かすかな異変
神様から、ダンディー執事オリン=ベアード=ミニスターの冤罪を晴らして、新たな雇い主を見つけろという2つ目の指令を受けた私、山内信一郎は黒髪の令嬢クロハと共に探偵の真似事をして彼の冤罪を晴らす事となった。
「ううん、こういう時ってどうしたらええんやろ……とにかく、まずは聞き込みや!」
この関西弁らしき訛りのあるクロハと共に事件解決なんて大丈夫か?毎回の事ながら前途多難さを感じながらも聞き込みをする事になった。
聞き込みも良いのだが、せめてゲーム通りに家具の下にピアスが落ちたのかそうでないのかだけでも調べたいのだが、この流れでは無理だろう。一段落ついたら家具の下を探すことを切り出してみよう、そう思った。
「そういえばあの方、ピアスを外して交換していたわね……確か、棚の上にルビーのピアスを置いていたわ。」
「ああ、そういえば夫人の言う通りだ。
控え室ならともかく、皆が踊っている所ではしたないと思っていた。それで……ここだけの話、あのクライム侯爵は“王のつどい”の会員だ……君らが関わる相手ではない。」
「まぁ、本当にあったのね………。あの令嬢の事だからきっと落としたのを騒いでいるだけよ。」
随分とあのブス令嬢……クライム侯爵令嬢の評判はよくないようだ。まぁ、漫画過去編では思いっきり彼女のせいでオリンはひどい目に遭ってるからな……私も良い印象はない。
「随分と評判が悪い女や。まぁ顔がよくて地位もあって威張ってるなら未だしも、顔が地位を掻き消すくらいにひどいお顔の持ち主だから当たり前かもしれへんなぁ……」
「口調は気の毒そうに聞こえますが、その顔で言われても違和感大アリですよ。」
口振りからすればとても気の毒そうだが、顔は興味なさげ……まぁ、私も指令がなければ関わりたくはない御令嬢だったので彼女の気持ちも理解は出来るが……。ピアスを置いていたという証言は取れた、ここはゲーム通りに動いているか確かめる機会かもしれない。
「クロハ様、ピアスは棚にはありませんでしたからもしかすると、何処かに落ちてしまったのかもしれません。会場内をくまなく探すのも良いかもしれません。」
「あ、なるほど……!その手があったか。ありがとう、ウチだけだったら気づけんかったよ。」
ゲーム通りかそうじゃないかの確認だ、感謝される覚えもない。それに、私はほんの少しゲームの知識があるが故に、答えの可能性を大きく秘めた事柄を知っているだけ……多分今までの例から見て外れる可能性が高い、そんな風前の灯火な事柄を知っているだけだ。
「……でも、いくらウチが屋敷中探そうとか言うた所で皆聞いてくれんからな、ここは社交界の華ソフィア様の力を借りよう。」
「ソフィア、様……」
叩き込まれた貴族名鑑の中にヒットする名前があった。ソフィア=カサンドラ=ローズ=ラ=ナショスト公爵夫人……社交界の華、そしてゲームの___。
「どないした、いきなりボーッとして……大丈夫か?」
「あっ、はい……大丈夫です。」
「じゃあ、行こうか。」
クロハに連れられていった先には、カラスのように真っ黒と血のような紅いドレスを着こなす美女……まるで魔女のような女ソフィアがそこには居た。
「まぁまぁ、クロハ……見ないと思っていたけど何処に行っていたのです?」
「そうですわ、クロハ様……私ももっと話をしたいと思っていましたのに……何処に。」
そのソフィア様の側には沢山の令嬢が居た、多分クロハもその集団の中の1人だったのだろう。でも、たかだか使用人の私がここにいても良いのか、少し疑問な所だが離れようにも離れられずこの場に縮こまって留まっていた。
「申し訳ありません、ご心配をお掛けしましたわ。ソフィア様、1つお願いがあります!
実はあのクライム侯爵令嬢がまた騒ぎを起こしている様なのです___。」
クロハの擬態は素晴らしいモノだった、先程までのあのくだけた態度は何処に行ったのやら……いくつになっても女は女優よとよく言われるが、それは間違いないだろう。ましてやクロハのような娘ほどの歳の女がそうとまでは思わなかったが。
クロハのお願いを聞いたソフィア様達の反応は芳しくなかった。
「そうは言ってもたかが使用人の為にそこまでするのもねぇ……」
「その為に舞踏会を台無しにするのは嫌。」
だいたいこんな感じの意見が多かっただろうか……立場の違い、価値観の違いに愕然とする。目の前の令嬢達にとって、使用人というのは舞踏会ではそこら辺の石コロ程度の背景であり、消耗品のような存在であることは時代背景的にもある程度は理解していたつもりだ。
(いや、当たり前の事に何を俺は怒っているんだ……?)
いや、違う。理解していたのに、納得できていないというべきなのか、ザラザラとした砂が零れ落ちるように自分が自分でないようなまるで退化しているような感覚だ。『こういう時はこうすれば良いさ』等と気軽に言えるような陳腐な青春時代はもうとっくに終わった、四半世紀前にそんな感情は捨てた筈だ。
「“モノ”を長く使いたいなら、“モノ”を大事にしなければならない。“モノ”を粗末にしていたのなら、“モノ”を粗末にした罰が当たる………そうは思いませんか。」
「……何が言いたいのかしら?
貴方は使用人を大事にしなければならないと言いたいようだけれども、それとこれとは話が別です。屋敷中を探すなんて……と言いたい所だけど、私もあの侯爵夫人と令嬢にはお灸を据えた方が良いかと思っていた頃よ、私が招待主の方には話を付けておくから好きに調べなさい。」
「あ、ありがとうございます!」
貴族というのは恐ろしい魔物だ……許可はくれたが眼が笑っていない……。シンイチロウは艶めいて美しい美女の口元が痙攣するのを首をすくめて見ていた。
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社交界の華、国王の忠臣ナショスト公爵の夫人ソフィア様の取り成しで屋敷の家具は全てチェックされたが……。
(無いか……まぁ、予想はしていた事だから想定の範囲内だ。そもそも神の試練がそんな甘いモノな訳も無いしな………。)
風前の灯火であった可能性は今まさに消えた。これで推理は振り出しに戻った訳だ。
「これは…振り出しに戻ったな……。しかし、お前は不思議な男や。ソフィア様にあんな口の聞き方をする者は初めて見た。」
「そう、ですね……何故なのでしょうね。
まぁ、振り出しからまた1歩、今度は道を間違えずに進まなければなりません。」
そう誤魔化したが、最近の自分はどうもおかしい。何故口答えなどしたのだろう……壁にぶち当たったなら壁のない道を行けば良い、そんな生き方をしてきた自分は何処に行ったのだろう。
自問自答して解決するような問題でもない、今は試練を不本意ながら乗り越えていくしかないのだ。日本に帰るために……。




