俺は遂に帰ってきた
2010年1月23日未明、日本国千葉県内のある山に眩い光が一瞬煌めいた。その日、前衆議院議員山内信一郎は遂に異世界から帰ってきたのだ。その山のふもとのアスファルトにポツンと立っていた信一郎はすぐに腹部の傷が傷んで踞った。
「ぜぇ…ぜぇ…いぃ、痛い…寒い、寒…」
アスファルトに踞って、這うようにして進む。マルチウスで暗いところに慣れたとはいえ、かの国にだってガス灯が等間隔で灯っていたので明るかった。ここは山奥で車道か歩道か通り道なのはなんとなく分かるが灯りが1つもなく暗すぎて、見えない。
「そ…だ、身体強化…と、物理攻撃耐性…」
このまま這って進んでいても人が居る所までたどり着く前に死んでしまう、そう思ったシンイチロウは筋力を上げる身体強化モドキと痛みを感じなくさせる物理攻撃耐性モドキを使って無理矢理立ち上がって、ヨロヨロとよろめきながら歩く。下腹部を押さえて、空いた方の手で掴むものを探しながら歩いていく。
(そういえば、ミラーナ様は物理攻撃耐性は痛みを感じないだけであって動き回れば大量出血で死ぬみたいなこと言っていたけど……ここじゃ、仕方ないよな。ここで待ってたら間違いなくくたばりそうだ。)
マルチウスには無かったアスファルトを踏みながら歩いていく。指の隙間から血が溢れていき、生温かい血が外気に触れて冷たく内腿を伝っていった。
遠くの方にぼんやりと市街地の明るさが見える。クソ、ぼやけてきた。目の前がハッキリ見えない。ガードレールを掴んで進んでいく。灯りが見えない道をあてもなく彷徨い歩いていた。その顔は、脂汗が浮かんで青ざめて真っ青になっていた。
「だ、誰か…誰、か…居な…いのか、助…けてくれ。」
信一郎が声を振り絞るも周囲には誰もいない。ガードレールに沿って進んでいく、身体の感覚もハッキリとしないけれどなんとなく坂を下って行っている感覚はある。このままこのガードレールに沿って行くときっと市街地へと出る、信一郎はそう信じてぼやける意識が薄れないようにさせながら歩いていった。
(俺、このまま死なないよな。)
体感的にはもう日本を一周したぐらい歩いたように感じていた信一郎はやっと山から出た町へとたどり着いた。町の灯りが眩しく感じた。もう、人の居る所まで無事にたどり着くという事のみを目標として意識を保ち続けていた信一郎にそこが何処なのかなどまったく分かっていなかった。ぐにゃぐにゃとなっていてそもそも人が通っているのかも分からない……とにかくガードレールを辿って町へと出ていた。これって夢か何かなのか、覚めたらマルチウスでエレノアが起こしてくれるのではないかと思ってしまうほどだ。
(うう、しかも物理攻撃耐性モドキの方が切れ始めている……。)
身体強化の方はまだ効いているが、もう1つの物理攻撃耐性モドキの方が切れ始めて腹部から刺すような痛みがしてきた。焼け付くような痛みに襲われ、顔を歪めた。呼吸をする度に傷が疼いた。
「クソ、このまま…じゃ、身体強化…の方も…マズイ。」
俺、死ぬのか?
人に会えずに連絡手段もない、携帯電話は湖に落とした。もし、それがあったとしても2年も暮らしたんだ、充電が切れていたかもしれない。そのままよろめきながら進んでいた。そのうち、身体強化も効果が切れてがくりと膝から落ちた。疲弊して立つこともできなくなってその場にうずくまっていると人が通ったのか肩を掴まれた。
「だ…い……ぶ…ですか」
「…な、なんて?」
「だ、大丈夫、ですか?具合が悪いようですけど、大丈夫ですか!?」
上手く聞き取れなかった。『大丈夫ですか?』と言ったのか、遂に人が来てくれたのか…そう思って俺はさすがにそろそろ限界が近いので救急車を呼んでもらわなければと思って、その声を掛けてくれた女性か男性かも分からないその人へ言った。
「だ、大…丈夫…だから、きゅ…きゅ、救急車をお願い…します。」
そのまま俺は力尽きて、冬のアスファルトにごろりと仰向けで真っ暗なマルチウスで見たのとそう変わらない空を眺めながらボーッとしていた。
__キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
女性の絶叫が響いた。視点が定まらない、意識を失いそうだ。雪が少し降って濡れているアスファルトがわずかに赤に染まっていった。
「あの人、ニュースでやってた人じゃない?」
「そうだったっけ?まあ、いいや。帰ろう。」
誰だか知らない人々の声が聞こえてくる。
俺がこんなあられもない姿をしているというのに、この勇気ある女性以外助けてくれないなんて薄情すぎじゃないか……所詮他人事は他人事ということか。酷いな。
「ふう、俺は…」
「あまりしゃべらないで!」
喋らないで?
そう言われたのか、響いて人の声が聞こえてくる。まるで画面越しに声を聞いているみたいだ。
(俺は、帰ってきたんだな……ここに、帰ってきてしまったんだな。)
そこから救急車が来て何か隊員に聞かれた所は覚えている。何が聞かれたのか覚えていない。暗転して、信一郎の意識は途絶えた。




