町へ出たのは間違いないと思うのですが、その前の何日かをどこで何をしていたのか覚えていないと。本当に覚えていないのですか?」
「はい、覚えていません。俺は、行方不明になっていたと聞いて驚いたのですから。期待に添えなくて申し訳ございません。」
「そうですか……では、また何度か話をお伺いするかもしれません。」
そう言って、警察官は残念そうに帰っていった。きっと犯人は一生見つからない、見つかる筈がない。だって、犯人は神様なのだから。
警察官が居なくなってから室内を見回すとお見舞いの品がいくつも届いていた。民自党の議員からやあの憎き石崎博人からも届いていた、けれどそれを見ても憎しみや怒りすらも沸いてこず何も思わない。
「今日は疲れた……お前達も家に帰って休め、特に後藤……お前はほとんど休んでいないだろう。だから、俺は目覚めてもう大丈夫だから休め。」
「いいえ、大丈夫です。お2人をお送りしたらまた戻ってきます。今日は病室に泊まります。欲しい物があれば買ってきます、忙しい看護師さんの手を煩わすのはダメですし外はマスコミが居て貴方が出たらまた騒ぎになるでしょう?」
「そ、そうなのか?分かった。」
俺は後藤の鋭い目付きに少したじろいだ。彼とはもう幼少期から40年の付き合いになる、異世界に行ったとまでは流石に気づかれていないだろうけれど警察に嘘を言ったことぐらいは絶対に気づかれていると思う。外に出ていこうとした後藤を呼び止めてから言った。
「後藤、俺は山内信一郎だからな!すぐに退院してやる。なあ…俺は何も悪いことはしていないからな、それは分かってくれ。」
「代議士、貴方は……いいえ、奥さんや娘さんを送ってきます。」
「ああ、安全運転で頼む。」
そうやって後藤は出ていった。
後藤が出ていった後、俺はそのまま目を閉じて眠ろうとした。思い出すのも嫌だった、何かに逃げたかった。
「俺は、人を壊す事を知っている。俺は、人を殺す事を知っている。俺は何の躊躇いもなく人を傷つけられる。」
夢の中のシンイチロウが言っていた言葉、確かにその通りだと思う。でも、それは違うと言葉を続けた。
「だけど、俺は人を殺す痛みを知っている。俺は人を壊す痛みを知っている。俺はシンイチロウが言っていたようにはならないよ、きっと……。」
もう戻れないマルチウスの地、消えることの無い俺の重ねた罪の数々。それを知る者は居ないが俺は、エレノア達が居なくてあちらでは出来ない便利な生活を送れる代わりに、俺はエレノア達に一生会うことも出来ず、誰にも知られることもない罪を一生背負っていかなければならない……その現実が襲ってきて枕を涙で濡らした。




