信一郎とシンイチロウ
暗い、暗い……ここは一体何処だ?
こんな経験は何度かしたことがある、これはきっとまた夢を見ているのだろう。以前は、こちらを憧れるような夢だった。けれども、これはきっとその逆だ。あちらへの望郷の念を強めている夢をきっと見るのだろう、俺はうっすらとそう思った。暗幕のような黒い空間、上も下も左も右も無い真っ暗な空間で俺はプカプカ浮いていた。
『お前は、優柔不断でやっぱりこちらを選んだ情けない男だ。』
目の前に俺が居る、少し若い…シンイチロウが居た。シンイチロウは俺に毒を吐いた。
「違う、初めからそういう運命だった……人との別れは悲しいことだ。その人と少しでも長く居たい、そう思うのは当然だろ……!」
『ふうん、だったらどうしてエレノアと昭美さんにここに居たいなどと何度も言ったんだ、そうやって彼女達を惑わせて傷つけた。お前は、彼女らの優しさに漬け込んで弄んだんだ。そうやって、自分だけはあの2年間を甘美な思い出としたんだ。違うか?』
「違う、違う!そんなわけない、俺は向こうに居たいとも思っていたんだ。だいたいお前は、なんで俺を非難するんだ。お前だって俺じゃないか!俺を非難する権利なんてお前には無い!自分だけ甘美な思い出になんてしていない!」
『いいや、お前は確かにあの2年を甘美な思い出にしようとしている。そして、お前には才能がある、人を惹き付けて手駒に出来る才能が。その身体にはマタタビのように人を惹き付ける才能が……!しかも質が悪い、お前にはその自覚が無かったのだから。自覚もなく人を手駒に出来る。その才能が無意識でもっと使いこなせていれば一体どんな悲劇が起きただろう。』
「悲劇……?」
シンイチロウは俺の周りをツカツカと歩きながら演説をするように手を広げて話している。
『お前は知っている、人を殺すのがどのようなものなのかを。お前は知っている、人を壊すのがどのようなものなのかを。お前はできる、人の身体も心もボロボロにすることが。一度、肉の味を覚えた獣は中々忘れられない。人を直接殺したお前は、もう何の躊躇いもなく平気に人を傷つけられる。……エレノアや昭美さんを『舞姫』のエリスのように捨てたのだから。』
「……俺は…そんなことしていない。」
信一郎の声が少し弱くなった。
シンイチロウはその姿を目を細めて愛おしい子を見るように眺めてから囁くように言った。
『お前はあちらに居たいと言いながらこちらへと帰ることしか望んでいなかった、だけどお前は捨てる筈だったあちらから焦がれていたこちらへ戻ることに惜しさを感じた。お前はいつだって自分だけを愛しているんだ、本当にどこまでも自己中心的な奴なのさ。自分はあの愚かな山内信一郎から生まれ変われたと思っているのだろう、でもそれこそが欺瞞だ。お前は変わらない、偉大なる誠一郎先生の所の坊ちゃんの信一郎坊やに変わりないのさ』
「何を言うかと思えば……!」
唇を噛み締めて、拳を握り締めた。心臓がドクンドクンと鼓動を立てた。
『いいや、きっとその通りだ。……だって、俺はお前でお前は俺なのだから!信一郎、お前は俺と同じくあちらを望んでいるのだろう?だったら、このまま目が覚めない方が案外幸せかもしれないよ、望まないこっちで居ても幸せではないのだから。幸せになると決めたのだろう?ならばこのままの方が幸せだろうね』
「俺はお前と一緒にこの夢の世界に居る気はない。早く覚ましてくれ」
『それで本当に良いの?後悔しても遅いからな、その時は俺にはお前を助けることなんてできない。ふん、なんで突き放しておいて甘い言葉を吐くのかって顔をしているね、お前は俺の半身だ。多少の愛着はある。』
猫のように目を細めて、俺はシンイチロウを見た。彼はどこか諦めたような顔を浮かべていた。そんな彼を見て、俺は言った。
「シンイチロウ、俺は幸せになるよ。俺なりに…エレノア達に宣言したように、いつかどこかで再会した時に笑っていられるように……」
『ふーん、そうかい。ならば、精々足掻けばいい。俺はここから見守ってやるよ、信一郎坊ちゃん。』
「……シンイチロウ、その呼び方止めろよ。それに、シンイチロウはそういう奴じゃない。アクション劇のヒーローみたいに大胆なことができる男だ、君みたいにひねくれてなんていない。……俺を見守ると言うのなら好きにしろ。」
信一郎はそのままシンイチロウを置いて、光のある方へと歩いていった。夜の闇を走り抜け、昼の光に向かって…待っている人の元へと走っていった。
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目が覚めるとよくある白い天井が見えた。ここはどうやら病院らしい。周りを見回すとどうやら個室…俺以外の患者の姿やベッドは無かった。
(痛……)
俺はどのくらい眠っていたのだろうか……頭痛がして、身体もぼんやりとしていた。そして、口元の透明な呼吸器のせいで喋れない。そうだ!今日はいつなのだろうか、そう思って点滴のチューブなどに苦戦しながら病室に備えられている時計を見ると午後1時45分頃を指していた。あれは夜の出来事だったから手術とかの時間も含めると3日ぐらい寝ていたのかもしれない。
長い、長い夢を見ていたような気がする。
__父親の名で今まであぐらをかいていたけれども父親が大きすぎたが故に傷ついていた信一郎が異世界に行って、青春を取り戻そうとするかのように仲間に囲まれて輝いていたシンイチロウになっていたような……そんな甘くて長い夢を見ていた気がする。
(鑑定……)
《山内信一郎
level:1(MAX)
種族:人間
年齢:46
職業:前衆議院議員。
称号:異世界から戻ってきた者
状態:疲労
体力:175/206
魔力:28/30
攻撃:78
防御:85
素早さ:84
運:50
スキル:究極の鑑定、究極の偽装、究極の言語理解、初級剣術、魅了魔法モドキ、テイムモドキ、収納魔法モドキ、薬物耐性モドキ、身体強化モドキ、物理攻撃耐性モドキ、自然治癒力向上モドキ、呪い返し、動物の目。
持ち物:病院服》
………なんか増えている、これが発動したという事はやはりあれは夢ではなかった。それが分かって嬉しいのだけど俺には呪い返しとか動物の目というスキルは無かったと思うのだけれど……なぜに増えた。
呪い返しはその名の通り、呪いを返すもの。たとえ、この世界を治める管理者のものであっても弾くことができる。そして、動物の目は暗い所でもなんなく見える能力らしい。
(どうしてなんだろ……まあ、あっちでのことが夢じゃなかったって分かって嬉しい、けど…ここにはエレノアも居ないしあの日々も送れないんだよな…)
とりあえず、見られる人も居ないと思うけれど究極の偽装で職業欄や体力などの欄、スキルも全部怪しまれないようなものへとしておく。
そうやってしていると看護師がやって来て目が合った。
「山内さん、私のことはちゃんと分かりますか?」
呼吸器が邪魔で話せないので頷いておいた。
すると、『ご家族の方を呼んで来ますね!』と言われて部屋を出ていった。その言葉を聞いて俺は、ようやくこの世界に戻ってしまったのだなと今まで以上にハッキリと明瞭に実感した。
(こっちに帰りたいとか言いながら、向こうの方がよかったんじゃないか……俺。)
シンイチロウにあんな事言ってしまったのに、俺は笑えるのかな。そう考えていると向こうでの生活が思い出されて涙が出てきた。




